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第百四十二話 チートデイとは?

 帰りのショートホームルームが終わり、教室内のクスメイトたちは部活に向かったり帰宅の準備をしたり、教室に残って友人と雑談に興じたりと騒がしくなる。

 そんな中、晴翔は綾香の机へと向かう。

 ちょうど友人達と話をしていた彼女は、自分のところに来てくれた晴翔を見てニッコリと笑みを浮かべる。


「晴翔、もう帰る?」


「うん」


 晴翔の返事を聞いて、綾香も友人との会話を切り上げて帰り支度を始める。

 そこに友哉と咲の二人も合流してきた。


「ハル~腹減った~帰りなんか奢ってくれ~」


「なんでだよ」


「赤城君っていつもお腹空いてない?」


「男子高生の胃袋は無限大なんだよ藍沢さん」


 咲に諭すように言う友哉の言葉を聞いて、綾香がふと晴翔の方へと視線を向ける。


「そういえば、晴翔はそこまで食べる方じゃないよね?」


「いや、そんなことは無いよ? こいつが食べ過ぎなだけだと思う」


「ハルもちゃんと食べないと大きくなれないぞ?」


「俺はこれ以上食べても横に大きくなるだけだ」


「太った晴翔……見てみたいかも……」


 ふくよかな姿になった晴翔と想像しているのか、綾香は少し視線を上に向けながら呟く。

 そんな彼女に咲が呆れた表情で言う。


「もう綾香は大槻君だったら何でもありなのね」


「だって、抱き付いたらムニムニというかモフモフというか、凄く抱き心地がいいと思わない?」


「それは、まぁ……確かに?」


 瞳をキラキラと輝かせる綾香に、咲は曖昧な同意を返す。

 女子二人の会話に、晴翔は苦笑してしまう。


「抱き心地って、ぬいぐるみじゃないんだから……」


「これからお前のことを『テディハルちゃん』と呼ぶことにしよう」


「やめろ」


 綾香達の会話を聞いて早速揶揄ってくる友哉に、晴翔は短い言葉で否定をする。


 他愛も無い会話を交わしながら、晴翔達は教室から出る。

 晴翔と綾香の交際が公になってからは、友哉と咲を加えた四人で行動する事が多くなった。さらに、昼休みではここに雫が加わる。


 玄関ホールへと向かう階段を下りながら、咲は友哉へと話し掛ける。


「でもさ、赤城君て痩せてるよね? あんなに食べてて太らないの、羨ましいんだけど」


「空腹を我慢するとストレスがかかる。ストレスは肥満の原因になる。そのストレスが溜まらないように、たくさん食べる。俺、満たされて幸せになる。幸福で痩せる。つまり太らない。OK?」


「おぉ! おけおけ! 完璧なロジックじゃん!」


 友哉のハチャメチャな説明が面白かったらしく、咲は手を叩きながら何度も頷く。

 咲に対して謎のドヤ顔をしている友哉に、晴翔が「お前にストレスなんて概念があったのか」と揶揄うように言っていると、隣の綾香が真剣な表情で問い掛けてくる。


「ねぇ晴翔。幸せになると痩せるってほんと?」


 いたって真面目な顔をしている彼女。

 晴翔は内心で『綾香は怪しいダイエット食品に引っ掛かりやすいタイプか?』と心配する。


「いやいや、友哉の言葉を信じちゃダメだ。こいつの話の9割はでたらめだから」


「おいハル! それは言い過ぎだぞ! そこはせめて7割くらいって言ってくれよ!」


「お前は半分以上真実を語る努力をしろ!」


 友哉の的外れな反論に、晴翔がツッコミを入れていると、綾香が若干残念そうな表情をする。


「なんだ嘘かぁ……でもそっか、幸福で痩せるなら、今の私はどんどん痩せていかないとおかしいもんね……」


 しょんぼりと呟く綾香。

 軽く俯いている彼女に、咲がニヤリと話し掛ける。


「綾香、さらりと幸せアピールしてんじゃん」


「え? あ、いや、今のはそうじゃなくて……」


 咲の言葉に、綾香は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに自分の発言を思い返して、頬を赤くして手を振る。

 そんな彼女に、咲は玄関ホールで外靴に履き替えながら言う。


「でも、ストレスが太る原因になるのは本当だけどね」


「そうなの?」


 綾香と咲は、晴翔達と並んで話しながら校門へと向かう。


「そうなのよ。で、それを解消して痩せるダイエット法にチートデイってのがあるのよ」


「あ、それは私も知ってる。好きなものを好きなだけ食べられる日ってやつでしょ? でもあれって本当なの?」


 首を傾げる綾香は、そのまま晴翔の方に視線を向ける。

 その視線を受けた晴翔は「まぁ、本当ではあるかな?」と、綾香にチートデイの原理を説明してあげる。


「ダイエットでカロリー制限をしていると脳が、身体が飢餓状態になってるって勘違いして、簡単に言うと身体がエコモードみたいな状態になっちゃうんだよ」


 人類は何万年もの間、飢餓と隣り合わせの生活をしてきた。その生存競争の過程で獲得した防衛機能が、食糧事情が信じられない程に改善された現代日本においては、その必要性が低くなってしまった。


「そのエコモードになった身体に、今は飢餓状態じゃないよって教えてあげるために、チートデイと設けてカロリーを多めに摂取するんだよ。そうする事で新陳代謝が促されて、体重も減りやすくなるんだ」


 晴翔によるチートデイの説明に、綾香は「ちゃんと根拠があるんだ」と瞳を輝かせ、言い出しっぺである咲も「なるほど……」と納得したようにうなずいていた。


「じゃあ、チートデイは沢山食べた方が痩せるってことだよね?」


「そうだね」


 晴翔の頷きに、綾香と咲がはしゃぎ出す。


「私、今日チートデイにしようかな?」


「私もッ!」


「お、気が合いますな綾香さん。じゃあ、駅前の通りに新しいクレープ屋さんが出来たらしいんだけど、行ってみる?」


「うんうん! 行ってみよう!」


 ウキウキとスキップをしそうな程浮かれている女子二人。

 咲は楽し気な顔で晴翔と友哉の方を見る。


「大槻君と赤城君も一緒にどう?」


「いいね、ちょうど腹減ってるし。俺は毎日がチートデイだから」


 咲の誘いに頷く友哉。

 それに対して、晴翔は申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん。今日は俺道場に行く予定で」


 そういう彼に、綾香がほんのりと寂しそうな目を向けた。


「そっか……じゃあ今日は家にも来ない?」


「うん、今日は自分の家に帰る予定。仏壇の掃除もしないと」


「そうだね、晴翔のお父さんとお母さん、お爺さんも大切にしないとだもんね」


「ごめんね。明日は綾香の家に行くよ」


 彼女に対して柔らかく笑い掛ける晴翔。

 綾香は嬉しそうに彼に寄り添って、そっと手を握る。


「うん、待ってる」


 校門を出て、学校前の通りを歩く晴翔と綾香は、いつの間にやら周囲に砂糖を振り撒き始める。

 そんな二人の親友である友哉と咲が呆れた表情をする。


「……赤城君、クレープ屋行く前にコーヒー買いましょ」


「だな。無糖のやつを一気飲みしないと」


 二人は『やれやれ』と顔を見合わせる。

 そこに、晴翔達の背後から突如雫が現れた。


「バカップル発見です」


「きゃッ!? 雫ちゃん!?」


 いきなりぬっと現れた雫に、綾香が驚きの声を上げた。


「ビックリした~。心臓止まるかと思ったよ」


 胸に手を当てながら言う綾香に、雫はジト目を向けた。


「男子をメンタルブレイクまで追い込む人が、そんな弱っちぃ心臓なはず無いです」


「え? メンタルブレイク?」


「一年生の間で噂になってますよ? アヤ先輩がブチ切れて男子を一人廃人にしたって」


「私そんな事してないよ!? ね、晴翔?」


「あ、あぁ……ソウダネ」


 晴翔は綾香から視線を逸らして返事をする。

 雫はそんな晴翔へ視線を向けて話を続ける。


「その噂のおかげで、今やアヤ先輩の彼氏であるハル先輩を貶すことは、絶対にやってはいけないタブーになっています」


「そ、そっか、まぁ、俺に限らず人の悪口を言うのは良くない事だからな……」


「東條さんの影響力半端ねぇな。さすが学園のアイドル」


 引き攣った表情の晴翔に対して、友哉は呑気に頭の後ろで腕を組みながら楽しそうに言う。

 そこに咲が雫に声を掛ける。


「私達これから駅前通りのクレープ屋に行くんだけど、雫ちゃんもどう?」


「クレープ! あ、でも私、今日は稽古があるので……」


 咲のお誘いに一瞬雫の瞳が輝くが、それはすぐに収まる。


「あそっか。大槻君が稽古ってことは、同じ道場の雫ちゃんも稽古か。ごめんごめん」


「いえ、また今度誘ってください」


「おっけ。じゃあ今日は私と綾香と赤城君で下見に行ってくる」


「ヨロです!」


 雫はビシッと咲に敬礼をすると、咲も笑いながら彼女に敬礼を返した。


「晴翔。晴翔も今度一緒にクレープ食べに行こうね」


「そうだね」


 綾香もニッコリと微笑みながら晴翔に言う。

 そんな彼女に晴翔は返事をしつつ、先程のチートデイの説明で一番大事なことを言っていなかったと思い出す。


「そういえばチートデイは、常日頃からストイックな食事制限をしている人にしか効果はないからね?」


 その晴翔の言葉に、先程までルンルン気分だった女子二人の動きが、面白いくらいにピタッと止まった。


「だ、大丈夫よ。明日から本気を出せばいいだけでしょ? ね、綾香?」


「そ、そうだよね! うん、明日から頑張ろう!」


 ダイエット失敗の代名詞であるセリフを口にする綾香と咲。

 そんな二人に苦笑を浮かべながら、彼女等と別れを告げて晴翔と雫は道場へと向かった。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 晴翔と雫が道場に到着すると、すでに数人の門下生が道着に着替えて軽くストレッチなどをしていた。

 そして、その中には晴翔と雫の幼馴染である石蔵和明の姿もあった。


「おう晴翔、雫」


 二人に近付き声をかける石蔵に、晴翔達も挨拶を返す。

 

「うっすカズ先輩。今日は早いですね」


「おう、学校の授業が短縮でな。いつもより早く来れたんだよ」


 そう答える石蔵に、雫がいつものようにからかいの言葉を発する。


「ついにカズ先輩は学校にも圧力を掛けられるよになったんですね」


「んなことするかッ! 今日はただ職員会議があっただけだよ!」


「またまた、そんな強面をしておいて謙遜しないで下さいよ」


「謙遜じゃねぇ! そして俺は強面じゃねぇ!」


 いつも通りの雫の揶揄いに、いつも通りの反論をする石蔵。 


「ところでカズ先輩。最近お菓子の差し入れが無いのですが、一体これはどういう事ですか?」


「なんだその言い方は。まるで俺が、定期的に菓子の差し入れをしないといけないみたいじゃないかよ」


「その通りですよ? お菓子の差し入れはカズ先輩の義務です」


「新しく変な義務を俺に課すな!」


 さも当然の事のように言い放つ雫に、早速石蔵は抗議の声を上げる。そんな彼に、晴翔がしみじみと言う。


「でもカズ先輩のお菓子は絶品だから、定期的に食べたいですけどね」


「お、おう……そうか?」


 晴翔の言葉に、石蔵は照れ臭そうに口元を緩める。その反応を見て、雫が勝算アリとばかりに石蔵におねだりをする。


「カズ先輩お菓子食べたいです。差し入れ希望です。明日お願いします。じゃないと破門です」


「破門は横暴過ぎんだろうがッ! てかお前にそんな権限はねぇよ!」


「父さんに可愛く言えばイチコロです」


「お、お前なぁ……」


 お菓子を食べる為なら手段を選ばない雫に、石蔵は表情を引き攣らせる。


「たくっ……で? お前はどんな菓子を食べたいんだ?」


 その言葉を聞いた瞬間、雫は無表情ながらも瞳を輝かせる。


「チョコ系をキボンヌです」


 ワクワクとした声音で答える雫に晴翔がツッコミを入れる。


「キボンヌって、それもう死語だろ」


 笑いながら言う晴翔。彼にも石蔵は希望を聞く。


「晴翔はどんな菓子を食べたいんだ?」


「俺ですか? おれはカズ先輩の作るものなら、何でも食べたいですけどね」


「なら……ガトーショコラかブラウニー辺りか。チョコチップのマフィンも良

いかもな」


 いくつか候補を上げる石蔵。それを聞いて雫が「ふすっ!」と鼻息を荒くする。


「ブラウニー! ブラウニー! ブラウニーッ‼」


「あぁはいはい! 分かった分かった! ブラウニーな」


 興奮する雫に石蔵が宥めるように言う。


「ただ俺も色々と忙しいから明日は無理だ。早くて今週の土曜とかだな」


「シノギが立て込んでるんですか?」


「違うわボケ! 進路とか色々あんだよ」


 石蔵は晴翔より一学年上であるため、受験やら進路やらで大変な時期でもある。

 晴翔はいたって真面目な顔付で石蔵に質問をする。


「カズ先輩はもうどこの組に入るか決めてるんですか?」


「……晴翔、今日の組手は本気で行くぞ?」


「うす」


 睨みを利かせる石蔵に、晴翔は笑みを浮かべながら気合いを入れたのであった。


 

お読み下さり有難うございます。



お知らせです。


現在ゲーマーズ様で行われている『冬の本まつり2024⇒2025』にて、SSを書かせて頂きました。

SSの時系列としましては、恋人の練習が始まるより少し前といった感じになっていまして、内容は晴翔が東條家の夕飯を作ろうとしていたら綾香がやって来て……という感じです。

フェア期間中(2024年11月29日~2025年1月31日)に貯まったフェアポイントを景品と交換できるようでして、本作のSSは6ポイントでの交換となっております。

もし機会があれば、是非景品交換をしてみてください。

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平日はどっちの家でもお泊まりOKだと 学校で使う教材、教科書やら体育着など 全教科とか持ち歩かないとならない? 置きっぱなしだと家で勉強やれんし と、思ったり
全エピソード感想記入目標\(//▽//)\ ※戻っていきながら書いているため、今後の展開はわかりますが、わからないときに揃えて感想を記入しています。 カズ先輩の義務5箇条 納税 勤労 菓子差入 威圧…
2025/02/01 20:37 yomo ショーロク@進学へ
友哉って雫とは前から面識あったけど、カズ先輩とも面識あるのかな?
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