第百四十一話 好きなところ? 全部だよ?
すみません。
少し話が短いです。
晴翔のこれまでの高校生活は、いたって平凡なものであった。
朝、教室に入るとクラスメイトと軽く挨拶を交わして自分の席に着く。そして、ホームルームが始まるまで勉強か読書をする。もしくは友哉と雑談をして過ごすことが多かった。
そんな静かなスクールライフは、綾香との交際をカミングアウトした瞬間に、遠い彼方へと消え去ってしまった。
晴翔と綾香が教室の扉を開けて足を踏み入れると、多くの視線が彼の身体を貫く。
それと同時に、綾香の友人達が詰め寄ってきた。
「おはよ~! 今日、大槻君と手を繋いで登校してたよね!!」
「うん、晴翔とは恋人だし」
友人の言葉に、綾香は若干頬を赤くして答える。
照れながらも嬉しそうな表情を浮かべる綾香に、女子達はキャッキャとはしゃぎ、逆に男子達は険しい顔つきになる。
怨念のような視線をちょくちょく感じながら、晴翔は肩から掛けていた鞄を降ろして手に持ちかえる。
「綾香、ちょっと荷物を机に置いてくるよ」
綾香にそう言ってから、晴翔は自分の席に向かう。
すると、周りを男子達に取り囲まれてしまった。
「なぁ大槻、お前なんで付き合えたんだ? 今までことごとく告白を断ってたあの東條さんと」
「あぁ、それは……」
男子からの質問に晴翔は言葉が詰まる。
いま思い返すと、なぜ綾香は自分を好きになってくれたのか、その理由がハッキリと分からない事に気が付いた。
「夏休み中に付き合い始めたんだろ? なにがきっかけだったんだよ?」
「きっかけは、バイトなんだけど……」
晴翔と綾香の仲が深まったのは、家事代行のアルバイトがきっかけである。
それは確かなのだが、ではなぜ綾香は家事代行を通して晴翔に惚れたのかと問われると、説明が出来ない。むしろ、晴翔もそれが知りたい。
彼女は、最初の映画デートに行った時には、すでに好きになっていたと以前言っていた。
とすると、それよりも前に好意を持たれるようなイベントがあったのかもしれない。
「ハンバーグ……かな……?」
「ハンバーグ? なんだよそれ。なぁ赤城、お前は何か知らないのかよ?」
晴翔の発言に眉をひそめた男子は、彼の親友である友哉に情報を求める。
「さぁな、俺も夏休みの後半までは、二人がそんな関係だったなんて知らなかったしな。てか、そんなに気になんなら、本人に聞いてみれば? ね、東條さん」
「ん? なに?」
「ッ!?」
いつの間にか晴翔のすぐ近くに移動していた綾香に、友哉が話を振る。
質問をしていた男子は、綾香がまさか近くにいるとは思っていなかったらしく、急に現れた『学園のアイドル』に驚いてビクッと小さく跳ねる。
普段の綾香は、常に女子生徒に囲まれていて、男子が近寄る隙が無かった。
しかし、今の彼女は少しでも恋人の近くにいたいらしく、自ら晴翔の席の近くまで移動をして来ていた。
「どうしたの?」
コテンと首を傾げて友哉を見る綾香。
そんな彼女に、友哉は晴翔へ視線を送って「ほら、聞けよ」と促す。
「あぁ……綾香って、その……俺のどこを好きになってくれたの?」
「え? 晴翔の好きな所? 全部だよ?」
キョトンとした表情のまま、当然のように即答する綾香に、晴翔の心には嬉しさと恥ずかしさが入り混じった感情が広がる。
「あ、ありがとう。でも、ほら、最初からそうだったわけじゃないよね? なんというか、好きになったきっかけというか、そんな感じのところってあったりするのかなって」
「きっかけかぁ……う~ん……」
晴翔の言葉に、綾香は軽く顎に手を添える。
「それは私もはっきり説明できないかな? 気付いたらもう、晴翔に夢中になっちゃってたから」
「そ、そっか」
「あ、でもね。本当に晴翔に恋をした瞬間なら分かるよ」
「本当に? 恋? それはどういうこと?」
彼女の言う『本当に恋をした瞬間』とは一体なんなのか。
好きになった時が、恋に落ちた瞬間ではないのだろうか。
そんなことを考えている晴翔に、綾香は頬を赤くして少し恥ずかしながら口を開く。
「花火大会が雨で延期になった時、私のためにお家縁日をしてくれたでしょ?」
「うん」
「あの時にね、晴翔からちゃんと想われてるんだって実感して、好きな人に大切にされるって、こんなにも幸せな事なんだなって知ったの」
その時の事を想い出しているのか、綾香は幸せに満ちた表情でスッと晴翔に寄りそう。
「その瞬間にね、私の心の中に『晴翔が好き』っていう感情がわぁーって広がって、多分これが恋に落ちるってことなんだなって」
「そうだったんだ。じゃあ、あの時雨でずぶ濡れになった甲斐はちゃんとあったってことだね」
「そうだね。でも前にも言ったけど、あまり無茶はしないでね?」
嬉しそうに笑みを浮かべつつ、晴翔を心配する綾香。
そんな彼女に、晴翔も微笑みながら言葉を返す。
「俺も前に言ったよ? たとえ無茶をしてでも綾香の笑顔を見たいって」
「ふふ、もう晴翔ったら……」
綾香は堪え切れないといった様子でへにゃりと笑みを溢す。
そのまま、彼女は一歩晴翔の方へと近づいた。その時、友哉の呆れた声が二人の間に割り込む。
「お~い、お二人さん。ここが教室だって忘れてはいませんかね?」
「え? ッ!!」
綾香は晴翔に抱き付こうとしていたのか、ゆっくり彼へと伸ばしていた腕をピタッと止めて我に返る。
対する晴翔は「はは……」と苦笑しながら、片手で頭を掻く。
彼の身体には、これまでとは比較にならないくらい、ビシビシとクラスメイト達の視線が突き刺さってくる。そして、その一つ一つに重たい感情が籠っている気がしてならない。
「ハル、お前家ではどんだけ東條さんとイチャついてんだよ」
「別にいうほどでもねぇよ」
「ホントかぁ?」
「家には修一さんや郁恵さんもいるし、ばあちゃんもいるんだぞ?」
「でも、二人っきりになるときだってあるだろ? 二人は半同棲みたいなもんなんだからよ」
「それは、まぁ……」
親友の追及に、晴翔は曖昧な表情で視線を逸らす。
それに対して友哉が「羨ましいな、おい」と呆れと羨望の入り混じった呟きを漏らした。
と、そこに咲が、顔を真っ赤にしてフリーズしている綾香に背後から抱き着き、ニヤニヤと彼女を揶揄う。
「綾香~、朝から見せ付けてくれますなぁ。教室内が凄い空気になってるよ?」
「さ、咲、これは、その……私はただ晴翔と普通に会話をしてただけで……」
「お? あれが普通の会話なの? 綾香は毎日大槻君と今みたいな会話をしてるんだ。ふ~ん?」
「あ、や、違くて、今のはただ晴翔に好きだよって伝えたかっただけで……」
「そっかそっか~綾香は大槻君が大好きだもんね~」
「うぅ……咲ぃ……」
晴翔と綾香はそれぞれの親友からの追及とイジリに頬を赤く染める。
そのやり取りを見ていたクラスメイト達からは様々な反応があり、教室の空気が騒がしくなる。
そこに、すこし遅い時間に登校してきた一人の男子生徒が、戸惑いがちに晴翔の席までやって来た。
「なぁ、なんか佐藤が外の廊下で一人ブツブツ呟いてたんだけど。よく聞き取れなかったけど、たぶん『オオツキハスゴイ』って言ってたと思うんだよ。大丈夫かあいつ?」
「あ、あぁ……大丈夫だ、と思う」
晴翔の平穏な高校生活は、もう遠い彼方に消え去ってしまった。
しかし、後悔は一切ない。綾香と一緒に学園生活を送れるのなら、どんなものを犠牲にしても惜しくはない。
「なぁ、ハル。フリマアプリで良い感じの壺が10円で出品されてるけど、これどうだ?」
「だから止めろって!」
友哉の悪ノリにツッコミを入れながら、晴翔はこれからの学園生活がどれほど騒がしくなるのか、少し想像した後、それを放棄した。
綾香の笑顔が隣にあれば、それだけで十分だ。
お読み下さり有難うございます。
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