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第百四十話 あなたはまだ分かっていない

 リビングの窓から差し込む朝日に照らされ、晴翔は清子と東條家の皆と一緒に朝食を食べる。


「うん、このいんげんの胡麻和えは、シンプルだけどとても味わい深いね」


 修一は小鉢を手に持ち、感想を述べる。

 すると、清子が相好を崩して彼の方に顔を向ける。


「今日のそれは、綾香さんが作ったものですよ」


「おぉ! そうだったのですね! 綾香、とても美味しく出来ているよ!」


「ありがとう、パパ」


 父の誉め言葉に、綾香は嬉しそうに口元を緩める。

 その彼女の反応に、作り方を教えた清子がニッコリと笑みを向けた。


「良かったですね、綾香さん」


「清子さんの教え方が上手だからです。いつも丁寧に教えてくれてありがとうございます」


 清子に対して綾香が丁寧に頭を下げる。

 そんなやり取りをしている隣で、涼太が一生懸命に鮭の骨を取っている。そこに晴翔が手助けに入る。


「涼太君、ここにも細かい骨があるから気を付けてね」


「うん、ありがとうおにいちゃん!」


 朝から元気な涼太は、晴翔にお礼を言うと、骨の無くなった鮭の身を口一杯に頬張る。


「美味しい?」


「うん! おいしい!!」


 美味しいご飯に幸せそうな笑みを浮かべる涼太。

 晴翔も彼の笑みに幸せをお裾分けしてもらいながら、自分で作った卵焼きを一口食べる。

 そこに、みそ汁のお椀を置いた郁恵が、微笑みながら晴翔に話し掛けてくる。


「そういえば、もうそろそろ体育祭よね? 晴翔君はどの種目に出場するのかしら?」


「まだクラスで話し合っている段階ですけど、去年は100m走に出てました」


「あら、それって陸上競技の花形じゃない! 晴翔君って足速いの?」


 感心したように手を合わせて尋ねてくる郁恵に、晴翔ではなく綾香が誇らしげに答える。


「晴翔は小学生の時、リレーのアンカーだったんだよ」


「まぁ凄いじゃない!」


 綾香の言葉に、郁恵はまるで我が子を褒めるかのようなリアクションをする。

 その事に晴翔は照れ臭そうに「ありがとうございます」と小さくお礼を言う。


 先日の『居酒屋ハルト』を境に、修一と郁恵の接し方がより近くなったと感じる晴翔。

 夏休みの家事代行をしていた時から、二人から好印象を得ているという自覚はあった。そして、綾香と付き合い出してからは、更に良くしてもらっていると感じていた。

 が、それは全て綾香を通しての話だと思っていた。

 娘が気に入っているから、娘の彼氏だから、それ故に色々と良くしてくれている。と晴翔は思っていた。


 しかし今は、綾香の存在を抜きにしても、大切にされているように感じる。

 まるで、自分が本当の東條家の息子であるかのように接してくれる。


 その事に、晴翔はどうしても亡き両親の姿を重ねてしまい、無性に照れ臭くなって心がむず痒くなってしまう。


 東條家の温もりに、幸せと恥ずかしさの両方を感じつつ朝食を済ませた晴翔は、高校の制服に着替えて玄関に向かう。

 靴を履き替えてそのまま待っていると、同じく制服に着替えた綾香がやって来る。


「待たせちゃってごめんね」


「全然大丈夫だよ。じゃ、行こっか」


「うん」


 晴翔は嬉しそうに頷く綾香と一緒に、見送りしてくれている清子に『いってきます』と言って学校へと向かう。


 これまでは、綾香との交際を秘密にしていたため、一緒に登校する事を避け、時間をずらして別々に学校へと向かっていた。

 しかし、昨日彼女との恋人関係をカミングアウトしたおかげで、もう別々に登校する必要が無くなった。


 隣を弾むような足取りで歩く綾香に、晴翔は微笑まし気な表情で尋ねる。


「もう右足は大丈夫?」


「うん。もう全然痛くないよ」


 捻挫を気にする晴翔に、綾香はスキップをして見せる。

 二人で登校できることがよっぽど嬉しいのか、はしゃぐ気持ちを隠しきれていない彼女の様子に、晴翔は小さく苦笑する。


「綾香、車に気を付けてね。轢かれたりしないでよ?」


「涼太じゃないんだから。大丈夫だよ」


「涼太君と綾香は結構似てるところがあるよ?」


 嬉しい事があった時に見せる反応は、涼太も綾香もかなり似ている。

 そんな晴翔の言葉に少し唇を尖らせる綾香は、スッと晴翔の隣に移動して右手を差し出してくる。


「じゃあ、こうしていれば安心?」


 そう言ってギュッと晴翔の左手を握る綾香。

 

「そうだね。これなら安心だよ」


 晴翔はほっそりとした彼女の手を握り返す。そして、綾香の歩幅に合わせながらゆったりと歩く。

 

 夏休みの頃に比べると、少しだけ厳しさが和らいだような気がする朝日を浴びながら、幸せそうに登校する晴翔と綾香。

 そんな二人の背中に、若干眠気を含んだような気だるげな声が掛かる。


「おっす~ハル。東條さんも、はよっす~」


「おう、おはよう」


「おはよう赤城君」


 後ろから追い付いてきた友哉に、二人が挨拶を返す。


「友哉、お前めちゃくちゃ眠そうだな」


「昨日、ギターの動画見てたら寝るタイミングを逃してな」


 友哉は盛大な欠伸を漏らしながら答える。


「てか、ハルは朝から東條さんと手繋ぎ登校とか、なんだよそれ早く爆発しろよ」


「悪いな。爆発する予定は今のところ無い」


「うっぜぇ~」


 友哉は特大欠伸で涙をにじませながら、いつもの調子で晴翔と会話を交わす。

 そこに新たな声が加わる。


「アヤ先輩、ハル先輩、おはようです。ついでにトモ先輩も」


 相変わらずの無表情を張り付けた雫に、綾香がニッコリと笑みを浮かべる。


「おはよう雫ちゃん」


「ふむ、朝からハル先輩と手なんか繋いじゃって」


 雫は晴翔と手を繋いでいる綾香の左手をジッと見詰めた後、彼女に対して少し声を落として言う。


「アヤ先輩、昨晩はハル先輩とお楽しみだったんですね?」


「ッ!? あ、朝から雫ちゃんは何を言ってるの! そんな訳無いでしょ!」


 雫の発言に、綾香の顔は一瞬にして真っ赤に染まる。

 それに対して雫は、大袈裟にキョトンとした様子を見せる。


「え? なんでそんなに顔を赤くしてるんです?」


「それは! 雫ちゃんが『お楽しみでしたね?』とか変な事を聞いてくるからでしょ!」


「お楽しみのどこが変なんですか? お子ちゃまな私にはわかりません。アヤ先輩、詳しく教えて下さい」


「わ、わざとでしょ雫ちゃん! すっとぼけないでよ!」


「何がですか? 私は何をすっとぼけているのですか? 詳しく教えて下さいアヤ先輩?」


 雫の顔は無表情なのに、その声音からはなんとも楽しそうな感情が漏れ出している。


「う、うぅ~! 晴翔~」


 雫のいじりに耐えられなくなった綾香が隣の晴翔に泣きつく。

 彼は苦笑しながら雫へと視線を向ける。


「雫、その辺で勘弁してくれ」


「しょうがないですね」


 晴翔の制止に雫は肩をすくめると、最後に「むっつりアヤ先輩おつです」と綾香に言う。

 それに対して、綾香が反論しようと彼女の方を向く。しかし、まさに『かかって来い』と言わんばかりに見詰め返して来る雫に、綾香は言おうとしていた言葉をグッと飲み込む。

 よく見ると、雫の口元が楽し気にクイッと小さく持ち上がっている。


「むぅ、雫ちゃんのイジワル……」


「そんなアヤ先輩が私は大好きです」


「っ……ズルいよ」


 ストレートな物言いをする雫に、綾香は不満そうな、それでいて嬉しいような複雑な表情を浮かべる。

 そんな女子二人のやり取りを見て、友哉がしみじみと言葉を漏らす。


「いやぁ、朝から最高です。な? ハル」


「なぜかお前のそのコメントには、素直に頷きたくないんだよな」


「なに言ってんだよ。なにごとも素直な気持ちが大事だぜ?」


 頭の後ろで腕を組みながら、呑気にそんな事を言う友哉。

 そこに、駅へと続く道から咲が姿を現す。


「皆おっはよ~。お、綾香は早速大槻君と手繋ぎ登校ですか。青春を謳歌してますなぁ」


「咲先輩聞いて下さい。むっつりアヤ先輩がさっき――」

「雫ちゃん! 咲に余計な事言わないでッ!」


「え? なになに雫ちゃん」


「なにもない! なにもないからッ!!」


 さっそく咲に先程の報告をしようとする雫と、それを必死に阻止しようとする綾香。

 雫と咲の間に割って入って、二人のやり取りを妨害しようとする綾香に、咲はニヤニヤしながら「なによ綾香、私にも教えなさいよ」と詰め寄っている。


 朝からわちゃわちゃと賑やかな女子達を眺めながら、友哉が再びのんびりと呟く。


「平和で良い朝だな、ハル」


「平和なのかこれは?」


 二人の親友から弄られ、顔を赤くしながらアワアワしている恋人を見ながら晴翔は苦笑した。


 その後、五人で登校した晴翔達は、学年の違う雫と昇降口で別れて二年生の教室へと向かう。

 そして、教室に入る手前で一人の男子生徒に呼び止められた。


「あ、あの……大槻、それと東條さん」


 緊張を含んだ硬い声で名前を呼ばれ、晴翔が男子生徒の方へ視線を向ける。

 そこには、昨日晴翔の事を罵倒して綾香の地雷を踏みぬいた彼がいた。


 綾香も男子生徒の姿を認識したようで、朝からニコニコとしていた表情が一瞬で真顔に戻る。

 そんな彼女の変化を感じ取ったのか、男子生徒は僅かにたじろぐ。


「えっと、何か用か?」


 若干顔色が悪いようにも見える男子生徒に晴翔が声を掛けると、男子生徒はハッとした表情の後に、おもむろに口を開く。


「そ、その……昨日のことを……謝りたくて」


 男子生徒は、言葉に詰まりながら綾香の方へと視線を向ける。


「あの……ごめん。昨日は、その……東條の気を悪くするような事を言って……」


「うん」


 男子生徒の謝罪に、綾香はまるで雫が乗り移ったかのような無表情で一度だけ頷く。

 なんとも冷めた彼女の反応に、男子生徒は慌てて言葉を続ける。


「お、俺、東條の気分を悪くするつもりは無くて、昨日言ったことも、本心じゃ――」

「私じゃなくて、晴翔に謝ってくれる?」


「え? あ、あ、そ、そうですね。うん」


 氷のように冷たい声音で言う綾香に、彼女の後ろにいた友哉が思わず隣にいる咲に声を落として尋ねた。


「実は東條さんって、怒ったらめっちゃ怖い?」


「まぁ、綾香は滅多に怒らないからね。あそこまで感情的になるのは珍しいかな? それだけ大槻君が愛されてる証拠ね」


「ハルのやつめ、どんだけ東條さんから想われてんだよ」


 そんな呑気な会話とは対照的に、男子生徒は見ていて可哀想なくらいに青ざめた顔で、晴翔に対して謝罪をする。


「大槻、その……昨日はすまなかった。えっと、ガリ勉陰キャモヤシ野郎なんて言っちまって、ごめん。本当はそんな事思ってないんだ。つい、その、感情的になっちまって……ごめん」


 小さく身体を震わせながら謝罪する男子生徒。

 晴翔は、そんな彼の様子に少し同情してしまう。


「俺はそこまで気にしてないから、大丈夫だよ。え~っと、こういうのもなんか偉そうな感じだけど……うん、許すよ。だからもう気にするな」


 晴翔の許しの言葉を得て、男子生徒はほんの少しだけ顔色を良くする。


「ありがとう。本当にすまなかった。俺、その……」


 男子生徒は一旦言葉を区切り、少しの間だけ口をつぐみ、チラッと綾香の方に視線を向ける。そして、意を決したように再度口を開いた。


「俺、一年の時から東條の事が好きで、ずっと好きで……だから、急に大槻が彼氏だってなった時に、それを受け入れられなくて、感情をコントロールできなくて、それで……酷い事を……悪かった」


 そう言って再び晴翔に対して男子生徒は頭を下げる。

 

 心の内を吐露した男子生徒の姿を見て、綾香は少し無表情を和らげて、男子生徒に声を掛ける。


「佐藤君、これからは私の彼氏を悪く言ったりしないでね?」


「え? あ、うん。もちろん」


 頭を下げていた男子生徒――佐藤は、綾香が自分の苗字を覚えていてくれていた事に、僅かに嬉しさを滲ます。


「大槻はテストで学年一位だもんな。本当に凄いと思うよ」


「そか、ありがとう」


 綾香からの許しを得る事が出来た佐藤は、ほっとした様子で晴翔を賞賛する。

 彼の言葉に晴翔が若干照れながら返事をする。

 と、そこに綾香が笑みを浮かべて佐藤に説明を始める。


「あのね佐藤君。晴翔が凄いのは勉強だけじゃないの。晴翔はね小さい頃から空手をやっていて、すっごく強いの」


「そうだったのか、じゃあなおさらモヤシ野郎って言って悪かったな」


「うんうん。でね、晴翔は掃除も完璧なの。晴翔が私の家に住むようになってから、もうどこもかしこもピッカピカなの」


「そっか、凄いな大槻」


「そう、晴翔は凄いの。料理だってとっても美味しく作ってくれるし、料理してる姿なんてずっと眺めていられるの」


「そ、そっか……大槻は料理も出来るんだな」


「そう、出来るの。それとね」


 綾香は瞳を爛々と輝かせて、晴翔の魅力を佐藤に説き始める。


「晴翔はいっつも涼太の面倒も見てくれてね。涼太もすっかり晴翔に懐いてるの。あ、涼太っていうのは私の弟ね」


「お、おう……東條には弟がいたのか」


「うん、あとね」


「ま、まだあるのか?」


「まだまだ、一杯あるよ」


 そう言って一歩佐藤に詰め寄る綾香。

 対して佐藤は一歩後ずさる。


「晴翔は気遣いも出来るの。お買い物の時も、私が荷物を持っていると、いつもさり気無く持ってくれるの」


「……大槻は紳士なんだな」


「そう、晴翔は紳士なの。あとね」


「…………」


「晴翔は凄く優しいの。花火大会が雨で延期になった時なんて、私の為に雨でずぶ濡れになりながら、お家縁日の食材を買い揃えてくれたんだよ? 凄いでしょ?」


「す、凄いな……大槻はスーパーマンだ」


「うん、晴翔はスーパーマンなの。他にもね――」

「わ、分かったよ! 大槻が凄いやつだっていうのは十分に分かった!」


 綾香の言葉を佐藤は慌てたように遮る。

 しかし、綾香はそんな佐藤の言葉を軽く跳ね除ける。


「ううん。佐藤君は分かってない。全然わかってないよ。あのね、晴翔はね、足も速いの。小学生の時はリレーでアンカーだったんだよ」


「しょ、小学生のとき……す、凄いな」


「凄いよね。あとね他にも凄い所がたくさんあってね」


 綾香はその後も、いかに晴翔が凄いかを佐藤に説明し続ける。

 そんな彼女に、佐藤は『やべぇ……』と言った感じで引き攣った表情を浮かべていた。


 佐藤に詰め寄ってマシンガントークを繰り広げている綾香を見て、咲が「あちゃ~」と苦笑する。


「こりゃ佐藤は、また違う地雷を踏みぬいたね」


「おいハル、後であいつにお前の顔がプリントされてる壺を売りつけようぜ。きっと買うぞ?」


「やめろ。冗談に聞こえん」


 自分について延々と語り続ける恋人を見て、それだけ想われていたのかと思う反面、洗脳されそうな勢いで、強制的に自分のいい所を詰め込まれている佐藤に、同情もしてしまう。


「あとね、晴翔はいつも優しく手を繋いでくれるの」


「……スゴイ、オオツキハスゴイ……」


「うんうん。そうなの」

お読み下さり有難うございます。


どうやら本作の書籍版が『次にくるライトノベル大賞』というものにノミネートされているようです。

『このライトノベルがすごい』は聞いた事があったのですが、その他にも似たようなものがあったのですね。知らなかった……。

という訳で、もしも書籍版のほうも応援してもいいですよという方いらっしゃいましたら、下記のURLより投票していただけると幸いです。


https://t.co/PlOiaerWGe


ちなみに、本作のノミネート番号はNo.29です。

一人三作品まで投票できるようでして、一作品のみの投票でも良いようです。

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全エピソード感想記入目標\(//▽//)\ ※戻っていきながら書いているため、今後の展開はわかりますが、わからないときに揃えて感想を記入しています。 しゅーさい晴翔君 洗脳中綾香 もやし…?いや〜も…
2025/02/01 20:44 yomo ショーロク@進学へ
佐藤君が反省できる子で良かった けれど晴翔をモヤシ呼ばわりしたばかりに好きな子から恋敵がいかに凄いのかを延々と聞かされるはめに(苦笑) 綾香と晴翔の惚気話で佐藤君も砂糖漬けにされてしまうんだね、佐…
今回の冒頭部分を読んですぐに、涼太がどうぶつの森公園に遊びに行く朝に両親が出かけた後から起きてきたことを思い出したんだけど。 熱心な読者なら、みんな覚えていると思いますよ。いまさら家訓を持ち出さなくて…
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