第百三十九話 そう言うところだよ
学校が終わり東條家に帰宅した晴翔は、清子を含めた東條家の皆と夕食を囲み、涼太と一緒にお風呂に入った後、綾香の部屋に呼び出しされる。
綾香はベッドに腰掛け「こほん」と咳ばらいをしてから晴翔に言う。
「はい、ではこれから説教タイムです」
彼女はベッドの上をポンポンと叩き、隣に座るように晴翔を促す。
「あの……その説教は、何に対してのお叱りでしょうか?」
彼は素直に綾香の隣に腰を降ろしながら、恐る恐る尋ねる。
綾香から「説教だ」と告げられたのは、昼休みに寺澤さんと二人きりで話をしてからだ。
ひょっとして、寺澤さんとの間で何かトラブルがあったのだろうか?
それこそ、過去のトラウマになった出来事のような事が、寺澤さんとの間に発生したのかもしれない。
綾香との交際を公にしようと晴翔が言った時、彼は「自分が守るから」と綾香に告げている。それなのに守ってあげる事が出来なかったから、怒っているのだろうか?
晴翔の頭の中では、そんな考えが悶々と繰り返されている。
そんな彼に対して、綾香は真面目な表情で晴翔の目を見て口を開く。
「晴翔」
「……はい」
「あなたは、魅力的なのです。それも、かなり魅力的なのです」
「え? あ、ありがとう」
説教されると身構えていた晴翔。しかし、予想に反していきなり褒められたことに、彼は戸惑いの表情を浮かべる。
それを見て、綾香は小さく首を横に振った。
「違うの! これは褒めてるんじゃないの!」
「え? 褒められたんじゃないの?」
「褒めたんだけど、褒めたわけじゃないの。説教のために褒めたの。わかる?」
「ごめん、わかりません」
綾香の言っている事が全く理解できない晴翔は、申し訳なさそうに首を横に振る。
綾香はそんな反応を見せる晴翔にグッと顔を近付けると、一言一言しっかりと言い聞かせるように言葉を発する。
「いい? 晴翔は優しくて、気遣いが出来て、いい所をちゃんと褒めてくれる。私にとって理想の彼氏なの」
「え~っと……これは、褒められてる……訳じゃないんだよね?」
「そう! 今は説教中だからね! よく聞いてね」
「はい、ちゃんと聞きます」
「うん。でね、私にとって理想的ってことは、他の女の子にとっても理想的ってことにもなっちゃうの」
「なるほど?」
「だから、晴翔は私だけじゃなくて、女の子全員にとって魅力的な男の子なの」
ハッキリと断言する綾香に、晴翔は少し謙遜した言葉を口にする。
「それは、どうだろ? 俺、今までそんなにモテたことないし……」
「それ! それがダメなの! その『自分なんて』みたいな低い自己評価が良くないの! メッだよ晴翔!」
突如、声を大きくして訴えかけてくる綾香。
「これからは、自分はモテモテのモテ男ですってくらいの認識でいてくれないと」
そう言う彼女に、晴翔はほんの僅かだが顔に不服そうな色を浮かべて、綾香に反論をする。
「俺はそんなにモテないよ。それに、モテたいとも思わない。俺は綾香が好きなんだ。君だけに、隣にいて欲しい」
なんとも真剣な顔付でそう言う晴翔に、綾香の顔がサッと赤く染まる。
「ッ⁉ そ、そそ、そう言うところだよッ!! 不意打ちはダメ!!」
「ご、ごめん。今の、ダメだった?」
「だ……めじゃない。ダメじゃないんだけど!…でもダメ!!」
「え? どっち?」
先程から綾香の言っていることがハチャメチャすぎて、軽く晴翔は混乱する。
そこに、綾香が恥ずかしそうにしながら、上目遣いで晴翔を見詰めてくる。
「……いまみたいのは、私以外の女の子に言っちゃ、ダメだからね?」
「さっきも言ったけど、俺が好きなのは綾香だけなんだから、他の女の子に言う訳が無いよ」
「っ……うぅ~……」
晴翔の言葉に綾香はついに耐え切れなくなったのか、これまで保っていた真剣な表情が崩れ去って、ニコ~と緩んだ顔付きになってしまう。
「もう、晴翔ったら……そう言うところだよって言ったばかりなのに……」
彼女は諦めたように呟くと、そのまま晴翔に抱き着いた。
急にギュッと抱き着いて来て、背中に腕を回してくる綾香に、晴翔も優しく抱き返しながら、彼女に問い掛ける。
「もう説教タイム終了?」
「……終了です」
綾香は渋々といった様子で、小さく答える。
彼女はギュ~ッとさらに強く晴翔に抱き着き、彼の胸に顔を埋めながら言う。
「……ごめんね。今の私、凄く面倒臭いよね……」
「いや、別にそんな事無いよ? 全然面倒臭くなんて無いよ」
「うぅ……私ね……怖いの」
綾香は小さな声でそう言うと、胸に埋めていた顔を上げ、そのまま晴翔を見上げる。
「晴翔が魅力的過ぎて、好き過ぎて……私の心をこんなにも惹きつけるなら、他の女の子も、晴翔の事を好きになっちゃうんじゃないのかなって」
綾香は少し潤んだ瞳を伏せる。
「もし、凄く素敵な女の子が晴翔に言い寄ってきたらどうしようって、可愛い女子が晴翔の目の前に現れたらどうしようって……」
不安の滲む声を漏らす綾香。
晴翔は彼女の背中に回している腕に力を込め、強く綾香を胸に抱き寄せた。
「ごめん、不安にさせちゃって。でも、信じて欲しい。俺にとって一番素敵な女の子は綾香だし。綾香以上に可愛い女の子は、俺には存在しないんだよ」
晴翔は胸に抱き寄せた恋人にそう告げると、そっと両肩に手を添えて優しく引き離し、綾香と視線を合わせる。
「ちなみに、俺が言ってる可愛いっていうのは、顔の事じゃないからね? もちろん綾香の顔は可愛いんだけど、それだけじゃなくて、俺が可愛いと思っているのは綾香の内面というか心というか、まぁ、見た目だけの事じゃないから」
晴翔は綾香の事を可愛いと心の底から思っている。
それは、彼女の純粋な心。優しく弟想いで、明るい家族に囲まれて幸せそうに笑う。そんな彼女が、晴翔にはとても可愛く映っている。
「だからさ。たとえ目の前に超一流モデルみたいな凄い芸能人の女の人が現れても、俺は綾香から目移りする事なんて無いよ」
「……ふふ、それはさすがに大袈裟過ぎない?」
「全然大袈裟じゃないよ?」
「じゃあさ、大人気グラビアアイドルが、急に晴翔の目の前にビキニ姿で現れたとしても、目移りしない?」
「それは……チラ見は、するかも」
「もうッ!」
晴翔の発言に、綾香は頬を膨らませてポカポカと彼の胸を叩く。
「そこは、目移りしないよって断言しないとダメでしょ!」
不満を拳に乗せてくる綾香。
しかし、その表情は頬こそ膨らんではいるものの、どこか楽し気な雰囲気になっており、先程の不安は消え去っていた。
そんな綾香の様子を感じ取って、晴翔は彼女に平謝りする。
「ごめんごめん」
「言葉だけじゃ許してあげないもん」
晴翔が冗談で言っているとちゃんと理解している綾香は、楽し気な表情とは反対に、敢えて厳しい言葉を投げかける。
それに対して、晴翔も笑みを浮かべながら彼女に問いかける。
「じゃあ、どうすれば許してくれる?」
「……ん」
綾香は言葉で返さずに、目を閉じて顔を僅かに上に持ち上げる。
そんな彼女の行動を察して、晴翔は自分の唇を綾香の唇に重ねた。
「これで許してくれる?」
「うん、許します」
綾香は満足して幸せそうな笑みを晴翔に見せると、再び彼の胸に寄り掛かり、ゆったりと脱力して体重を預けてくる。
晴翔は、甘えるように胸に抱き付いてくる彼女の髪を優しく梳いてあげる。
そうやって、暫くの間心地良い無言の時間を過ごす二人。
やがて、綾香が思い出したように晴翔の胸から顔を持ち上げる。
「そうだ、晴翔にあげるご褒美の事なんだけど」
「あぁ、水族館に行った時に話したやつ?」
綾香と水族館デートをした時、晴翔がテストで学年一位を取ったご褒美として、彼女が膝枕をしてくれるという話になっている。正確には、晴翔が一日綾香に甘え放題という内容だが。
「そのご褒美、今週の金曜日はどうかな?」
「うん、俺は全然良いけど、金曜日なのは何か理由があるの?」
「もうテストも終わったし、次の日は休みだから、晴翔と一緒にちょっと夜更かししながら、ダラダラしたいかなって……ダメかな?」
反応を窺うような上目遣いの綾香。
晴翔はニッコリと笑って頷く。
「いいよ。ちなみにどんなことをしてダラダラ過ごすか決めてる?」
「一応、咲が海外ドラマのDVDを貸してくれるって言ってるから、それを一緒に見るなんてどう?」
「いいね。じゃあ、お菓子なんかを食べながらドラマ一気見ってことかな?」
「うん! そういうこと!」
弾むように頷く綾香に釣られて、晴翔も楽し気な気持ちになる。
「金曜日が楽しみになってきたよ。華金ってやつだね」
彼はそう言いながら、愛しい恋人を優しく抱き締めた。
お読み下さり有難うございます。
更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
ちょっと物語の展開で悩んで筆が止まってました。
朝の目玉焼きを塩コショウで食べるか醤油で食べるか、そのくらい悩んでいました。ですが、その悩みも解消されたので、次はもう少し早く更新できると思います。
つまり、目玉焼きにはケチャップもアリという事ですね。