第百三十六話 大自爆
最近忙しく、せっかく頂いた感想に返信できずに申し訳ありません。
頂いた感想は、とても執筆の励みとなっております。心から感謝申し上げます。
晴翔は家事代行のアルバイトを通して、綾香の色々な表情を見てきた。
驚き戸惑う表情に、顔を赤くして恥ずかしそうにする表情。
嬉しそうに笑みを浮かべる表情や、不満そうに頬を膨らませた表情。
どの表情もとても魅力が溢れる、感情が豊かで心優しい女の子。
それが晴翔にとっての東條綾香であった。
その彼女が目の前で怒っている。
表情こそニッコリと笑みを浮かべているが、そのニッコリ顔の裏からひしひしと怒りが滲み出ていた。
そんな綾香の口から放たれた『あなたには関係無い』という完全拒絶の言葉を受けて、ガックリと項垂れる男子。
綾香は怒りを視線に乗せて一瞥する。
「私が誰を好きになって、誰と付き合おうと、あなたには関係無い。けど、私の大好きな彼に対して言ったさっきの言葉は撤回して欲しいな」
怒りを抑えようとしているせいで、不自然に抑揚のない口調となってしまっている綾香。
彼女のすぐ隣に立つ晴翔は、自分の為にここまで怒ってくれているという事に対して嬉しさを感じる。と、それと同時に、初めて見る綾香のガチギレモードに、少し背中が寒くなるのも感じる。
怒りを直接向けられていない晴翔ですらそう感じるのだから、彼女の真正面からダイレクトに怒りをぶつけられている男子は相当に辛いだろう。
晴翔はそう想像して、少しばかり同情の視線を男子に送る。
綾香に『前言を撤回しろ』と要求された男子は、狼狽えて口を僅かに開く。しかし、そこから言葉が出てこない。
そんな彼に、彼女は容赦なく追い討ちをかける。
「ねぇ、あなたは晴翔の事を‟ただのガリ勉”って言うけど、じゃああなたは晴翔みたいに勉強をして学年トップの成績を取れる? 晴翔が毎日早く起きて勉強してるって知ってる? 夜だって寝る前に毎日勉強してるんだよ? あなたにそれが出来る? ねぇ、これを‟ただのガリ勉”って言えるの?」
「そ、それ……は……」
「それに晴翔って陰キャなの? というか、そもそも陰キャってなに? 私、陰キャとか陽キャとか、よく分からないな。教室で騒がしい人が陽キャなの? じゃあ、反対に大人しい人が陰キャ? だとしたら、陰キャって別に悪い事じゃないよね?」
「いや、べ、別に……」
「あとモヤシって言ってたけど、晴翔は腕だって太いし、胸板だって薄くないよ? 晴翔に抱き付いたらちゃんと筋肉があるんだなって感じられるもん。それに晴翔、腹筋割れてるよ? それなのにモヤシなの? 晴翔がモヤシなら、あなたはなに? えのき? それとも、なめこ?」
綾香から発せられるブリザードのような怒りで静まり返る教室内。その中で男子は、陸に打ち上げられた魚のように、口だけをパクパクと動かしている。
そんな、なんとも重苦しい雰囲気の中、綾香の放った言葉の最後がツボにはまった咲が、堪え切れずに小さく噴き出す。
「ぷふっ……なんでキノコなのよ……ふふ」
綾香のモヤシに対する答えが、えのきとなめこだった事が面白かったらしく、咲の口元からは抑えきれなかった笑いが小さく漏れ出る。
彼女の笑いで場の雰囲気が少し和むと、綾香を囲んでいた女子の一人が、好奇心に瞳をキラッキラに輝かせて、綾香に質問をする。
「ねぇねぇ綾香ちゃん! なんで大槻君の腹筋が割れてるって知ってるの? やっぱり直接見たの? それに、なんか大槻君の体つきにも詳しそうだし! もしかして二人って、もう……?」
意味深な視線と共に放たれた友人の言葉に、今まで静かに怒りを燃やしていた綾香の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「へぁ!? ち、ちちち、ちが、違うよっ!!」
さっきの怒りは何処へやら。
盛大に動揺しまくる綾香は、アワアワと友人に対して両手を振る。
「は、晴翔とはまだキスまでしかしてないし! それに、晴翔の体つきを知ってるのは一緒にお風呂に入った時に見ただけで――」
「「一緒にお風呂ッ!?!?!?!?」」
教室内に響き渡る叫びは、男女入り混じった声が綺麗に重なる。
学園のアイドル本人によってもたらされた衝撃の事実。
これに教室内は、先程の静まり返った様子とは打って変わって、喧騒の渦が巻き起こる。
「一緒にお風呂ってどゆこと!? ねぇ! どゆこと!?」
「なんで一緒にお風呂入ってるん!?」
「一緒にお風呂入った後にどうしたの!? なにしたの!?」
女子からは『キャッ~!』という黄色い歓声が上がり、好奇心に満ち満ちた質問が次々と飛び交う。
それに対して男子からは、地の底から響くような重たい呪詛が垂れ流れてくる。
「一緒にお風呂だと……」
「大槻め……爆散しろ……」
「見たのか……お前は見たのか……東條さんの……」
「呪…………」
混沌とした騒ぎの中、綾香はなんとかクラスメイト達の誤解を解こうと必死に言葉を発する。
「ち、違うの!! 弟が! 弟がね! 晴翔と一緒に暮らすってなった時に、みんなでお風呂に入るって言い出し――」
「「一緒に暮らすッ!?!?!?!?!?」」
学園のアイドル、本日二度目の爆弾発言。
教室内の反応に綾香は「あわわわわ」と慌てるが、時すでに遅し。
クラスメイトには、晴翔と綾香が一つ屋根の下で暮らし、一緒にお風呂にも入った事がある。という事実が周知されてしまった。
「綾香ちゃん大槻君と暮らしてるの!?」
「まさかの同棲!?」
「東條さんもしかして大槻君とゴールイン!? おめでとう!」
「綾香ちゃんのウェディングドレス見たい~!!」
「大槻~~ッ!! お前って奴はッ! お前って奴は~~ッ! くそぉ~!」
「マジなん!? マジなんな!? もう二人夫婦やん!?」
「いや、なんか……ここまで来たらもう、二人の事を俺は応援します!」
「結婚式の招待状待ってますッ!!」
「ご祝儀多く包むから俺も呼んでくれぇ~!」
次々と明かされる学園のアイドルの恋愛事情。
周りが思っていた以上に、二人の恋が進展しているという現実に、双方の友人達からはチラホラと祝福の声が上がり始める。
それに対して、綾香は最早首元まで真っ赤に染めながら、アタフタと視線を左右に振る。
「あ、あの、これは! じ、事情があって! 晴翔とは――」
「お二人さん、末永くお幸せに~!」
「あ、ありがとう……じゃなくて! 皆、聞いて! あのね――」
「学生結婚とか憧れるわ~」
「そ、それはまだ話が早すぎるよ! 私が晴翔と暮らしてるのは――」
「子供は何人作る予定? 綾香の家族計画は?」
「そ、それは……最低でも二人は欲しいかな? 男の子と女の子で一人ずつが理想……って、どさくさに紛れて咲はなんて質問してくるのよっ!!」
完全に制御不能となってしまったクラスメイト達。
綾香は「うぅ~」と困り果てた顔で隣の晴翔を見上げる。
「晴翔……ごめんね……」
「いや、まぁ……堂々とするって決めたしね。これで何もかも隠し事が無くなって、逆に良いんじゃない?」
晴翔は苦笑を浮かべながら、華麗に大自爆を起こした綾香をフォローする。
学園のアイドルと一緒に暮らしている。
堂々と綾香と付き合っていれば、遅かれ早かれバレてしまう事である。ならばいっそ、二人の関係を公にしたタイミングで、全てをバラした方が気が楽である。
晴翔は津波のように押し寄せる喧騒に、現実逃避気味に「はは」と乾いた笑いを溢しながらそう考える事にした。
そこに、周りの人混みを掻き分けて来た友哉が、ポンと晴翔の肩を叩く。
「おめでとうさんハル。これからの学園生活、存分に楽しめよ」
そう言ってニヤっと笑う友哉に、晴翔も皮肉な笑みを返す。
「お前もこの喧騒の中に道連れにしてやる……」
「いやいや、東條さんとの二人の時間を邪魔するなんて、俺にはとてもとても」
「いやいやいや、俺達は親友だろ? 水臭い事を言うなよ」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
晴翔は友哉と中身の一切ない会話を交わして、周りの喧騒から気を紛らわそうとする。
と、そこに場の雰囲気をぶち壊すような声が教室内に響き渡った。
「はい! どーーんッ!! 雫ちゃんの登場です!」
教室の扉を勢いよく開け放って登場した雫。
彼女は、無表情の口から発せられたとは思えないハイテンションな言葉の後、教室内の異様な騒がしさに首を傾げる。
「む? なんですこの状況?」
雫は首を傾げたまま、多くのクラスメイトに囲まれている綾香と晴翔を見る。
「あ、これはね。私がちょっと、その晴翔との事で……」
自爆してしまったこ事を説明しようとする綾香。
そんな彼女の言葉を雫は片手を上げて制する。
「はは~ん、もう分かりました。みなまで言わなくても結構ですよアヤ先輩」
全てを悟ったような雰囲気を出す雫は、一度教室内をゆっくりと見渡してから口を開く。
「アヤ先輩の事ですから、どうせ公衆の面前でハル先輩にえっちぃ事をしたのでしょう? ほんとにアヤ先輩はムッツリさんで困ったもんです」
雫は『やれやれ』というように肩をすくめる。
「雫ちゃんは何言ってるのっ!! ムッツリはそんな大胆な事しないからっ!!」
「……綾香、否定するところ、違くない?」
雫の言葉をすぐさま否定する綾香。
しかし、その否定の方向が若干ずれている事に、晴翔が冷静にツッコミを入れる。
「あ~はいはい、分かりました。そうですね。アヤ先輩は、皆がいなくなってから、ハル先輩と濃厚なベロチュウをするムッツリさんですもんね」
雫は、以前の勉強会でのホッキーゲームの事を口にする。
その彼女の言葉に、クラスメイト達が再びざわつく。
「東條さんって意外と積極的なのか?」
「今まで男子避けてたと思ってたのに……」
「まさか、そんな……最高かよ」
周りから漏れ聞こえる会話に、綾香は頭から湯気を出しそうな様子で雫に抗議する。
「もう! 変な事言わないでよ!!」
「でも事実じゃないですか?」
無表情でジッと見詰めて言葉を返す雫。
そんな彼女に、綾香は「う……」と瞳を潤ませる。
「そ、それは……そうだけど……」
小さな声で雫の発言を肯定する綾香。
彼女の反応に、クラスメイト達は大いにざわついた。
お読み下さり有難うございます。
発売中の電撃大王12月号にて、コミカライズの第二話が掲載されています。
本作における超重要人物が元気一杯に登場しておりますので、是非ご覧になってみてください。