第百三十五話 地雷にご注意を
咲と雫の二人から『綾香を悲しませるな』と念を押された晴翔。
「じゃあ、教室に戻ろうか」
彼は綾香に自分の肩を差し出しながら言う。
「うん」
頷く綾香は、嬉しそうに晴翔の助けを借りてベッドから立ち上がる。
彼は須崎先生が貸してくれた松葉杖を綾香に手渡して、彼女を支えながら保健室から出る。
そこに、晴翔達と一緒に保健室を出た雫が、自分の教室に戻ろうとして足を止める。
「そうだ。先輩達は今日食堂に行きます?」
「いや、俺は弁当だし友哉もコンビニで飯を買ってたから、今日は教室で昼を食べる予定だけど?」
雫にそう答えた晴翔は、視線を綾香と咲に向ける。
「私も咲もお弁当だから、食堂には行かないよ」
晴翔の後にそう答える綾香。
二人の返答を聞いて、雫が自分も晴翔達と一緒にお昼ご飯を食べると言う。
「後でお弁当を持って先輩たちの教室に行くので、皆でお昼を食べましょう。では、首を洗って待っていてください」
そう言い残して一年生の教室がある階へ階段を駆け上がる雫。
一瞬で姿が見えなくなった後輩に、晴翔がツッコミを入れる。
「首を洗って待っていろ。は、おかしいだろ」
綾香を支えながら、二年生の教室がある階までゆっくりと階段を上がる晴翔が、苦笑を浮かべる。
綾香を挟んで晴翔とは反対側にいる咲が、愉快そうに言う。
「雫ちゃんて本当に面白いよね。てか、綾香は雫ちゃんとなんかあった? 急に距離が縮んだような気がするんだけど?」
「え? あぁ……うん」
咲の視線を受けた綾香は、僅かに頷いた後チラッと晴翔を横目で見る。
「……秘密」
「ふ~ん。なるほどねぇ」
綾香の僅かな挙動から、咲は何やら察した様子で僅かに口角を上げる。
「私も雫ちゃんと仲良くしたいから、これからはもっと絡むようにしよっと」
「二人で結託して私をイジメないでよ?」
警戒する綾香に、咲は「それはどうかな~?」と思わせぶりな笑みを浮かべる。
「リア充は独り身の敵だからね」
咲は綾香の隣に寄り添って、彼女を支えている晴翔を見てニヤッと笑う。
「藍沢さん。俺の大切な彼女をイジメないでね」
「大槻君は健気ですな」
そんな会話を交わしながら、三人は教室へと向かう。
現在は昼休みという事もあり、多くの生徒達が教室から出て廊下で友達と会話を楽しんでいたり、体育館や校庭へ遊びに行ったり、昼食を食べる為に食堂に向かったりと、活気に満ち溢れていた。
しかし、そこに晴翔達が通りかかると、辺りは一瞬にして静まり返る。
今まで一切合切、男を寄せ付けてこなかった『学園のアイドル』が、一人の男子生徒に支えられながら歩いている。
しかも、その表情に嫌そうな色は一切無い。むしろ、ほんのりと頬を赤く染めて恥ずかしそうにしながらも、何とも嬉しそうなニコニコとした笑みを浮かべている。
周囲に『私は今、とても幸せです』というような雰囲気を醸し出しながら、男子と密着して歩く東條綾香。
その姿に、友人との会話に夢中になっていた者は、その口を噤み。遊びに行こうとしていた男子達は、呆然と口を開き。食堂に向かう集団は空腹も忘れて、視線で二人の姿を追いかける。
周囲の様子を軽く見渡しながら、咲が面白そうに言う。
「おぉ、めちゃくちゃ注目されてるね。特に男子達の表情がウケる。さすが人気者の綾香だね」
「この状況はちょっと怖いけどね」
そう言って、綾香は苦笑を浮かべる。
「大丈夫よ。何かあれば大槻君が守ってくれるんだから、ね?」
咲が晴翔へと視線を向けて言うと、彼は大きく頷く。
それを見て綾香は、嬉しそうにはにかむとそっと晴翔の腕に抱き付く。
途端、周囲にざわつきが走る。しかし、堂々とすると覚悟を決めた二人は、その反応を敢えて無視する。
「ありがと、晴翔」
「彼氏として当然だよ」
「うふふふ」
お互いに見詰め合いながら笑みを交わす晴翔と綾香。そんな二人の惚気を間近で喰らった咲は、半分呆れたような表情を浮かべる。
「あぁ、はいはい。ごちそうさまです」
周囲の呆然とした雰囲気の中で会話を交わしながら、三人は教室の近くまでやってくる。
すると、教室付近で待ち構えていた数人の男子が駆け足でやってくる。
「なッ……やっぱり、東條さんと付き合っているっていうのは本当だったのか……」
「あぁ……あぁ……」
「大槻……くそぉ~……」
真っ先に近付いてきた男子達は、密着して歩いてきた晴翔と綾香の姿に狼狽えた反応を見せる。
質問を浴びせる前に、二人は正真正銘の恋人同士であると見せつけられた男子達は、まるで魂が抜けたかのような絶望の表情を浮かべる。
そんな男子達を押しのけて、今度は恋バナに目を輝かせた女子達が駆け寄ってきた。
「綾香ちゃん! 大槻君と付き合ってるって本当だったんだね!」
「綾香の好きな人って彼だったのね!」
「ねぇねぇ、東條はなんで大槻と付き合い始めたの? きっかけは?」
「てか綾香足大丈夫? 松葉杖してんじゃん?」
「大槻君にそんなに寄り添ってラブラブかよ!」
綾香と仲の良い友人達なのだろう。
先程の嫉妬や絶望に染まった男子達の反応とは正反対で、キラキラワクワクした眼差しで質問を投げかけてくる。
それに対して、綾香はどこかホッとしたような表情と共に、照れながら晴翔との馴れ初めを掻い摘んで説明する。
「晴翔とは夏休みのアルバイト関係がきっかけで知り合って、それで何回かデートとかして、夏休みの終わりごろに付き合い始めたんだよね。ちなみに足は軽い捻挫だから、全然大丈夫だよ」
綾香の説明に、女子達は更に興奮した様子で質問を重ねる。
「どっち!? どっちが告白したの!? 綾香ちゃん? それとも大槻君?」
「デートって何したの? 海とか行った?」
「大槻君は綾香のどこが好きになったの?」
「綾香はどうなの? 大槻君を彼氏に選んだ決め手は?」
畳みかけるように次々と飛んでくる質問に、綾香は頬を赤くしながら答える。
「デートは映画館に行ったり、ウィンドウショッピングをしたりかな? 告白は、えと……」
「告白は俺からだよ」
モジモジと恥ずかし気に言葉に詰まる綾香に変わって、晴翔が女子の質問に答える。
女子達は、今度は晴翔へと興味の視線を移す。
「なんて告白したの?」
「それは、まぁ……シンプルに『君の全てが好きです』だったかな?」
さすがの晴翔も恥ずかしさを覚えて、頬を指先で軽く掻きながら答える。
その瞬間、女子達の間に「キャー!」という大きな歓声が上がる。
「ねぇ藍沢は二人が付き合ってた事知ってたん?」
「まぁね。綾香から恋愛相談を受けてたし」
「それマ? そのポジション一番美味しいとこじゃん! うらやまなんだけど」
「いいでしょ~」
晴翔と綾香を中心にして、クラスの女子達が賑やかに会話を繰り広げる。
女子の輪の中に、一人ポツンといる晴翔は若干の居心地の悪さを感じる。しかし、綾香との関係を公にした事で彼女の友好関係が大きく悪化する、というような事態は起こらなそうだと、一安心する。
とその時、楽し気な女子達の会話を切り裂くように、男子の叫び声が響き渡る。
「なんでだよッ!!」
その声に、多くの視線が声を発した男子のもとに集まる。
叫んだのは、晴翔と同じクラスメイトであった。
彼はそこそこ女子からの人気がある人物だった。時折、誰々から告白されたと友人に自慢しているのを晴翔は聞いた事があった。
そんな彼だからこそ、自分よりも魅力がないと思っている晴翔が、綾香の彼氏という現実を受け入れられなかったのだろう。
「なんでだ! こいつなんてただのガリ勉だろ! 東條はこんな陰キャモヤシ野郎がいいのかよ!?」
綾香が選んだのが晴翔だという現実に、彼のプライドは大いに傷ついたらしい。
彼は、晴翔を指差しながら罵倒する。
その言葉を聞いた瞬間、綾香の瞳からハイライトが消えた。ように晴翔は感じた。
彼女のまとう雰囲気が変わったことは、咲も察したらしく「あ、こりゃ地雷を踏んだな」と苦笑を浮かべた。
「……ただのガリ勉? 晴翔が陰キャモヤシ野郎?」
綾香は男子の言葉をそのまま反芻すると、コテンと首を傾げる。
晴翔は彼女の首を傾げる仕草が結構好きである。
少しあざとさを感じるものの、その可愛らしい仕草に思わず顔がニヤけてしまう。
だが、今の綾香は少し怖いと感じてしまった。
今の彼女は、薄っすらと笑みを浮かべているが、それがかえって恐ろしさを増している。顔が整っている分、威力もマシマシになっているように感じられる。
修一に不満を示すときに、郁恵が見せる圧倒的ニッコリ顔に通じるところがある。
晴翔がそんな事を考えていると、綾香がもう一度先程と同じ言葉を繰り返した。
「ただのガリ勉? 晴翔が陰キャモヤシ野郎?」
彼女から発せられる圧に耐え切れなくなったのか、男子が盛大に視線を泳がせながらも、必死に口を開く。
「だ、だってそうだろ!? こんなやつ……こんなやつ! そうに決まってる!!」
「…………そうなんだ」
男子の叫びに、まるで他人事のように返事をする綾香。
彼女は傾けていた頭を真っ直ぐに戻すと、ニッコリと笑みを浮かべて言い放つ。
「だとしても、あなたには関係無いよね?」
「ッ……でもッ!!」
「関係無いよね?」
何か反論をしようとした男子。
しかし、綾香はそれを遮り同じ言葉を繰り返す。
有無を言わせない、完全なる拒絶を示す綾香の態度に、男子は萎れたように俯いてしまった。
お読み下さり有難うございます。
コミカライズに関しての告知です。
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