第百三十四話 彼女の親友達
更新が遅くなり申し訳ありませんでした。
晴翔がグラウンドに戻ると、男子のみならず女子からも多くの視線を集める。
様々な感情が込められた視線を一身に集めながら、晴翔は体育教師のもとへ向かう。
「大槻、東條の様子はどうだった?」
「軽い捻挫らしいです。今日一日は安静にとの事だったので、彼女は保健室で休んでいます」
綾香が授業を休む旨を伝えると、体育教師は「わかった」と頷く。
「ありがとうな大槻」
「はい。では授業に戻ります」
晴翔は先生に一礼してから、走り高跳びの練習をしている友哉の所へ向かう。
「ハル。東條さんは大丈夫だったか?」
「あぁ、軽い捻挫。テーピングをしてもらったから、安静にしてればすぐ治るって」
「そっか、大きなケガじゃなくて良かったな」
「だな」
そんな会話を友哉と交わしつつ、晴翔はサッと周りの様子を見渡す。
彼の予想では、グラウンドに戻った瞬間に、大勢に囲まれて質問攻めにあうかと思っていた。
しかし、まだ授業中という事で、そのような事態は今のところは避ける事が出来ている。
「ただ、右足に体重を掛けられない状況だから、授業が終わったら保健室に迎えに行かないと」
「そっか……良いのか? 二人の関係については」
友哉は若干声を落として晴翔に尋ねる。
授業中なので、晴翔に直接質問を投げかけてくる生徒はいないが、少しでも情報を得ようと周りが聞き耳を立てている。その為、体育の授業中だというのに、晴翔達の周りだけ異様な静けさに包まれていた。
そんな状況に晴翔は一旦深呼吸をすると、敢えて声を落とさずに友哉の質問に答えた。
「あぁ、もう綾香と付き合っている事を隠すのは止める事にしたんだ」
そう言った瞬間、周囲が一斉にざわつく。
そして、何人かが堪え切れなくなり、晴翔に近付いてきた。
「お、おい大槻。今の話は本当か? 東條さんと付き合ってるってのは……」
「本当だ」
「い、いつからだ! いつからお前は東條さんと!?」
「夏休み後半からだな」
「どっちから告ったんだ!? てか、なんで付き合えたんだッ!?」
「東條さんとデートしたのか?」
「東條さんは恋愛に興味無かったんじゃないのか!?」
「キスはしたのかッ!?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問の数々に晴翔は堪らず辟易してしまう。
そこに、騒ぎを聞きつけた体育教師が、晴翔の周りに出来上がった集団に駆け寄ってくる。
「こらお前達! 授業中だぞ!」
体育教師の一喝によって、晴翔を質問攻めにしていた集団は静かになる。が、先生が遠ざかるとすぐに小さな声でザワザワと話し始める。
注意を受けた事で、先程のように晴翔を取り囲んで質問してくる者はいないが、チラチラと彼の方に視線を向けながら何やら熱心に小声で話し合っていた。
そんな周りの様子を観察しながら、友哉が同情するように晴翔の方を見る。
「東條さんとの関係を公にするのは、俺としても賛成だけど……大変だなこりゃ」
「まぁ、覚悟は出来てるさ」
晴翔は苦笑を浮かべつつ、極力周囲のざわつきを意識しないようにして体育の授業に集中した。
それから授業が終了するまでは、特に綾香との関係を聞かれる事は無かった。しかし、授業終了のチャイムが鳴り昼休みに入った途端、晴翔は男子女子問わず、多くのクラスメイトに囲まれてしまった。
「大槻! 東條さんとの事詳しく聞かせろッ!!」
「大槻君、東條さんと付き合ってるってホントなの!?」
「どっちから告白したんだよ! 大槻か?」
「爆発しやがれ大槻ッ!!!」
「綾香ちゃんのどこが好きなの大槻君?」
「東條さんと付き合ってるって本当なのか? 嘘だよな!? 嘘だと言ってくれッッ!!」
「東條さんが……俺達の東條さんが……」
晴翔の周囲を囲むクラスメイト達からは、好奇心や嫉妬、悲嘆や懇願等々、様々な声が飛んでくる。
それに対して晴翔は、端的かつ明確に答える。
「俺と綾香は付き合っているよ。ごめん、保健室に彼女を迎えに行くからちょっと道を空けてくれるかな」
晴翔は取り囲むクラスメイト達をかき分けながら保健室に向かおうとする。
そんな彼に、さらなる質問が次々と飛んでくる。
週刊誌で熱愛疑惑を報じられマスコミに囲まれる芸能人ってこんな気分なのかな。
そんな事を想像しながら、晴翔は早歩きで包囲網を突破して保健室に向かう。
校庭から校舎に戻り、外靴から上履きに履き替え、足早に歩く晴翔。
彼の周りには相変わらず多くのクラスメイトが後を追って質問を投げかけてくる。
このまま保健室に向かっては迷惑になってしまう。
晴翔は歩く足をピタッと止め踵を返す。
「ごめん皆、質問になら後で教室に戻った時に答えるから」
彼は『もう後を付けて来るな』という意味を込めて言葉を発する。
それに対して、男子の一人が興奮気味に質問してくる。
「おい大槻! 東條さんとは――」
「ごめん。後で答えるから」
それを晴翔は途中で遮る。
毅然とした彼の態度に、後を付けて来ていたクラスメイト達は一斉に口をつぐんた。
そこに、クラスメイト達の間からひょっこりと咲が姿を現す。
「大槻君。私も一緒に綾香の迎えに行くね」
「うん。了解」
頷く晴翔の反応を見た後に、咲はクルッと振り返って、動きを止めているクラスメイト達にニヤッと笑い掛ける。
「これ以上しつこく大槻君を追い掛け回すと、大切な彼氏を困らせたって綾香から嫌われちゃうよ~?」
咲のその言葉に、集団がザワッと揺らぐ。
特に男子達には効果てきめんで、見ていて面白いくらいに動揺が走っている。
やはり『学園のアイドル』の顰蹙を買う事は、男子達にとっては大問題のようである。
動きが止まったクラスメイト達を見て、咲は満足そうな笑みを浮かべ、晴翔の方を向く。
「じゃあ大槻君。保健室に行こっか」
そう言って歩き出す咲の後を晴翔が追う。
「ありがとう藍沢さん。助かったよ」
「大槻君は親友の大切な彼氏さんだからね」
咲は隣を歩く晴翔に、少し揶揄うような笑みを浮かべて言う。
「大槻君、ついに綾香の彼氏だって名乗り出る事にしたんだね。いや~感心感心」
「まぁ、短い高校生活を綾香と一緒に楽しく過ごしたいからね」
「そっか、そうだよね。制服デートとかは今しか出来ないしね」
咲は「うんうん」と腕を組みながら数回大きく頷いた後に、おもむろに晴翔へと視線を向ける。
「大槻君。綾香の事、ちゃんと守ってあげてね」
そういう咲の表情は、純粋に親友の事を想う優しいものであった。
「それはもちろん。彼氏としてね」
彼女の言葉に、晴翔がハッキリと言葉を返したところで、ちょうど二人は保健室の前に辿り着いた。
晴翔が扉をノックすると、中から「いいぞ」と須崎先生の返事が聞こえてくる。その返事を受けて彼が保健室へ入ると、足を組んで椅子に座っていた須崎先生が、ニヤッと笑みを浮かべて晴翔を出迎える。
「おう、お前か」
彼女は晴翔の姿を確認した後に、その後ろにいる咲の方にも視線を向ける。
「おい色男。青春を謳歌するのはいい事だが、あまり痴情のもつれを保健室に持ち込むなよ?」
「え? それは……」
須崎先生の言っている言葉にピンと来ない晴翔が、戸惑いながら視線を横にずらすと、そこにはベッドに並んで座っている綾香と雫の姿があった。
「あれ? なんで雫が?」
予想外の人物の姿に、晴翔が驚いた表情を浮かべる。
そんな彼に、雫が少し唇を尖らせて愚痴るように言う。
「ハル先輩の彼女は頑固者で困ったもんです」
それに対し、綾香は何やら達成感を得たような表情で晴翔に言う。
「晴翔。私守ったよ。晴翔との大切な思い出を」
二人が一体何を言っているのか。晴翔には全然理解が出来ずポカンとしてしまう。
何故だろう。少しだけ、綾香のおでこの一部分がほんのり赤くなっている気がする。
そこに須崎先生が、彼の肩をポンと叩く。
「私は用があって少し席を外す。もし刺されたら、そこの棚に止血剤が入っているから自由に使って構わん」
「刺され? え?」
頭上に多くの疑問符を浮かべる晴翔。
須崎先生はいたって真面目な表情で再度ポンポンと晴翔の肩を叩くと、そのまま保健室からいなくなってしまった。
須崎先生の言い残した言葉の意味を考えて首を傾げる晴翔。
その横を通り抜けて、咲が綾香の側に行く。
「綾香、足は大丈夫そう?」
「うん。ちゃんと固定してもらったし、安静にしてればすぐ治るって」
「そっか。で、雫ちゃんは綾香のお見舞いに来てたの?」
咲が雫に視線を向けると、彼女は相変わらず無表情で唇だけ僅かに尖らせながら答える。
「ハル先輩にお姫様抱っこされるアヤ先輩を見かけて、これは二人で保健室に籠っていかがわしい事をするつもりだと思って突撃したんです」
「あはは、なるほどね」
雫の説明に咲は声を上げて笑い、晴翔は呆れた表情を浮かべた。
「んな事する訳無いだろ……」
「むっつりアヤ先輩なら可能性はゼロじゃないです」
「だから! むっつりじゃないってば!!」
雫の言葉に、綾香は即行でツッコむ。
「もう、雫ちゃんはすぐそうやって私をイジメてくるんだから」
「面白いのでしょうがないです」
「むぅ!」
雫に対して綾香は全力で顔をしかめて抗議の意思を示す。しかし、雫はそれをいつもの無表情で華麗にスルーしている。
そんな二人のやり取りを見て、咲が言う。
「なんか二人とも、仲良くなってるね?」
彼女のその問い掛けに、綾香と雫の二人は軽く見詰め合った後にそれぞれ答える。
「まぁ、雫ちゃんには晴翔との事で協力もしてもらったし。雫ちゃんとの関係は大切にしたいなって思ってるよ」
「アヤ先輩はイジリ甲斐のある可愛い人なので、私にとって大切なマブダチズットモです」
二人ともそう言いながらも表情は先程から変わらず、綾香はしかめっ面を浮かべ、雫は唇を尖らせている。
だが、全く飾った様子の無い二人の雰囲気が、逆に仲の良さを際立たせていた。
雫は無表情を晴翔に向けると、一瞬だけ僅かに唇を噛んでから言う。
「ハル先輩。アヤ先輩は私の大切なマブダチズットモなので、絶対に悲しませないで下さい。もしアヤ先輩が涙する事があれば、私がハル先輩をぶっ飛ばしちゃいますから」
無表情ながらに、力のこもった言葉を発する雫。
晴翔は真剣な眼差しで雫を見ると、大きく頷く。
「あぁ、雫の親友を悲しませるような事は絶対にしないさ」
晴翔のその言葉に、雫は満足そうな笑みを浮かべた。
お読み下さりありがとうございます。