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第百三十一話 東條綾香の苦悩⑦

 三時限目が終わった休み時間。

 私は体育の授業の為に、更衣室で体操着に着替える。


「まだ暑いのに外で体育って気が滅入るよね」


 隣で着替えてる咲がTシャツに袖を通しながら、憂鬱そうにぼやく。


「ね。熱中症対策で体育祭の時期ずらせばいいのにね」


 私は咲の言葉に同意しながら、制服のシャツを脱ぐ。


「今のご時世、熱中症で倒れたとかなったら全国ニュースになっちゃうわよ……って、綾香?」


「ん?」


「あんた。もしかして、また育った?」


「へ?」


 最初、咲が何を言っているのか分からなかったけど、その視線を追って私は理解する。


「う、う~ん。どうだろ?」


 私は自分のを見下ろして首を傾げる。


「そう言われると、前に買った下着が少しきつくなったような気も……」


「なんでそこだけ成長すんの? 大きくなるなら他も太くなりなさいよ。理不尽よ」


「そんなこと私に言われても……」


 これは私の意志と関係なく勝手に成長するからどうしようもない。

 私としては、これ以上大きくなられると、着たい服の選択肢が減るから勘弁してほしい。

 晴翔の前でお洒落に制限が掛かるのは、今の私にとってはかなり致命的な大問題。

 彼の前では、常に可愛い自分でいたいのに。


 それに、他の男の人達の視線も気になっちゃう。

 晴翔の目を奪えるのなら大歓迎なんだけど、それ以外の人の視線は、ちょっと怖い。


 そういえば、晴翔ってどうなんだろ?

 やっぱり、大きい方が良いのかな……?

 それとも、慎ましやかな方が好みかな?

 今度、聞いてみようかな?


 で、でもどうやって聞けばいいの? それとなく話題を誘導する感じ?


 そうやって彼の事を考えていると、咲がニヤッとした笑みを向けてきた。


「綾香、いま彼の事考えてたでしょ?」


「え? う、うん……」


「彼の好みの体型はどうなんだろって、想像してたでしょ?」


「う、うぅ……」


 あまりにもズバリと言い当てられて、私はなんだか恥ずかしくなってくる。


「もしかして、そんなに育っているのは彼への愛のパワーだったりするわけ? このリア充めっ!」


「ちょっと咲!? いやっ、やめっ、く、くすぐったいってば!」


 咲は急に私に襲い掛かってくる。

 彼女の魔の手から私が必死に逃げようとしていると、不意に後ろから声をかけられた。


「あ、あの……東條さん。ちょっと話したいことがあるんだけど……」


「え? あ、うん。なに?」


 私は自分の胸に伸びてくる咲の手を払い除けて、後ろを振り向く。

 そこには少し気まずそうにしているクラスメイトの姿があった。


 彼女の名前は寺澤さん。

 私とはいつも話すグループが違うから、普段は軽く挨拶を交わす程度の交流しかない。

 

 少し大人しそうな雰囲気をまとう寺澤さんは、自分のミディアムヘアを指に絡めながら、おずおずと口を開く。


「あの……ちょっと東條さんに聞きたいことがあって……」


 そこで言葉を区切ると、寺澤さんは申し訳なさそうに咲の方を見る。

 その視線の意味を悟った咲が「おけおけ」と少し離れる。


「じゃあ、私は先にグラウンドに行ってるね」


 片手を上げて更衣室から出ていく咲に、寺澤さんが小さくペコって頭を下げる。


「えと、それで私に聞きたいことって?」


「うん、あのね……」


 Tシャツを着てから聞く私に、寺澤さんがポケットからスマホを取り出す。


「その、先週の土曜日に私、見ちゃったんだけど……」


 そう言って、彼女がおずおずと私にスマホの画面を見せてくれる。

 そして、それを見た瞬間、私は一瞬頭の中が真っ白になった。


 寺澤さんのスマホに映し出された一枚の写真。

 それは電車内を写したものだった。

 車両を仕切る扉の窓から隣の車両を撮影したみたいで、窓枠に縁どられたその写真の真ん中には、なんとも仲睦まじい恋人が映し出されていた。


 彼氏の腕を胸に抱き、幸せそうな笑みで彼の肩に頭をのせる彼女。


 寺澤さんは、躊躇いがちに口を開く。


「ごめんね。なんか隠し撮りみたいな事をしちゃって、でも……これを見た瞬間、どうしても気になっちゃって……」


 彼女は一旦、自分で撮った写真をチラッと見た後に、確信した目で私を見る。


「これ……大槻君と東條さん……だよね?」


 写真に写っている幸せそうな二人の恋人。

 それは、水族館デートをした帰りの私と晴翔だった。


「あ、こ、これ、は……えと……」


 突然突き付けられた状況に、上手く考えが回らなくて、言葉に詰まる。

 そんな私の頭の中に、昔の記憶が蘇る。


 ――私の好きな人を取らないでよ!


 中学生の時に、仲良くしていた友達から急に言われた言葉。

 私が男子を避けて、恋愛を遠ざける一因になった出来事。


 あの時と同じ事がまた起こるかもしれない。

 そう思うと、胸が苦しくなって嫌な感じで鼓動が早まる。


「ねぇ……東條さんって、大槻君と……付き合ってるの? 前に東條さんが言っていた好きな人って、大槻君の事?」


「それは……それ、は…………」


 言葉が出てこない。

 考えがまとまらない。

 どうしたら良いの?


 私は言い訳すら出来ずに、ただただ寺澤さんを見詰める。

 彼女は私の説明を待ってるみたいで、黙ってジッと私の事を見詰め返してくる。その視線が、余計に私の過去の記憶を鮮明にしてしまう。


 一向に考えがまとまらない私は、寺澤さんから逃げるように更衣室内の時計に目を向ける。


「も、もうグランドに向かわなくちゃ!! 遅刻しちゃう!」


「あっ! 東條さん!」


 背中に寺澤さんの言葉がぶつかる。

 けど私は振り返らずにそのまま更衣室を出た。


 私は乱れる息を浅く呼吸してなんとか整え、半分駆け足になりながらグラウンドに向かう。

 そして、ちょうど校舎を出る手前で咲と合流出来た。


「あら早かったね……って、どした? 綾香、顔色悪くない?」


「……大丈夫だよ」


 上履きから外靴に履き替えた咲が、隣に来た私の顔を見て少し驚いて聞いてくる。


「寺澤さんと何かあった?」


 気遣うような眼差しで私の顔を覗き込む咲。

 本当はすぐにでも咲に相談したい。けど、周りには他の生徒も沢山いて、今話すと内容を聞かれちゃう。

 だから私は、無理矢理笑顔を浮かべて首を横に振った。


「ううん、何もないよ。それよりも今日の体育は中距離走の練習だよね。私トラック周回するの苦手だなぁ。景色が変わらないんだもん」


「……ね。けど、私は走るの好きだから、そこまで苦手じゃないけどね」


 無理やり話題を逸らす私に、咲は一瞬怪訝な表情をしたけど、すぐに私に合わせてくれる。

 そんな親友の対応に感謝しながら、私は咲との他愛のない会話で気を紛らわせてなんとか平常心を保つ。


 そして始まった体育の授業では、準備体操をした後ウォーミングアップでトラックを周回する。

 合図で一斉に皆が走り出す。

 まだウォーミングアップだから、それぞれが自分のペースで走る。

 走るのが得意な咲は、他の人達よりも早いペースであっという間に先に行っちゃう。対する私は、さっきから呼吸が乱れていたからなのか、すぐに息が上がっちゃって、走る速度が落ちる。


 集団から少し離れた後方を私は独りで走る。

 するとそこに、前の方からペースを落として近付いてくる寺澤さんの姿が目に入った。


 私は慌ててペースを上げて逃げようとしたけど、息が切れている状態ではうまく足が動いてくれなくて、結局寺澤さんに並走されてしまう。


「……ねぇ、東條さん。さっきの話なんだけど」


「はぁ、はぁ……だ、ダメ、だよ…はぁ、いま、は、授業中だから、はぁ……無駄話は……」


 私は乱れる呼吸でなんとか言葉を絞り出す。

 だけど、寺澤さんはなんとか言い逃れしようとする私の方を見て言う。


「お願い東條さん。私、どうしても二人の関係を知りたいの!」


 どこか切羽詰まったような、必死さの滲む彼女に、私は嫌な予感がする。


「……ど、どう、して……?」


 上がる息の中、私は恐る恐る尋ねる。

 寺澤さんは、私の言葉に一旦下を向きながら走る。

 そして、意を決したようにキッと私と目を合わせた。


「好きなの。私……大槻君の事が、好きなの」


「ッ⁉」


 寺澤さんの言葉を聞いた瞬間、私は未だかつてない程に過去の記憶が鮮明に蘇る。


 嫌な予感が的中しちゃった……。

 そう思うのと同時に目の前の視界が消えて、代わりにかつて友達だった子の顔が浮かび上がる。


 怒った表情に、涙が浮かぶ瞳には憎しみの色が溢れ出ているような気がした。そして、その感情をぶつけるように投げつけられた言葉。


 そんな中学時代の友人だった子の表情が、寺澤さんの顔と重なる。


 あの時と同じ事が、また……。


 そんな事を思った時、私の身体が強張ってしまって、足がもつれて思いっきり躓いてしまった。


「きゃっ」


「と、東條さん⁉ 大丈夫⁉」


 思わず声を上げて転ぶ私に、寺澤さんが慌てて立ち止まる。


「だ、大丈夫。ただ転んじゃっただけだか……ッ‼」


 私は急いで立ち上がろうとしたけど、右足に激痛が走ってまた転んじゃう。

 そんな私を見て、寺澤さんが急いで駆け寄ってくる。


「東條さん! 無理して立っちゃ駄目だよ!」


「で、でも……」


 私はまた立とうとするけど、それを寺澤さんに止められる。

 そんなやり取りをしているうちに、周りが私が転んで立ち上がれなくなっている事に気が付いて、ざわつきだす。


 は、早く立ち上がらないと……。


 そんな焦りの感情が湧き上がっている時、フィールド競技の練習をしている男子達の中から声が聞こえた。


「綾香!!」


 私の心を惹きつけるその声に視線を向けると、そこには急いでこっちに走ってくる晴翔の姿があった。


 彼は私のもとに駆け寄ると、すぐ側にしゃがみ込んで私の右足をそっと持ち上げる。


「……腫れてる。捻挫してるね」


 晴翔はそう言うと、サッと私の背中に片腕を回して、もう片方の腕も膝の裏に回す。そして、ヒョイッと軽く私を持ち上げる。

 彼にお姫様抱っこされた瞬間、グラウンド上にどよめきが走った。


「は、晴翔⁉」


「動かないで、捻挫が悪化するから」


「あ、う、うん……」


 真剣な眼差しで言われて、私な素直に頷いてしまう。

 ちょっと胸がドキドキする……。


「先生。彼女が怪我をしたので保健室に連れて行きます」


「お、おぉ。任せた大槻」


 毅然とした口調で報告する晴翔に、少し遅れてやってきた先生はコクコクと頷く。

 本当なら、怪我した人を保健室に運ぶのは体育委員の役割だけど、いつも学年トップの成績を収めていて、日頃の行いも良い彼は先生からも信頼されている。

 だから、体育委員じゃない晴翔が私を保健室に連れていく事に何も言わない。


「じゃあ、行こっか」


 晴翔は私を見下ろしてそう言うと、保健室に向かって歩き出そうとする。

 その時、寺澤さんが彼に声を掛ける。


「あ、あの、大槻君……」


「ごめん寺澤さん。今は綾香を早く保健室に連れて行きたいから。後でもいい?」


「あ……うん。ごめんなさい……」


 俯いて道を空ける彼女に、晴翔は「ごめんね」と告げると、私をお姫様抱っこして、グランド中の視線を集めている事など意に介した様子もなく、堂々と私を保健室に連れて行ってくれた。

綾香の悩み:もう、皆にバレた……よね




告知です。

本日発売の電撃大王11号より、本作のコミカライズが掲載されます。

ウルア先生によって描かれる漫画としての本作を是非宜しくお願いいたします。


私は原作者として一足先に拝見したのですが、とても魅力的に描いて下さっています。綾香が滅茶苦茶可愛いです。ウルア先生マジ神! って感じです。

また、WEB版の最新話を読んでくださっている方は、コミカライズを読むと「あぁ、晴翔と綾香って初めはこんな感じだったなぁ」とちょっと懐かしさも感じられると思います。

漫画となって、様々な表情を見せる晴翔と綾香を中心とした恋物語を是非楽しんで頂きたいなと思います。

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全エピソード感想記入目標\(//▽//)\ 現在進行度:7/50 寺澤さんちょっとしつこいかな〜 中距離走が景色が変わらないから嫌いって…綾香らしいですね〜
2025/02/02 09:17 yomo ショーロク@進学へ
[一言] 今更ですが、9/27 Yahooニュースにて、この小説のコミカライズ連載開始が流ててビックリした次第です。 開始当初からの推し小説が有名になっていくのは感慨深いです。 しかも、試し読みまで出…
[良い点] 晴翔見せてやれ 綾香ちゃんとの交際をオープンにする時だ! [一言] 寺澤さんやりすぎかな こういうことやってると周り離れていくよ?
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