第百十七話 王様ゲーム
雫が提案する王様ゲーム。
それに対して、綾香が若干眉をしかめる。
「雫ちゃん、今日は勉強する為に集まったんだから、あんまり遊び過ぎるのは良くないよ」
「アヤ先輩、効率的な仕事は効率的な休憩によってもたらされるんですよ? しっかりと休憩して、集中力を回復させた方が、勉強が捗ります」
「で、でも……王様ゲームはちょっと……」
躊躇う素振りを見せる綾香。
「王様ゲームってあれだよね? 王様の言う事は絶対ってやつでしょ?」
「そうですよ? ……あ、もしかしてアヤ先輩、エッチィこと想像してます? ムッツリさんですね」
「ち、違うよ!」
顔を真っ赤にして反論する綾香に、雫が「本当ですかぁ?」と言って揶揄いつつ、咲にも視線を向ける。
「咲先輩はどうです? 王様ゲームは嫌ですか?」
「う~む、嫌って事は無いけど……なんかそのゲームって、大学生の合コンとかで男どもが下心を持って提案してくるイメージ」
腕を組みながらそう答える咲は「でも」と言葉を続ける。
「面白そうだなとは思う。だから、条件付きならやってもいいかなって」
「条件とは?」
「指定された人が嫌がるとこは無理強いしない、過度なスキンシップを強要しない、とか?」
咲が言う条件に雫は頷きながら同意する。
「わかりました。では、健全で常識的な範囲内での王様ゲームなら、アヤ先輩もどうです?」
「それなら……」
綾香は小さく頷いた後に、晴翔の方に視線を向けて様子を窺う。彼女に合わせて雫も彼に視線で問いかける。
「俺はまぁ、嫌な人がいなければ全然良いけど。友哉は?」
「俺も、女性陣が嫌じゃなければ賛成だぜ」
男性陣の返答に雫は満足げに頷くと、早速お菓子の入っていた袋から割り箸を取り出す。
「では、レッツ王様ゲームです」
無表情ながらも弾む声を出す雫に、友哉が苦笑を浮かべた。
「その割り箸、もしかして最初からこのゲームやるつもりだった?」
「モチのロンです」
グッと親指を立てる雫に、咲も友哉と同じ様な表情を見せる。
「てっきり雫ちゃんは、チップス系を箸で食べる派なのかと思ってたけど、確信犯だったか」
「チップス系は普通に素手派です。そして、人差し指と親指をチュパチュパするのが至高です」
そう答えながら、雫は自身の筆箱からマジックを取り出し、割り箸の先端に1から4の数字と王冠のマークを書き込む。そして、その五本の割り箸を先端が見えないように握りテーブルの真ん中に突き出す。
「さぁ、準備完了です。皆さん好きな割り箸を選んでください」
雫のその言葉に、一拍間を開けてから晴翔が「じゃあ」と腕を伸ばす。
彼が五本あるうちの一本の割り箸を掴むと、それに続いて他の人達もそれぞれ割り箸を掴んだ。
「全員掴みました? それでは私の掛け声で割り箸を引き抜いて下さい」
全員をグルッと見渡した後に雫は少し大きな声で言う。
「いきますよ? 王様は誰だッ」
雫の掛け声とともに引き抜かれる割り箸達。
全員が自分の選んだ割り箸の先端にパッと目を向ける。
「私は王様じゃないや」
「俺も違った」
少し残念そうに咲が言うと、友哉も自分が王様ではないと報告する。
続いて雫も、自分が王様でない事に唇を尖らせる。
「むぅ、私が王様以外の身分になり下がるとは、ハル先輩はどうです?」
「俺も違うな」
晴翔は自分が引いた割り箸の先端を見ながらそう言うと、その視線を綾香の方にスライドさせる。
「え~っと、私が王様です」
全員の視線を集める綾香が、小さく挙手しながら言う。
「むっつりアヤ先輩が王様ですか」
「むっつりじゃないから!!」
雫に対して綾香は即座に突っ込む。
そんな彼女に、咲が問いかける。
「で、綾香王の命令は?」
「えと……う~ん、じゃあ三番の人が……一番の人を褒めちぎる」
首を捻りながら絞り出した綾香の命令に、咲は「ふふ」と笑みを溢す。
「綾香らしい平和な命令ね」
続いて雫も綾香に言う。
「てっきり、エッチィ命令をいきなりぶっこんで来るかと思ってました」
「だから! 私はそんなんじゃないから!」
「本当ですかぁ?」
疑惑の目を向けてくる雫に対して、綾香は不満そうに頬を膨らませる。
「もう! 雫ちゃんったら! それで三番の人は誰?」
話題を逸らす綾香に、晴翔が手を上げる。
「三番は俺だわ」
「お! ハルが俺を褒めてくれるのか! 楽しみだなぁ」
そう言う友哉は、晴翔に『1』と書かれた割り箸を見せながら「にしし」と笑みを浮かべる。
「友哉を褒めないといけないのか、これは難問だな」
「おい、俺の魅力は半日あっても語りきれんぞ?」
そんな軽口をたたく友哉に軽く視線を向けた後に、晴翔は王様の命令に従って彼の事を褒め始める。
「友哉とは親友で良かったと心の底から思えるくらいに、人としてとても素晴らしいと思う。一見軽率でだらしない奴だと思われがちだが、結構ちゃんと人の事を見ているし、困っていたらさりげなく助ける気遣いも出来る。そう言うところは俺も見習いたいなと思っている」
つらつらと友哉の事を褒める晴翔。
褒められている本人は、どこかむず痒い表情で人差し指で頬を掻く。
「お、おう……ありがとう」
「あはは、赤城君顔赤いよ」
咲が友哉を指差して笑う。
想像以上にちゃんと褒めてきた晴翔に、友哉は照れて顔を逸らす。
「よし、では次の命令に移りましょう。皆さん割り箸を返してください」
雫は一度割り箸を回収すると、先程の様に先端を隠すように握り締めて、テーブルの真ん中に再度突き出す。
「もう一回行きますよ。王様だーれだ」
「あ、今回は私が王様~!」
今回は咲が王様になったようで、王冠マークの割り箸を振りながら楽しそうに言う。彼女は「どんな命令にしよっかな~」と呟きながら少しの間、命令の内容を考える。
「よし決めた! 2番が全力の変顔を披露する!」
咲のその命令を聞いた瞬間、全員が自分の番号を確認する。
「よかった、私は1番だった……」
ホッと胸を撫で下ろす綾香。その対面に座る雫がスッと目を細める。
「私が2番ですね」
「雫の変顔が拝めるのか」
晴翔がニヤッと彼女の方を見る。
いつもは無表情である雫の変顔は、なかなかに貴重なものである。
雫は、やれやれといった様子で「ふぅ」と息を吐き出す。
「しょうがないですね。では皆さん、よーく刮目してください。この超絶美少女である私の貴重な変顔を」
雫は普段から表情が乏しいため、周囲の人達からクールな人物だと思われがちである。
しかし、本当の彼女はかなりノリの良い性格をしていて、このような事にも嫌な反応を示さずに、むしろ積極的に取り組むムードメーカー的存在である。
彼女はおもむろに両手を自分の頬に添えると、ギュッと左右からプレスする。
「秘技、梅干し!」
そんな決め台詞を発すると共に、雫はしわくちゃになった顔で、全員を見渡す。
「ぷふっ、その顔やば……ふふ」
「し、雫ちゃん、ふふ……ふふふ」
咲と綾香は堪らずに笑みを溢しながら俯く。続いて友哉も大きな口を開けて笑う。
「無表情とのギャップがエグいってそれ!」
笑いの渦を巻き起こす雫の変顔に、晴翔もピクピクと口角を上げながら雫に言う。
「相変わらず雫はこういうのは思いっきりが良いよな」
「中途半端にやっても面白く無いし恥ずかしいだけ、ならいっそ全力でやって笑いを取った方がスッキリします」
「アッパレだよ」
皆が笑って呼吸を乱しているなか、雫がドヤ顔で全員の割り箸を回収する。
「はい、ジャンジャン行きますよ。皆さん早く割り箸を選んでください」
彼女のその言葉に全員が割り箸を掴み、そして引き抜く。
3度目の王様は雫となった。
「ふふふ、ついに私が君臨する時が来ましたか」
雫は王冠マークの割り箸をおもむろに頭上に掲げる。
「まずはジャブ程度の命令を下すとしましょう……3番と2番の人は1分間熱烈に見つめ合ってください」
王様の命令が下され、晴翔は自分の番号を確認する。
「俺は……1番だったわ」
「私は4番」
綾香が自分の割り箸を掲げて言う。その後に、友哉が若干気恥ずかしげに名乗り出る。
「あ~俺3番だわ」
「つまり、私と赤城君が見つめ合うわけね」
咲は自分の割り箸の番号をチラッと見て確認した後に、友哉の方を見て言う。
雫は自分のスマホでタイマーをセットすると、咲と友哉に告げる。
「では私が合図をしたら、そこから一分間見つめ合ってください。いいですか?」
雫の言葉に友哉と咲が頷く。
「じゃあ、いきますよ? よーい……スタート」
雫の合図で2人は無言で見つめ合う。
その後、数秒間はお互いに真剣な表情で見つめあっていたが、10秒ほど経過したとき、突如咲の顔が大きく歪む。
「……ぷ……プフッ……フフ……」
「あ、咲先輩ダメですよ笑っちゃ」
王様である雫が早速注意をする。
「ご、ごめんごめん、真顔ね真顔…………フフフ……」
雫の注意で咲の顔は一瞬だけ真顔に戻るが、すぐに口元がニヤつき笑いが溢れそうになる。
「咲先輩?」
「うふふ……ごめん、なんか笑っちゃダメだと思うと、余計に……ぷふふ…うは…あははは! はははっ!」
遂に我慢できなくなった咲は、友哉から顔を逸らして腹を抱えてしまう。
「ダメだ…….ふふ……赤城君の真顔がツボった……アハ、アハハハ!」
「咲、そんなに笑ったら赤城君に失礼……ふふふ……だよ」
咲の笑う姿に綾香もつられたのか、必死に笑いを堪えながら親友に注意をする。
「そ、そうね。ごめんね赤城くプッ…プププ……ぷははははっ! ダメだ、ははははっ!」
再度友哉と顔を合わせようとした咲だったが、やはり堪えきれずに爆笑してしまう。
お腹を抱えて「ひー腹筋が辛い……」と息絶え絶えとなっている咲の姿に、友哉はなんとも悲しみに満ちた切ない笑顔を晴翔に向ける。
「なぁ、ハル。俺……泣いてもいいか?」
「親友よ、人の笑いのツボは千差万別だ。気にするな」
晴翔はそう言いながら、友哉の肩をポンポンと励ますように叩いた。
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