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第百十四話 次の作戦

 学校からの帰り道。

 夏休みの時と比べて幾分かセミの鳴き声が落ち着いてきた住宅街の路地を晴翔達3人が並んで歩く。


「ほらアヤ先輩? ハル先輩に愛を叫ばないとまた抱き着いちゃいますよ?」


 晴翔の右側を歩く雫は、綾香を揶揄うように「ほ~ら、ほらほ~ら」と抱き着くふりを大袈裟に見せ付ける。

 それに対して、綾香は未だに耳まで赤くしながら、羞恥で潤んだ瞳で雫を睨む。


「うぅ……雫ちゃんのイジワル……もう絶交しちゃうよ!」


「そうなったら、学校でのハル先輩との距離は縮まりませんよ? いいんですか?」


「うぅ……」


「ほらほらアヤ先輩、さっきみたいにもう一度、愛を叫んでください」


 表情乏しく、しかしながら何とも楽しそうに綾香の事をイジリ倒す雫。

 そんな彼女に、晴翔が制止の言葉を上げる。


「だから、綾香をイジメないでくれっての」


 先程からの二人のやり取りを見ていると、どちらが先輩なのか分らなくなってくる。


「そうですか。ハル先輩は愛しの彼女の味方ですか」


「そりゃ、綾香の彼氏だからな」


「晴翔君……」


 晴翔の言葉に、綾香は嬉しそうにはにかむ。

 それを見て雫は無表情のままプクッと頬を膨らませた。


「ふーんだ。どうせ私はお邪魔虫ですよーだ」


 拗ねた言葉を発する雫に、晴翔は苦笑を浮かべる。


「でも本当に雫には感謝してるよ。雫の協力のお陰で、学校で綾香との接点が作れたからな」


「本当に感謝してます?」


 疑いの視線を晴翔に向ける雫。


「あぁ、感謝してる」


「アヤ先輩もですか?」


「うん、それについては心の底から感謝してるよ?」


「ならハル先輩、私にキスしてください」


 しれっと真顔でとんでもない事を言う雫。

 晴翔は彼女の冗談に慣れているので「はは」と笑って受け流すが、雫耐性のない綾香は、その顔一杯に焦りの色を浮かべて猛抗議する。


「何言ってるの雫ちゃんッ!?」


「先輩方が感謝していると揃って言うので、その感謝の印をもらおうかと」


「それがなんで晴翔君からのキスになるのッ!?」


「あ、そうやってアヤ先輩はすぐハル先輩を独り占めする」


「彼女なんだから当然でしょ!?」


 再び晴翔の左腕を強く抱き締めながら、綾香は必死に訴える。

 そんな彼女の反応に、雫は目を細めた。


「そんなにムキになって、さてはアヤ先輩……まだハル先輩とキスしてないんですか?」


 少し揶揄うような雫の言葉に、綾香はムキになって答える。


「し、してるよ!」


「頬にじゃないですよ? マウストゥーマウスですよ?」


「ま、マウストゥーマウスでしてるもん!!」


「じゃあ、ベロチューもですか?」


「べ、べべ、べべベロ…ベロベロ……ベロチュ……ベロチュウもッ」


 疑いの視線を向けてくる雫に、綾香は羞恥で頬を赤くしながらなんとか答えようとするも、恥ずかしさのあまり呂律が回らなくなっている。

 見かねた晴翔が再度、雫を制止する。


「もう勘弁してくれ雫。綾香も一旦落ち着いて」


「あぅ……うん……」


 雫のイジリに綾香は、フシュ~と頭から湯気が出るのではないかという程に顔を赤くして俯く。


「恥ずかしがるアヤ先輩、可愛いですね」


「……雫ちゃん、キライ……」


「私はアヤ先輩を大好きになれそうです」


 自分を挟んでそんな会話をする女子二人に、晴翔はやれやれといった様子で苦笑を浮かべた。


 その後もちょくちょく雫が綾香をイジリ、晴翔がそれを止めるという会話を繰り返しながら歩く事数分。

 再び十字路に差し掛かったところで、雫が歩みを止める。


「ではアヤ先輩、私はこっちなので」


「あ、そうなんだ。私達はこっちだから逆方向だね」


 十字路の右側を指差す雫に、綾香は反対の左を指差す。


「それじゃあ、ここでお別れだね。じゃあね雫ちゃん」


 雫のイジリから解放される事に、安堵の表情を浮かべる綾香。彼女は素早く右手を振って雫に『バイバイ』をする。

 しかし、雫は綾香の言葉にピクッと眉を上げて反応を示す。


「私達……? ハル先輩の家はここを真っ直ぐじゃないですか」


 疑問に首を傾げる雫に、晴翔は片手で頭を掻きながら少し照れ臭そうに言う。


「あぁ……実は俺、今綾香の家で寝泊まりしていて」


「なんですとッ!?」


 晴翔の発言は相当な衝撃だったらしく、雫はいつもの無表情が崩れ去り、驚きに目を見開く。


「アヤ先輩、ちゃっかりハル先輩と同棲してたんですかッ!?」


「あ、いや、えっと……同棲とはちょっと違うんだけど……」


「何が違うんです!? 恋人同士が一つ屋根の下で暮らしているのが同棲じゃなければ、何が同棲になるというのですかッ!?」

 

 そう言いながら雫は綾香に詰め寄る。

 対する綾香は、興奮している雫を宥めるように両手を胸の前にかざす。


「あ、あのね。晴翔君が家に泊まっているのは、晴翔君のお婆ちゃんがうちの家政婦として住み込みで働いてくれてるからで……」


「ハル先輩のお婆ちゃんが、アヤ先輩の家の家政婦?」


 綾香の説明に、雫は眉をひそめてスッと晴翔の方に視線を向ける。その視線を受けた晴翔が、今の自分の状況を説明した。


「実は、今までばあちゃんが働いてた食堂が店を畳むことになって、新しい職場を探していた時に、綾香の家族がばあちゃんを家政婦として雇ってくれたんだよ」


「なるほど……でも何でそれがハル先輩とアヤ先輩の同棲に繋がるんですか?」


「あぁ、それは修一さん……綾香のお父さんが提案してくれて」


 晴翔は、なぜ自分が綾香の家で一緒に暮らす事になったのか、その経緯を説明する。

 最後まで彼の説明を聞いた雫は、腕を組んで「むぅ」とゆっくりと頷いた。


「なるほど……家族ぐるみでハル先輩を篭絡しにかかるとは、そして先輩の弱点であるお婆ちゃんすらも取り込むとは……アヤ先輩、なかなかの策士ですね」


「な、なんのこと雫ちゃん? 私はただ晴翔君の助けになりたかっただけだよ?」


 綾香は笑みを浮かべながらも、少しだけ早口で答える。そんな彼女を雫はジト目で見詰め「それはそれは殊勝な事ですね」と呟く様に言葉を返す。


「というか、家政婦を雇うって事は、アヤ先輩の家は大金持ちなんですか?」


「あぁ……それは……」


 晴翔は返答に詰まり、綾香の方に視線を向ける。


「えと……どうだろう、一応パパとママはそれぞれ会社を経営してて……」


「アヤ先輩って社長令嬢なんです?」


「令嬢って言われるとなんか違和感があるけど、一応そう……なのかな?」


 綾香は遠慮がちに小さく首を傾げて、晴翔の方を向く。


「まぁ、立場だけで言ったらそうじゃない? 修一さんも郁恵さんも社長だから」


 肯定して頷く晴翔に、雫が天を仰いだ。


「この美貌に抜群のプロポーション、更に家柄までも……平等とは所詮、虚しい絵空事……」


 虚ろな表情で呟く雫に、綾香はただただ苦笑をその顔に張り付ける。


「というかアヤ先輩、そんなに大金持ちなら、もしかして家もデカいです?」


「え~っと、どうだろう? 普通の家より少し大きいくらいかな?」


 雫は視線を泳がせながら答える綾香を一瞥した後、隣の晴翔を見る。


「まぁ、控えめに言って豪邸だな。綾香の家は」


「ほほう」


 簡潔な言葉で綾香の説明を補足する晴翔。

 彼の補足に、雫は何やら考えるように顎に手を添えながら小さく頷いた。

 そして、少し間を開けてから晴翔と綾香を交互に見る。


「次の作戦を思いつきました」


「え? それはどんな?」


 綾香が半歩前に乗り出して尋ねる。


「ふふふ、それはヒミツです。ちなみにアヤ先輩の家は豪邸なので広いですよね?」


 確認するように、雫は晴翔の方を見て言う。


「あぁ、広いな」


「なら問題なしです。そうだアヤ先輩、連絡先交換しましょう」


「え? あ、うん」


 突然の雫の申し出に、綾香は戸惑いながらも自身のスマホを取り出して連絡先を交換する。

 雫は、自分の連絡アプリに追加された綾香のアイコンを少しの間見詰めた後、おもむろに画面から顔を上げる。


「それじゃ、また明日作戦について話しますので」


 そう言うと、雫はそそくさと晴翔達に背を向けて去っていった。


「晴翔君、雫ちゃんの作戦って何だろう?」


「う~ん、あいつとは長い付き合いだけど、なかなか行動が読めないんだよな」


 首を傾げる綾香に、晴翔も苦笑を浮かべながら答えた。

 

お読み下さりありがとうございます。

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