表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

112/187

第百十二話 雫の作戦

更新が遅くなり申し訳ありません

 残暑の日差しが降り注ぐ校庭の中庭。

 木陰になっている芝生の上に胡坐をかきながら、晴翔は持参した弁当をぼーっと見詰める。

 一向に箸が進まない晴翔の弁当を見ながら、隣で同じように胡坐をかいている友哉が言う。


「おいハル、夏バテか? 食欲ないならその唐揚げくれよ」


「おう……」


「マジでくれんのか? 良いのか? 食べちゃうぞ?」


「おう……」


 友哉の言葉が耳に入っているのかいないのか、晴翔は相変わらず上の空で気の無い返事を繰り返す。

 友哉は「ちゃんと聞いたからな」と念を押しながら、晴翔の弁当から唐揚げを頂戴する。


「ふむ、相変わらずお前の弁当は美味いな」


「おう……」


「……おいハルさんや、耳が変なのか? さっきからずっと耳たぶ触ってよ」


 先程から晴翔は、人差し指と親指で自分の耳たぶを挟み、軽く引っ張たりフニフニと揉んだりしている。


「……なぁ、友哉」


 彼は一拍遅れて、ゆっくりと友哉の方に顔を向ける。


「お前は、耳たぶを噛まれた経験ってあるか?」


「は? 耳たぶ? いや、無いけど……」


 友哉は晴翔の質問に怪訝な表情を浮かべる。


「なんだよハル、野良犬にでも襲われたのか?」


「襲われ……たのかもしれない……」


「マジかよ!? 大丈夫だったのかよ!?」


「あぁ……別に嫌という訳じゃなかったし、むしろ嬉しいというか、何というか……耳を齧られるのも、そこまで悪くないと……」


「お前……マジか」


 友哉は引き攣った表情をする。

 対する晴翔は相変わらず、心ここにあらずといった様子でボーっと受け答えしている。


 そんな若干かみ合わない会話をしている二人に遠くの方から声が掛かる。


「お、いたいた。大槻君」


 そう声を掛けてきたのは咲であった。

 彼女は、中庭にいる晴翔と友哉の姿を見つけると、小さく手を振りながら近付いてくる。


「藍沢さん、どうかしたの?」


 自分達と同じ木陰の中に入ってきた咲に、晴翔は視線を向ける。


「ちょっと大槻君に話を聞きたくて。ここ座っていい?」


 咲はそう言って友哉の隣を指差す。


「どうぞどうぞ」


「ありがと」


「東條さんは一緒じゃないの?」


「あ~、綾香は相変わらず質問攻めにされてる」


 日頃から綾香と一緒に行動することの多い咲だが、今は隣に彼女の姿はない。

 今頃、多くの生徒に囲まれて質問攻めにあっているであろう綾香に、同情した様に咲は苦笑を浮かべる。


「うちの生徒達の東條さんに対する関心はちょっと異常だよな」


「ね、でももし仮に綾香の秘密をみんなが知ったら、学校中が大騒ぎだよね」


 咲は友哉の言葉に同意しつつ、ニヤッと揶揄う様な視線を晴翔に向けた。


「……藍沢さんが俺に聞きたい事って?」


 晴翔は咲の視線を受け、照れを隠す様に片手で頭を掻いてから彼女に問い掛ける。


「そうそう、綾香から聞いたんだけど、堂島さんって大槻君の幼馴染的な感じ?」


「雫? まぁ、俺が昔から通っている空手道場の一人娘が雫で、だから幼馴染といえばそうなのかもしれない」


「ほほう、なるほど……」


 晴翔の説明に、咲は顎に手を添えて大きく頷く。


「雫がどうかした?」


「今朝ね、綾香が登校してる途中で、その堂島さんに会ったんだって。それで堂島さんから友達になりましょうって言われたらしいのよ」


 咲の言葉に、晴翔は驚きで軽く目を見開く。


「え? 雫が?」


「そうなのよ。それで今日は一緒に登校もしてたしね」


「マジか……」


 晴翔はそう小さく呟くと、雫が何を考えて綾香と距離を詰めたのか、彼女の思惑について思案する。

 そんな晴翔に、友哉が声を掛ける。


「お前、雫ちゃんには東條さんとの事を話してるんだよな?」


「あぁ、それで雫は、俺に協力するって言ってたんだけど……」


「ふ~ん? じゃあ、雫ちゃんはハル達に協力する為に東條さんと友達になろうとしてるのか?」


 友哉の疑問に、晴翔は「んぅ」と口を曲げる。


「だと思う……」


 雫が綾香と友達になる事で、どんな協力をしてくれるのか皆目見当がつかない晴翔。

 そんな彼に、咲が苦笑を浮かべながら晴翔に言う。


「朝に綾香から相談されたんだけどね。堂島さんからは『マブダチのズットモになりましょう』って言われたんだって」


「あぁ、雫らしいな、その言い方は」


 彼女がそう言う場面が容易に想像出来る晴翔は、思わず口元に笑みを浮かべる。


「雫は少し変わってるけど、凄く良いやつなんだよ。だから、協力するっていうのは信用していいと思う」


「なるほどね。大槻君がそう言うなら、堂島さんも良い子なんでしょうね」


 晴翔の言葉に頷きながら言う咲。

 そこでちょうど昼休みの終わりを告げる予鈴が校庭に響く。


「やべ、全然弁当食べてなかった」


 晴翔は慌てて胡坐の上に置いていた弁当箱に視線を落とす。

 そして、メインのおかずである唐揚げがすっかり姿を消している事に気が付き、キッと友哉に鋭い視線を向けた。


「おい友哉……」


「俺はちゃんともらう前に確認したぞ!」


「だからって全部食うのかッ!」


「あっはっはっは、二人とも仲いいね」


 弁当のおかずで口論する晴翔と友哉の二人に、咲は面白そうに笑い声を上げた。


 その後、午後の授業を終え放課後を迎えた教室内で、晴翔は帰り支度を始める。

 チラッと教室中央にいる綾香の方に視線を向けると、彼女は既に多くの女子生徒に囲まれてしまっていた。

 その事に晴翔は小さく溜息を吐き、鞄を肩に掛ける。そして、そのまま教室から出ようとしたその時。

 昨日と同様に、教室後方の扉に雫が姿を現した。


 また一緒に帰ろうと言いに来たのかと、晴翔は雫の方に足を向ける。

 しかし、当の雫はチラッとだけ晴翔に視線を向けた後、教室中央に向けて大きな声を上げた。

 

「アヤせんぱーーい! 一緒に帰りましょう!」


 予想外の雫の発言に、晴翔は驚いてジッと彼女を見詰めてしまう。

 その間に、雫はズンズンと教室内に入り、綾香の周りを固めている女子生徒達を押しのける。


「ほら先輩、早く帰りましょう。定時ダッシュかましますよ」


「あ、ちょ、まって雫ちゃん」


 雫は綾香の腕を掴むとクイッっと引っ張る。

 それに対して綾香は若干、戸惑う素振りを見せる。


 そんな二人の様子に、先程雫に押し退けられた女子生徒の一人が、怪訝な顔付で雫を軽く睨む。


「ちょっとあんた、いきなり何なの? 東條さん困ってるでしょ?」


「む? 何を言ってるんですか? アヤ先輩が困るわけ無いじゃないですか私達はマブダチズットモなんですから」


「はぁ? ちょっと何言ってるか分かんないんだけど?」


 嘲笑を浮かべる女子生徒。しかし、雫は一切怖気づく事無く、逆に呆れた感じの口調で言葉を返す。


「そもそも、アヤ先輩を困らせているのはあなた達では? 放課後にもなってこんなに取り囲んで」


「私達は会話をしてたのよ? それを楽しんでいたの。分かる?」


「ほほう。一方的に質問し続けるのが会話ですか。先輩、言葉のキャッチボールって知ってます?」


 先程から突っかかってくる女子生徒に雫はイラっときたのか、発する言葉に若干の棘を含ませる。

 そんな彼女の態度に、女子生徒はピクッと眉を吊り上げた。


「なんなのあんた。一年でしょ? 先輩に敬意を示すとかないわけ? 礼儀知らずにも程があるでしょ」


「敬意を示すに値する人には、先輩後輩関係なくしっかりと礼を尽くすので」


「ちょっとあんたさぁ、堂島だっけ? 何様のつもり?」


 女子生徒は、自分の明るく染めている髪を人差し指に絡めながら、雫をギンッと睨み付ける。

 その視線を真っ向から受けた雫は、一切怯む事無く無表情のまま睨み返す。


「雫様のつもりですが?」


「はぁ?」


 女子生徒と雫、二人の間に不穏な空気が立ち込める。


 綾香は二人を交互に何度も見ながら、ハワハワと焦った様に両手を胸の前に持ち上げ、二人を宥め様とする。


「ふ、二人とも落ち着いて? ね?」


「東條さん、この子と本当に友達なの?」


「アヤ先輩言ってやってください、私達は前世からの大親友だと」


「え!? あ、えと、その……」


 雫と女子生徒はグイッと綾香の方に顔を向けて詰め寄る。二人の圧に押され、綾香は焦った様子で言葉を詰まらせてしまう。

 そこに、今まで綾香のすぐ近くで状況を見極めていた咲が、朗らかな笑みを浮かべながら、綾香と雫の間にスルッと入り込む。


「まぁまぁまぁ! 落ち着いて落ち着いて。雫ちゃんは本当に昔から綾香の事が好きなんだから」


「? ……そうですよ。なにせマブダチですから」


 突然登場した咲に、雫は一瞬だけ頭上に疑問符を浮かべたが、すぐに話を合わせる。


「三度のご飯の方がアヤ先輩よりも若干好きといえるくらいです」


「いや! そこは三度の飯よりも綾香の方を好きでありなさいよ!」


 無表情でありながらも得意げに胸を張る雫に、咲は間髪入れずにツッコむ。


「ねぇ藍沢? この子本当に東條さんの友達だったの?」


「うん、そうだよ。ね、綾香」


「あ、うんうん」


 咲の視線を受けた綾香は、何度も首を縦に振る。


「ふ~ん」


 綾香と咲の反応を見て、女子生徒は不服そうな表情を浮かべながら雫を見る。

 咲は周囲から、綾香の幼馴染であり一番の親友であると認知されている。その彼女が、雫の事を綾香の友達だと認め、更に綾香自身も雫は友達という事に頷いている。

 そんな状況では、雫が綾香の友達だという事を認めざるを得ない。


 女子生徒は「ふん」と面白く無さそうに雫から視線を外すと、綾香を囲んでいる集団の輪から外れた。


 雫は少しの間だけ女子生徒の背中を目で追った後、咲の方に顔を向ける。


「藍沢先輩も一緒に帰りますか?」


「え? ……そうね。三人で一緒に帰りましょうか」


 雫の誘いに一瞬だけ咲は驚いた反応を見せたが、すぐに顔に笑みを浮かべる。

 咲の対応に満足げな雫は、そのまま綾香の腕を掴んでグイグイ引っ張る。


「さぁさぁ、帰りますよアヤ先輩。家に向かってレッツラゴーです」


「あ、ちょっと雫ちゃん!」


 綾香は慌てて机の横に掛けていた鞄を手に取ると、そのまま雫に腕を引かれる。その後に、苦笑を浮かべた咲が後を付いて行く。


 三人はそのまま教室の出口に向かうが、その途中でふと雫が足を止めた。


「なんですかハル先輩? さっきからこっちに熱烈な視線を投げかけてきて」


「は? い、いや、別に……」


 突然声を掛けてきた雫に、晴翔は驚いた様子を見せる。


「しょうがないですね。ならハル先輩も一緒に帰りますよ」


「え? あ……お、おう」


 雫の意図を察した晴翔が、少し慌てて頷きを返す。


「トモ先輩も一緒に帰りますか?」


 雫は晴翔に次いで、彼の隣にいた友哉にも声を掛ける。


「俺も一緒で良いのか?」


「モチのロンです」


「じゃあお供させていただきます」


「うむ、苦しゅうない、ちこう寄れです」


 そんな会話を交わしながら、綾香と咲そして雫の女子三人は、友哉と晴翔の二人を加えた五人グループとなり、生徒達の注目を集めながら教室を後にした。

お読み下さりありがとうございます。



本作の書籍版のイラストを手掛けてくださっている秋乃える先生が、オリジナルキャラクターのぬいぐるみクラファンを行っています。

とても可愛らしい猫耳っ子なので、気になる方は是非秋乃える先生のXを覗いてみて下さい。

モカちゃんというキャラクターなのですが、マジで可愛いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 多分だけど雫ちゃんも晴翔君に恋心あれど綾香先輩を救けている。すごく健気だと思う。 ただ後で豹変して、恋のライバルになりそうだし、目が離せないな。 あと咲ちゃんと友哉君も前エピソードから満更…
[一言] なるほど。 雫、やるなぁ。
[一言] メンタル強過ぎんか…?まぁ最終的には物理で勝てるってのは確かに自信に繋がるけども。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ