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第百六話 学園アイドルの彼氏

 綾香と花火を見た翌日の月曜日。

 いつもの様に友哉と一緒に登校した晴翔は、教室に入り自分の席についたところで、教室内がいつもよりも騒がしい事に気付く。


「なんか東條さんの周りが賑やかだな」


 友哉が騒ぎの中心となっている方に視線を向けて言う。


「もしかして、綾香と付き合っている事がバレたかな?」


「いや、それならハルが教室に入った瞬間に、二人そろって質問攻めになるだろ?」


「確かにそうか」


 晴翔は、周りに聞こえない様に声を落として友哉と会話をする。


 綾香の席は丁度教室の真ん中あたりで、現在そこには多くの女子生徒が集まり、何やら彼女に質問を投げかけている。

 晴翔は心配そうにその人だかりに目を向けた。

 囲む女子生徒の間からチラッと見える綾香は、愛想笑いを浮かべている。


「俺、ちょっと近くで会話を聞いてくるわ。ハルは念のためあんま近付かない方がいいぜ?」


「あぁ、悪い。頼むよ」


 友哉は晴翔に小さく片手をあげると、教室内の騒動の中心へと向かう。

 そして、数分後に難しい顔をして戻ってきた。


「どうだった?」


「あぁ、どうやら昨日、お前達二人が並んで歩いてるところを目撃したクラスメイトがいたらしい」


「やっぱりそうか……」


 友哉の言葉に、神妙な顔つきをする晴翔。

 そこで、彼はふと疑問に思って親友を見る。


「ん? でも何で誰も俺の所に来ないんだ?」


「それが、目撃した奴はお前らの後ろ姿しか見えなかったらしいんだよ。東條さんはまぁ、あの容姿だから後姿でも十分に判別できるけど、平凡な男子高校生Aであるハルは、後姿だけじゃ判別不可能だろ?」


「おい、男子高校生Aとはなんだ。モブキャラみたいだろうが」


「お前はモブだろ」


「このやろ」


 友哉のいつも通りのイジりに、晴翔も慣れた動作で軽く彼を小突く。


 二人を目撃した生徒は、晴翔達の後姿しか見る事が出来ず、回り込もうにも人混みが凄すぎて不可能だったらしい。

 だが、後姿だけでも二人の雰囲気は確実に恋人オーラを発していた。

 夏休み明けに、綾香が好きな人がいる宣言をしていた事もあり、それら諸々について、現在彼女は質問攻めになっているようだ。


「昨日のハル達の雰囲気は、そりゃもう胸焼けしそうなほどのイチャイチャカップルだったからなぁ」


「…………」


 やれやれと若干呆れ顏で言う友哉。

 彼の言葉を否定出来ないと自覚している晴翔は、無言を返す。


「これでますます、学校では東條さんに近付けなくなっちまったな」


「はぁ……だな……」


 晴翔は大きな溜息を吐くと、憂鬱そうに教室の中心の人だかりに視線を向けた。


 その日、綾香は一日中大勢の女子生徒に囲まれていた。

 さらにその周りには、少しでも多くの情報を得ようとする男子生徒達が、常に聞き耳を立てている状態だった為、晴翔は下手に綾香の話をする事も出来ず、そのまま下校の時間を迎える事となった。


 放課後になっても質問攻めになっている綾香にチラッと視線を向け、この現状をどうにかしたいと思う晴翔。

 しかし、中々良い案が浮かばない。


 考え無しに『俺が綾香の彼氏だ!』と名乗り出れば一番楽なのだが、そうする訳にもいかない。


 綾香は中学時代に、告白してきた男子絡みで友人とトラブルになった事があり、それに対して軽いトラウマを抱えている。

 彼女が今まで学校で作っていた『恋愛に興味はありません』というイメージは、その中学時代のトラブルが原因となっている。

 それらの問題を無視して、自分本位な行動を起こすわけにもいかない。

 

 今日一日中、遠目に見る綾香はずっと笑顔だった。

 しかし、夏休みを共に過ごし、恋人となった今の晴翔には察する事が出来た。あの愛想笑いの裏側で、彼女は疲れ困り果てていると。


「なんかいい方法はないか……」


 頭を悩ます晴翔。

 そんな彼の元に、肩に鞄を掛けた友哉がやってくる。


「ハル、わりぃけど今日俺寄るところがあって、先帰るわ」


「そっか、じゃあまた明日な」


「おう、また明日」


 軽く挨拶を交わして教室を去っていく親友の背中を少しの間目で追った後、晴翔も机に掛けていた鞄を手に取って立ち上がる。


「はぁ……俺も帰るか」


 今日何度目かの溜息を吐いた後、彼は教室から立ち去ろうとする。

 完全に教室から出る直前、晴翔はもう一度綾香の方に視線を向ける。すると、一瞬だけ彼女と目が合った。

 その瞬間、綾香の口元がニコッと上がる。

 瞬きをした瞬間には、元の愛想笑いの表情に戻ってしまっていた為、見間違いだったのかもと思ってしまうくらい、一瞬の出来事だった。

 しかし、確かに晴翔は綾香と目が合い笑い掛けられた。

 それだけで彼の心は弾み、それと同時に学校でも綾香と普通に接したいという願望が強くなってくる。


 だが、現状では何もできない事に歯痒い思いを抱きながら、晴翔は教室を後にした。


 学校からの帰り道。

 友哉は用事があるとの事で、一人歩道を歩く晴翔。

 彼は、何とかして学校でも綾香と自然に接する事が出来ないか、色々と思考を巡らせながら歩く。


「これまで、綾香とは学校では碌に会話してこなかったからなぁ」


 家事代行のアルバイトで出会う前は、顔を知っている程度のただのクラスメイトという間柄だった。

 それが、休み明けにいきなり親し気に接していたら、確実に疑いの目を向けられてしまう。


「目の前に彼女がいるのに、話すら出来ないとか地獄かよ……」


 ボソッと一人愚痴る晴翔。

 と、突如彼の背中に衝撃が走った。


「どーーん」


「ぬわッ!?」


 何者かに背中を押された晴翔は、バランスを崩しながら2、3歩前のめりに足を踏み出す。そこで何とか踏ん張り転倒を免れた彼は、後ろを振り返り襲撃者に対して文句を言う。


「いきなり危ないだろ雫!」


「これは励ましのどーーんですよ、ハル先輩」


 そう言う雫は、晴翔の背中を押した両手を前に突き出したまま、相変わらずの無表情で答える。


「励ましのどーーんって何だよ、まったく」


 雫のいつも通りの謎発言に、晴翔は非難の眼差しを向けるが、彼女はそれを意に介した様子は一切ない。


「今日学校で噂聞きましたよ? 東條先輩には彼氏がいるって」


 どうやら、今日の騒動は学年の違う雫のところまで届いていたようだ。


「せっかく学園のアイドルである東條先輩と付き合えたっていうのに、すぐ違う男に寝取られてしまった哀れなハル先輩を心優しい後輩である雫ちゃんが慰めてあげてるんですよ?」


「いや、別に俺は寝取られていないんだが?」


 エッヘンと大きく胸を張って得意げに言う雫に、晴翔はいたって冷静に返事をする。

 すると雫は、驚きのためか僅かに目を大きくする。


「え? じゃあ噂になってる東條先輩のお隣の彼というのはハル先輩の事なんですか?」


「そうだよ。てか前に雫に言ったろ? 綾香と一緒に花火を見に行くって。その時お前、お土産を要求してきただろうが」


「そんな会話は、私の脳内から一瞬で消し去りました。だから覚えてません」


「おい……」


 堂々とした物言いの後輩に、晴翔は片手で顔を覆う。


「じゃあなんでハル先輩は、こっぴどく東條先輩にフラれたみたいにションボリ一人歩いてたんですか?」


 雫は首を傾げながら晴翔に問い掛ける。


「噂では、東條先輩とお隣の彼は、相当いい感じだったらしいですよ? それこそ周りにピンクオーラが出る程に」


「それは……学校では秘密にしてるんだよ、綾香と付き合ってる事を」


 晴翔の言葉を聞いた雫は、片方の眉をピクッと動かし反応を示す。


「ハル先輩……チキッたんですか? 学校の男子に恨まれるのが怖くて」


 ジト目を向けてくる彼女に、晴翔は小さく首を横に振る。


「違う。俺だって出来る事なら綾香との関係を公にしたいと思ってる。けど……」


「けど?」


 ジッと無表情を突き付けてきて続きを催促する雫。

 晴翔はどう言おうか迷った後に、ゆっくりと口を開く。


「俺は綾香の彼氏だと名乗り出たい。でもそうすると、彼女の友人関係が拗れる可能性があるらしいんだよ。過去に綾香はそう言う事でトラブルになったらしくて、俺との付き合いが周りにバレた時の友人達の反応に、ちょっと怯えてるんだよ」


 晴翔の説明を聞いた雫は「あぁ、そう言う事ですか」と納得した様に頷いた。


「つまり、ハル先輩の事が好きだった女子から、反感や恨みを買う事が東條先輩は怖いと、そう言う事ですね」


「まぁ、そんな感じだと思う」


 晴翔が肯定すると、雫は神妙な面持ちで彼に告げる。


「ハル先輩……自惚れですか?」


「うるせ。俺だって綾香の杞憂だって思ってるよ!」


 『やれやれ先輩は……』といった雰囲気を醸し出している雫に、晴翔は間髪入れずに言葉を発する。


 晴翔自身も、綾香の友人関係をおかしくするほど、自分は女子からの人気はないと思っている。

 その為、付き合いが公になる事で発生するかもしれない問題は全て彼女の杞憂だと思っている。

 思っているのだが、綾香の事を想うと、それを無視するような事も出来ない。

 晴翔は再び「はぁ」と悩みの溜息を吐く。

 そんな彼に雫は無表情を向ける。


「ハル先輩、いいんですかこのままで? 先輩はもう二年生なんですよ? 来年は受験なんですよ? つまり、目いっぱい遊べる学園生活は今年が最後ですよ?」


「分かってるよ。俺だって何とかしたいよ。でもいい考えが浮かばないんだよ」


 困り果てたような表情を浮かべる晴翔。

 そこに少し考え込む様に視線を下に向けた雫が、おもむろに顔を上げる。


「わかりました。私が協力をしてあげます」


「え?」


 まさかの雫からの申し出に、晴翔は驚きの声を上げる。


「この先輩思いで頼りになる後輩ちゃんの雫さんが、ハル先輩の為に一肌脱いであげます」


 そう言いながら、雫は自身のブレザーの前のボタンを外し、チラッと白いシャツを晴翔に見せて「いや~ん」などと完全に意味不明な行動を取っている。

 そんな彼女に、晴翔は何とも不安そうな表情を向ける。


「協力してくれるのは、凄く有難いんだが……具体的にどんな協力をしてくれるんだ?」


「ふふふ……それを言っちゃ面白くないですよ」


「いや、面白さは求めてないんだけど……」


 無表情ながら不敵な笑みを浮べる雫に、晴翔の不安は大いに高まる。


「まぁまぁ、ハル先輩は泥船に乗った気持ちで安心していてください」


「いやダメだろそれ! そこは大船だろ! 泥船は沈む方!」


 早速ツッコミを入れる晴翔に、雫は至極真面目な表情を向ける。


「ハル先輩、波の下にも都はありますよ」


「お前なぁ……今日、日本史の授業あっただろ」


 意気揚々と歩き出す後輩に、晴翔の不安は高まる一方だった。

お読み下さり有難うございます。

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[気になる点] 雫の「寝取られた」発言は、ただ「取られた」でいいのでは? 「寝取られた」のままなら、晴翔は綾香のためにもしっかり突っ込んでおかなければいけないと思う。
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