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第百三話 あの時とは違って

更新が遅くなり大変申し訳ありません。

 晴翔は左右に立ち並ぶ賑やかな屋台を見渡した後、自身の左腕に視線を落とした。

 綾香と合流してからずっと、彼の腕は彼女にギュと抱き抱えられたままになっている。


「綾香? もう少しだけ離れて歩かない?」


「ダメ、人混みが凄いからはぐれちゃうよ?」


 晴翔の言葉を一瞬で否定した綾香は、彼の腕を更にギュッと抱きしめて呟く。


「それに……さっきみたいに、他の女の人が声を掛けてくるかもしれないし……」


「それは、俺と一緒に友哉がいたからだよ」


 僅かに唇を尖らせて言う彼女に、晴翔は優しく笑みを浮かべながら言う。

 そんな彼の事を綾香はジッと見詰めると、今度は自分の右手を晴翔の左手に絡め、恋人繋ぎをしながら小さく言う。


「……離れたくない」


 ほんのりと駄々を捏ねる様に言う彼女。

 少し幼さを感じる綾香の仕草を晴翔は可愛いと思いつつ、今の状況を学校の人に見られたら、たとえ友哉と咲がいたとしても意味が無いと苦笑を浮かべる。


「せっかくカモフラージュで藍沢さんと友哉が来てくれたのに、この状況を見られたら一発だよ? なぁ、友哉……あれ?」


 親友の同意を求めようと晴翔が後ろを振り向く。

 しかし、そこには友哉はおろか咲の姿も無かった。

 おそらく、気を遣って二人きりにしてくれたのだろうと察した晴翔は、親友の計らいに心の中で感謝を述べた。


「あれ? 咲がいない?」


 晴翔に釣られて後ろを振り向いた綾香が、首を傾げて辺りを見渡す。


「俺らに気を遣って、二人きりにしてくれたみたい」


「そっか、後で咲にお礼を言わなくちゃ。あと赤城君にも」


「だね。まだ花火の打ち上げ時刻まで時間があるけど、そろそろ見やすい場所に移動する?」


「そうだね。早く行かないと場所無くなっちゃうもんね」


 花火大会には多くの人が集まっている為、打ち上げ時刻ギリギリになると、最悪の場合、立ち見をする事になってしまう。


 晴翔達は手を繋ぎながら、場所確保のために移動を始める。

 花火大会の打ち上げは、大きな河川敷で行われる。したがって、一番良く花火を見る事が出来るのも、打ち上げ会場周辺の河川敷である。


「まだ打ち上げまで一時間くらいあるのに、人が沢山だね」


 綿飴を食べ終え、今度はかき氷を手に持った綾香が、場所取りをしている人達の多さに「わぁ」と声を上げる。


「みんな考える事は同じだね。お、あっちが空いてるからあそこに行こうか」


 晴翔は土手の上からザッと辺りを見渡して、空いている芝生を指差す。

 彼は土手から河川敷に下りる階段を綾香の手を取ってゆっくりと降りると、空いている芝生のスペースに、信玄袋から取り出した小さめのレジャーシートを敷く。


「修一さんからこれを借りててよかったよ」


 信玄袋に視線を向けて言う晴翔に、綾香も頷きを返す。


「ね。浴衣とか甚平って凄く可愛いし雰囲気も出るけど、物を持ちにくいよね。ポケットとかも無いし」


 そう言って綾香は、肘に掛けていた可愛らしい金魚柄の巾着を揺らし「これもスマホとちょっとした小物しか入らないし」と苦笑を浮かべる。


「かといってリュックや鞄を背負ったら、せっかくの雰囲気が台無しだしね」


「そうそう」


 綾香は晴翔の言葉に小さく笑いながら頷く。


「信玄袋を貸してくれた修一さんに感謝だね」


「ありがとうパパ」


 二人はそんな会話を交わしながらレジャーシートに並んで腰を降ろす。

 結構小ぶりなシートを持ってきた為、二人はピタッと肩を寄せ合う様な状態になる。


「まだ始まるまで結構時間がありそうだね」


「あとどれくらい?」


「んと、あと30分ちょっとかな」


 晴翔がスマホで時間を確認して言うと、綾香は「それまでのんびりできるね」と言いながら、彼の方にやんわりと体重を預けてくる。

 彼女から伝わる、暖かく愛おしい重さに晴翔は表情を緩める。


「綾香、そのかき氷美味しい?」


「うん、美味しいよ。あ、味当てゲームする?」


 綾香は、手に持っているかき氷に視線を向けると、ふと想い出したかのように晴翔を見る。


「いやいや、もうシロップの色が丸見えだから。イチゴ味でしょ」


 ピンク色に染まっている氷を見て晴翔は「ふふ」と笑う。

 そんな彼に、綾香は「わからないよ?」と小さく唇を尖らせて反論する。


「イチゴ味の色をしたメロン味かもしれないよ?」


「ははっ、そんなフェイント必要ないでしょ?」


 彼女の無理矢理の反論に、晴翔は思わず笑い声を上げる。そして、その後に軽く綾香に顔を寄せて囁く様に言う。


「それとも、綾香はあの味当てゲームをここでやりたいの?」


「ッ……ここではちょっと……」


 耳元で言われた綾香は頬を赤くして俯くと、スプーンで一口分のかき氷をすくって晴翔の口元に運ぶ。

 彼はそれをパクッと食べた後に断言する。


「うん、イチゴ味です」


「正解です。ご褒美にもう一口」


「ん」


 二人はそんなやり取りをしながら、仲良く一つのかき氷を分けながら食べる。

 暫くするとかき氷も食べ終わり、二人は無言のまま夜空を見上げたり辺りに目を向けたりする。

 そこで晴翔は、夏休みに綾香と二人で映画デートに行った時の事を思い出した。


 予定よりも早い時間に集合した二人は、上映時間よりもかなり早くにシアター内に入って、映画が始まるのを待っていた。

 その時の、上手く続かない会話や沈黙がとても気まずかったのを彼は思い出した。


 晴翔は見上げていた夜空から視線を降ろし、すぐ隣の綾香の横顔を見詰める。


 今もあの時と同じ様に、花火の打ち上げが始まるまでやる事も無いし、話題があるわけでもない。しかし、映画デートの時の様な気まずさは一切感じない。

 特に会話を交わしていなくても。お互いに黙ったままでも、隣にいるだけで心が満たされ、それだけで十分だと感じる。

 無理に話題を探したり、会話を続けようとしなくてもいい様な安心感が、そこにはあった。

 

「ん? どうしたの晴翔君?」


 横顔をずっと眺めていた晴翔の視線に気が付いて、綾香は小首を傾げながら尋ねてくる。


「いや、綾香の浴衣姿は素敵だなと思って。前回の浴衣も良かったけど、今日の浴衣姿も凄く可愛いよ」


「ふふ、ありがとう。晴翔君の甚平姿もすっごく格好良いよ。惚れ直しちゃった」


 晴翔の言葉に満面の笑みを浮べる綾香は、上機嫌に彼の服装も褒める。

 

 そのまま二人は静かに寄り添って座り、幸福感に包まれながら花火が打ち上がるのを待つ。


「花火、楽しみだね」


「だね。きっと綺麗だよ」


「うん」


 綾香は嬉しそうに頷くと、そっと頭を傾け、甘える様に晴翔の肩に頭をのせる。


「晴翔君と観る花火は絶対に綺麗だよ」


 そんな可愛らしい事を言う彼女。

 晴翔は左腕をそっと綾香の背中に回し、優しく抱き寄せた。





お読み下さりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あまーーーーい!!! ありがとうございます
[良い点] 涙出るほど最高です!
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