第百話 東條綾香の苦悩②
気付けばもう100話に到達……
私は自分の部屋から出て、隣の涼太の部屋の前に立つ。
夕食を食べた後、晴翔君はずっと涼太の相手をしてくれていた。涼太も凄く喜んでいたから、それはそれでいいんだけど。恋人でもある私の立場からすると、ずっと弟に彼氏を取られちゃって少し不満。
だから、寝る前にちょこっとだけでも晴翔君とお話して『おやすみなさい』って言いたいなって。
そう思って晴翔君のいる部屋の扉をノックしようとしたんだけど、その扉の向こうから、涼太の声が聞こえてきた。
『ねぇ、おにいちゃん?』
『ん? 何だい?』
あれ? 涼太、今日は晴翔君と一緒に寝るって言い出したのかな?
……羨ましい。私も晴翔君と一緒に寝たい! ……けど、さすがにそれはちょっとね。今日は一緒にお風呂まで入っちゃったし……。
それに、晴翔君が隣にいたらドキドキしちゃって寝れそうにない……。
というか、涼太は晴翔君を独占しすぎじゃない!?
晴翔君は私の彼氏なんだけど!?
ここは彼女として、少し我儘になっても良いよね? 寝る前のちょっとした時間くらい、晴翔君を私が独占しても良いよね?
私はそう自分に言い聞かせて、扉をノックする為に右手を持ち上げる。その瞬間に、部屋の中から凄く気になる会話が聞こえてきちゃう。
『おにいちゃんは、おねえちゃんのどこが好きなの?』
『全部が好きだよ』
『おねえちゃんの全部?』
『そう、全部』
ちょっと涼太! なんて質問してるの!?
しかも晴翔君も即答してるし!! 私の全部が好きって! わ、わたしの全部が好き……で、でもそっか、晴翔君……告白してくれた時も『君の全てが好きです』って言ってくれたし……。
今でも、晴翔君が告白してくれた時の事は鮮明に思い出す事が出来る。
真剣な、火傷しちゃいそうな程熱い眼差しで見詰めてくる彼。その唇から紡がれる愛の言葉……。
うぅ……あの時の場面を思い返すだけで、幸福感で胸が張り裂けそうになっちゃう……。
『おにいちゃん、全部は欲張りだよ』
『あははは、そうだね欲張りだね。でも、そうやって欲張りになっちゃうくらい、俺は綾香の事が好きなんだよ』
――ッ!?!?
や、ヤバい! む、胸の高鳴りがッ! キュンキュンし過ぎておかしくなりそう! 不整脈になっちゃう!
私はノックしようとした手を下ろして、いそいそと自分の部屋に退散する。
これ以上は堪えきれそうにない。
もし今の状態で晴翔君を前にしたら、きっと私は感情を抑えられなくなっちゃう。彼を好きって気持ちが暴走しちゃう気がする……。
私は自分の部屋に戻ると、早速ベッドにダイブして枕に顔を埋めた。
晴翔君と付き合ってから、何回か面と向かって『好きだよ』って言われた事はある。その言葉を聞くと、私の心はふわって軽くなる様な、凄い幸福感に包まれる。
けど、さっきみたいに不意打ちであんな言葉を聞いちゃったら、私の心はふわっとどころじゃなくなる。
もう、ビュンッ!! って感じでドカンッ!! ってなってギュンッ!! ってなる。
感情が爆発しちゃいそうなくらい、晴翔君への想いが溢れて、心が騒がしくなっちゃう。
「はぁ……好きすぎて辛い……」
ちょっと私の彼氏、素敵すぎない?
もともと晴翔君はハイスペックだと思ってたけど、ここまで虜になっちゃうなんて……。
「晴翔君は私の全部が好き……んうぅ~~……」
彼の言葉を自分の口で反芻して、私は枕に顔を押し付けて悶絶する。
どうしよう……晴翔君に対する想いが胸の底からどんどん溢れ出てきちゃう。
どうにかして、この感情を外に放出しないと、私……爆発しちゃいそう……。
枕に顔を押し付けて『私も晴翔君の全部が好きッーー!!』って全力で叫んじゃう?
で、でも……もしそれを聞かれたら、恥ずか死ぬ……。
だって、すぐ隣の部屋には晴翔君がいるんだし……。
……そうだよね、この壁の向こうには晴翔君がいるんだよね……。
私は隣の涼太の部屋がある方の壁をジッと見詰める。
頭の片隅で、突然透視能力に目覚めたりしないかな? なんて馬鹿げた考えが浮かぶ。
「はぁ……咲、まだ起きてるかな?」
取り敢えず私は、スマホを操作して親友へとメッセージを送ってみる。
――起きてる?
――寝てる
咲にメッセージを送ったら、すぐに返事が返ってくる。
メッセージと一緒に、大きな口を開けて爆睡してるウサギのスタンプも返って来た。
咲らしい返しに、私は「ふふ」って笑いを溢しながら通話を繋げる。
ほんの数秒だけ呼び出し音が鳴った後に、咲が通話に応じてくれた。
『どしたん?』
「うん、ちょっと気を紛らわすのに咲と話がしたくて」
『ん? なんの気を紛らわすのよ?』
そんな疑問を投げかけてくる咲に、私は晴翔君がいま家に泊まりに来ている事と、さっき起きた出来事を話した。
『おうおう、こりゃまた激甘なこって。せっかく寝る前の歯磨きしたのに、またしないといけなくなったじゃない』
「ごめんね。でも、このままだと私、爆発しちゃいそうだったから」
『爆発って……』
咲の呆れた様な声が、スマホの向こう側から聞こえてくる。
『そう言えば、今日大槻家と東條家で話し合いだったんでしょ? どうなったん?』
「えっとね――」
私は咲に、晴翔君との生活がこれからどんな感じになるのかを説明した。
『へぇ~、じゃあこれから金曜の夜とかは、大槻君と一緒にイチャイチャしながら夜更かしとかしちゃうわけね』
「そ、それはまだ分からないけど……けど、一緒にリビングのソファに並んで座って、映画とかドラマとか見たいかも」
『いいねぇ~。で、お菓子を二人で分け分けするんでしょ?』
「あまり油断してると太っちゃう……けどそれは凄く魅力的……」
晴翔君と一緒に恋愛ドラマなんかを見ながら、チョコのお菓子なんかを摘まんじゃったりして。そして、お菓子を取る時にお互いの手が触れ合っちゃったり? そこから見詰め合って? キスしちゃったり!? う、うぅ~~……それは幸せ過ぎる……。
「ふふ、ふふふ……」
『お~い、綾香さんや。どんな妄想してるか知らんけど、大槻君に聞かれたら引かれそうな怪しい笑みがこぼれてますよ?』
「はうッ……」
晴翔君との事を考えると、どうしても顔に力が入らなくなっちゃう。
でも、これからは晴翔君のお婆ちゃん、清子さんもいるからちゃんと表情を引き締めなきゃ。
清子さんには良い恋人って思われたいし。
『ところでさ、明日の花火大会は、どこで待ち合わせする?』
「あ、そうだね。普通に駅前とかにする?」
明日は晴翔君と一緒に花火大会を観に行く予定。だけど、彼と一緒にいるところを学校の人に見られたら大変な事になる。
だから、カモフラージュとして私は咲と一緒に花火大会の会場に行って、晴翔君は赤城君と一緒に会場に向かう。そして、現地でばったり偶然出会った風を装う事になってる。
『じゃあ、夕方に駅前の広場でって事でオケ?』
「うんうん。咲は浴衣着てくるよね?」
『一応そのつもり』
「咲の浴衣姿観るの楽しみ~」
『お? 大槻君がいるのに私に浮気かい?』
揶揄うように言ってくる親友の言葉に、私は明日の晴翔君がどんな服装で来てくれるか想像する。
「明日の晴翔君、甚平着てきてくれるかな?」
『大槻君の甚平姿みたいの?』
「それは見てみたいよ。絶対に格好良いと思うんだよね!」
晴翔君は意外と筋肉がしっかり付いてて、細そうに見えて体格ががっしりしてるから、甚平がすっごく似合う。
彼の二の腕とか、首回りとか、あ、あと……胸板とかもチラッと見えるかもだし……。
『だったら明日の朝に綾香が直接『甚平着てきてね』ってお願いすれば良いじゃない?』
「でも、それはそれでなんか、強制してるみたいでちょっと……」
もしかしたら晴翔君は、甚平が嫌いって可能性もあるし。そうしたら彼に無理強いさせることになっちゃう。
『それは綾香、考え過ぎよ。あなたは彼女なんだから、可愛らしく『浴衣と甚平で一緒に屋台巡りしようねッ』って言えばいいのよ』
「そうかな? 言っちゃっていいかな?」
『いいのよ。言っちゃいなさいよ』
咲のその言葉に、私は何度も頷く。
「じゃあ、明日の朝に晴翔君にお願いする」
『うんうん。で、どうだい? 私と話して紛れたかい? 爆発は防げそうですかいな?』
「あ、うん。ありがとう咲」
さっきまでは、晴翔君への想いが募り過ぎて辛かったけど、今は咲と明日の事を話したおかげで、意識は花火大会へと向かっている。
『じゃあ、私はもう寝るね』
「うん、おやすみ咲」
『おやす~』
スマホ越しに、咲の欠伸交じりの声がした後に通話を終了させる。
私はベッドに横になって、天井を見上げる。
「明日は晴翔君と花火大会。楽しみだなぁ」
憧れだった恋人と並んでみる大輪の花火。
それを大好きな晴翔君と一緒に見る事が出来る。その時の事を想像して、私は自然と笑みを浮べながら、幸せな気持ちに包まれながら瞼を閉じた。
綾香の悩み:好き過ぎて辛い……
お読み下さり有難うございます。
本日は書籍版の発売日直前という事で、皆様にご報告があります。
すでに展開の早い書店では、本作の書籍が売られていているようでして、書籍をご購入された方は帯裏を見てご存じだとは思うのですが……。
本作『家事代行のアルバイトを始めたら学園一の美少女の家族に気に入られちゃいました。』はコミカライズが決定しております!
コミカライズをしていただくのは『月刊コミック電撃大王』となっております。
魔法科高校の劣等生や、とあるシリーズ、よつばとなどなど、数多くの名作が連載されている電撃大王様でコミカライズして頂ける事、とても嬉しく光栄に思っています。
このようにコミカライズが決定したのも、読者の皆様が本作を読んで評価して頂いたおかげだと思っております。
今後とも、一人でも多くの読者様の為に魅力ある物語を描けるように頑張りたいと思います。




