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08




今日も今日とて、特に用もなさそうなのにジュリオが店のカウンターに居座っている。この男、サーラの店をカフェか何かと勘違いしている可能性すらある。


「あの、なんでいるんです?」

「ここ、落ち着くよね。好きなんだ僕」

「……………」


理由になっていない。


サーラの店は魔道具店だ。魔道具そのものを売ったり、持ち込まれたものを修理したり、その為に必要な道具や参考書が山のように置いてある。だから、それほど広くもない店の中は一見ごちゃついているように見えるだろう。それを好きだとは、変わったお貴族様だ。


「用が無いなら帰ってくださいよ」

「他のお客さんの迷惑にはならないから、気にしないで」

「いやいや……」


それが出来ないから帰ってほしいのだ。今は客の姿はないので新しい魔道具を組み立てる作業中なのだが、ジュリオの視線が向けられているだけで体が思い通りに動かないのだ。


すぐ近くにいる気配、視線、匂い、ちょっとした音……ささいなそれらが気になってサーラを惑わす。


小さくため息を吐いた時、来客を伝えるドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませー」

「………」


サーラの店にやってくる客と言うのは大体が顔見知りのリピーターであるが故に、店に入ってくるや否や、カウンターにたどり着く前に用件を言ってくる事が多い。これが壊れただの、あれが欲しいだの。


だが、何も言わずに入ってくる客人にふと目を向けると、見知った顔ではあったがわざわざ自らやって来るとは思っていなかった人物だった為サーラは驚いた。


「え?スペンサーさん…?」


そこに居たのは先日知り合ったスペンサーだった。スペンサーは「よっ」と軽く挨拶をすると先客に気付いたようでチラリと視線を向けた。


「あー…取り込み中なら出直す」

「?いえ、大丈夫ですよ。どうかしたんですか?」

「これ、約束のもの。ギリギリになって悪い」

「……………?」


スペンサーがそう言って差し出してきたのは、お店のロゴと思われる印がついた綺麗な白い箱だった。厚さは10センチ程度だが程々に大きい。サーラはスペンサーに服の仕立てを頼んでいる(?)のでそれだろうかと思いつつ尋ねた。


「なんです?」

「開けて見れば分かる」


そうですか、とサーラは素直に箱の蓋を開けた。


「!?」


中に入っていたのはローブだった。それはサーラがスペンサーに預けていた、母からもらって愛用していた物だったが、それだけではない。


そこには黒地のローブに見合うように星やイルミネーションを模ったような刺繍が施されている。それも派手すぎず、かと言って地味とは程遠い絶妙な加減で、古びたローブは思いもよらない生まれ変わりを見せていた。


「……………これ、あなたがやったの?」

「他に誰がいるんだよ」

「……………」


サーラは思わずローブを手に取ると、繊細に施された刺繍を指でなぞった。金や銀の糸の他に、紫や紺といった生地と同系色の糸も使われていて、間近で見れば見るほど豪華に見える。


「すごい………」

「へぇ!これは見事だね」


サーラの手を引いて覗き込むようにして口を挟んできたジュリオに、サーラは一瞬身を固めた。急に触れてくるのは心臓に悪い。それに、他の来客の邪魔はしないと言っていたのはどの口かとサーラはムッとした。


その間にもコミュ力おばけのジュリオはスペンサーに声をかける。


「はじめまして、だよね?僕はジュリオ・フランカル、よろしく」

「……………フランカル?」


いくらこの地に来たばかりでも、領主の、守り人の名を知らない人はいない。その一族の1人が、こんな所で暇を潰しているとは思わないだろう。フランカルの名は知れていても、メネガットの名を知る者はそう多くは無い。


それに、サーラもなぜこの人は用もないのに定期的にこの店を訪れるのか不思議で仕方が無い。


スペンサーは怪しそうにしつつ、握手を交わした。


「スペンサー・オルミ。近くで服飾店をやってる」

「そうか、それでこの刺繍をね」


本当にフランカル家の者なのかと視線を寄越すスペンサーに、サーラはため息混じりに頷いて見せた。するとスペンサーはカウンター越しにちょいちょいとサーラを呼び、耳元に顔を寄せた。


「取り込み中なら出直すと言っただろ」

「いえ、そう言うわけでも無いので………」

「じゃあなんでフランカル家のやつがここにいるんだ」

「それは………」


それはサーラの方が聞きたい。運命の乙女を探しているのは間違い無さそうだが、見えない物は見えないわけで、そう伝えてもこの店に居座るのはつまり…「落ち着く」という理解し難い理由しか得られていない。


コソコソとやり取りをする2人にジュリオが声をかける。


「サーラ。折角だから羽織ってみたらどう?」

「えっ…?」


急に名前を呼ばれるのはもっと心臓に悪い。今このローブを脱いだら、その隙に心臓が高鳴っているのがバレるのでは無いかと恐怖したが、ジュリオの提案にはスペンサーも賛成のようで視線が痛い。


「………分かりましたよ」


折角綺麗なのだから、暫くこのまま取っておきたかったのにそれも叶わず、サーラはローブを着替えた。


長年愛用してきたローブはやはり身体に馴染むのに、別物のように見えるから不思議だ。


「いいね、前より華があって」

「我ながら上出来だ」


2人からの賞賛はローブに向けられたものだと分かっているのに、どうしても気恥ずかしさを拭えなかった。






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