07
「スペンサー・オルミ。最近近くで服飾店を開いたんだ」
「………サーラ・メネガットです」
ぶっきらぼうな挨拶だが手を差し伸べられ、意外だなぁと思いつつサーラも応えるように手を合わせる。
いくら人付き合いが苦手なサーラでもご近所付き合いぐらいはあるのだが、スペンサーの事を知らなかったのは、彼が最近この地にやってきて開業したばかりだかららしい。
「それで、どういう事になってるんです?」
「何も聞いてないのか?」
「なにも」
ソフィアからは紹介したい人がいると言われただけ。目的はおろか、それが男性か女性かすら教えてもらっていなかった。
サーラに仕事の依頼があるならサーラの店に来れば良いと思うのだが、そうしなかったという事は仕事の依頼があるわけでは無いのだろう。
となると全く用件が分からない。
スペンサーはチラリとソフィアの方に視線を向けた。
「あのおばさんから、あんたに見合う服を作ってくれって頼まれた」
「え?なんで?」
「さあ。陰気臭いからじゃないか?」
「陰………」
そりゃあ確かにサーラは陽気かと問われると否定せざるを得ない。サーラは自分の母親とは相対するように、物静かで、消極的で、日陰や暗い色を好む。まるでどこかの悪質な魔女のようではあるが、心は誓って全良だ。
まあ、陰気である事は認めよう。しかし、それがどうしてこの得体の知れない人に服を作ってもらう事になるのか。洋服なら普段着回している物で困っていない。
服なんて、着られれば何だって良いのに…。
「あんた、服は着られれば何でも良いと思ってないか?」
「!?」
「やっぱりな」
心の声が漏れたのかと驚いたが、そう言う訳では無いらしい。だが図星を突かれたので漏れ出たのと大差は無い。
「頓着なさそうだもんな」
「…すみません」
流石に服屋さんの手前、着るものに興味が無いと言うのは何というか、部が悪い。なんとなく謝罪の言葉を述べると、スペンサーは軽く鼻で笑った。
「まあ良いよ、俺がなんとかしてやる。それがおばさんからの依頼だからな」
「………はあ。でも私、お金もそんなに無いので」
「支払いは今回はいい。おばさんには恩があるから。ただし、あんたには俺の服の広告塔になってもらう」
「広告塔?」
「俺が作った洋服を着て過ごしてもらう。結局、商売ってのは評判なんだよ。俺はよそ者だから余計にな」
「………まあ、それは」
その気持ちはよく分かる。サーラも元々この地で生まれ育った訳では無い。数年前、実の母親にこの地で魔女の務めを果たすようにと言われてやってきた身だ。
幸い、縁結びの魔女だと身分が証明出来ると、フランカル家からの援助が得られたためサーラは思ったよりもはやくこの地に馴染む事が出来た。ソフィアの店の近くに店を構えた事も大きかったかもしれない。
作った服を着て過ごすだけでタダで貰えると言うなら貰っておいた方がお得なのは言うまでも無い。スペンサーの縁を見ても、悪い繋がりは今のところ無さそうだし、ソフィアが目利きした相手だ、怪しい事にはならないだろう。
「でも、私なんかで良いんですか?もっと適任があると思いますけど」
「あんただけじゃないから気にするな。それに、あんたの店にはいろんな層の客が来るんだろ。それが狙いだ」
「………そうですか」
ソフィアからどこまで話しを聞いているかは分からないが、サーラが魔道具店を開いている事は知っているらしい。
「そのローブ、良い物だな。だけどデザインが古い」
「え…?」
急に話題が変わった事に驚きつつ、サーラは着ているローブに目を向けた。普段から高い頻度で身につけているこのローブは、サーラの母親がくれた物だ。着心地の良さが気に入っているが、デザインなど気にした事もない。
なぜならサーラにとって服とは、着られれば何でもいいからだ。
「それ、俺に預けて貰えないか?」
「え??」
しなびたローブを預けて何になると言うのか。さっぱり分からないが、サーラが許可する前からスペンサーはそれを受け取るべく手を差し伸べている。
まあ、ローブはこれ以外にも何枚か持っているから構わないのだけれど………。
サーラは言われるがまま仕方なくローブを脱いでスペンサーに手渡した。
「切り裂いて別の物にしようとしてます?」
「はっ、まさか。大事なもんなんだろ?そんな事はしない」
「どうして大事な物だと?」
「大事にされてるかどうかは見れば分かる。あんたは着るものに頓着は無さそうだが綺麗に扱ってる」
「……………」
昔から物持ちは良い方だったと思う。大人になってからは特に、洋服に限らず気に入った物は長く使う。そういう人の本質的な部分が着ているものを見ただけで分かるなんて、職業病なのだろうけれどそれこそ魔法のようだ。
受け取ったローブの生地やデザインをマジマジと観察するスペンサーはそのまま顔を上げる事なく話し始めた。
「少し手を加えても良いか?悪いようにはしないと誓う」
サーラの答えを聞く前から既にデザインの算段を付けているようにさえ思える。少々無愛想だが、その熱心な姿は信頼出来るような気がした。
「ええ、構いません」
「数日中にあんたの元に返す」
ローブは他にもあるのだから急がなくても良いのだが、1枚しかローブを持っていないとでも思われているのか、スペンサーは1週間以内と提言した。