05
正直、サーラには楽しさが理解できない境地にある。
仮面のせいで視界が悪いのに薄暗く保たれたホールでは、思うように身動きを取る事もサーラには難しい事だった。
今のところ、会場の隅の方でザワザワとそれぞれに談笑する大人達をただ眺めているだけになっている。一応人の縁の繋がりを見てはいるが、これでは人が多すぎて誰の縁がどこに繋がっているのか、糸が絡み合っているように見えて仕事にならない。
「どう?仮面だけでも分からないものでしょ?」
「これの何が楽しいのかが分からないのですが」
「はははっ、確かに」
「同意するくらいなら来なければ良いのでは?」
「僕もそうしたいんだけどね。ほら、僕はダンテと違ってまだ伴侶がいないから」
「……………」
だから何だと言うのか。サーラは眉間に皺を寄せた。
全く、お貴族様も生きにくそうだとため息を吐く。魔女としての務めはあるが、それ以外は比較的自由気ままに生きてきたサーラと、ここにいる人達では住む世界が違うのだろう。
「面倒ですね」
ぽつりと漏らした言葉に返事は無かったが、特に気にする事もなく、サーラは再び人間観察に勤しむ。
見ていると分かって来たことがある。時折こちらに向けられる好意と疑念の視線。広い会場で目立つ場所にいるわけでも無いのに男女問わず多々見受けられるその視線の意味は簡単だ。
「………バレてますよね?ジュリオさん」
「さあね。誰も声をかけてこないから分からないな」
「この視線に気付いていないとは言わせませんよ。こんな所にいないで、交流して来たらどうです?」
近い距離に居た方が人の縁は見やすい。ジュリオ側から運命の乙女との繋がりが見えないなら、相手側から辿れば良いかもしれないと踏んでいたが、いかんせんジュリオが動こうとしないので困っていた所ではある。
サーラと違ってこういう場所には慣れているようだし、促せば多少挨拶程度でも動くかと思えば、何を思ったかジュリオはサーラの腰に手を回し、自分の方に引き寄せる。
「っ!?!?」
何が起こったか分からないままよろけた身体はジュリオに受け止められた。転ばずに済んだのはありがたいが、あまりにも距離が近すぎる。そうじゃなくても近いと感じていたのに。
「なん、です…?」
動揺を隠そうとしたて失敗したサーラだったが、ジュリオがそれを気にする素振りはなく、いつもより低い声色で答える。
「視線には気づいているよ。だからこそ、ここを離れるつもりは無いけど」
「……私を女性避けに使わないでくれます?」
「どちらかと言うと男避けだよ」
「はぁ。そんなに誰とも会いたく無いなら、本当に何をしに来たんですか」
今日何度目かのため息を吐いたサーラは視線を感じてジュリオを見上げた。仮面のせいで分かりづらいが、苦笑いを浮かべているように見える。
「君って、そう言う所あるよね」
「………はい?」
「僕が言ってるのは君の男避けって事だよ。君の方こそ、彼らの視線に気づいた方が良い」
「…………え?」
サーラは言われている意味が分からず眉間に皺を寄せた。
サーラは貴族ではない。魔女ではあるが、ごく普通の一般人だ。こう言った場所に来るのも初めてだし、そうじゃなくても普段から注目を浴びるような存在では無い。
もしもジュリオが言うように、今の自分が誰かに注目される存在になっているのだとしたら、誰のせいかは明確だ。
「ジュリオさんが隣にいるからじゃないですか。私は邪魔者扱いされているんです」
自ら望んでそうしている訳では無いのだが、ジュリオに近づきたい相手にとってサーラの存在は邪魔だろう。だがジュリオはそれを認めない。
「どうかな。今日の君は一段と綺麗だから」
「……………顔が隠れているのに綺麗も何もありませんよ」
こうやって相手をいい気分にさせるのはジュリオの上等手段なのだからいちいち照れてはいけないと分かっているのだが、どうしたって心が反応してしまう。
いじけたような言い方になってしまったが、ジュリオはクスッと笑う。
「僕から離れないで。いい?」
「それじゃあ運命の乙女を探せないじゃないですか」
「構わないよ。正直なところ、今日の目的は運命の乙女探しじゃないから」
「……………?」
なら一体何だというのか。まさか本当に女避けの為に都合の良いサーラを連れてきたと言うのか。
いつからサーラは便利屋に成り下がったのだろうかと項垂れたい気分だったが、キツく巻かれたコルセットが背筋を曲げることを許してはくれなかった。