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ガタゴトと馬車に揺られている。小窓からは陽は沈みかけているがまだ森を抜けていないのが見える。フランカル家に到着する頃には完全に陽は沈んでいるだろう。
時折、ゴトンと大きな揺れが伝わる馬車の中で、サーラは自分の太ももに頭を預けて眠るジュリオがなるべく穏やかにあれるよう気をつけていた。
大きな馬車だと言うのに、乗っているのは2人だけ。あの後、気を失ったジュリオはフランカル家の従者によってこの馬車に運び込まれ、白髪白髭のロベルトに「では魔女殿も」と、行きと同様に押し込まれた。
サーラの膝枕ごときで安寧が得られるとは到底思えないのだが、無いよりはマシだろうと頭を預かり今に至る。
サーラは縁結びの魔女としての務めを軽んじていた事は無いつもりだったが、考えの甘さを痛感していた。ジュリオと運命の乙女を結ぶ縁の糸が見えない事を、心のどこかで、自分の片想いを終わらせずに済む口実にしていたかもしれない。
なんと恐ろしく、浅ましい女なのだろう。
もう先延ばしになどしてはいられない。サーラは縁結び魔女として、この恋心を終わらせて、運命の乙女をどんな手を使ってでも早急に探し出さなければならない。
自分では力不足だと分かったなら、この地を去り、別の縁結びの魔女に協力を仰ごう。それまであと少しだけ、頑張らせて貰えるだけの猶予は残されているだろうか。
馬車を降りたら、本当におしまいにしよう。胸の苦しさも切なさも、特別な想いは全てこの馬車に置いて降りてしまえばいい。
だから最後に、この馬鹿げた行為を許してほしい。
サーラは、暫く意識は戻らないだろうジュリオに短い口づけを落とす。
馬車の揺れが少なくなった事が森を抜けた事を知らせていた。
◯●◯●◯●◯●
「いやいや、ご無理を言ってご同行頂いて、ありがとうございました魔女殿」
フランカル伯爵の屋敷に到着した時、空にはポツポツと星が出ていた。ジュリオは従者によって自室に運び込まれ、残されたサーラは帰ろうとしていた所に白髪白髭のロベルトに声をかけられた。
「いえ、何も出来ず…」
「何をおっしゃいますか。魔女殿にはいつも坊ちゃんを支えて頂いて、感謝するばかりです」
「……私は何も」
「私は生い先短いですから、これからも魔女殿には坊ちゃんの事を支えて頂きたいのです。坊ちゃんも魔女殿には心を許しておられる事ですし」
「……………」
サーラは明かりの灯るジュリオの部屋の窓を見上げ、小さくため息を吐く。
「そう言って頂けるのはありがたいですが、彼を支えられるのは私では無いので…。今まで力になれず、申し訳ありませんでした」
「ご謙遜を」
「いえ、本当に。私ではだめなんです。ジュリオさんのお相手は必ず探し出すと約束します」
「………ですが、魔女殿には坊ちゃんの運命の繋がりが見えないとお聞きしていますが…」
ロベルトはサーラを気遣うように、恐る恐ると言った感じで話すが紛う事なき事実だ。サーラは再びため息を吐くと、なぜかロベルトが慌てだす。
「い、いえ!魔女殿を責めるつもりは無いのです!ただ私は、坊ちゃんには幸せになって頂きたいだけでして……」
「はい、分かっています。私も同じ気持ちです。運命の乙女と正しく結ばれれば彼は幸せになれます」
「し、しかし、坊ちゃんは………」
「心配しないでください。縁結びの魔女は私だけでは無いんです。他に頼れるアテがあるので、その人に協力してもらうつもりです」
「では魔女殿は…?」
ロベルトの眉尻が下がる。こんな役立たずの魔女を案じてくれるなんて、良い人だ。サーラはあまり心配をかけまいと、表情を殺し淡々と答える。
「務めは必ず果たします」
サーラは深く頭を下げ、誓いを新たに顔を上げた。
去り際に明かりの漏れるジュリオの部屋を見上げてこれまでの恋心と本当に決別すべく「さよなら」と独り言のつもりで漏らした言葉がロベルトに届いていた事にサーラは気づかなかった。