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サーラはフランカル家に協力を求められれば、例えそれが縁結びの魔女絡みとは思えない内容だったとしても、護り人の協力者として断る事が出来ない。
まあ元々、手を貸して欲しいと言われると断れない性分なので、フランカル家に限らず、来いと言われたら行くし、手伝えと言われたら手伝う。
そして今、従者を通じてジュリオに、来て手伝って欲しいと言われたのでフランカル家に足を運んでいるのだが、一体何をすれば良いのか分からない。
「おはよう。元気そうだね」
「まあ、いつも通りですけど」
フランカル家でジュリオに会う時は、外で会う時よりもラフな服装でいる事が多く、その爽やかさを直視することはサーラには難しい。ジャケット一つあるかないかでこうも変わるものかと感心する。
「今日はあのローブを着てこなかったんだね」
あのローブとは恐らくスペンサーが手を加えた物の事だろう。サーラは首を傾げた。
「ジュリオさんはスペンサーさんの事が嫌いなのでは?」
「え?」
「………え?」
サーラの考えは的外れとでも言うように、ジュリオは珍しく拍子抜けしたような声を漏らしたが、サーラはサーラでその反応に困惑した。
「いえ、この前私がスペンサーさんの所に行ったと話したら嫌がってるように感じたので」
「まあ、そうだね」
「なのでお二人に何があったのかは知りませんけど、彼の事が嫌いなのかと」
「…………………」
ジュリオは頭を抱えた。どうやらサーラの憶測は間違えているらしいと言うことは分かる。ジュリオとスペンサーを繋ぐ縁はまだ薄い色で見えづらく、彼らの関係性を知る判断材料としては乏しい。
「本当に君は困った人だね」
「………?」
「まあ良いよ。そう言う人だって分かってる」
「はあ」
よく分からないが、良いの言うのなら良いのだろう。サーラも深掘りするつもりはない。そんな事より、なぜ呼び出されたかの方が気がかりだった。
「それで、今日は何の用です?」
「最近雨が降っていないでしょ?だからこれから森へ行くんだ。君に、着いてきてもらおうかと思ってね」
「………はい?」
つまり、精霊の森へ行って水の精霊と交渉するという事なのだろうが、その場にサーラが行く意味が分からない。
「なぜ、私も一緒に行くんです?」
「僕は卑怯な男で、君は優しい人だから」
「……………」
答えになっていない。
サーラの不満はその表情でジュリオに伝わったらしいが、だが答えをくれるつもりは無いらしく、クスッと笑うだけだった。
精霊の森への移動は馬車を使えるように1本の道が整備されている。これ以上の森の開拓は精霊の怒りを買うとされていて、その1本の道以外は自然のまま管理されている。
道を辿ると開けた場所にたどり着く。その中央部には精霊達との交渉や契約が行われる祭壇が設置されており、ジュリオやダンテ、現フランカル伯爵やその祖先が、この場で精霊達との絆を深めてきた。
精霊は人の言葉を話さず、手のひらサイズの小さな体だが、膨大な魔力を持っている。その魔力にあやかって人々は豊かな暮らしを得ているわけだが、一度精霊達の怒りを買おうものなら、人の世は呆気なく荒廃するだろうと思う。
人と精霊達の暮らしの仲裁をするのもまた、護り人の役目と言えるだろう。
ジュリオが祭壇に手をかざすと、ぼんやりと祭壇が淡い青色に光出す。サーラは話には聞いていたがその様子を初めて目の当たりにした。そして、淡い光はどんどん広がり周囲一帯を包み込んだかと思うと、どこからとも無く、羽の生えた小さな無数の精霊達がぐるぐると当たりを飛び回っていた。
その様子はまるでジュリオの訪れを喜び歓迎しているかように見える。
精霊達にとって、フランカル家の血を引くものは特別だ。逆を言えば、フランカル家以外の人間には微塵も興味を持たないだろう。その証拠に、サーラの事を気にする精霊は1匹たりともいない。精霊達にとってサーラはその辺に生えている森の木と同じだ。
当たりを美しい光が包んだのはほんの数分で、精霊達はどこかへと徐々に消えていくと、ジュリオはその場で膝をついた。
「ジュリオさん!?」
護り人がその務めを果たす時、膨大な魔力を消費する。それが、立っていられない程だと言うことも、数日寝込む程だと言うことも、誰もが知っている。その苦痛を劇的に軽減し、むしろ護り人に力を与えるのが運命の乙女だ。
未だ運命の乙女との繋がりがないジュリオは、精霊達に力を与えた後はこうなるのは当然の事。気を失っていないだけ強靭と言える。苦しそうに浅い呼吸を繰り返すジュリオの額には冷や汗が滲んでいる。フランカル家の従者達も慣れた様子で駆け寄ってきていた。
「大丈夫ですか!?」
「心配、してくれるなら……僕にキスしてくれれば、良いよ」
「こ、こんな時に冗談はやめてください!」
かなりの苦痛が体を襲っているだろうに、そんな中でもジュリオは笑みを浮かべて冗談を言ってくる。何か出来ることは無いかと考えても、サーラは無力だった。