一日目③ 「食事は停食になってます」編
「病室は6階です。家族の方には6階の〇〇棟とお伝え下さい。」
エレベーターの中で部屋の位置について説明を受ける。
家族には前の病院で救急車で移動すると決まった時点で一度ラインをしておいた。
救急室では肺炎に確定したことと採血やMR検査を受けていることをラインした。あとは下着と飲み物を持ってきて欲しいと書いたか。
母親が電話したがったが、肺炎おじさんは喉が荒れていて喋ると咳でむせやすいという理由とここは救急だからまずいかもしれないという理由から断った。
部屋についたら看護師さんに必要なものを確認して追加のラインをしよう。
部屋につくと複数人の看護師の元、肺炎おじさんを担架からベッドへと移す作業が行われる。
肺炎おじさんは夜になると咳と痰が酷くなるため、僕、歩けるのに手間かけてすみませんなどという冗談を言う余裕もなくなっていた。
スマホによると既に21時を過ぎていた。いつもなら0時頃から酷くなるので今日はいつもより酷いと言ってもよいのかもしれない。
「入院にあたって家族に持ってきてもらうものはなにがあればいいですか?」
肺炎おじさんがその場の女看護師に尋ねると女看護師は入院のパンフレットを持ってきてくれた。
パンフレットによると患者服のみ、タオルのみ、両方ありの貸出を有料で行っており、借りるとその他生活用品がおまけでつくという。
とりあえず服を明日から貸してくださいとお願いした。今日はもう着替える余裕も替えの下着もないのでこのまま行く。
必要なものは飲み物、下着、タオル(借りるならいらない)、髭剃り、充電器だろうか。
これに加えてよく使うタブレットの置き場所を伝えて持ってきてくれるように母親にラインする。
我が家は4人家族で両親と妹と住んでいる。両親は還暦を迎えているが、幸いなことに頭がしっかりしており、まだ働いている。
妹は平日忙しいので自営業の母親が持ってきてくれるだろう。
迷惑をかけて申し訳ないが仕方ない。
あとは入院の保証人が必要なのでこれも家族に頼むことになるだろう。
女看護師によると普段は平日14〜16時にしか差し入れできないが、今日は救急扱いなので夜中でも差し入れOKらしい。
このことをラインで伝えると母親が荷物を持ってきてくれるらしい。他はともかく充電器は早く欲しかったので素直に頼ろう。
「あと救急室の先生の判断で食事は停食になってます。肺炎が落ち着いたら食べれますよ。詳しい理由はまた主治医の先生が伝えると思います。」
と女看護師がご飯抜きを伝える。
病院食まずいよね的なことを書こうと思ったがそもそも食べられないらしい。
まあ仕方ない。断食ダイエットの始まりだ。
看護師たちは最後に点滴を1つ追加で持ってくる。
「抗生剤を点滴しますねー。血液検査の結果や症状を見て使う抗生剤を変えていきます。今日は救急室の先生の判断でこれを使います。」
既に打たれている点滴の管にはさらに新しい管を足せるように分岐点のような箇所がある。抗生剤はそこに繋げられた。
こうして看護師たちもいなくなりベットで一人ゴホゴホする肺炎おじさんが残った。
おじさんの身体には救急で付けられた点滴と鼻酸素のチューブがつけられている。
※ 鼻酸素は部屋に装置があり、チューブの先が救急室で使っていたボンベから部屋の装置に変わっている。
しかし点滴も鼻酸素もすぐに咳を抑える効果はないようで、肺炎おじさんの咳と痰は夜になって酷くなっており、口から痰を出してはティッシュに吐いて捨てる作業の繰り返しが始まった。
肺炎おじさんはふとえらい寒い病棟だなと思った。
これは結果として間違っていることが翌日に分かるのだが、寒気がしていたのかこの時は空調がとてつもなく寒く感じた。
もしも一般的なサラリーマンであればこの辺りで上司に連絡して「すみません、入院することになりまして……」と連絡するか、明日の朝早く連絡すると思うが、肺炎おじさんは自分の自営業をしつつ、必要に応じて親の自営業を手伝っている状況なので家族に連絡すれば大体終わる。
会社とのやり取りを参考にしたかった人には申し訳ないが参考にならないだろう。
1時間も経たないうちに荷物を持った女看護師が現れた。母親が届けてくれたらしい。
これでスマホの充電切れは心配しなくて良さそうだ。
女看護師はついでに熱と血圧と血中酸素濃度を測る。
熱は37.5度、血圧は180、血中酸素濃度は90〜91だった。
「あれー?測り直しますね。」
血圧の180は大分高いようで3回測り直していた。この時の肺炎おじさんは知らなかったが血中酸素濃度の90も悪い数字である。通常は96より高いものであり、80代であれば酸素マスクが使われていたかもしれない。
───今日は疲れたし後は寝るだけだ……ゴホゴホゴホッ。
肺炎おじさんの終わらない夜が始まる