八日目 「こちらの書類を読んでサインして下さい」編
八日目
8月1日月曜日。朝方に女看護師に起こされる。採血を4本分するらしい。
採血にも慣れてきてしまった。
熱、血圧、血中酸素濃度を測ると熱は36.8度だった。
朝は平熱で夜は熱が出ると言ったところだろうか。
血圧は120台で血中酸素濃度も95と悪くない数字だ。
朝の食事にはなんと納豆が出る。普通の納豆と比べるとタレが少ない気がしたがちゃんとタレとカラシもついている。
満足度の高い朝ごはんとなった。
女医が病室に来て今後の説明を行う。
「今週から心臓の検査をしていきますね。明日は造影MRIという造影剤を使ったMRIを行います。MRIの検査は受けたことはありますか?」
女医が尋ねる。
「MRIは受けたことがありますが、造影剤は使ったことがありません。造影剤とは?」
昔、頭痛がしたときに頭をMRIで診てもらったことがある。
この病院に救急車で運ばれた時も受けたはずだ。
※ 救急室の男看護師はMRと言っていたが同じものである。
「造影剤はMRIの画像に色を付ける薬です。これを血液に流して心筋組織の障害の有無や重症度を確かめたり、心臓や血管に血の流れ辛い箇所がないか確かめます。今回使う造影剤は心不全用で他のMRIで使う造影剤とは異なるものを使います。この造影剤には軽微な副作用があり、滅多に起こりませんが重い副作用が出る人もいます。なのでこちらの書類を読んでサインして下さい。」
「なるほど。わかりました。」
「書類は今日のうちに看護師に渡してもらえば大丈夫です。造影剤を使うリスクより検査をしないリスクの方が大きいのでよろしくおねがいします。」
肺炎おじさんは元々受けるつもりであったが丁寧な説明に納得した。
「明後日にはガリウムシンチグラフィという核検査を行います。その48時間前に注射が必要なので今日はその事前注射をお昼前後に受けてもらいます。あとは今日の午前にはレントゲンもあるので受けて下さい。」
「わかりました。ありがとうございます。」
肺炎おじさんがお礼を言うと女医は病室を出ていった。
「レントゲンに呼ばれたので行きましょうね。」
10時頃に小柄な女看護師が声をかけてくる。以前眼科に連れて行ってくれた看護師だ。
レントゲンはサクッと1枚撮って終わる。
「今回は正面だけなんですね。前は横から戻っていたので。」
肺炎おじさんは念の為確認する。
「ええ、今回は1枚だけです。お疲れさまでした。」
レントゲン技師の答えを聞いて病室に戻る。
咳と痰は大分減ったが移動はまだ車椅子である。
一人で病室を出る許可とシャワーをする許可もまだ出ていない。
───肺炎が治れば許可が出るのかな?
後日になって分かるがこの予想は外れていた。
病室を出る小柄な看護師を引き止めてマグカップに氷を貰えないか尋ねる。
実は数日前から1日1〜2回氷を貰っている。
温かいお茶も冷たいお茶もだせますよと言われたのが切っ掛けで氷だけ貰っているのだが、氷には限りがあるようで少ない時もあれば多い時もある。
もしかしたら迷惑かな?とも思っているが氷があるとやはり飲み物が美味しいので貰いすぎと怒られるまでは貰うつもりだ。
今回は大きめの氷を4個入れてもらえた。
時間が出来たので氷で冷えたお茶を飲みながら女医に渡された書類を見る。
軽微な副作用については熱や痒みと言った一般的なものであり、重いものについても失神や吐き気と言ったもので死に至るものではないようだ。
ただ、最後に腎臓に障害が残る可能性があることが書かれている。原因不明で数万人に一人程度の確率で出るらしい。
こういう後遺症のようなことが書かれていると身構えるが検査を受けないという選択肢はない。
まさに女医の言うように検査を受けないリスクの方が高いと言ったところだろう。
肺炎おじさんは書類にサインした。
「核検査室に呼ばれたので行きましょう。」
昼前に再び小柄な看護師が声をかけてくる。
どうやら女医の話していた注射のようだ。
車椅子で連れて行かれた部屋の扉にはいわゆる核マーク(放射能マーク)があった。
核検査室の先生(技師?)によるとガリウムシンチグラフィは身体にガリウムを注射して腫瘍や炎症の有無を確かめる検査らしい。
このガリウムは検査後に尿として排出されるとのこと。
「では注射しますね。少し痛いですよー。」
そういって核検査室のおばちゃん看護師が針を刺す。
採血よりも針が太いのか、結構痛い。
少し待つとガリウムの注入が終わったようだ。
「ありがとうございました。」
肺炎おじさんはお礼を言う。
「当日はお通じの出が悪かったら浣腸をすることになるのでご了承下さい。」
最後に先生から恐ろしい話を聞いて検査室を出る。
「〇〇さん(肺炎おじさんの名前)、病室に空きができて、体調も安定してきたので希望すれば四人部屋に移れますよ。」
病室に向かう道中で小柄な看護師が言う。浣腸の話題ではなくてよかった。
「四人部屋ですか。一人部屋は高いですがプライベートが守られるので悩みますね。」
肺炎おじさんは部屋を移るべきか迷う。一人部屋は一泊6000円なので高いのは間違いない。
「移って下さいというお願いではないので、移りたいと思ったら言って下さい。ただ、移れるのは病室が空いてる時だけなので……。」
「いえ、わかりました。少し考えます。」
肺炎おじさんが返事をした頃に病室に着いた。
昼の食事が終わった後、かねてより女医が言っていた通り、ニトログリセリンの点滴が外される。
ニトログリセリンなしで体調に問題ないか様子見をする。
これで点滴は1日3回の抗生剤のみとなる。
また同時に鼻酸素の供給も1リットル減り2リットルとなった。
装置の操作の終わった看護師に検査の書類を渡しておく。
肺炎おじさんは14時の抗生剤まで1時間弱だったが眠った。
抗生剤の点滴が終わる頃にリハビリ担当の女性が来る。
「今日は足上げ運動をした後に座ってやるリハビリを教えますね。」
リハビリ担当の女性はそう言うと運動前の血圧と血中酸素濃度を測る。
座って足踏みする運動と足を蹴る運動を教わる。
両足交互に20回(片足10回)1セットを従来のストレッチの後にやることになった。
リハビリ担当の女性は運動後の熱と血中酸素濃度を測るが、特に大きな変化はなかった。
肺炎おじさんは11の楽だったを選んでリハビリは終わった。
夕方に家族から差し入れが届く。ありがたい。
夜は花火大会があったようで花火を上げる音がする。
方角の問題で病室の窓から窓にへばりつくように横を見れば見ることが出来たが、肺炎おじさんはそこまで花火が見たいわけではなかったので、一瞬見てベッドに戻った。
消灯前に男看護師が来て熱、血圧、血中酸素濃度を測る。
熱は微熱だったが血圧は120台、血中酸素濃度は96で大分安定してきた気がする。
咳と痰も出す方が少なくなっていた。たまにむせたように出るだけだ。
今日も夜中に一度目が覚めたがぐっすり眠ることが出来た。