五日目① 「肝臓にダメージが出ているからです。」編
五日目
7月29日金曜日。肺炎おじさんは朝方に女看護士に起こされた。
急遽採血を1本取るらしい。
深夜にも採血したことを考えると頻度が多いと感じる。
その後、別の女看護師が熱、血圧、血中酸素濃度を測る。熱は37.5度だった。
ついでに脇の氷枕は返して頭の氷枕は変えてもらった。
「今日の抗生剤はいつもと違うものになります。」
点滴担当の女看護士が言う。
既に先生からは経過を見て抗生剤を変えていくと言われているので一つ返事で了解した。
朝の食事の際に薬が2つ追加される。そのうちの一つは既に飲んでいる薬が増えた形だ。
食事の後にマグカップのお茶を飲み切ろうと高く掲げると大きくむせた。喉の普段触らないところに触ったか気道にでも入ってしまったのだろうか。
9時過ぎにもう一度熱を測るとなぜか36.8度だった。平熱に近い。
氷枕が効いたのであろうか。
「既にお伝えしたように今日は眼科、皮膚科の先生に見てもらって腎臓のエコーもします。忙しいけどがんばって下さい。」
女医が病室に来て今日の日程に触れる。
「わかりました。」
「それと既に聞いたかもしれませんが今日から抗生剤が変わります。通常の点滴と一緒に打ってる方の抗生剤ですね。理由は採血の分析結果で〇〇さん(肺炎おじさんの名前)の肝臓にダメージが出ているからです。肝臓に影響にないものに変えます。」
なんと変えた理由は肝臓にダメージがあるかららしい。
肺炎おじさんは深夜に急に採血があったのはこの確認のためだったのかなと思った。
「肝臓にダメージが出る時もあるんですね。」
「抗生剤の中にはそういう副作用があるものもあります。一時的なものなので使わなければ治りますよ。」
「分かりました。」
「今日から薬が増えて6錠になっています。多くは心不全の薬で利尿剤も入っています。心不全は退院後も薬と長く付き合っていくことになります。たまに勝手に健康になったと自分で判断してやめちゃう人がいるのでそういうのはダメですよ?」
女医は最後に薬の話をする。
肺炎おじさんは勝手に薬をやめたり減らしたりする気はないので、「自分はそういうことはしないです。」と答えた。
女医が去り、午前中は睡眠チャレンジをしたり、ソシャゲの日課をしたりして過ごした。
昼ご飯には白身魚のバターソテーのような料理が出るが、とても味が薄くてつらかった。
別にすべての料理がまずかったり、味が薄いわけではないのだが、どうも白身魚は味が薄い傾向にあるようだ。
13時30分を過ぎた頃、女看護師に声をかけられる。眼科の診察に呼ばれたらしい。
若くて小柄な女看護師で「車椅子準備しますね。酸素チューブを移しますね。大丈夫ですか?座れますか?」といった感じで丁寧で優しい言葉遣いをする人だった。
肺炎おじさんは恐縮しながら眼科に運んでもらう。
「瞳孔を開く目薬をするらしいです。効果が出るのに20分ほど掛かるので多分一度部屋に戻りますね。」
エレベーターで小柄な女看護師から予定を聞く。
肺炎おじさんは「太陽の光とか直視したらダメそうな目薬だな。」と思いながら話を聞いていた。
眼科につくと眼科の女看護師と車椅子をバトンタッチする。
医師の診察の前に検査をすることになったが検査の数が多かった。
目に空気を当てる検査から定番の視力測定まで3つの検査を受ける。
視力測定の結果、今のメガネは左目の乱視が合っていないことが判明する。
「この視力測定の結果って後で貰えますか?メガネ屋さんに持っていこうと思うんですが。」
肺炎おじさんはメガネの修理を考えて質問する。
「肺炎や熱で体が弱ってる時の視力測定は健康な時と違う結果になる時があるので、元気になったら改めて測定した方がいいですよ。特に乱視はズレやすいです。」
女看護師が言うことに納得した肺炎おじさんはメガネのことは一旦忘れることにした。
その後、肺炎おじさんは医師の元に案内される。
眼科の医師は少しふくよかでメガネを掛けた優しそうな女医であった。
主治医の女医ほどではないが若く見える。
診察用の機械に顔を合わせて診察を受ける。眩しいが苦痛なほどではない。
「今回疑いがある病気は心臓の菌の影響が目に出るのですが、正面から見える範囲ではなく目の側面や奥に出ることもあります。まず側面を見るために目に麻酔の目薬をしてジェルを付けてレンズを当てて診察します。ジェルが気持ち悪いかもしれませんが協力お願いします。」
女医は優しい声だったが、麻酔の目薬、ジェルとなかなかインパクトのある言葉を使う。
「わ、わかりました。」
肺炎おじさんに断るという選択肢はない。
麻酔の目薬は少し染みるだけなので問題なかったが、ジェルは女医の言う通りベッタリした感覚があって目が曇ってなかなか気持ち悪かった。
また目に当てるレンズも当てるときに上を見て当てた後に言われた方向を見る必要があって、存在感があって辛かった。
診察後に水の目薬で目を洗い流してもらう。
「少しはスッキリしましたかー?洗い残しがあっても身体に悪い影響はなく、自然と涙で流れるので目を擦らないように気をつけて下さいね。」
「わかりました。気をつけます。」
肺炎おじさんはまだ少しジェルが残っている気はしたが大半は流された気がしたので頷いた。
「目の奥を見るために瞳孔を開く目薬をします。一度病室に戻って下さい。またお呼びしますので。」
事前に女看護師に聞いた目薬である。
「この目薬をしたら光を直視しない方がよいですか?」
肺炎おじさんは気になっていたことを聞く。
「光を見ても大丈夫ですよー。でも効果が出てから4時間程度は普段より眩しく感じたり、見づらかったりするので気持ち悪くなったら看護師に言って下さい。」
肺炎おじさんは目薬を受けると病室の棟の看護師が迎えに来るのを待つ。眼科から連絡したらしい。
すると行きと同じ小柄な女看護師が迎えに来る。
「皮膚科に今診察を受けられるか確認したところ、大丈夫とのことだったので、このまま受けに行っちゃいましょう。何度も往復すると忙しないですからっ。」
小柄な女看護師が車椅子を押しながらいう。
目薬の効果を待つ待ち時間で診察できるよう調整してくれたようだ。
「了解です。」
肺炎おじさんは手際がいいなあと感心した。
こうしてそのまま皮膚科に向かった。
皮膚科の先生は若くて小柄で髪の短い可愛らしい先生だった。
肺炎おじさんの主治医に負けず劣らず笑顔で話しかけてくる先生だ。
肺炎おじさんは若い女医の先生に当たることが多いなと思ったが、主治医の女医が眼科と皮膚科の先生に相談したと言っていたので、同世代の話しやすい先生に相談したのかな?と考えた。
これが物語ならラブコメかハーレム物が始まるのかもしれないが、残念ながら現実が原作なのでそういった話が始まる気配はない。
「では肌をチェックしていきますねー。上着を脱いでもらっていいですかー?」
皮膚科の女医はそう言ってニコリと笑う。
肺炎おじさんは上着を脱いで胸と背中と腕をチェックされる。
「次は足を見ますね。靴を脱いで下さい。太ももまで捲くりますねー。」
皮膚科の女医は足首、足先を重点的にチェックする。
「うん、よし!見たところ皮膚に影響が出ている様子ありません。〇〇先生(主治医の名前)にはそのように伝えておきます。」
どうも問題はないようだ。
「ありがとうございました。」
肺炎おじさんはお礼を言う。眼科の長い検査と違って皮膚科の検査は10分程度で終わってしまった。
「あっ、ニトロの点滴が切れそうですね。仕方ないので一度部屋に戻りますか。」
小柄な女看護師が点滴を見て言う。たしかにもうすぐなくなりそうだ。
せっかく機転を利かせて皮膚科に行ってくれたところ申し訳ないが、結局病室に戻ることになった。
帰りの途中で鼻酸素のボンベも入れ替えた。