一日目① 「肺真っ白で肺炎ですね」編
一日目
7月25日月曜日。夕方。男は家から最寄りの循環器内科の病院から大病院に移動していた。
それも最初の病院に乗り付けた自家用車ではなく救急車で移動していた。
なぜそうなったのか?
男は一週間程前から咳と痰が酷くなり、市販薬を試したが改善が見られなかった。そのため、レントゲンが撮れる最寄りの病院で見てもらうことにしたのだった。
「肺真っ白で肺炎ですね。」
男は肺真っ白と言われて身構える。一時期新型コロナで話題になったワードである。
「大きい病院で詳しく見て貰った方がいいですね。こちらから○○病院に受け入れできるか確認します。受け入れできる場合は車は置いていっていいので救急車で行ってください。肺炎で運転するのは危険なので。いいですか?」
と言われ、救急車に乗ることとなったのである。
では男は新型コロナだったのか?
男は当初咳と痰が酷いだけで熱はないと思っていたが、家族のすすめでここ数日は熱を測っており、37.1〜37.5度の微熱だった。
最寄りの病院には事前の電話予約で微熱の事を話してあり、「他の患者の少ない16時頃に来てください」、「病院についたら電話して車の中で待機していてください」、「レントゲン室は健康診断でも使っているので、抗原検査をして陰性ならレントゲンを撮ります」という話になったのだ。
レントゲンを撮らない場合も車の中でオンライン健診をして薬を出してくれるという。
結果、男は抗原検査をして陰性であり、診察の上で採血を行い、レントゲンを撮り、栄えて「肺真っ白で肺炎ですね。」というお言葉を賜ったのである。
救急車が来ると男は歩けるので救急車まで歩きますよ?と言ったが、動かないでくださいと返され、救急隊員の担架で運ばれて救急車に移動し、大病院に向かった。
この時、男は歩いて問題ない身体だと思っていたため、歩けるのに救急隊員に運ばせて申し訳ないなあと思っていた。
大病院の救急室では既に多くの患者が運ばれていた。男は搬入口で病院の担架に乗り換えて、搬入口からすぐの一番端のスペースが空いていたのでそこに置かれた。
少し待つと若い男の看護師が「救急室で担当をさせてもらいます。」と言ってやってきた。
これまでは肺が真っ白な男を「男」と呼んでいたが、ここからはこの男とは別に男医師や男看護師が登場するため、「男」は「肺炎おじさん」と呼ぶことにする。
30代後半で幼いながら姪と甥がいるので、もはやおじさんと呼ばれても仕方がなかった。
肺炎おじさんは若い男看護師からいくつかの質問を受ける。
これは最寄りの病院の医師や救急隊員から受けた質問と同じであり、肺炎おじさんは3回目の説明をすることに「おおう、またかよ!」と思ったが、「病院からすればちゃんと本人から確認したいよね」と分かっていたので素直に質問に答えた。
質問の内容は
・どんな症状か? → 夜0時頃から朝方まで咳と痰が酷くなり、寝れない。
・症状はいつからか? → 一週間程前。軽い咳はそれより前からある。
・症状について気になることは? → ここ一週間前の痰は茶色や赤で血が混じっている。
・胸が痛かったり、息切れはするか? → 胸は痛くない、咳と痰が酷いと息切れする。
・喫煙や飲酒はするか? → 喫煙はしない。飲酒はするが晩酌はしていない。
といったところだった。
この質問に答えている間にあれよあれよと肺炎おじさんは上半身にコードを3本つけられた。心電図だという。脇には小型の機械が置いてあり、3本のコードはそこから伸びている。
小型の機械からはもう一本線が伸びており、それは指をやさしく挟むクリップのような形をしており、肺炎おじさんの右手の人差し指につけられた。
「PCR検査を受けられていないので、まずはPCR検査を受けてもらいますね。その後は採血をしたり、MR検査を受けてもらいます。」
若い男看護師はそういうとPCR検査の準備を始めた。
この若い男看護師は口調がハキハキしており、決してうるさいわけではなく、説明が端的でわかりやすく、見た目も長身細身の短髪のスポーツマンといったところだった。
顔もよくイケメン看護師と言っても間違いはない。まあ救急室では他の男看護師は出てこないのでそんな名称で呼ぶことはないのだが。
肺炎おじさんは他人の容姿を細かく覚えるのは苦手だが、彼に関しては担架の上から顔を合わせて話をしたので記憶に残った。
抗原検査もPCR検査も鼻から媒介を取るため、少し痛くて気持ち悪い。まさか同じ日に両方体験するとは肺炎おじさんも想像していなかった。
「じゃあ2本分採血しますね。利き腕は右手ですね?通常なら左手の取りやすいところから取るのですが、点滴も使うことになるので、右手の点滴のルートになる場所から採血します。その後、点滴をつけます。」
若い男看護師はそう言うと腕を調べて採血する場所を何度も消毒してチクッとしますよーと言って採血した。
「肺炎と分かってからも採血するんですね。」
肺炎おじさんが質問すると若い男看護師が答える。
「肺炎を起こしている菌は血液を流れている可能性が高いのでどんな菌がいるか調べているんですよ。それ以外にも他の病気かどうか調べています。」
若い男看護師は説明すると一度場を去り、血液を後方(通路側)の女看護師に渡したり、相談をして、点滴と点滴台を持って帰ってきた。
そして肺炎おじさんに点滴をつけていく。
また鼻に酸素を入れるようなチューブを取り出し、肺炎おじさんの鼻に入れる。
その通り酸素だったようで、おじさんは少し息が楽になった。
「MR検査室が空くのを待ちますね。」
そう言ってしばらく時間が経った。
「じゃあ次は車椅子に乗り換えてMRを撮りに行きます。」
若い男看護師にそう言われ車椅子に乗り換えた肺炎おじさんは救急室の通路を抜けて救急室を出て近くのMR検査室に移動した。
MR検査自体は装置の中に入る苦のない検査だが、このときの肺炎おじさんは常に咳と痰が出ており、装置の中で出すわけには行かないので咳と痰を我慢する、場合によっては痰を飲み込むという辛い時間が待っていた。
なんとかMR検査を終えた肺炎おじさんは救急室に戻る。
MR検査室の行き帰りで救急の通路を端から端まで見たことで、肺炎おじさんは救急室のほぼすべての患者スペースに救急患者がいることに気づいて驚いた。
忙しいとは聞くがここまで忙しいとは。
肺炎おじさんがPCR検査や採血をしている間も受け入れ確認の電話が届いており、若い男看護師が電話を受けて「50代コロナ陽性の男性、発熱39.5度の意識不明で5分後に来ます。」と周りに連絡しているのを見た。
肺炎おじさんの位置が搬入口に一番近く電話も近くにあるため、若い男看護師はよく電話を取っていたように見える。
妊婦が追突事故を受けたといった悲しい電話もあったが、コロナ関連の連絡が多かったように思う。
看護師たちの雑談も聞こえていたが「もうここがコロナ病棟だな」と言うインパクトある冗談も聞こえたがなかなか笑えない話である。