9. 占い師 前編
ほぼ会話のみ。
その者は黒のローブのフードを深く被り、その場所に辿り着いた。
端に置いてあった椅子を真っ正面に置いて座る。
「初めまして。なんてお呼びしたらいいですか? イカれた異世界からの転生者さん」
ガシャン、と鉄格子が耳障りな音を立てた。
「ああ、私も同じく転生者ですが、私のことは占い師と呼んでください」
自称占い師は睨み付ける目を無視して言葉を続ける。
「今は悪役令嬢ですが、その前まではヒロインでしたね。その前の日本名は何でしたか?」
鉄格子が激しく鳴る。
「私は今もヒロインのマーラよ!」
占い師はそうと息を吐いた。
「どちらの名でも呼びたくないからAさんと呼びましょう。未成年の犯罪者は少年Aとか少女Aとかニュースでは言っていたでしょう。Aさんが該当する年齢だったかどうかは関係なく」
「呼びましょう、て。あんた、人の話を聞いてるの!」
「では、Aさんに質問です。あなたは何故今世のマーラが幼い頃にどうにかしなかったのですか? あなたにはその力があったはずなのに」
「そ、それは……、マーラの居場所が分からなかったから」
「はぁ、マーラだったのに王都に来る前のマーラの居場所が分からなかったのですか?」
「ち、違う!」
そう言いながらAさんは焦った顔をしていた。
「ゲームでは田舎から王都に引っ越してきた、とだけありました。だから、ゲームのマーラは何処の田舎に住んでいたのか知らないのです。設定にも公式にも田舎としかありませんでしたから」
「わ、私はマーラとして生きていたのよ。ちゃ、ちゃんと覚えているわ」
そう言いながらもAさんは目を激しく左右に動かしている。
「そうですね、ここはゲームの世界ではないのだから、マーラとして生きてきたのなら知っているはずでしたね。生まれ育った土地の名前を」
だが、Aさんは答えない。口は開くが音が出ない。
「正解を言いましょうか。マーラという人物はこの世界にいなかったのですよ」
占い師の言葉にAさんは叫んだ。
「うそ、嘘よ、私は存在したわ」
「ええ、ゲームの世界ではね。だから、ゲームで語られる所からしかマーラは存在しなかったのです」
占い師は分かりましたか? と聞いたがAさんは嘘と呟いて首を横に振っている。
「異世界からの転生者は不思議な力を持っているのです。ほとんどの者が前世である異世界の記憶を失っていてその力を使うことはないのですが」
Aさんは呆然とその言葉を聞いていた。
「マーラという人間は存在しなかった。しかし、前世を思い出しマーラと名乗るようになった者は存在します」
「ゲームと似た世界であったため、自分がヒロインであるマーラだと思い込んだのでしょう。だから、不要な本当の名で育った記憶を全て消し去ってしまった」
「違う! マーラはいたのよ! 現に今もいるじゃない!!」
Aさんは両頬に手を当てて悲鳴のように違うと叫び続けた。
「ええ、いますよ。ダンカ・マーラの娘、メルサ・マーラが。マーラ嬢と普段は家名で呼ばれていますが」
「へ、平民に家名は無いわ!」
占い師は、はぁと息を吐いた。
「貴女が幼い頃に決まった法律とはいえ知らないとは。平民にも家名を名乗るよう法律ができたのです。まだまだ浸透せず、家名を名乗らない者が多いですが」
占い師はこれで王子妃教育を終了とは。と呆れた息を吐いた。
「そ、そんな。ゲームには家名なんて無かったわよ!」
「ええ、ゲームにはありませんでした。何度も言いますが、一度目、Aさんからすると一回目から、ここは似ているだけでゲームの世界ではありません。それを無視してゲームの世界だと、ヒロインが幸せになる世界だと勝手に妄想し周りを巻き込んだのはAさんです」
人を巻き込んだ妄想は人災とも言えます。
「そ、そんなことない。ゲームと同じだったわ」
「Aさんが七回も繰り返したせいでこの世界がマーラと呼ばれる者を認めてしまいました。だから、平民にも家名を持たせる法案を作りました。家名をマーラにしたら矛盾がなくなるでしょう」
マーラもメルサも存在することになりましたから。
「では、二つ目の質問です。家族で王都に引っ越しされたはずです。その家族は?」
Aさんはよろっと鉄格子から後退った。
「わ、わ、たしはマーラよ。だから、彼らとは家族じゃないわ」
「ええ、今回を除く七回とも家族と名乗り出た者たちがいました。ダンカとそのご家族が。ですが名前が違うとAさんは認めませんでした。マーラという娘がいた家族は見つかりましたか?」
Aさんは悔しそうに唇を噛んでいる。
「王都中探しましたが、Aさんと同じ年、同じ容姿を持つ娘を探しているのはダンカ一家だけでした。ちなみにAさんが住んでいたと言った場所は調整区で商業区にするか、住宅区にするか協議中のため更地でした」
「えっ、嘘。そこに両親が住んでいたはずよ」
「Aさんも連れて行かれて確認されたはずでしたよね?」
Aさんは驚いた声をあげたが、占い師の言葉にグッと黙り込む。
「最初にこれだけゲームと相違しているのにゲームと同じと思い込むとは、Aさん、凄い神経していますね」
「そ、そんな些細な違いくらいあるわよ!」
「生い立ち、というものは人格形成の元にもなるとても重要なものだと思いますが。ゲームでは両親に愛され育ったから、心優しい娘、となっていました。その両親が行方不明、心配しない心優しい娘、その矛盾はどう説明されます?」
「し、心配したわよ。元気にしてるか、て」
「ゲームのマーラは。自分は城に保護され、街に住んでいる両親を心配するエピソードはありました。けれど、Aさんは違うでしょう。Aさんを心配している家族をAさんは認めず、両親が住んでいるはずの場所は更地。心配の仕方がゲームとは違うはずです」
「う、煩いわね! それでもゲーム通りに進んだんだから!」
「違います。数々ある相違を見なかったことにして、無理やりゲーム通りに進ませた。この世界に大きな負荷をかけて」
「そ、そんなこと知らないわよ。私はゲーム通りに進んだだけだから」
「ええ、ゲーム通りに。そのせいで犠牲になった人々を無視して」
「わ、私は何もしていないわ」
「そうですね。Aさんは現実を見なかっただけで何もしていません。
娘を心配するダンカは癒しの乙女に付き纏う犯罪者として投獄され、獄中死しました。
ダンカの妻は心労で倒れ田舎に残った長女の元へ末娘と共に身を寄せました。
ダンカの息子はAさんを怨み、神殿から出たAさんを襲撃しソウント様に返り討ちとなりました。これはエルサ様が命令して襲わせたことにしていましたね。Aさんが原因なのに。
その他にもAさんが現実を見ずにゲームに拘ったために不幸になった方は沢山います」
「Aさん、こちらの世界の実の家族を不幸にした、と聞いてどうですか?」
「ど、どうって、何も思わないわよ。彼らは私の家族じゃ無かったんだから」
「じゃあ、Aさんがマーラであった時の家族は? 確か攻略対象者との結婚式で祝福に現れるはずでしたが来ましたか?」
Aさんは引きつった顔をしながらも口角を上げた。
「き、来たわよ。祝ってもらったわ」
「養女にしてくれた人たちに、ね。そんな設定、ゲームには無かったはずですが?」
「ほんとに煩いわね! ゲームの設定になくてもヒロインが幸せになるためならどうでもいいことなのよ!」
「ええ、そうですね。あなたはゲーム、ゲームと言いながら、自分の欲のためにしか動いていないのですから。だから、現実ともゲームとも大きく相違させて、ますますこの世界の負荷は強くさせました」
占い師は、はあ。と呆れた息を吐いた。
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