8. 癒しの乙女 後編
残酷な表現があります。
「もうすぐ城でパーティーがあるけど」
忘れようとしてたのに思いださせないで欲しかった。
「ダンス、やっぱり踊らないとダメかな?」
私の左腕は真っ直ぐ伸ばせない。
私の右足は力が入らない。
生まれた時からそうだった。祖母に云わせると前の生の後遺症らしい。生まれ変わっても心に傷が残る怪我だったのだろう、て。だから生まれ変わってもその傷が新しい体にも出てしまった、と。
ダンスの練習はしているけど、やっぱり左腕と右脚でうまく踊れない。
「あー、ダンスかー。一曲くらいは必要かな」
ルーク様の言葉に息を吐く。嫌だな、ダンス。
「大丈夫、大丈夫。転けないようにはしてやるから」
ルーク様にポンポンと頭を叩かれて気分が浮上する。一曲だけ頑張ろう。ルーク様なら足を踏んでも許してくれそうだし、というかなんか悔しいから足を踏みつけてやる。
「後は? パーティーで楽しみにしてることは」
「うーん、料理かな。美味しいものが沢山出ると言っていたから」
パーティーの時だけ作られる料理もあるらしい。全部制覇したい、けど、食い意地張っていると思われるかなー。ルーク様にそう思われるのは嫌だな。
チラリ、とルーク様を見てしまう。目があったから慌てて逸らす。顔が熱い。なんかドキドキする。
自然に距離を詰めてきたルーク様の側は心地がいい。すごく安心する。それは何故なんだろう。
「カイセルが婚約を解消するそうだ」
固いルーク様の声に体が震えた。
カイセル様の婚約者はお店に来た公爵家のお姫様、エルサ様だった。私に物を盗んだと憲兵に訴えた人。
学園での嫌がらせのほとんどがその人が派閥の子息たちに命令して行っていたものだった。学園の外で襲われていたのもエルサ様が人を雇って行っていたらしい。
怖い。けど、何故? と思うほうが強い。エルサ様とはお店では挨拶もしなかった。カイセル様から紹介もされたけど、その後の関わりもない。エルサ様の婚約者カイセル様とも距離を取っている(私が怖がっている)。カイセル様も時間を作ってはエルサ様に会いに行ったり贈り物をしていて大切にされていたのに理由が分からない。
「で、パーティーで断罪ショーをすることが出来るけど。今まで○○○がされてきたことを公表し、罪人だから婚約を解消するって発表することが出来る」
ショーということは余興? 婚約を破棄されることを余興なんて悪趣味すぎる。貴族なら当たり前のことなの?
それにそんなことをしたらエルサ様に余計恨まれそうな気がするんだけど。
「それって必要なことなの?」
「いや、関係者だけ集めてこっそりでも出来る」
その関係者に私も入ってる? 会いたくないんだけど。
「出来たら、関係者だけでお願いします。それから私は会いたくない」
ルーク様は嬉しそうに笑った。
「カイセルに伝えておく。あいつらも喜ぶだろう」
あっ、カイセル様の友達にはエルサ様のお兄さんもいたから。妹が余興にされるなんて気分良いわけないよね。
「で、癒しの乙女に害をなした者は厳刑になるんだけど、どんな罰がいい?」
えっ、私が決めるの?
「罰って………」
「ギロチンに、水牢に、八裂きに、火あぶりに……」
ぜ、全部死刑じゃない! そこまで重い刑は……。
「えっと、適切な人に公平に判断してもらって、私とは二度と会わないようにしてくれたら」
うん、それでいい。責任転嫁かもしれないけど、エルサ様に死んで欲しいとも思っていないから。反省はして欲しいけど。
「優しいな、○○○は」
そう言ってルークは私の頭をポンポンと叩くけど、優しくないよ。関わりたくないだけだよ、怖いから。
「パーティーまでに解消するよう言っておくよ。エルサは処罰が決まるまで屋敷に監禁」
監禁って閉じ込めることだよね?
「か、監禁!」
「貴族牢に入れた方がいいか?」
あっ、そっか。この場合の監禁は犯罪者が牢屋に入れられることと一緒なんだ。それなら監禁で仕方がないよね。貴族牢でも入れられたら犯罪者と知られてしまう。それは不味いよね。ただでさえ婚約が無くなって肩身の狭い思いをするんだから。
「ううん、慣れた場所の方がエルサ様も落ち着いて生活出来るだろうから」
「………、どうだろうな」
そう呟いたルークの声は少し冷たくて怖い感じがした。
パーティー当日、カイセル様の隣にエルサ様の姿はなかった。
カイセル様たちに何度も感謝されたけど、私は自分の自己満足のためにしたことだったから困惑しかない。それよりもやっぱりカイセル様たちは怖いから近づかないで欲しい方が勝っていた。
ルーク様と踊って、美味しい物を食べて、ちょっと熱気を冷まそうと庭に出ていたら……。
エルサ様に襲われた。ルーク様はちょうど飲み物を取りに行っていた。護衛の騎士はいたけれど一人がエルサ様に買収されてもう一人と戦っていた。
血走った目で短剣を振り回すエルサ様は怖かった。早く動けない体で必死に避ける。避けられないと思った時、誰かに抱き締められた。
「退きなさい、ヤヒサ!」
その名前に体が震える。怖い。この腕の中から逃げなければ。
「退きません。エルサ様。エルサ様のためにも」
怖い、怖い、怖い。
「怖いでしょうがもう少しだけ我慢して下さい。もう少ししたら騒ぎを聞き付けて人が来ますから」
その人は私を見て悲しそうに笑った。そのすぐ後、鈍い音と同時にその人は顔を歪ませた。
「退きなさい。その女は悪役令嬢なのだから死んで当たり前なのよ」
「止めろ! エルサ!」
「止めないで、ルーク様。悪役令嬢が死ななければヒロインはハッピーになれないのよ」
「止めるんだ、エルサ」
「お離しになって、お兄様!」
エルサ様の言っていることが分からない。けど、私を庇っている人が代わりに刺されたのは分かる。
治さなきゃ。
「私に癒しの力は不要です」
けど、私を庇って怪我をしたのだから。
「私は貴女に癒していただく資格はありません」
「資格なんか知らない。私のせいで怪我をして、治せるのに治さないのが嫌なの!」
強引に癒しの力を使う。うん、顔色は悪いけど、息は少し楽そうになった。
「いつまで○○○にくっついているんだよ」
ガバッとルーク様がその人を私から引き剥がした。治したけどその人、怪我人なのに!
「ルーク様! その人怪我人!」
「○○○、怪我無いか?」
ルーク様に文句を言うけど、彼は私が怪我をしていないか確認に夢中だ。全くもう。
「やはり貴女はお優しい方だ。私が間違えていました」
担架に乗せられたその人は眩しそうに私を見てそう呟いた。初めて会う人だけど、カイセル様たちと同じくらい怖くて悲しかった。けど、そう言われて胸の奥がギュッとして温かくなった。
「カイセルでももう庇いきれないな。エルサはもう……」
ルーク様は続きを言わなかった。エルサ様は自分で未来を決めてしまった。
エルサ様は刑が施行されるまで貴族牢ではなく凶悪犯が入る地下の独房に入れられた。
私に与えられた部屋の応接室でルーク様とお茶を飲んでいた。
「エルサ様は何が言いたかったんだろ」
悪役令嬢にヒロイン。ヒロインは女主人公だよね? 私が悪役令嬢? 平民だよ、私。何故、令嬢?
「さあな、何かの物語と現実をごちゃ混ぜにしていたのかもな」
そう、なのかな? 分からないけど、エルサ様に会って聞きたいとも思わない。
「隣国の王位継承権を放棄出来たら、爵位を押し付けられることになった。王都から少し離れた場所が領地となる予定だ」
そっか、ルーク様、城から出て行くんだ。城からいなくなるんだ。こうやってお茶を飲むことが出来なると思うと余計に。けど、ルーク様もいずれは結婚する。女の人と一緒に歩くルーク様を見なくてすむのならそれもいいかな。
「で、あの、そのさ、○○○……」
ルーク様、何?
「○○○さえよければついて来てほしい」
? 私がルーク様について行って出来ることあったかな? 家事は一通り出来るけどお手伝いさんは雇うだろうし。身の回りを世話する侍女として?
「それってお手伝いさんとして?」
「ち、違う。お、おれのよ、嫁さん、として。癒しの乙女を嫁にするなら爵位くらいなきゃいけないって言われてさ」
何を言われたのか分からなくてマジマジとルーク様を見てしまった。ルーク様は真っ赤になった顔をプイと逸らしてしまったけれど、私の前に来ると跪いた。
「あぁ、もう!」
パッと手を取られた。
「私、ルークハンドはメルサ・マーラを愛しています。どうか私と結婚してください」
真っ直ぐ私を見る真剣なルーク様の顔が合った。顔に熱が溜まる。
「私に癒しの力があるから?」
「違う! 自動車やバイクを真剣に調べたことや、パンで肉まんを試したり」
それって騙されやすいって言いたい?
思わずジト目で見てしまう。ルーク様が言ったから調べたのに。
「あれだけ酷いことをされてもエルサを助けようとしたことや、他に色々だ」
「けど、それは………」
「自分のために人が死ぬのは嫌だという思いからだとしても俺は凄いと思う」
そう言ってくれるのが嬉しくて。
「私を愛してくれる?」
「ああ、メルサを愛してる」
「私を信じてくれる?」
「ああ、メルサを信じてる」
即答された言葉に嬉しくなる。
「よろしくお願いします」
「あぁ、こ、こ、ちらこそ、よ、よ、よ、ろしく……」
どもるルーク様が可愛くて笑っていたら、こらっと叱られてギュッと抱きしめられた。
お読みいただき、ありがとうございます。
駆け足の八度目の悪役令嬢の救済、完結です。エルサとしての心は七度目で壊れてしまいましたので、一からの再生、ただ魂に刻まれた七度目までの恐怖と絶望を覚えていました。