7. 癒しの乙女 前編
流血の表現があります。
私はもの心つく前から人が怖かった。私を愛してくれている家族、父も母も姉も兄さえも。祖母と妹だけが辛うじて怖くなかった。
それでもビクつく私に家族は優しかった。こんな私を大切だと、愛していると言ってくれた。
けれど、その言葉を聞く度に私は嘘吐きと叫んでいた。
誰も私を愛していなかった。
誰も私を信じてくれなかった。
家族は信じなくていい。私たちが○○○を愛しているだけだから。と優しく笑う。胸がギュッて痛くなるけど耳を塞いでそれ以上は聞かなかった。
「○○○。大丈夫、大丈夫。辛かったのは前の生だ。○○○は幸せになるために生まれてきたんだよ」
祖母はそう言っていつも私を壊れ物を扱うかのようにそっと抱き締めてくれた。その温かさにいつも私は泣いて縋っていた。
祖母は祖父と結婚するまで旅の占い師として各国を渡り歩いていたらしい。だから、不思議な話をよくしてくれた。
前世に辛いことが有りすぎると今世でも傷として残っているんだよ。
じゃあ、私は傷が残るほど辛い思いをしていた、ということ?
大丈夫。その傷は治るから。治すために生まれてきたのだから。ゆっくり治していこう。
差し伸べられる手を取りたくなかった。その手を取って、また振り払われるのがとても怖かったから。
家族はこんな私に手を差し伸べ続けてくれた。その手を取ることは出来なかったけど、一歩、また一歩と家族を受け入れられるようになった。
ある日、田舎の町から王都に引っ越すことになった。父がお酒を扱う商家に勤めていて、王都にあるお店で働くことになったから。結婚していた姉をこの地に残して、家族で王都に向かった。優しい姉は私が王都に馴染めなかったら、すぐに戻ってくるよう何度も何度も言ってくれた。
王都は人で溢れていた。怖かったけど、怖くなかった。王都の人は他人を見ているようで見ていないから。だから、人に紛れたら誰も私を見つけられないと思えた。
私は父が働く店で簡単な仕事をさせてもらえるようになった。お小遣いくらいは稼がないと。王都の物価は思っていた以上に高かった。
ある日、とても綺麗な人がお店に来た。本当に同じ人間? と思えるほど綺麗な人だった。公爵家のお姫様らしい。ぼーと見惚れていたら、お姫様にキッと睨まれた感じがした。その視線があまりにも冷たくて足が竦んだ。初めて会ったはずなのに……。
どうしてだろう、て首を傾げていたら、急に腕を誰かに引っ張られて店の裏に連れ出された。いきなりのことで怖くて体が動かない。首に巻いてた布を取られ、顎を持ち上げられた。
「掻いたような痣があるな。間違いない」
その痣は生まれつきで、だから布を巻いて隠していたのに。
「左手と右脚がおかしいのは確認済みだ。あとは背中と頭と火か」
火!! 嫌だ、火、怖い。熱い、痛い、苦しい。だ、誰か、誰か…。
苦しい、苦しい、息が出来ない。
「お前たち、何をしている。そんな所で火を点けようとして」
「チッ、逃げるぞ」
誰かが来たような感じがしたけど、目の前が真っ暗になってもう何も見えなくなった。気が付いたら家で自分のベッドで寝ていた。お父さんが親切な人たちが助けてくれたと教えてくれた。しばらく店に行かなくてもいい、とも。
翌日に家に憲兵が来て、私が公爵家のお姫様の物を盗ったから捕まえると言ってきた。何のことか分からない。だって、お姫様は見ただけで側に行った覚えもない。物を盗るなんて出来ない。
無理やり私を連れて行こうとする憲兵に父が逆らって……、斬られた。
「お父さん!」
石畳に流れる血に頭の中が真っ白になった。
死んじゃう、死んじゃう、お父さんが。
いつも怖がる私に優しく笑いかけてくれたお父さんが。
死んじゃう!
体の中から何かが出ていく感覚があった。暖かい何か。
お父さんの体が光っていた。傷が塞がっていく。
だから、癒しの力が自分にあると分かった時、嬉しかった。癒しの力は人だけではなく国さえも癒し恵みを与える。だから、癒しの力を持つ者はもちろんのこと、その家族も大切にされる。優しいお父さんたちも大切にされる。だから、こんなことはもう起こらない。
けれど、その後………。
癒しの力を持つ者は狙われるから王族に保護される。そう説明されて、それは分かった。分かったけど、同じ年だからと引き合わされた王子カイセル様を見て私は意識を失った。
カイセル様が怖かった。カイセル様に初めて会ったはずなのに。怖いという思いが強くて体が震えてしまう。
カイセル様の友達の方々も会うと体が震えた。怖くて怖くて息が出来なくなる。苦しくて苦しくて立っていられなかった。
カイセル様たちは仕方がないと寂しそうに笑って距離を取って接してくれた。それでも私はカイセル様たちが怖かった。
私はカイセル様たちから離れたかったけど、それは出来なかった。
教養を身につけるためにと通う学園では意地悪をされ、学園の外では襲われたから。
「ごめんね、けど守るためには一緒に行動したほうが守りやすいんだ」
カイセル様は何度も何度も謝ってくれた。カイセル様の姿が側にあった方が学園の内外でも安全だから我慢して、と。
けれど、カイセル様たちがいない隙間を狙って襲われる。寸前のところで誰かに助けてもらえるけど。何故、狙われるのか分からない。癒しの力を持つ者に害をなす者は厳刑になる。平民ならともかく貴族ならそれを知っている。なのに、何故?
カイセル様が一人の男性を紹介してくれた。カイセル様の従兄弟だそうだ。ルークハンド様、ルーク様はとても明るい人でとても変わった人でもあった。
何故かルーク様は怖いと思わなかった。初対面の人でも怖いと思うのに。
だからかルーク様と普通に話せるようになるのはとても早かった。自分でもびっくりするくらいに。
「自動車があったら便利なんだけどなー。バイクでもいいけど」
「それは何?」
「知らないの? 乗り物だよ。馬車より早く走ることが出来る」
「私はこの国を出たことがないから。よその国にはそんなすごい乗り物があるの?」
図書室で『自動車』と『バイク』を調べたけれど、どこの国にもそんな名前の乗り物は存在しなかった。
それをルーク様に言うとお腹を抱えて笑われた。ルーク様が言ったから、どんなのか知りたかったから、調べたのに!
プクッと膨らませた頬っぺたを『可愛い』と撫でられた時はドキっとしたけど、横を向いて無視した。顔が赤くなったのを隠したかったから。けど、ちゃんと隠せていたかな? ちらりと覗いたら、顔を赤くしたルーク様が見えた。
ルーク様が『ごめん』と謝ってきて、チョコケーキを奢ってくれたから許してあげた。
「こんな寒い日には肉まんが食べたい」
「肉まん?」
「餡まんでもピザまんでもカレーまんでもいいんだけどなー」
食べたいというから食べ物なんだろうと思って調べたけど、また見つからなかった。蒸しパンのような物に味のついた肉が入っていると言っていたから、パンに味付けした肉を挟んで蒸してもらったけど、パンがベショベショで食感が悪く美味しくなかった。
ルーク様にそれを言ったら、また大笑いされた。
ルーク様がとても美味しいと言ってたから食べてみたかっただけなのに笑うなんて。ジト目で睨み付けていたら、ごめんと謝ってきたけど今度は許してあげなかった。お詫びにケーキを奢ると言ってきたけど頭にきていたからジュースもつけさせた。
ポンと私の頭に手を乗せるルーク様。子供扱いされているようで悔しいけど、その手は温かくて振り払うことは出来なかった。
「くどい! いらぬ波風を立てて国を乱す気か!」
廊下から聞こえてきたルーク様の怒鳴り声。ルーク様は微妙な立場の人だった。
ルーク様は今の国王陛下の兄、先王陛下の遺児だ。だからこの国の王位継承権は第一位だった。けれど、母親が隣国の王女様で、王女様の母国には男児の王位継承者がつい最近までいなかった。ルーク様は幼い頃にこちらの王位継承権を放棄して、留学という形で隣国の王になる勉強に行っていた。最近になって隣国の側妃が男児を生み、隣国は次期国王を誰にするか揉め出したそうだ。ルーク様は隣国の王位継承権も放棄すると言ったらしいが、向こうには向こうの思惑があり受理されなかったらしい。
で、取り合えずこの国に戻ってきたらきたで、ルーク様が王位につくべきだと言う者たちが現れて………。ルーク様は王位継承権は放棄していると取り合っていないんだけど、納得しない人たちが多くて時々こうして揉めている。
こんな時いつも思い知る。ルーク様は私の側にいてくれるけど、本当はかけ離れた世界の人なんだと。寂しいと感じるけど、私は平民だから。世界の違う人なんだから、と形になりそうな気持ちに蓋をしていた。
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