5. 最後の攻略対象者 前編
残酷な表現あります。
黴臭い空気の中、俺は目的の場所に向かって歩く。ほんとは会いたくない。けど、確認は必要だった。
俺は前世を覚えている。生まれ変わる前は日本という国で大学という場所に通う学生だった。四歳上に姉がいて乙女ゲームのキャラに填まりまくっていた。大学生は暇というおかしな論理で俺に乙女ゲームを進ませてスチルだけ回収していたヲタク野郎だ。スチルによってバイト料を弾んでくれたからいい稼ぎにはなっていたけど。
この世界はその姉ちゃんが填まっていた乙女ゲームに似ている。似ているだけでそっくりじゃない。ゲームをしていたのは俺だからその違いはよく分かっていた。
だから、ゲームの悪役令嬢と全く同じ動きをしたヤツに興味があった。
ガシャン
鉄格子が勢いよく鳴った。コイツのヤバい目。推しのグッズを見る姉ちゃんと一緒の目だ。やっぱり現実を見てないイタイ系の転生女か。
「ルーク様、助けに来てくれたのですか?」
甘えた声に来た道を帰りたくなる。
俺は近くにあった椅子の背を抱えるように座り、ヤバい目をした悪役令嬢と対峙した。肌が粟立って仕方がないけど、確かめておかなきゃいけない。
「いいや、話をしに来ただけ。あんた、異世界転生女だろ」
ギョッとした顔になった。ビンゴだな。
普通、悪役令嬢に異世界転生した場合は断罪を回避するよう動くんだけどなー。
「俺は田中浩一。二十歳の時に交通事故で死んだ」
悪役令嬢の顔が醜く歪む。
「えー! ショック! 私のルーク様が同じ転生者だったなんて!」
ゾワリと肌が粟立つ。
止めてくれ~。なんで俺がお前のもんなんだ! 取り消せ、訂正しろ、このイカれ転生女め!
「だから、うまくいかなかったのね。私のルーク様を返せ! この偽ルーク」
この考えについていけない。自分が転生してるんだから、他にも転生者かいてもおかしくないたろ。それに返せって。それ、あんたが言う? 悪役令嬢のイメージ台無しなんだけど。
「なあ、なんであんたはゲーム通りの悪役令嬢を演じたんだ? あのゲームをしたことあるんなら、回避出来ただろ」
それが一番気になった。似ているだけでゲームとは異なる世界だったのにコイツは完璧な悪役令嬢を演じていた。
「だって、本当は私がヒロインなんだもん」
へっ? 何言ってる? お前はゲームでどのルートでも悪役令嬢として登場するエルサ・タルテハッタだろ。
「前回まで私がマーラだったの!」
前回まで? じゃあお前はこの世界を何回も繰り返してる、てこと?
「前回、悪役令嬢が全く働かなくて、自死なんかするから……。バグって、私が悪役令嬢に転生したゃったみたいなのよ」
自死? 自殺したってことか! そんなことしそうにない悪役令嬢が? なんで?
「前回って……」
「うん、前回は七回目。やっとルーク様のルートに入っていたのに! 悔しい! 前回だったらルーク様は私のルーク様だったかもしれないのに」
いや、どの回でもルークはあんたのものじゃないから。にしても七回、今回で八回目? そんなにもコイツ、ループしているのか?
「七回……」
「苦労したんだからね。二回目からは悪役令嬢が前回を覚えていたみたいで(断罪を)回避しようと動くから」
コ、コイツ、何を言った?
「攻略対象がチョロいから、毎回騙されてくれたけどさー、四回目からはこっちに絡んで来ることさえしなくなって大変だったんだから」
苦労したのよ! と胸を張って言い切った女が化け物に見えた。
それってつまり断罪を回避しようとしていた悪役令嬢を冤罪で殺し続けたってことだろ。
『浩一、このゲームの嫌なところはねぇ、攻略対象者たちが必ず一回は悪役令嬢エルサを殺さないと最後のルートが開かないところ!』
姉ちゃんが言っていた言葉。確かにプレイしていて俺も思った。そこまでしなくても、て。
ゲームの悪役令嬢エルサは可哀想なヤツだった。母親を幼い頃に亡くし、父親の公爵は育児放棄、完璧主義の兄からはいつも見下され、使用人たちからは腫れ物のように扱われていた。余るほどの物だけ与えられ、公爵令嬢としての矜持だけ教え込まれて傲慢な女性に育ってしまった。
傲慢なエルサを婚約者のカイセルは嫌悪しており、二人の仲はいつもマイナス状態。未来の王太子妃、王妃の座にエルサが固執していただけ。
けど、この世界の公爵は積極的に子供に関わろうとしているし、ヒルメハは妹思いのいい兄だ。全然違う。
「けど、今回は悪役エルサだろ。エルサのように動けば断罪されるのは分かっていたのに」
それが分からなかった。ゲームと違い、カイセルもヒルメハも何度も何度も悪役令嬢を諌めていた。聞き入れていたら、こんな所に閉じ込められることはなかった。
「だって……、あいつのせいでルーク様に会えなかったのにあいつが幸せになるの許せないじゃん」
あいつ? あいつって誰だ?
「私と入れ替わってヒロインになって! そして愛しのルーク様とイチャイチャして」
呪詛が籠った低い声だった。
お、俺はお前の愛なんていらないからな。たぶん、ゲームのルークも。
「マーラは何も覚えてないぞ」
転生者を疑って何回か話をふったことがある。全部空振りだった。
「あいつはエルサ。だって、自分を殺した攻略対象、怖がっているし、七回目と同じだから」
「七回目と同じ?」
どういうことだ? 確かにマーラはカイセルたちを怖がっている。姿を見るだけで可哀想なくらい震えている。
「そうよ。
喉に掻きむしった痕があるし、
左腕がちゃんと伸びないし、
右足を引き摺っているし、
火を怖がっているし。
たぶん、背中の左肩から右脇腹に斬られたような痕があって、
頭に髪の毛が生えていない場所があるわ」
ちょっと待て。
喉の痕、カイセル・ルートで猛毒を飲まされて喉を掻きむしった?
左腕、ヒルメハ・ルートで大階段から落とされた時の?
右足、隠しキャラその一、ヤヒサ・ルートで崖から突き落とされた?
火を怖がる、ハサラに罪を着せられ、火あぶりにされたこと?
背中の斬り痕、ソウントに斬られたやつか?
頭の傷、ニークに石柱にぶつけられた時の?
これって、各攻略対象者ルートで悪役令嬢が一番悲惨な死に方するやつじゃないか! 事故に見せかけたもっとソフトな殺し方もあったんだ。
「自死したんだから、消滅してなきゃおかしいのに!」
イライラと髪を掻きむしる女を俺は信じられない目で見た。
ゲームと違う世界なのにゲームと同じようにエルサを殺し続けたコイツが同じ人だと思いたくなかった。
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