4. ヒロイン 後編
なんで? なんでカイセルがあそこで出てくるの? 怖がられているから側にいないんじゃないの? なんで? 私の邪魔をするの?
「エルサ、マーラ嬢への嫌がらせを止めるのだ」
「カイセル様、わたくしは礼儀を教えているだけですわ」
なんで? なんで失敗したの? ちゃんと命じたのに、タルテハッタの私兵に。
「エルサ、父には報告しないが私兵にはお前の命令は二度と聞かないように命じた。彼らはお前の護衛以外のことはしない」
「お兄様! あの女が悪いのですわ。わたくしのカイセル様に近づくから」
「マーラ嬢はそんな方ではない。自分よりも婚約者との仲を大切にしてほしい、と仰っている。殿下とうまくいかないのはお前の問題だ。悩みがあるなら相談にのる。だから…、どこに行く? エルサ!」
誰がヒルメハにチクったの? チクらなければうまくいったのに。あの邪魔な悪役令嬢を始末出来たのに。
「ヤヒセ、お前ね、お前がお兄様に報告したのは!」
「お嬢様、もうお止めください。このままではお嬢様の名が汚れてしまいます」
うるさい! 悪役令嬢のあいつは消さなきゃいけないのよ。早く早く消してしまわないと。
「ソウント様、何故彼女を助けるのですか?」
「癒しの力を持つ者は守らなければなりません。それにマーラ嬢はお守りするに値するお方です」
なんで? なんで上手くいかない? 私がヒロインなのよ! なんで失敗するの? なんでいつも邪魔をされるの?
「エルサ様、もうやめましょう」
「ニーク様、何のことかしら。わたくしは何もしておりませんわ」
何故、ニーク様はそんなことを言ってくるの?
悪役令嬢を嫌っていていつも冷たい目で見てくるだけだったのに。心配そうに見てくるなんて。おかしいわ。
「これはエルサ様には売れません」
「あら、何故ですの?」
「カイセル様も心配なさっています。マーラ嬢に拘られるのもお止めに……」
「カイセル様のご友人だからといって、公爵令嬢である私に何を仰るつもりなのかしら?」
「エルサ様………」
ハサラもエルサを嫌っていたはずなのに何故? なぜ、エルサに構ってくるの?
カイセル、誰を連れているの。その方は…。ブロンドで柘榴石の瞳のその方は…。
なんで、なんで、今回その人のルートが始まるの! ヒロインは私なのに。なんで!!
「マーラ嬢、私たちが貴女を怖がらせているのは分かっている」
「カイセル殿下。ごめんなさい。何故だか分からないけれど、私はあなた方が怖いのです」
「なので、この者を紹介しよう」
なせ、悪役令嬢に紹介するの? 私にでしょう! 私が待っていた方なのだから。
「お待ちになって、カイセル様。その方は」
「エルサ、君がどうこう口を出すことではない」
いいえ、その方は私が待ち望んでいた人。
「けれど、カイセル様!」
「私の婚約者といえど、王家が決めたことに口出しする権利はない」
そのセリフはゲーム通り…。ああ、最推しのルートが始まってしまった。
「お兄様、放して!」
ヒルメハに腕を掴まれ、その場から離されてしまう。阻止しなきゃいけないのに。悔しい。ヒロインは私なのに、どうして?
「マーラ嬢、この者はルークハンド、最近まで隣国で留学していた私の従兄弟だ」
「ルークハンドです。ルークとお呼びくたさい」
「カイセル様、私は……」
「癒しの力は守られて当然の方。この者はちょうど婚約者もいないし腕も立つ。側に置くようにしてほしい」
なんで、なんで、最後の隠しキャラ、私の最推しが今回に限って出てくるのよ! 彼は私のよ! 私のものなんだから!
なんで、彼の隣を悪役令嬢のあんたが歩いているのよ! その場所は私のものよ!
カイセルをあげるから、早く彼を寄越しなさいよ!
なんで、彼が悪役令嬢のあんたに笑いかけてるのよ! 彼の尊い笑みは私だけのものなんだから!
カイセルが嫌ならヒルメハをあげるわ。それで満足しなさい!
なんで、彼が悪役令嬢のあんたを抱っこしてるのよ! それは私がされるはずだったのに!
ソウントもあげるから。だから彼から離れなさいよ!
なんで、彼はエルサわたしを睨むのよ! こんなにも私はルーク様を愛しているのに!
なんで! なんで! なんで?
ニークもハサラもヤヒセも全員あげるから! 彼は、ルーク様は、私のものなのよ!
「エルサ・タルテハッタ、貴女との婚約を解消する。貴女の行動は目に余る。王族に加えることは出来ない」
彼に比べたらカイセルなんてどうでもいいのよ。これで彼に公然とアタック出来るわ。彼も癒しの力があるだけの平民より大貴族の私の方がいいはず。だって、私はこのゲームのヒロインなんだから。
なんで、手紙をくれないの? 何度も会いたいと手紙を出しているのに。
なんで、私に会いに来てくれないの? バカな命令で屋敷から私が出れないのに。
なんで、空の馬車なの? 会いたいのに来れなかっただけなんでしょ。だから、馬車を手配したのに。
ヒロインの私に惹かれるはずなのに。
姿は変わっても分かるでしょう、私がこの世界の中心なのは。なのに………。
なんで、なんで、なんで?
ああ、あの女が邪魔をしているのね。私の場所を奪った悪役令嬢、あの悪女が。
ねぇ、返してよ。最推しを。彼は私のものなんだから。あんたのものじゃないんだから
さっさと返しなさいよ!
「残念だ、エルサ・タルテハッタ。私たちはその体にこれ以上傷を残したくなかったのに。苦しまない薬を用意させる」
なんで? なんで私はここにいるの?
日の当たらない場所。冷たい石畳の床。閉まる鉄格子の扉。
なんで? 私は何を間違えた? 私はヒロインなのに? ここに入るのは悪役令嬢なのに?
なんで?
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