3. ヒロイン 前編
残酷な表現あり
私はカッと目を見開いた。
今から八回目のゲームが始まる。今度こそ最後の隠しキャラ、私の最推しを攻略しなくては。
七回目は悪役令嬢が自死してバッドエンドで終わった。あの悪役令嬢がきちんと仕事しないから前回は最推しも出て来なくてやり直しすることは決まっていたけど。
せっかくルート開いたのにパァにしてくれて。あの役立たず……、記憶なんか覚えてなくていいからちゃんと仕事してよね、悪役令嬢!
サラリと髪が目に入った。綺麗なシルバーブロンド。
えっ!
私は回りを見渡した。すごく綺麗な部屋。広い、広すぎる大きなベッドの上に私の体はあった。
あれ? いつもと違う。いつもは町の中、馬車が通る道端を歩いている所から始まるのに。
考えるのは後にして私は鏡を探した。早く確認したいのに広すぎるベッドから降りるのに一苦労。まるで小さな子供に戻ってしまったみたい。
やっと見つけた鏡は広いってこと隣の部屋の片隅に置いてあり、恐る恐る自分を映してみた。可愛いというより綺麗な幼女が鏡には映っていた。
違う、これは私じゃない。
ヒロインのマーラはピンクブロンド、黄色の瞳のはず。シルバーブロンドは……。
姿見に映っているのは美しいの言葉が似合う幼女。シルバーブロンドに紫の瞳の………。
悪役令嬢エルサ・タルテハッタ
えっ! なんで? 私、ヒロインのマーラだよね? なんで悪役令嬢になってんの? おかしいじゃない。もしかして、バグった? 前回、悪役令嬢が自死したから。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。悪役令嬢だよ。えっ、断罪ルート? だってねぇ、攻略対象たちチョロかったじゃん。マーラの言葉だけを信じてさー。前回なんて悪役令嬢、空気と化してるのに私が虐められたと言ったら無条件で信じるんだもん。嗤えたよ。
!! ちょっと待って! マーラが悪役令嬢ということは……、マーラは誰? もしかして、悪役令嬢がマーラになってる?
ヤバいよ、ヤバい。悪役令嬢、今までのこと覚えてたよね? じゃあ、仕返しされる? うん、されるよ、絶対。攻略対象者たちチョロ過ぎるからすぐに騙されちゃうし。
ヤバい! 悪役令嬢をどうにかしないとこっちが殺されてしまう!
「おはようございます、お嬢様」
あっ! メイドが来ちゃった。まず何歳なのか確認しないと。それでもって対策を立てないと。死にたくない。なんでヒロインの私が悪役令嬢に殺されなきゃいけないの。アイツが私の役を奪ったのに。
「お一人で起きられたのですね」
状況が分かるまで無口でいこう。下手に口をきいて別人と思われても嫌だから。
「お母様が亡くなられてお辛いのは分かりますが、ご挨拶はしましょうね」
母親が亡くなった? じゃあ三歳くらい? 確か寂しさで癇癪ばかりおこしていたってゲームにあったなー。じゃあ少々性格が変わっていてもおかしく思われないかも。どうせ悪役令嬢の体なんだし、好き勝手しちゃっていいんじゃない? 嫌われ者だったんだから、それが酷くなっていても。
じゃあ、それでいこう。人格がちょびっと変わっても母親が死んだ悲しみからって周りが思ってくれるから。
『お嬢様、なんか変わらなかった?』
『ええ、性格がきつくなられたような』
『我が儘も可愛らしいものだったのに』
『それに…、意地が悪いというか…』
『今までとは全く違う感じで……』
『『そう、まるで別人になられたような……』』
あら、公爵令嬢もけっこう楽しい。言ったらすぐに何でも手に入るし。煩い父親と兄のヒルメハは泣真似したらすぐにオロオロして強く言ってこなくなるし。
さてと、もうそろそろ調べますか。悪役令嬢が何処にいるかを。
ゲームでは田舎から引っ越してきた、としかなかったのよねー。田舎って何処の田舎よって感じ。
「ねぇ、わたくしより二つ上のマーラというピンクブロンドで黄色い瞳の女の子を探して欲しいんだけど」
見つけ出して専属の侍女にして、まずはいびりまくってやるわ。癒しの力が目覚めるまではただの平民。貴族が平民をどうこうしようが罪にはならないんだから。ボロボロになるまで苛めてやる。
「マーラですか? マーラ何と仰る方でしょうか?」
「平民よ、だから家名は無いわ」
「お嬢様、今は平民でも…」
何? この侍女、私に逆らうの?
「あんたは早くマーラという女の子を探してきたらいいのよ!」
全く公爵家の侍女のくせに使えない。鞭で叩いてからクビね、そうクビ。決まりだわ。
「お嬢様、お嬢様が仰った条件に合うマーラという女児はこの公爵領にはいらっしゃいませんでした」
あっ、そっか。田舎はどこにでもあるから。領内にいないとなると面倒だわ。他の領地を探させるとなると、さすがに公爵が理由を聞きに来るし。どうしようかな。
「それにお嬢様、今は赤毛でも大きくなるとピンクブロンドに変わる者もいます。家名と場所さえ特定できましたら、他の領地でも探しやすいのですが」
「平民よ、家名なんてないわ」
「今は平民でも家名を持つ者がいます」
あっ、ハサラがそうだった。国一番の商家の跡取り息子ハサラはヨランダという家名を持っていた。有力な平民だけ家名を持てるんだ。知らなった。
けど、マーラには家名はなかった。デフォルトでマーラという名を持っていただけ。場所はやっぱり田舎としか分からない。仕方がないなー。ゲームが始まる直前までほっておこう。そこからは分かるから。
それまでこの公爵令嬢ライフを楽しみましょう。
八歳の時にゲーム通りにカイセルと婚約した。
やっぱりカイセルもカッコいいわね。さすが王子様。優しいし気配りもしてくれるし、ゲームでは冷たいはずだったけど、全然違うじゃん。
あっ、そっかー。ヒロインが悪役令嬢になっているんだから当たり前かー。やっぱりにじみ出るんだよね、ヒロインの気品が。悪役令嬢らしく我が儘に振舞っていても。
十五歳になって、やっと学園の入学式になった! マーラが癒しの力に目覚めるのはこの半年後。もう王都には来ているはず! 癒しの力に目覚める前にマーラを始末し、そのまま婚約者のカイセルとゴール・イン。カイセルの力を使えば最推しに会えるけど、彼、微妙な立場の人だから。下手に呼び戻して彼に何かあったら私が泣く。それに今の私はヒロインじゃないから攻略出来ないし、我慢して次回に回そう。
では、悪役令嬢退治にでも行きますか。
やっぱりマーラは悪役令嬢だ。首の掻いた痣があったし、左腕の動きは悪いし、右足は引き摺っていたし、火も怖がった。頭の傷痕と背中は確認できなかったけど、たぶんそう。けど、記憶はないみたいね。エルサを見ても大貴族が来たって普通に驚いてただけ。騙してる? ううん、そんな感じはしなかった。ただの平民、作法が美しいだけの。
だから、おとなしく死んで!
なんで! なんで今癒しの力に目覚めるのよ! まだ半年経って無いわ。それに何故カイセルたちがここに来るの!
あー、失敗した。けど、まだ機会はあるはず。焦ったらいけない。記憶が戻らないうちに始末したらいいだけだから。
あっ、カイセルたちを避けてる。ふーん、殺された恐怖は残ってるんだ。おもしろー。怖がられていたら絶対攻略出来ないじゃん。けど、油断は大敵。早めに処理しないと…。いつ思い出すか分からないんだから。
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