1.悪役令嬢 前編
残酷な表現あり。ご注意下さい。
もう何度目でしょう、この場に立つのは。
綺羅びやかな城の大広間。国中の貴族や有力者たちが参加する夜会。中心から少し外れた場所でいつも行われているこの茶番劇。
何度も何度もこの時を回避するために手を尽くしましたが、いつも同じこの場所に立ってしまいます。
「エルサ・タルテッハ、マーラに対する貴様の非道な行為を許してはおけぬ。貴様との婚約を破棄する」
目の前にはハニーブロンドの髪に青玉の瞳の王太子カイセル殿下。整った顔を苦々しく歪ませてもその美しさは崩れることはなく私を睨み付けています。
私は小さく息を吐いてから、カーテシーをカイセル殿下に捧げます。もう疲れました。
「何を喚こうがこれは………」
「承りました。今回、わたくしはどのように殺されるのでしょうか?」
そう疲れたのです。だから、もう今回で終わらせたいのです。
「承った? 貴様を殺す?」
顔色が変わられましたね。わたくしを殺すご相談をされていたはずなのです。いつもいつも最後の意識を失う前にご丁寧に聞かされていましたから。
『皆がお前の死を望んでいた。お前に相応しい死に様だ』
仰った方は毎回違いましたけれど、台詞は同じでしたわ。
「ええ。一度目の生は………」
私は真っ直ぐカイセル殿下を見ました。
「王妃教育まで終わっておりましたので、殿下から毒を賜りましたわ。この首にある痣は苦しくて毒で焼ける喉を掻きむしった痕ですの」
私は首を隠していたチョーカーを取りました。数本の薄い赤い筋が人前に晒します。これがあるから傷物としてカイセル殿下の婚約者を辞退しようとしましたのに隠せるからと却下されましたわ。
「二度目は王妃教育は婚姻式の後にしていただきましたわ。一度目を教訓として色々しましたが、今と同じようにカイセル殿下に婚約を破棄を告げられ、原因となったマーラ様に詰め寄り、護衛騎士であるソウント様に斬りつけられ死にました」
カイセル殿下の後ろに控えているヘキサラマ侯爵令息ソウント様が驚いた顔をされています。焦げ茶色の髪と若草色の瞳の美丈夫ですわ。騎士として名を上げておりますから、一瞬で命を刈り取ることも出来たでしょうに、情けでしょうか? 私は彼らに罵倒される時間を与えられましたわ。
わたくしは肩からかけていたショールを外しました。背中が大きく開いたドレスを着ています。髪はアップしていますので背中の痣は周りの方々に見えるはずです。
カイセル殿下の後ろから覗くようにこちらを見ているのがマーラ様です。
マーラ様は癒しの力を持つ平民の方ですわ。ピンクブロンドの髪と黄色の瞳を持つ同性のわたくしから見てもとても可愛らしい方です。癒しの力は貴重なので毎回王家が保護することになっています。いつの時も過剰なほどに保護していましたわ。
「その時の痕、左肩から右脇腹にかけての痣がありますわ」
わたくしは振り向いてカイセル殿下たちにもその痣をお見せしました。
「三度目は……、屋敷に連れ帰られる時、ヒルメハ様から階段から突き落とされ死にました。落ちる時に左腕があらぬ方に曲がってしまい、今世でも真っ直ぐに伸ばすことが出来ません」
真っ直ぐに伸ばすことの出来ない左腕を前に出します。厳しい淑女教育の賜物で以前よりは伸ばせるようになりました。
ソウント様と同じようにカイセル殿下の後ろに控えているタルテハッタ公爵令息ヒルメハはわたくしの兄です。わたくしと同じシルバーブロンドの髪とわたくしより濃い紫の瞳をしています。
「私が?」
ええ、驚いた顔をされていますが、貴方が、貴方が私をこの大広間を出てすぐにある大階段で突き落としましたわ。『マーラの苦しみを知るがいい』と仄暗く笑いながら。わたくしはマーラ様を階段から突き落としたことなどありませんのに。
「四度目は皆様のお慈悲ということで神殿の下働きをしておりましたわ。わたくしはいつも通り決められた時間に廊下を掃除をしておりましたが、その日は祭事がありいつもより早く掃除をしなければならなかったようです。早めに神殿に来られたカイセル殿下たちの前でニーク様に叱責され、早く退くように柱に向かって突き飛ばされました」
私は髪を止めている髪飾りを外しました。そして、右側の髪をかき上げます。髪が生えていない場所があるのが皆様に見えたでしょうか?
「神殿の柱は足の方が四角く角があります。その角に頭をぶつけ死にました。この髪が生えていない場所はちょうど頭をぶつけたところです」
ニーク様は神官長のご子息です。ゴールドブロンドの髪に緑柱石の瞳、慈悲深く次期神官長と噂されている方ですわ。わたくしからすれば慈悲など本当に持っているのか大いに疑問なのですが。
「五度目は……、貴族籍を抜かれ、平民としてヨランダ商会で働くことになりました。お金などいただく賃金以外触れていないのに売り上げを盗んだと言われ、火あぶりの刑に。その証言をされたのはヨランダ商会の跡取りであるハサラ様ですわ。おかげでわたくしは火が怖くて動けなくなりますの」
あの時も大変ですわ。市井に逃げることも考えて色々身に付けていたので生活にはさほど苦労はしませんでした。賃金が十日働いても一日分のパン代しかいただけなかったことが一番辛かったですわ。空腹で何度倒れたことか。売り上げを盗んでいたのなら、空腹で倒れることなどなかったでしょうね。
深緑の髪、茶色の瞳のハサラ様もカイセル殿下の後ろに控えています。いつも沢山の物をマーラ様に貢いでいました。とても豪華な物を。ですから使い込みの罪を被る者が必要だったのでしょう。
「六度目は修道院に送られることになりましたわ。馬車で向かう途中、休憩だと言われ馬車を降りると目の前は崖でした」
あの時は本当にこれで殺されることなく生きていけるとホッとしておりましたわ。まさかあんな伏兵がいたなんて思ってもみませんでした。
「従者であるヤヒサに崖から突き落とされ、掴んだ岩が崩れ共に谷底に。右脚が崩れた岩の大きな欠片の下敷きになり、歩く際引き摺るようになりましたわ」
後で息を呑む音が聞こえました。黒髪、水色の瞳のわたくしの乳兄弟。一緒に育ってとても信頼していました。修道院に入るまでは付き添うと言ってくれたことを嬉しく思っていました。どうせなら最後までわたくしを騙して欲しかったですわ。
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