0973:公式に聖王国訪問。
フィーネさまに個人的に聖王国を訪ねたいと手紙を認めて送ったのだが、何故かアストライアー侯爵として公式に赴くことになった。首を傾げたくなるが、アストライアー侯爵である私と縁を取り持ちたい方が沢山いるとフィーネさまが教えてくれた。
縁を持っても付き合いが続くとは限らないのに。まあ、お貴族さまの世界は一度顔を合わせておけば取次ぎし易くなるので、名乗りあっておくことは結構大事である。
子爵邸の私室で聖女の衣装に着替えを終えた私は、護衛のリンとソフィーアさまとセレスティアさまと話し込んでいた。私的訪問の予定が公式訪問となったので割と無茶が利く。少し急な話となったが、教会で研修を受けている共和国の皆さまも一緒に聖王国へ見学しに行ってみようとなった。
言い出しっぺは私であり、聖王国の説得に邁進してくださったのはフィーネさまである。東大陸の方がくるならば、と割とあっさり聖王国の許可が降りたそうだ。
あとは女神さまの文献を漁る許可も頂いている。禁書扱いされているが、持ち出しせず監視の下で読むなら問題ないと仰ってくれた。メモ等も禁止だけれど、頭の中に叩き込めば良いし記憶力が良いお方たちが目の前にいるので問題ない。
よし、と気合を入れて席から立ち上がれば、リンが小さく頷き、ソフィーアさまとセレスティアさまも小さく笑った。学院を卒業しても忙しい日々は変わらず続き、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしているなあと口を開いた。
「亜人連合国、アガレス大帝国、共和国にミズガルズ神聖大帝国、フソウ国、南の一部の国々に縁があるだけなのに……って言いたいんだけれど、滅多にいないのか。本当にいろんな方と知り合えましたねえ」
部屋の扉を目指しながら、私と縁がある国の名を上げてみる。他にも関係がある国もあるのだが、主な国々はこれくらいか。しかし三年強で付き合いの幅が本当に広くなった。巻き込まれて仕方なく縁を取り持ったともいうが物は考えようである。今では美味しい食べ物や特産物が手に入るので有難い。
「他にもいらっしゃるだろう……神と直接会ったというのに、ナイはどうして落ち着いていられるのやら」
「魔獣と幻獣とも縁を取り持っていますわね。わたくしとしては嬉しいですが」
ソフィーアさまは小さく呆れ、セレスティアさまはもっと増えても構わないと仰る。リンはお二人がいるので喋る気はないようだが、いつだってどこへだって一緒にいるよと言いたげである。
ジークもおそらくリンと同じ言葉を伝えてくれるだろう。クレイグとサフィールも呆れながらも私に付き合ってくれるのだ。いつまで続くか分からないが、幼馴染との関係は一番大事にしたい縁だった。
「そんなに落ち着いていましたか?」
落ち着いていられたのは、南の女神さまが取っ付きやすい方だったからである。気さくに話してくださるし、私たちの話を聞いてくれる。ユーリにも優しい態度だったし、クロたちにも普通の態度だった。
お屋敷の方々とも普通に会話していたから、南の女神さまの恐怖伝説はどうして産まれたのだと首を傾げていたのだが。まあ黒髪黒目に対してあまりよろしくない態度を取っていた南大陸の方々の落ち度だろうなと、私はソフィーアさまの顔を見る。
「ああ。普通はもっと驚いても良さそうだがな」
ソフィーアさまは片眉を上げながら答えてくれた。
「それを言ったら皆さんも落ち着いていましたよ」
私だけではなく、お屋敷の皆さまも女神さまに対して落ち着いた態度で接していた。もちろん最初こそ驚いていたけれど、日が経つにつれて馴染んでいたのに。
「態度に表れていなかっただけなのでは。わたくしは神さまと面通しできるなど全く考えていませんでしたわ」
セレスティアさまが鉄扇を開いて口元を隠す。私も神さまと顔合わせできるなんて驚きだけれど、会ってしまったのだから現実を受け止めないと。グイーさまより上位の神さまがいれば、また驚く羽目になるなあと部屋の扉を開く。廊下にはジークとクロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちが待ってくれていた。
「お待たせ。行こうか」
「ああ」
『フィーネと会うのは久しぶりだねえ』
私がジークたちに声を掛けると、列に加わり子爵邸の地下室を目指す。魔術陣で王城へ行き、案内役の近衛騎士の方によって王城にある転移陣へ辿り着いた。既に共和国の研修生たちと教会の方数名が待っていて、プリエールさんが私たち一行の登場で嬉しそうに笑っている姿を目にする。
報告では島から戻って研修を再開していると聞いていたが、教会に寄る時間が取れなくて今日となってしまった。共和国の皆さまに突然聖王国に赴くことになって申し訳ないと謝罪を入れれば、外務部の皆さまも姿を現した。
「遅れてしまい申し訳ありません、アストライアー侯爵閣下」
「気になさらないでください」
小さく息を切らしている外務卿さまに私は首を振る。時間には間に合っているし、急な件となったので外務部の皆さまには申し訳ないことをしてしまっている。今回もまたエーリヒさまと緑髪くんが私の同行者となるようで、外務卿さまの後ろに控えている。
同行メンバーが揃ったので転移陣に魔力を込めた。向こう側の担当はフィーネさまが務めると聞いている。転移の先で知り合いがいることが珍しいので、なんとも不思議な感覚であった。
床に描かれた魔術陣が光を発し、お腹が浮くような感覚に苛まれた次の瞬間には聖王国の魔術陣側に転移を終えていた。凄いと感心している共和国の研修生たちの姿が微笑ましいが、私は代表として聖王国の皆さまと挨拶をしなければ。
「アストライアー侯爵殿、聖王国へようこそ」
豪華な衣装を纏った六十代くらいの男性が私の前で礼を執る。目の前のお方は聖王国の現在の教皇猊下である。教皇ちゃんは失脚しており、蟄居処分となっているとかいないとか。他国のことなので詳しく知らないが、聖王国が順調に運営されているならばなによりである。
フィーネさまが腹を括って決意をし、残っていたまともな方々で腐敗した国を立て直したのだから二度とないようにして頂きたい。上の人間が失敗すれば、下にいる人間も痛い目にあうのだから。
私はふうと息を吐いて腹に力を入れる。南の島に赴く前、フィーネさまを迎えるために聖王国に立ち寄ったが、聖王国上層部の皆さまとは話をしていない。教皇猊下たちとは三年前のあの件以来の顔合わせだった。一部の方が私を見て青い顔を浮かべているのは、後ろめたいことでもあるのだろうか。
「猊下、直接の出迎え感謝致します。そして我々の要請を受け入れてくださったこと恐悦至極でございます」
「気になされるな。我々が貴殿に無理を申し出たのだ、そう畏まらずとも。共和国の研修生たちも我が国で学べることがあれば嬉しく思う」
教皇猊下の右手薬指には大きな青い宝石が施されている指輪を付けていた。フィーネさま曰く聖王国の聖職者は青い宝石が付いた指輪を嵌めている。青は魔を払うと言われ、身に着けるようになったそうだ。
それを知るまでの私はお金に困った時に換金するのだろうと捉えていたので、金剛石の方が換金率が良さそうだと頭に過ったのは致し方のないことである。
ふと、私の視界の端に映った可愛らしい子――年齢は私より三歳ほど下だろう――に視線を向ける。彼女の魔力量は多く、フィーネさまと同じ位かそれ以上に感じられる。
魔力感知は得意ではないのでざっくりとしたものであるが……なんだろう、この違和感というか胸騒ぎは。彼女自身から嫌な感じはしないのだが、何故か気になって仕方ない。仕方ないが、それよりもやらなければならないことがある。教皇猊下と入れ替わりでフィーネさまが私の前へと進み出たのだから。
「アストライアー侯爵閣下、聖王国へようこそいらっしゃいました。お久しぶりでございます」
フィーネさまの隣にはアリサさまも控えており、私たちに向かって礼を執っていた。島で遊んでいたのが懐かしいと目を細めながら私は口を開く。
「大聖女フィーネさま。またお会いできて光栄です。今日から二日間、よろしくお願い致します」
綺麗に笑うフィーネさまに私も笑みを浮かべて礼を執る。こうして公式の場で挨拶をマトモに交わすのは始めてだ。三年前はお互いに未熟でぎこちない挨拶だった気がする。時間が進み関係性も変われば、お互いに笑い合いながら挨拶できるものなのだなと少し可笑しい気持ちに襲われる。教皇猊下とフィーネさまが顔を合わせると、彼女が半歩前に進み出た。
「さっそくで申し訳ありませんが大聖堂へ赴きましょう。案内は私と聖女アリサが務めさせて頂きます」
フィーネさまが笑みを携えて私たち一行と共和国の研修生に視線を向けた。二日間という短いスケジュールなので割と予定が詰め込まれている。
私はアルバトロス王国の聖女として聖王国の大聖堂を覗いてみたかった。研修生たちには異文化交流と聖王国の聖女がどういうものか見て感じて貰おうという算段だ。別名、敵情視察とも言うけれど。
「よろしくお願い致します」
「よ、よろしくお願いいたしますっ!」
私のあとに共和国の研修生が緊張しながら、フィーネさまとアリサさまに礼を執る。お二人は聖王国の聖女の衣装を纏い、手を口元に当てて小さく笑みを携えた。こうしてみると雰囲気があるよねえと転移陣のある部屋から外へと出る。
護衛の方に守られながら建物の外へと出て大聖堂を目指す。馬車に乗るほどの距離ではないので、珍しく歩き移動であった。聖王国の聖都は街自体は小規模であるが、西大陸の宗教のご本尊のため大陸から集まった信者の方で賑わっている。
殆どの方が参拝中の証である白い布を羽織っているので、道を歩く人々の姿は皆同じであった。面白いなときょろきょろと視線を動かしていると、割と直ぐに大聖堂に辿り着く。
アルバトロス王都の一番大きな教会よりも大きい大聖堂の中へと入る。中の内装も随分と豪華であり、立派な信徒席がズラリと並ぶ一番奥に祭壇がある。祭壇横には人だかりができており、神父さまが信徒の皆さまに聖水を掛けていた。聖水を施している神父さまの直ぐ横には聖女の衣装を纏った女性が手を翳して、誰かに治癒を施している。
「あの方は先ほどの……?」
手を翳している女性は、私が教皇猊下と挨拶を交わしていた時に気になった方だ。いつの間に移動を済ませていたのか、私たちより先に大聖堂へ赴いて信者さんたちに治癒を施している。
「最近、聖女として名を上げておられる方ですね。精力的に治癒院や慰問に参加しておられますよ」
フィーネさまが目を細めながら手を翳している女性について教えてくれた。最近頭角を現した聖女さまで、フィーネさま一派とは別の派閥所属の聖女さまなのだとか。別派閥の間では大聖女の印である聖痕が現れるかもしれないと噂されており、彼女が該当の人物なのだとか。
「同時に大聖女さまが二人存在しても良いのですか?」
「大聖女が二人存在しているのは神の導きだ、めでたいことだと捉えられているので構わないそうです。彼女と肩を並べる日がくるのかもしれませんね」
私の問いにフィーネさまが答えてくれた。でもそれって……騒動の種じゃないかなと私は遠い目になるのだった。