0971:男三人帝都探索。
まさか神さまをこの目にすることができるなんて。ナイさまの側にいると、本当に信じられないことばかりだ。
件の彼女はミズガルズ神聖大帝国の皇女殿下方とお茶会に参加している最中だ。ご本人曰く、北のお菓子が楽しみと笑っていたから皇女殿下方と女性同士の話を繰り広げることよりも、食べることの方に比重を置いているようだった。
俺はナイさまのご厚意に甘えてミズガルズの帝都の商業区に繰り出している。外務部の仕事は他の方が担ってくれており、入れ替わりで交代をする予定だ。ミズガルズの皇宮にある大門前で外にいく面子が顔を揃えている。
俺の右横には外務部の同僚であるユルゲンが立ち、左横にはジークフリードが立っている。なんだか凄い巡り合わせというか、イケメン二人に挟まれている俺の立つ瀬がないというか……俺も前世よりかなりカッコ良い顔に生まれたのだが、ジークフリードとユルゲンと比べれば数段落ちてしまう。羨ましいが、今の俺の顔は気に入っているので気にしないと心を落ち着かせる。
ジークフリードとユルゲンが挨拶を交わして、以前ユルゲンが侯爵閣下に迷惑を掛けたことを謝罪していた。ジークフリードはユルゲンに責める訳でもなく、過去のことでありナイさまに謝っているのだから彼にまで謝る必要はないと告げた。
俺は二人のやりとりを少しハラハラしながら見つめるものの、お互いに大人対応を取っている。そうして二人はイケメンな顔を引っ提げて俺の方へと向き直った。
「エーリヒ、仕事は大丈夫なのか?」
ジークフリードが小さく顔を右に傾げながら俺に問う。仕事は同僚に任せているから問題ないし、俺はナイさまがなにかトラブルに巻き込まれた際の助言と事後処理と連絡役だ。
お茶会でなにか起こるとは考え辛いし、同僚が俺の代わりに参加している。なにかあれば同僚から情報が入り対処に赴くだけだ。ナイさまに頂いた貴重な買い物時間なので、フィーネさまに贈る品を手に入れたい。
「時間を決めて交代するから平気だ。ジークフリードこそ、閣下の護衛は良いのか?」
俺はジークフリードを見上げた。俺、百八十センチはあるのにジークフリードは百九十センチ以上あるものだから見上げる形となる。彼はいつもナイさまの側で侍っているのに、お茶会に参加しなくて良いのだろうかと聞いてみた。
「ナイが男同士で遊びたいこともあるだろうと気を使ってくれたんだ。エーリヒたちが危ない目に合うこともあるから、その時は俺が助けてやってくれとも言われたな」
ジークフリードが嬉しそうな顔で教えてくれる。どうやら閣下はジークフリードにも俺にも気を使ってくれたようだ。本当であれば俺たちがミズガルズの帝都をウロウロできるはずはない。
できたとすればナイさまが買い物に外へ出た時くらいだろう。ナイさまが帝室に提案してくれたことによって、今回は買い物をできるようになった。有難い気遣いだなと思うと同時に意外なことに気が付いた。
「俺、侯爵閣下に大事にされてる?」
ナイさまが一番大切にしているのはジークフリードたち幼馴染だろう。俺には分からない苦労を彼らは共にしてきた。ナイさまは案外人見知りする所、というか知らない人間に深入りしないという所があるはず。それなのに俺はこうして買い物を楽しむ場を用意してくれ、危ないことがあるかもとジークフリードを寄越してくれている。
「一度ナイの懐に入れば見捨てないからな。出身が一緒ということもあるだろうが、いろいろと世話になっているし、これからも世話になるからと言っていたな」
ジークフリードが片眉を上げる。俺に対してではなくナイさまに向けてのものだろう。少し呆れている様子であるが、それでも優しい顔をしている。
「そっか」
俺は照れ臭くなって無意識で自分の頬を手で掻いていた。門前に立つ衛兵が声を上げながら指示を出している。そろそろ開門するかと見ていると、俺たちのやり取りを見ていたユルゲンが口を開いた。
「お二人とも、時間のようですよ。行きましょう」
「あ、うん」
ユルゲンの声に俺は返事をして、ジークフリードは確りと彼に頷く。俺とユルゲンは馬車に乗り込んで、ジークフリードは外で護衛に就いてくれる。妙な感じがするがジークフリードが強いことを俺は知っている。彼の肩に乗っている竜が人目を引きそうだが、帝都の一般人では彼に敵わないだろう。
ゆっくりと馬車が進み始めて窓から帝都の街並みを眺める。アルバトロス王国の王都より近代的な街並みであるが前世の街には程遠い。貴族街を抜けて商業地区に入ると、往来には人の行き来が沢山ある。極寒の地というのに薄着で移動できるのは不思議な感じだなと、ユルゲンと話していれば目的地に就いたようだ。
「足元にお気を付けてください」
御者の人が俺たちに告げ、帝都の商業地区に降り立つ。護衛の人がいるので通行人の邪魔になっているが、貴族が訪れれば同じ状況になるため帝都の人々は慣れた様子だった。ただ誰が赴いているのか気になるようで視線をこちらに向けている。
ミズガルズの貴族でなくて申し訳ないと周りに目をやると、何故か女性からの視線が集まっていた。女性の視線は主にジークフリードとユルゲンに向けられており、四分の一くらいが俺に向けられている。
アルバトロスではこんなことにならないのだが、ふと北大陸の男性に目をやると西大陸よりカッコ良さが落ちているような。もしかして北大陸は男性向けエ……成人向けゲームだったから、男性の顔デザインが適当故に影響を与えているのだろうかと首を傾げる。
逆に女性は綺麗な方が多く、アルバトロスよりも美人率が高い気がする。神さまが存在していたことを知り、直接会ったというのにゲームのことを考えてしまうのはどうしてだろうか。
「ユルゲン、ジークフリード、行きたい店は?」
「私は留学中にこちらへ足を向けたことがありますから、お二人の行きたい場所で構いませんよ」
俺が二人に問えば、ユルゲンが小さく微笑みジークフリードに視線を向けた。
「本屋があれば良いんだが……」
ジークフリードは少し考える素振りを見せながら小さな声で呟く。彼が本を読むとは意外だが、片手で本を持ち紙をめくる姿を頭に思い浮かべると腹立つくらいに似合っていた。ユルゲンも似合っているし羨ましい限りである。
「本屋であれば何軒かありますね」
「すまない、少し立ち寄って良いだろうか?」
ユルゲンの言葉にジークフリードが俺たち二人に問い掛けた。問題ないし、なにか面白い本があれば俺も買おう。暇潰しの道具は少ないのでジークフリードの提案は有難い。異国の地だからアルバトロス王国にない品が多そうだ。
「もちろん」
「ええ。僕も新書が入っているか気になります」
俺とユルゲンがジークフリードに確り頷くと、彼は小さく笑みを携えた。最初、彼に出会った頃は仏頂面で表情を変えることは極稀だったのに、今じゃこうして笑い合っている。本当に縁とは不思議なものだ。
「エーリヒの行きたい所は?」
「ああ、そうでした。エーリヒはどこに行きたいのですか? 帝都というだけあって店の数も取り扱っている物も多いですよ」
ジークフリードとユルゲンが俺に視線を向けた。フィーネさまになにか買って行きたいけれど、俺とフィーネさまが付き合っていることをジークフリードは知らない。むむむと俺は悩み始める。
ユルゲンには付き合っていることは露見しているので、女性のために買い物がしたいと言っても問題ない。けれどジークフリードにはまだ伝えていないので、どうしようか迷う。
ジークフリードとナイさまの関係を応援をしたいものの、彼も彼で茨の道であることは俺でも分かる。いや、でも……買い物……オーロラの写真だけじゃあ物足りないし、なにか添えられる品があればと考えていた。けれど、ジークフリードもユルゲンも女性に贈り物をする気配はなさそうだから気が引ける。
「エーリヒ。ナイが音が鳴る小箱を買っていたんだが、贈り物に丁度良いんじゃないか?」
俺の名前を呼んだジークフリードがとある店を指差していた。音が鳴る小箱、と少し考えればオルゴールのことかと気が付いた。彼の話を聞くとナイさまが黒髪黒目の赤子にプレゼントするために買ったそうだ。
「それ、ジークフリードが意中の相手に贈った方が良いだろ……って、なんで俺が女性に贈り物をする前提になっているんだ……!?」
「女性とは言っていないぞ、俺は」
慌てる俺を見たジークフリードとユルゲンが可笑しそうな顔になっている。俺は俺で顔から火が噴出しそうだ。まさかジークフリードにまで揶揄われる日がこようとは。人生の先輩としてアドバイスしようとしていた過去の俺が恥ずかしい。どうやらジークフリードにも外務部の皆さまにもバレバレなので、開き直った方が良いだろうと俺は二人に視線を向ける。
「そんなに分かり易かったの!?」
恥ずかしいが、これでフィーネさまに向けて贈る品を買いやすくなった。貴族位を得た手前、一人で行動するのは難しくなっているので良かったのかもしれない。
「分かり易かったな」
「ええ、とても」
ふふふと笑う二人に『二人も頑張れ』と俺が告げれば微妙な顔になっていた。そうこうしている間に本屋に辿り着く。店の中は貴族向けに品揃えされており、領地経営について、貴族の矜持、社交界の生き残り方の指南書や啓発本、果ては恋愛小説に冒険譚とざっくばらんだった。
カウンター側には文房具や栞が置いてあり、こんなものまで置いてあるのかと面白いと感心しながら読み応えがありそうな本を探す。ユルゲンは何度か本屋に足を運んでいるようで、どこになにが置いてあるのかアドバイスをくれる。
既にユルゲンは何冊か本を手に取っているので、読書が趣味なのだろう。ジークフリードは本棚に向けていた視線を、カウンター横にある文房具の方へと変えた。気になる物があったのか彼はそのままカウンター横まで歩いて行く。
「良いのがあったのか?」
俺は彼の様子が気になって声を掛けた。ジークフリードはガラスペンやインクには視線を向けてはおらず、何故か栞を凝視してる。綺麗な柄が入った栞に何故彼の視線が向いていると俺が首を傾げると、ジークフリードは困ったような顔を浮かべて小さく首を振った。
「すまない、邪魔だったな」
悪いことをしたと俺は直ぐに謝罪をする。ジークフリードが本を読む際に利用する栞が欲しかったのかもしれないし、男が栞に興味を持つなんてと考えるのは俺の決めつけだ。
「あ、いや。俺に付き合って貰っているから邪魔じゃない。買おうと考えたが、買った品を渡しても意味は薄いかもしれない……と」
渡す、ということはジークフリードはナイさまに渡すつもりだったのだろう。けれど考え直して止めたようだ。女性に贈る品として少し地味ではあるが、本を読む人にとっては有難いのではなかろうか。
どうして贈るのを止めたのだろうとジークフリードの顔を見ていれば、ユルゲンが本を数冊抱えて俺たちの側に立った。
「どうしたのです? 栞ですか。良い品が揃っていますね。こちらなど女性に良さそうです」
小さく笑みを浮かべたユルゲンが並べられた栞を見て指差した。確かに薄い桃色の栞は女性向けだろう。ナイさまが気に入るか謎だが、可愛らしい栞だった。
「難しい顔をしてどうなさったのですか?」
「そんなに俺は変な顔を浮かべているのか……」
「ジークフリードにしては珍しいかも」
俺とユルゲンがジークフリードに視線を向けると、彼は訥々と栞に目を向けて語り始めた。数年前、聖女のお金を教会が着服していた事件があった時のことだ。
倒れたナイさまの見舞いでギド殿下が栞を彼女に贈っており、ナイさまは今もその栞を使っているとか。ギド殿下はハイゼンベルグ嬢と婚約しているし、単純に見舞いのために贈った品と分かっているのでジークフリードは彼に対して思うことはないのだが、今もナイさまが栞を使っている状況に複雑な心境に陥っているようだ。今回、見つけた栞を贈ろうと考えたものの、ギド殿下の栞は彼自身が作った品である。既製品を贈っても意味が薄いのではなかろうかと思い至ったらしい。
「なら僕が栞の作り方を教えましょうか? 本を貸し借りする仲であれば、栞を忍ばせておくことも可能でしょう」
ユルゲンが柔らかい顔でジークフリードを見た。困っていた様子のジークフリードはどうしようかと悩んでいるようだ。
「暇な時に三人で作ってみるとか? 俺も興味あるしな」
まあ、男が作った栞を女性が受け取って嬉しいのかと問われれば微妙な所だけれど……ジークフリードの気持ちを考えれば複雑な心境なのは理解できる。ジークフリードとユルゲンは今日挨拶を終えたばかりだし、俺が間に入れば少しは話し易かろうと一緒に参加する方向へと導いてみた。
「二人とも、ありがとう。よろしく頼む」
俺とユルゲンに礼を告げるジークフリードに笑って、それぞれが選んだ本と参考用に栞を購入して店を出た。あとはオルゴールの店にも付き合って貰って、落ち着いた曲が流れる小さなオルゴールを買った。フィーネさまにこんなことがあったと手紙を添えて贈れる日がいつくるだろうかと、俺たちは帝都の街を後にした。