0970:神聖大帝国帝都視察。
ミズガルズ神聖大帝国の皇宮で一夜を明かした。
慣れないベッドで少し寝不足だけれど、腕が動くという有難さを実感している。ご飯を自分で食べれるし、着替えも不自由はしない。血行が良くなるので長風呂できなかったが、アルバトロス王国に戻って子爵邸の湯舟でゆっくりできる。
そういえばオーロラの仕組を神さまに直接聞きたかったけれど、結局聞けず仕舞だったなあとベッドから降りた。
早く戻りたい気持ちもあるものの、今日は朝一でミズガルズ皇帝陛下との謁見を行うことになっている。そしてお昼からは帝都の視察という名のお土産漁りだ。今回は私が視察を終えれば、アルバトロス王国の他の方々も帝都の街に繰り出して良い品がないか探すそうだ。私はその間、第一皇女殿下主催のお茶会に参加する。既知のメンバーなので気楽に参加して欲しいと昨日お誘いがあったのだ。私は美味しいお菓子が用意されていると聞き、すぐさま返事をした訳である。
魔族の村も随分と復興を果たしているそうで、穏やかな日々を送っているとのこと。いつか魔族の村に顔を出してみたいけれど叶う日はくるだろうか。
朝食を済ませて、アルバトロス王国のメンバーと準備をしていれば謁見の時間となった。借りている客室にミズガルズの宰相閣下が顔を出す。以前話したことがある方なので簡単に挨拶を交わして、謁見の手順を聞いている。一通りの説明を終えた宰相閣下が申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「アストライアー侯爵閣下。腐敗した帝国国内の貴族を一掃できたとはいえ、帝室に不満を持つ者はまだおります。申し訳ないのですが……」
宰相閣下が言いたいことは皇帝陛下の顔を立てて欲しいということだろう。今回はアルバトロス王国がミズガルズ神聖大帝国を頼った形となるし、特に思うこともないので皇帝陛下に中指を立てる訳がない。
少し前まで腐敗がまかり通っていたミズガルズだから、確りと立て直すには時間が掛かる。そういえば勇者さまはどうなったのか気になるけれど、この世にいない可能性が高いから口は出さない方が無難か。私は難しい顔の宰相閣下と視線を合わせる。
「皇帝陛下と帝室のお立場は理解しております。今回の件は帝室の皆さまのご厚情により、速やかに目的地へと辿り着くことができました。アルバトロス王もわたくしも帝室に感謝しておりますので」
妙なことはしないし、できやしないと伝えておく。でも保険は必要だろうと、私はもう一度口を開いた。
「ただ帝室に無礼を働く方やアルバトロス王国を蔑ろにする者がいるならば……黙ってはおりません。もちろんその際は皇帝陛下の御許可を頂きますが」
流石に皇帝陛下の御前で勝手に暴れることはできないので許可は必要だ。頭の良い方であれば黙っているから、仮に口出しした方がいるとするならお馬鹿さんなのだろう。上手く私を使って残りを一掃してください。北大陸全土を統治している国が傾けば大事になるのだから。
「……お手柔らかにお願い致します」
少し顔を引き攣らせた宰相閣下が目線を下げる。そうして彼の案内により謁見場控室へと案内された。係の者が私を呼べば、先ほど打ち合わせした通りにと告げて宰相閣下が下がっていく。
アルバトロス王国の謁見場控室より三倍以上広い気がする。謁見場も物凄く広かったし、平場にいる貴族の皆さまの数もアルバトロス王国とは比べ物にならなかった。緊張するなあとぼやけばアルバトロス王国の面々は苦笑いしている。緊張することだってありますよと告げ、視察はどこに向かうのだろうと聞いてみる。
「帝都の高級店が立ち並ぶ場所だな。ミズガルズの特産物を中心に案内してくれるそうだ」
「貴族に人気の店をご紹介頂けるそうですわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが私の疑問に答えてくれた。北大陸は随分と寒い地域なので西大陸や東大陸とは違う品があるだろう。なにがあるのかは現地に赴いてから楽しもうと決め、係の方に名前を呼ばれて謁見場へと足を向ける。
私たちは案内された先にある凄く豪華な大扉の前に立ち、立派な赤い衣装を纏った衛兵さんが開場してくれた。そうしてふかふかの赤い絨毯の上をゆっくりと歩いて、皇帝陛下の御前に立つ。私が皇帝陛下の前で深く礼を執れば、帝国お貴族さまの視線を一身に浴びていた。嫌な感じはしないし、敵対心を向けてくる方はいないようだ。
「アルバトロス王国、アストライアー侯爵、此度はミズガルズ神聖大帝国に赴いてくれた。我々は貴殿を歓迎する」
皇帝陛下が少し緊張した様子で言葉を紡ぐ。私も失礼のないようにと畏まりながら口を開いた。
「陛下、この度はアルバトロス王国ならびアストライアー侯爵家の要請を聞き届けて頂き誠に感謝致します。お目通りは勇者の一件以来でございますね」
とりあえず妙な方がいるのであれば釘を刺しておこう。勇者さまの二の舞になりたいならお相手するよ、という牽制なのだが言い過ぎだろうか。
「あの一件ではアルバトロス王国とアストライアー侯爵には世話になった。それから良い風が吹いておる。帝都の視察を楽しまれよ」
陛下がにやりと笑ったので問題はないようだ。亜人連合国の名前を出さなかったのは、私たち一行の中に関係者がいないからだろう。お昼から視察に赴くことを告げた理由は、街に出て余計なことをするなと伝えているのか。気を使ってくれているようだなと私は陛下の顔を見る。
「はい。ミズガルズ皇帝陛下の御厚情、感謝致します」
陛下に頭を下げて、私たち一行は謁見場から退室する。今回の謁見は単純なパフォーマンスなので特に問題なく終えることができた。宰相閣下が心配していた変な方がいなかったので帝室も随分と風通しが良くなったのだろう。
今回の大仕事は終わったなと借りている客室に戻って視察の準備を行う。案内は官僚の方が務めてくれるので、赴くお店はお任せである。もちろん欲しい品は先に告げているから、ピックアップしてくれているのだろう。
あと他の方にも行きたい店はないかと聞いており、ソフィーアさまとセレスティアさまは服飾店と宝飾店が気になるそうで、副団長さまと猫背さんは魔法具関連のお店に行きたいと言っていた。彼らは視察を終えたあとのお出掛けに加われない。私の護衛があり、お茶会に同道してくれる。ジークにはエーリヒさまたちの護衛をお願いし、リンは私の護衛をお願いしていた。
アルバトロス王国に戻って、行きたいお店に行くのもアリかなと考えていると視察の時間が訪れた。客室から出て皇宮の馬車回りまで歩く。多くの車列の中にある一番豪華な馬車の前に立った。
「では、参りましょう」
案内役の官僚さんがにこりと笑みを張り付けて、馬車の中へと導いてくれる。帝都の中は雪が積もっていないので馬車での移動が可能である。魔法のお陰で外気温も温かく、帝都の外の気温はマイナスと言われても信じられないくらいだ。
アガレス帝国も広いし人口も多くお店が多かったけれど、ミズガルズ神聖大帝国はアガレスより更に広いし人口も多くお店の数も多い。流石、大陸全土を掌握している国である。勇者さまとへっぽこお貴族さまによって危うかったのが信じられない。
「改めて見ると凄いですね……」
馬車の窓から帝都を見た私の素直な感想だった。前回、ミズガルズに赴いた時は皇宮の中から帝都を見下ろしていただけである。お買い物に少し遠出したけれど、じっくり見まわる機会はなかった。
「土地が広大だからな。しかし極寒の地でこの規模の人口を誇っているのは凄いな」
「帝都に一極集中している可能性がありますわね。最北端の町では雪が積もっていましたし、人口はさほど多くありませんでしたわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが答えてくれる。おそらく雪を融かすシステムは規模の大きな街にしか施されていないのだろう。そうなると雪がない場所に人が集まるのは当然であるが、確かにこの人口は凄いと言って良いだろう。
食料の確保とかどうやっているのか気になるところである。とはいえ土地が広大であるならば、北大陸の南側は農業に力を入れ、北側で工業に力を入れればバランスは良さそうである。ミズガルズは大陸横断鉄道が走っているので、アルバトロス王国より近代的国家といえよう。
「なにか盗めるものがあると良いのですが」
私は窓の外を見ながら声を上げる。盗むと言っても本当になにか盗むわけじゃない。ふと、外で護衛を務めてくれているジークと目が合う。私が笑うと彼も小さく笑い返してくれた。やり取りに気付いたリンがジークの横に並んで私の方を見る。ジークの視線は既に前を向いており、リンは私が彼女を見て笑みを深めたことを確認すると視線を戻していた。
「目で見て盗むのか。領地に応用できる品があると良いな」
「目で盗む分には問題ありませんわね。良い心掛けかと」
ソフィーアさまとセレスティアさまがくすくす笑う。お金は持っているので簡単な工業製品を買ってみるのもアリだろう。文明開化した日本も西欧から車や品物を買って、バラシて組み立て直して研究していたと聞く。
買っても良いよと帝室から許可が得られるなら、大きい工業製品の買い付けもアリかもしれない……でもまあ、これをやるならアルバトロス王国とも相談か。技術力の差が大きすぎる。せめて帝国で育てている美味しいお野菜の苗や種を買えると良いけれど……官僚の方は案内候補に入れていないはず。私が出した要望はお酒とお土産が買える場所だし。
三人で話をしていると馬車が目的の場所へと辿り着いたようだ。そうして商業地区へと足を向ける。後ろには沢山の護衛の方と副団長さまと猫背さんの姿があった。
アルバトロス王国でお世話になっている皆さまにお酒やお土産を購入し、自分用と個人的に関係のある方へのお土産と子爵邸の皆さま向けのお土産も買う。お猫さまにもお魚さんを用意できたし、ジルヴァラさんにも新しいお掃除道具を買った。エル一家とグリフォンさんにもお土産を用意できたので、私の視察は終わったようなものである。
そして魔法関連のお店に入って、副団長さまと猫背さんと私は面白そうな品がないか一緒に物色した。いくつかの魔石と魔法具を買ってお店を出る。
工業製品も気になるが、気軽に買えるのはオルゴールくらいか。ユーリのお土産に丁度良いなあとオルゴールを買えば、ソフィーアさまとセレスティアさまに首根っこを掴まれて――意訳である――服飾店へと入り自分用の服を購入する。
今持っている服で十分だけれど、侯爵家の当主なのだから一度袖を通せば二度目はないくらいでも良いらしい。凄く環境に悪い考えであるが、お貴族さまの常識だから仕方ない。私が着た服はお下がりとして教会の孤児院か子爵邸の皆さまの子供たちに行き渡るはず。
代金を支払いお店を出て、次は宝飾店へと入る。工業力の違いからか、西大陸の指輪や首飾りと少し趣が違う。へーと感心しながら見ていると、ソフィーアさまとセレスティアさまが私を手招きした。お店の方の前には凄く豪華そうな首飾りと指輪に腕輪、さらには足飾りが取り揃えられていた。お二人はふむと並べられた宝石を見定めて手に取って私へ向ける。
「ナイ、これはどうだ?」
「こちらもナイに似合うのでは?」
ソフィーアさまとセレスティアさまが薦める宝石類に目をクルクルさせていると、私の横に立っていたリンがとある装飾品に指を指す。
「ナイ、ナイ、これは?」
大きなカット数の宝石を指差すリンに店員さんが『お目が高い』と告げて、ドヤ顔になったリンを私は見上げた。リンのお薦めならば買っても良いかなあとソフィーアさまとセレスティアさまの顔を見る。
お財布事情に問題はなく、お二人はもっと買っても良いとさえ口にする。破産の心配をしなくても、侯爵家だし聖女の収入もあるのだから気にするなとのこと。それならばとソフィーアさまとセレスティアさまにも薦められた品を買い付け、今日のお買い物を終えるのだった。






