0969:七転び八起き。
グイーさまが小さく息を吐き、東と北と南の女神さまもゆるゆると左右に首を振った。どうやら西の女神さまは部屋から出る意思はないようである。先程、私の魔力を練りながら扉の向こうに魔力が辿り着いてくれないかなと試してみたが、残念ながら扉までしか通らず部屋に私の魔力を届けることはできなかった。
意味があるのかと問われれば、ないと言えるけれど開かない扉の奥がどうなっているのか気になった。西の神さまは死んでいないよねと一瞬不安になるものの、女神さまが亡くなれば西大陸も共に消える。ふう、と息を吐いてなにか別の方法はと考えるものの思いつかなかった。
「すまないな、我々の事情に付き合わせて」
「グイーさま、他に方法を思いついたら、またこちらに訪れて試しても構いませんか? 上手く表現できませんが、一度の失敗で諦めるのは勿体ないというか」
私の言葉にグイーさまが目を見開いて暫くすると小さく笑う。そしてグイーさまの答えは『もちろん、構わない』と仰ってくれる。しかし自力で此処まで辿り着くことができるだろうか。
北大陸の最北端の海に浮かぶ岩礁までならどうにか辿り着ける。一度赴いたから、最北端の漁村からロゼさんに転移をお願いすれば辿り着く。問題はそこからで、人間の技で神さまの島へと辿り着けるかどうかが微妙な所だ。この辺りも伝えておこうとグイーさまに打ち明けると、なんだそんなことかと言って使いを寄越すから一緒に島にこいとのこと。
「この度は真にありがとうございました」
とりあえず別れの挨拶をと私は頭を下げた。
「気にするな。そもそもじゃじゃ馬の末娘が仕出かしたことを親である儂が解決しただけのこと。それに人間と交わってみるのも案外楽しいと知れた!」
グイーさまが腕を組みながらガハハと笑う。連絡はどうすれば良いかと聞いてみれば、教会で祈りを捧げれば良いらしい。
西の女神さまは引き籠もり状態なのに大丈夫かと問えば、彼女の代わりに東と北と南の女神さまのいずれかが、私の声を聞き届けてくれるそうだ。一度面通ししているので繋がり易いとのこと。そしてグイーさまとも繋がる可能性もあるとも教えてくれた。
「ではな、ナイ」
「はい。本当にお世話になりました。またお会いできることを祈っております」
グイーさまと三人の女神さまと別れを告げる。防寒着を纏って南の女神さまの案内で北の海の岩礁へと辿り着いた。白波が岩礁を打ち付ける中、私は南の女神さまと対面する。ぽりぽりと後ろ手で頭を掻いている南の女神さまが先に口を開いた。
「悪かったな。妙なことに巻き込んじまって」
気まずそうな顔で南の女神さまが私を見ている。私が怪我を負ったのは浄化儀式を執り行ったためであるし、女神である彼女が怒るのも仕方ないはず。ご家庭の事情に巻き込まれたのは想定外だったけれど、傷を治して貰ったお礼という側面があった。
「いえ。こちらこそ神罰を勝手に解こうとして申し訳ありませんでした」
「あー……まあ、そのあたりは自由にすりゃ良いんだけどよ、まさか黒髪黒目が行っているとは露とも思わないだろ?」
もしかして黒髪黒目以外が儀式を執り行っていれば、南の女神さまはもっと怒っていたのだろうか。南大陸の男性王族の皆さまには治らなかったことは申し訳ないが、南の女神さまのお許しはでなかったので我慢して欲しい。
受胎率が低いだけで頑張ればどうにかなっているようだから、精力剤でも贈ってみるか。一応、精力剤を贈って良いか女神さまに聞いてみる。
「止めとけ。黒髪黒目から秘薬を頂いたとか言って持ち上げられるぞ」
「流石にないかと……ないとは言えませんね。止めておきます。しかし、それを踏まえると女神さまとも邂逅なさっているので、妙なことを言い始める可能性もありそうですね」
「あたしのことを妙に言いふらすなら、また罰を与えるだけだがな。身体的特徴を弄られんのは無性に腹立つんだよ」
南の女神さまが微妙な顔になる。南の女神さまの言葉を借りて釘を刺しても良いかと問えば『人間って本当に面倒だな』と言いつつ許可をくれる。南大陸に現界すれば騒ぎになるから、私が口止めしてくれる方が良いだろうとのことだった。そうして女神さまは微妙な顔から、はっとなにか思いついたようで私の顔を見た。
「あ、お前がこっちにくる時、食い物とか持ってきてくれると有難い。お前の家の飯、美味かったからな」
南の女神さまがにっと機嫌良く笑った。なんとなくグイーさまに似ているような。風格とか雰囲気はグイーさまに届かないけれど、やはり親子なのだなあと感じてしまう。
「承知しました。機会が訪れればなにか見繕って持参します。我が家の料理人に女神さまが気に入っていたと伝えれば喜びましょう」
料理人さんたちが腰を抜かしそうであるが、悪い話ではないので家宰さま経由で料理人さんへ伝えて頂こう。なにを持って行けば良いかなと考えていると、ロゼさんの準備が整ったようだ。
『マスター、北大陸の漁村で良いの?』
「うん。またそこから大陸横断鉄道に乗って、ミズガルズ帝にご挨拶に行かなきゃならないから。あとお猫さまにお魚さんを買って戻りたいかな」
ロゼさんが真ん丸ボディーの片側を歪ませながら問うてきたので、私は答えておく。北大陸の大陸横断鉄道を使わせて頂いた手前、ミズガルズの帝室には挨拶をしておかないと角が立つ。あと、アルバトロス王国に怪我が治ったという一報も入れないと。
外交官のような仕事になっているけれど、お貴族さまとはそういうものらしい。領地運営も大事だが、付き合いを手広くするのも当主の務めなのだとか。しかしアルバトロス国内でアストライアー侯爵家と縁の強い家がハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家しかないのは如何だろう。
そもそも二家は私の後ろ盾で、ソレを差っ引くとアストライアー侯爵家はボッチの家となるような……早急に付き合いを広めたいところだけれど、今やると変な家と繋がりを持ちそうである。王家と公爵家と辺境伯家の方と相談しつつ、アルバトロス国内の貴族家と関係を持った方が無難か。今はミズガルズ帝室との挨拶だなと私は南の女神さまを見た。
「南大陸ならあたしが同行するんだが、北大陸は北の姉御の管轄だから勝手はできねえ。変な奴はいねえだろうが気を付けてな」
「ありがとうございます。護衛の方々は優秀ですから」
南の女神さまと私は笑い合う。今回の護衛には副団長さまが同行しているので、地上で彼の右に出る者は少ないはずである。私が怪我を負ったと聞いて亜人連合国の皆さまにも心配を掛けたし、フソウの皆さまにもアルバトロス王家にアガレス帝室に共和国政府に他諸々の私と関係のある国々の方が心配してくれている。
フィーネさまにも一報が届いたようで、お見舞いの手紙が届いている。なにか北大陸でお土産を買えると良いなと、別れを告げて岩礁から漁村へと転移した。
「ふう。ありがとう、ロゼさん」
一面雪景色の漁村に辿り着く。足元に現れていた魔術陣が消え、戻ってきたのだなとロゼさんに私は視線を向けた。
『マスターの怪我治って良かった。心配した』
ロゼさんの声を聞いて私が両腕を伸ばせば、ロゼさんはぴょんと跳ねて私の腕の中に納まる。怪我を負ってから一週間強、右腕が不自由だったので子爵邸の皆さまには迷惑を掛けっぱなしだった。リンにはお風呂と食事の介護に就いて貰っていたし、着替えの介添えの侍女さんの人数も増えていたのだ。
「これでご飯とお風呂と着替えに不自由しないね。皆さまにもご心配をお掛けしました……って、大丈夫ですか?」
ロゼさんとクロに視線を向けて、今回同行してくれた皆さまにもお礼を告げると、ジークとリンと副団長さまと猫背さんとエーリヒさま以外が地面に腰を落としていた。高貴な方々がほとんどなのに、こうした態度を取るのは珍しい。私は大丈夫かと慌てて皆さまの下へと急ぐ。そうして一番近くにいたソフィーアさまと視線が合った。
「ナイ。神の島に赴いて緊張しなかったのか?」
ソフィーアさまが私を見上げながら問い、私はロゼさんを左手で抱えながら彼女に右手を伸ばす。
「緊張はしていましたが、皆さまの様に腰を抜かすほどではなかったかと……どこかで休憩を取りましょう。休める場所があると良いのですが……無理ですよね。ロゼさん、あの宿までもう一回転移をお願いできる?」
差し出されたソフィーアさまの手を握りゆっくりと立ち上がって貰った。ありがとうと礼を告げるソフィーアさまの横にセレスティアさまも腰を落としていたので、彼女にも手を差し伸べた。セレスティアさまも私の手に手を添えて立ち上がる。彼女は小さく息を吐きながら落ち着きを取り戻していた。男性陣にはジークとエーリヒさまが手を伸ばして手助けをしてくれる。
『できるよ。場所は知っているから大丈夫!』
ロゼさんからいけると聞き宿を借りようと決めた。大陸横断鉄道の発車時間もあるので少しは休めるだろう。また私たち一行はロゼさんの周りに集まって一瞬で転移を済ませる。
宿に赴いて部屋が空いているならば数時間休ませて欲しいとお願いした。その間に列車時刻の確認と乗車券の手配を済ませる。宿の方が列車関連の手続きをしてくれるので有難い。帝室から話を聞いていたようで、宿の皆さまは私たち一行に粗相はできないという認識のようだ。
数時間後、発車時刻となったので駅に移動する。女神さまと一緒に赴いたことが信じられないなと数日前のことが既に懐かしい。車両に乗り込んで豪華な席に腰を下ろし、私たち一行はミズガルズ神聖大帝国首都を目指す。
帝都に辿り着くと盛大なお迎えと共に皇宮へと案内された。帝都は魔法によって防寒対策が施されており、防寒着を纏っていると暑いくらいだ。流石帝都だなときょろきょろと馬車の窓から帝都を見渡す。大きく聳え立つ高い建物が多く建ち、聖堂や帝立の図書館もあるそうだ。アルバトロス王都も栄えているけれど、帝都となれば王都よりも規模は大きい。
大きな皇宮前にある大門では、第一皇女殿下と聖女さまと聖騎士さまと魔法使いさまが私たち一行を出迎えてくれる。そこから貴賓室へと通されると、部屋の中には皇太子殿下が私たち一行を迎えてくれた。そうして皇女殿下が皇太子殿下の隣に立った。
「皇太子殿下、此度の件のご尽力感謝致します。ベルナルディダ殿下、お久しぶりでございます。明日の謁見でご挨拶致しますが、陛下にもお礼をお伝えください」
両殿下に私は礼を執ると、アルバトロス王国の面々も頭を下げる。先に挨拶しても良いか迷ったものの、帝室はアルバトロス王国に強く出られないという立場だ。もちろん外では帝室が先に口を開くべきであるが、今は内々の会話である。皇太子殿下も第一皇女殿下も理解しているので、笑みを携えたまま私が言い終えるのを待ってくれていた。
「アストライアー侯爵閣下、アルバトロス王国と閣下の要請とあらば我々帝室が動いて当然です。お気になさるな。帝にもきちんと伝えておきましょう」
「侯爵閣下、お久しぶりでございます。急ぎの旅とのことでしたからお疲れでしょう。部屋は既に整えております。ごゆるりと本日はお休みくださいませ」
両殿下の言葉に礼を告げ客室へと案内されるのだった。






