0961:バレバレでんがな。
西大陸の北部にある国に転移で辿り着いた。その国の王さまと挨拶を交わし城を出て、借りた馬車に乗り込み海辺に辿り着く。ここから先はロゼさんの転移で北大陸まで赴く。
とある国の団長閣下については外務部の方がアルバトロス上層部に一報を入れてくれている。お互いの国が納得して行動した結果だから、文句はどこからも出ないはず。唯一出るとすれば団長閣下の関係者であろうが、鬱陶しければまとめて処分されそうだった。
今回の一番の功労者であるヴァナルを呼ぶと私の横にちょこんと座る。高い波が岩場にぶつかり水飛沫を上げていた。そんな景色を横目で見つつ、私はヴァナルに顔を向ける。
「ヴァナル、お疲れさま。子爵邸に戻ったらお礼をしなきゃね。なにかある?」
団長閣下が毛玉ちゃんたちを欲しいと願い出るのは意外だったけれど、フソウの抗議も追加されるだろうから先ほどの国の王さま的には『なにしてくれとんじゃ、騎士団長!』と言いたいはず。
帝さまとナガノブさまにも外務部の方に連絡をお願いしている。フソウの神獣さまのお仔を横取りしようと狙った方がいたよ、と。
とはいえ毛玉ちゃんたちがフソウで過ごす予定なのは公式に発表された事実ではないので、チクチクとした内容の抗議だろうけれど。知っていて狙ったならば、帝さまとナガノブさまの怒髪天が相手国に落ちそうだ。国民全員が決起して相手国に必死で乗り込み、目的の人物を探し出し刺し違えても……なんて事態になりそうである。
『主と一緒に寝たい。みんなも一緒が良い』
ヴァナルの可愛いらしいお願いに、私は目を真ん丸にしたあと微笑んだ。そして『みんなも一緒』というヴァナルの声にいの一番で反応した方がいた。
「そんなことで良いの?」
とはいえ簡単に実行可能なことで良いのだろうかともう一度聞き直す。お肉を沢山食べたいとか、広い野原を思いっきり走りたいとか希望があるのではなかろうか。私の言葉に某お方が肩を落とし、ヴァナルがむーと考えながら首を空に向けて答えが出たのか元の位置に顔を戻した。
『お肉より寝たい。群れのみんなと寝るのは、きっと幸せ』
またヴァナルの言葉に凄くテンションが上がった方がいる。その方の隣で溜息を吐いた方もいるのだが、相変わらず子爵邸のメンバーは平常運転だ。
「そっか。戻ったらみんなと一緒に寝よう。まだ暖かいから外で寝るのもアリだね」
外で寝るのは怒られてしまうだろうか。ヴァナルとは何度か一緒に寝たことがあるが、みんなと一緒は皆無である。男性陣は混ざれないけれど、女性陣を呼んで一緒にお泊り会をするのもアリかなあ。
赤丸健康優良児なので早寝早起きと八時間睡眠を心掛けているが、偶には夜更かしも楽しそうだ。リンとソフィーアさまとセレスティアさまとアリアさまとロザリンデさまを誘ってみよう。断られるかもしれないが、お一方は確約してくれるはず。
『楽しみ』
「うん」
そんなこんなでお泊り会が私とヴァナルとの間で決定し、ロゼさんに北大陸への転移をお願いするのだった。
◇
思えば遠くにきたものだ。
科学技術が発展していない世界で海を渡るという行為は命懸けである。それなのに俺、エーリヒ・メンガー……違った。エーリヒ・ベナンターは西大陸と東大陸と北大陸に足を踏み入れている。ナイさまのスライムの転移で北大陸南端の街に辿り着き、今は大陸横断鉄道に乗り込んでいる。十数両編成の内、二両はナイさまの名義で貸し切っていた。
しかしまあ、ナイさまもトラブルが尽きないものである。
今度は南大陸の女神さまによってナイさまが傷を負い、アルバトロスの聖女でも治せないから北大陸の北側にある島へと赴くことになったのだから。そこには神々が住まうといい、前人未踏の地であるらしい。俺は列車の中で外務部の同僚であるユルゲンと隣同士の座席に腰を下ろし他愛のない会話を繰り広げていた。
「そういえば外務卿が休暇から戻ってきたベナンター卿はやる気に満ち溢れている、と仰っていましたよ」
緑色の長い髪を揺らしたユルゲンが俺の顔を覗き込んだ。やる気に満ち溢れているのか分からないが、頑張って仕事をしなければという気持ちは以前より強くなっている。
フィーネさまから告白の返事を頂いて浮かれているだけでは、俺たちの今の関係だと破局に向かうだけだ。なにをどう頑張れば良いのか分からないものの、仕事を真面目にこなして国に貢献すれば俺の評価が上がるはず。
ハイゼンベルグ公爵閣下と上司であるシャッテン卿には俺がフィーネさまに告白してOKを頂けたことを打ち明けている。聖王国の護衛の方々に見られていたのだから、遅かれ早かれアルバトロス上層部にも話がいく。
だから先手を打って打ち明けておいた。公爵閣下には『聖王国から奪ってきても良いんだぞ?』と煽られ、シャッテン卿には『おや。でもまあお二人の距離は近かったですからねえ』とにやにやされた。もしかして俺の感情は俺以上に正直で、周りの方々にバレバレだったのかとベッドの中に潜り込んで悶絶していたけれど。
あまり考え込んでいるとユルゲンに不信感を与えてしまうと、俺は口を開く。
「いつも通りなんだけどなあ。ユルゲンは仕事に慣れたのか?」
警備は専門の方がいるので俺たちの出番はない。他国の高貴な方とお会いした時に同席して、話を一言一句聞き逃さないようにと集中しているくらいだ。西大陸のとある国で、その国の騎士団長がナイさまに自分に都合の良い話を語っていたが、事前に相手国から通達されていたため大事にはなっていない。少々、予想が外れフソウ国を巻き込むことになったが概ね予定通りであるし、今回の旅程も時間通り進んでいる。
「ええ、大分。元々殿下の側近を務められるようにと育てられましたからね。少し畑違いですが応用は利きます。エーリヒは?」
ふふっと軽く笑ったユルゲンが俺を見た。
「俺も慣れた。忙しいけど、やりがいはあるな。いろいろな国へ向かうことができているし」
最初こそ、どうなるのか不安であったが仕事内容は覚えて問題なく捌けているはず。分からなければ周りに聞けば、快く教えてくれる環境なので有難い。外務部が数年前まで左遷部署だったことが信じられないくらいに有能な方が揃っていた。外務卿曰く、日陰部署故に少数精鋭でしたから……と少し煤けた顔で俺に教えてくれた過去がある。
「僕もエーリヒも貴族ですからね。頑張って国に貢献しないと。しかし僕の所感では休暇から戻ってからのエーリヒはやる気に満ち溢れているのはもちろんですが、時折にやっと笑っていることがあります」
アルバトロス王国には当然、義理を果たす。俺を爵位持ちに上げてくれ、生活の保障をしてくれているのだから。公爵閣下も俺に目を掛けてくれているし、外務部の長であるシャッテン卿も同様だ……って、ユルゲンは今なんと言ったか。
「え?」
俺が時々、気持ち悪い顔で一人笑っていると言ったのか。きょとんと呆けた俺にユルゲンが苦笑いを浮かべる。
「気付いていなかったのですか? 先ほどもにやーと笑っていましたよ。仕事に支障はないので僕や外務部の者は構いませんが、エーリヒを悪く思う方がいれば逆手に取られましょう。気を付けてください」
「そっか……教えてくれてありがとう。気を付ける」
ユルゲンが真面目な顔で俺に忠告してくれた。貴族社会は足の引っ張り合いの世界である。俺を敵視している方はいないと言いたいが、どこかで俺を追い落としたい者がいてもおかしくはない。今の俺の立場を奪えば外務部の椅子とナイさまとの縁を築けるはずだ。聖王国のフィーネさまにも繋がれるかもしれない。
「そうしてください。エーリヒは優しいですね。僕の言葉をきちんと聞いてくださるのですから」
「普通だよ。ユルゲンとの付き合いは短いけれど、俺のことを心配してくれているって分かるし事実だしなあ」
少し困ったような顔でユルゲンが俺に告げた。彼が俺に嘘を吐く要素はないし、真っ当なことを言っているから素直に頷くのは普通だろう。俺が小さく顔を横に倒すと、ユルゲンが小さく顔を振る。
「今は自由時間ですし、鉄道車両の音で僕たちの声は掻き消えます。エーリヒは聖王国の大聖女さまとお付き合いなさるようになったのですか?」
にやにやしている原因でしょう、とユルゲンが片眉を上げながら笑う。俺は彼にフィーネさまのことを一言も告げていないし、俺とナイさまとフィーネさまとの関係はアガレス帝国に巻き込まれ召喚された際に仲良くなっただけという認識のはず。
ナイさまと付き合う可能性だって選択肢あるだろうに――本当はあり得ない、というかジークフリードの邪魔をする気はない――どうしてフィーネさまの名をドンピシャで上げるのか。ドキリと高鳴る心臓の音に負けないようにとユルゲンの顔を見る。
「ぶ! な、なにを言っているんだ、ユルゲン。俺が他国の女性に手を出せるはずがないだろう!?」
お付き合いを始めたのは事実であるが、公言して良いかどうかの確認は取っていない。とりあえず誤魔化さなければと俺は言葉を紡いだ。
「確かに。手は出せませんが、口は出せますよ」
「屁理屈!」
ユルゲンはふふふと良い顔で笑う。そういえば外務部の他の同僚からも今のユルゲンと同じ顔を浮かべて、俺と仕事の話をしていた。
「あ、いや、もしかして周りの方にバレバレなの?」
「そういうことです。正式な祝いの言葉は贈れませんが、頑張ってくださいね、エーリヒ」
ユルゲンに『そうか……』と俺は返事をして顔が赤くなっていくのを自覚する。島から戻って少し時間が経っているのだが、その間に噂が広まっていたようだ。
ユルゲンによると外務部のほとんどの方には好意的に受け取られており、俺が聖王国へ婿入りするのか、フィーネさまが俺の下で嫁入りするのかとトトカルチョが開かれているそうだ。彼は賭けに参加していないが、ユルゲンは馬鹿な行動で婚約を白紙に戻しているから俺のことを応援していると言ってくれた。
「未来はどうなるのか分かりませんが、僕はエーリヒを応援していますよ」
「ありがと……なにかあったら相談に乗って欲しい」
フィーネさまのことや女性について相談できる同性が増えるのは有難い。女性のことはナイさまか母上に聞くのが無難だろう。妙な女性に相談すれば変な方向に話がいき、噂が立つと一瞬で命取りとなる。
「僕で良ければ。エーリヒの愚痴なら聞きますよ」
ユルゲンの好意に素直に甘えて頷けばガタン、と列車が大きく揺れた。なにか変わったことはないかと、ちらりと女神さまとナイさまを見る。お二人は一緒の席に座しており黒髪黒目の容姿が姉妹のように錯覚させた。
そういえばナイさまは古代人の先祖返りだと耳にした記憶がある。もしかして古代人は女神さまと近しい関係だったのか。ナイさまは女神さまの神々しい雰囲気を気にする様子はない。魔術具で女神さまのオーラを抑えて、俺たちはどうにか周りに侍ることができていた。
「女神さまが降臨なされ、そして自分の目の前にいるなんて信じられませんよね」
「でもアストライアー侯爵閣下が関わっているからなあ……」
ユルゲンの言葉にナイさまだからなあと俺は返す。この言葉で解決している辺り、本当にナイさまは破天荒というか波乱に満ち溢れている人生を送っているというか。
「竜使いの聖女さまですからねえ。西大陸では知らない者はいないでしょうし、他の大陸の方々とも縁を持っていることは、本当に凄いことです。神さまの島から無事に戻ることができれば良いのですが」
「不安なことを言わないでくれ」
俺は無事にアルバトロス王国に戻って、フィーネさまに手紙を認め土産物を送ると決めているのだから。これから神さまが住まう島まで少しの時間を要する。一先ず島に無事に辿り着けるようにと、願わずにはいられなかった。