0949:前に進め。
大蛇さま、もといガンドさまが一晩で脱皮できたと報告のあった朝。まさか昨日の今日で脱皮を済ませるとは思わず、驚いたのが先ほどである。私たちは浜辺の魚人さんたちの様子を伺うべく、幼馴染組で歩いている。
休暇中なのに仕事のような気もするが、出会った縁だし、海竜さん……エーギルさんから託されたのだから、放置はよろしくないだろう。コテージを出て朝陽を浴びながら森の中の道を歩いている最中だ。私を先頭に後ろにはジークとリン、クレイグとサフィールにヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち、エル一家も一緒に浜辺を目指している。
「昨日はあまり話ができなかったから、仲良くなれると良いね」
私の肩の上に乗っているクロに視線を向けると、ぐりぐりと顔を擦り付けながら口を開いた。
『うん。いろいろ大変だったみだいだし、これからも大変だろうから仲良くなれると良いねえ』
クロの言葉に頷くと後ろを歩くみんなも小さく頷いている。毛玉ちゃんたちは暇なのか、私より先に歩いて行って鼻タッチを強請ったり、一番後ろに行ってヴァナルと雪さんたちに構って貰いながら元気に遊んでいた。
「住むところは今から作るんじゃあ大変だろうな」
「野宿は大変だからね」
クレイグとサフィールが貧民街時代を思い出しているのか、しみじみと言葉にした。貧民街時代、私たちが使っていた小屋に見知らぬ大人が占拠したことがあり、数日間野宿をする羽目になったことがある。雨が降らなかったので凌げたが、雨が降っていたらきつかっただろう。本当に綱渡りの生活をしていたものだ。
「慣れないと、疲れが取れないだろうな」
「いろいろ問題があるよね」
ジークとリンも野宿は大変だと認識している。行軍中の野宿は周りに人がいるので誰かに襲われる心配はない。けれど王都の貧民街での野宿は凄く不味い。新参者であれば貧民街に住む大人たちが囲ってボコって金目の物を奪い取るだろうし、まあ、もっと嫌なことを行動に移す人もいるわけで。
無駄話に花を咲かせていると、浜辺に辿り着いていた。陽が昇り始めて数時間が経っているので魚人の方は起きているはずと、小屋を建てる予定地に視線を向けた。
「あれ? ポチとタマがいる。どこに行ってたんだろう……」
ここ最近見ていなかったポチとタマが姿を現していた。ポチとタマは魚人さんたちと仲良さそうに、小屋建設のお手伝いをしているようだ。ガンドさまも魚人さんたちが心配なのか姿を見せている。胴回りが大きくなっているのは気の所為、気の所為。
「良かったじゃねえか。いないっつって心配してただろ」
「良かったね、ナイ」
クレイグとサフィールがポチとタマに視線を向けながら、小さく息を吐く。どこにいるか分かっていなかったし、島の中でなにをしていたのか気になるが無事に過ごしていたなら気にすることはないか。少し前まで自然界で生きていたのだから、サバイバル能力は長けている。
「うん。じゃあ魚人さんたちの所に行ってみよう。いろいろと話が聞けると良いけれど」
私が声を上げると、みんなが頷く。止めていた足を再び動かして、魚人さんたちの下へと歩いて行く。砂浜を踏みしめる感触を楽しんでいれば、魚人さんたちとポチとタマが私たちに気付いて作業している手を止めた。
『聖女さま~!』
『久しぶり!』
ポチとタマがぴゅーっと私の前に走ってきて、顔を撫でて欲しいと首を伸ばす。久しぶりに会った安心感と共に手を伸ばすとポチとタマは気持ちよさそうに目を細めた。
その間に魚人の代表さんがゆっくりと私たちの下へと歩いてくる。彼に気付いたポチとタマが顔を上げて、走って後ろに回り込み『聖女さまだよー!』『お話しよう~!』とコミュ力抜群な陽キャの方のような発言をしていた。
「お邪魔をして申し訳ありません。なにかお手伝いできることはないかと、こちらへお伺いに参りました」
私は魚人の代表さんに礼を執り、お土産として持ってきた島の果物を彼に渡す。話によると魚人の方は、個人の好き嫌いはあるものの、なんでも食べると聞いている。差し出した果物の入った袋を受け取ってくれ、目の前の彼は柔らかい顔になった。
「ありがとうございます。陸の竜のお方が手伝ってくれているので、力仕事は楽をさせて頂いておりますよ」
小さく笑った代表さんが仲間の魚人さんに果物が入った袋を手渡した。建材はダークエルフさんたちから譲り受けているし、小屋の建築に困ることはないそうだ。生活に必要な備品も亜人連合国の皆さまが用意してくれるようで、日常を過ごすのに問題はないと教えてくれた。
代表さんの言葉を受けて、ポチとタマがえっへんと胸を張って顔を空に向け息を強く吐いた。褒めて欲しかったようで、撫でてーと無言で要求されるので代表さんの話を聞きながら手を伸ばす。
「お手伝いは必要なさそうですね。亜人連合国の皆さまと懇意にさせて頂いております。ナイ・アストライアーと申します。アルバトロス王国で侯爵位を賜っております」
「失礼な発言となってしまいますが、人の身でありながら海竜殿に名を授けておられました。ただならぬ御仁と我々は判断しております」
代表さんが言葉を続ける。彼らは、力の強い他の魚人に追いやられ住む場所を失ったそうだ。彼らを追い出した魚人は横暴に振舞っており、お魚さんたちも逃げているとのこと。
海の環境が変わってしまうと海の王さまに嘆願しても無視されて、ほとほと困っていたところを海を護っている竜のお方、エーギルさまに願い出て新天地を探していた。エーギルさまは海の王さまの命により海を護っているのに、不思議なこともあるものだ。
「この場所が終の棲家となれば嬉しいのですが……まあ、亜人連合国と島の主のご許可があればですが」
『ずっと住めば良い!』
『誰も追い出さない~!』
代表さんの不安そうな声にポチとタマがケタケタと明るく声を上げる。
「だそうです」
私は魚人の皆さまの不安が少しでも和らぐならば、小さく肩を竦めて冗談めかした。代表さんも空気を読んでくれて明るい表情になる。
「彼らは懐っこいですね。我々も助かっております。しかし地上には多くの竜がいらっしゃるのですね。貴女さまの肩に乗っている竜も、後ろのお二人の肩にいる竜も、代表殿たちも竜とお聞きしています」
竜の皆さまは結構な勢いで増えているし、ヴァナルと雪さんたちも毛玉ちゃんたちを産んだし、エルとジョセも次を考えている。グリフォンさんの卵さんもいつ孵るか分からないが、卵さんが増えたので二頭孵るし、侯爵家はまた騒がしくなりそうだ。
ユーリもすくすくと成長しているので、楽しみなことは沢山ある。まだ小さいので無事に育ってくれるか不安はあるが、恐れていては前に進めない。
『あることが切っ掛けで竜は増えているからねえ。嬉しいことだよ~』
クロが嬉しそうに声を上げると、代表さんがそれは良いことですとクロに声を掛ける。ヴァナル一家とエルとジョセ一家とグリフォンさんとも挨拶を交わしており、穏やかに交流を終えた。どうか無事に彼らの居場所が確保できるようにと、トンカンと音が鳴る浜辺で魚人さんたちの未来を少し語り合った。
◇
アルバトロス王国に戻るまであと一週間弱となっている。
俺はコテージの宛がわれた部屋の上のベッドで寝転んでいた。ナイさまは来年も南の島に赴く計画を立て、俺たち全員を誘ってくれている。既に亜人連合国の方には許可を得ているそうだ。国へ戻ればフィーネさまと会える時間はほぼないと言って良い。というか来年、島に赴くまでは手紙のやり取りのみとなるだろう。
なんだか織姫と彦星のような関係であると考えてしまったが、付き合ってもいないのに傲慢な思考だ。というか俺の気持ちを彼女に打ち明けて、彼氏彼女の関係を少し考えて貰っても良いのではなかろうか。そして本当に織姫と彦星のような関係になってしまう前に、いろいろと物事を進める方が建設的だろう。
「ジークフリードに兄貴風吹かせたいなら俺が先に進まなきゃな」
誰もいないことを良いことに割と大きな声を出してしまった。部屋の扉は閉まっているし、窓を開放しているものの外に人はいない。ふうと大きく息を吐いてベッドから起き上がる。
どうにもジークフリードの不器用な歩みを見ていると、応援したくなってしまう。アルバトロス上層部もジークフリードの行動を知っているので、外務卿であるシャッテン卿やハイゼンベルグ公爵閣下が裏でなにやら動いていると小耳に挟んでいる。
ナイさまは恋愛の『れ』の字にすら興味を示していない。女性ならば恋バナに花を咲かせそうなものだが、貧民街で大変な時期を過ごしたことで避けているようにも見えてしまう。真実は分からないが、とにかく俺はジークフリードの背を押したいのだ。
「って、自分のことが先!」
フィーネさまと俺が付き合うにしろ、アルバトロス王国と聖王国という国の壁がある。それを打ち破るには今の地位では少々頼りないが、他国の女性と付き合ってはならないというルールは存在しない。
ベッドから降りて、部屋の壁にある鏡の前に立ち身だしなみを整えた。フィーネさまと会えると良いのだが、高確率で彼女はイクスプロード嬢と一緒にいる。告白するには接触する機会を増やして、フィーネさまが一人の時を見計らうしかない。護衛の方に願い出れば、俺たちの話を聞けない場所にまで下がってくれるはずだ。
よし、と気合を入れて部屋から出る。
女性陣は隣のコテージで過ごしていた。ナイさまは朝から魚人の所に顔を出して、様子を伺ってくるから今の時間は留守である。ハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢も島の探索に出掛けているので、あとはフライハイト嬢とリヒター侯爵家の聖女さまとフィーネさまとイクスプロード嬢だけである。
談話室で会えると良いが、俺だけが顔を出せば不思議に思われてしまうだろうか。考え込んでも仕方ないし、なるようになると覚悟を決めて歩を進める。
ごくりと息を呑んで隣のコテージへと入り、談話室を目指した。流石に貴族のお嬢さまと聖女と聖王国の要人が過ごす場で、護衛がいないというのはあり得ない。
部屋の前には各家とアルバトロス王国と聖王国から派遣されている、騎士が警護に就いていた。彼らに頭を下げて談話室の中へと進む。外に出掛けていない女性陣は談話室にみんな顔を出しており、俺の登場で部屋で会話が止まった。申し訳ないと心の中で謝罪を入れ、目的の人の名を告げる。
「フィーネさまはいますか?」
いつもより声が高くなったかもしれない。そして心臓の音もやけに煩い。
「エーリヒさま、如何なさいました?」
フィーネさまはソファーに腰を掛け、顔を俺に向けた。いつも通りの様子であるが、俺の誘いに乗ってくれるだろうか。
「少し話があるのですが……お時間よろしいでしょうか?」
「構いませんよ。どちらで?」
綺麗に笑みを浮かべた彼女が小さく首を傾げた。
「少し外を歩きましょう」
そうして彼女を誘って、外へと連れ出すことに成功する。まあ、護衛の方が離れた位置に付いてくるだろうけれど……こればかりは立場のある人間にずっとついて回ることだと苦笑いになるのだった。






