0944:リベンジ釣り。
フィーネさまが作った納豆サンドは衝撃だった。好きなものを悪く言うのはアレだけれど、苦手な人間からするとちょっとドン引きである。エーリヒさまも納豆が苦手なのだが、食べられないことはないので挑戦していた。
勇者だなあと感心しつつ、アリアさまとクレイグとサフィールの面々を見ると、クレイグが妙に緊張している。サフィールはいつも通りなのだが、なんでクレイグが緊張しているのだろうか。アリアさまはとっつきやすい方だし、身分的にもあまり問題はない。クレイグがお互いの身分を読み違えるはずはないのにと私は首を傾げていた。
そして現在……アルバトロス王国の王都では、大きな衛星の片方の模様が変わったことが大騒ぎになっているらしい。
アルバトロス上層部に出した手紙に申し訳ございませんと記しておいたが、陛下たちは大変な思いをしているかもしれない。島から戻ったら果物やなにかお礼の品を差し入れしようと考えている。
騒ぎになるのは予想済みだから各国にも連絡を入れるようにお願いしたのだが、どうなっているのやら。やってしまったことは元に戻せないし、ごめんなさい行脚をしろと命じられれば行くしかないのだろう。
気持ちを切り替えて。今日は前にやった釣りのリベンジをしようとなった。
前回はフィーネさまが黒鯛を一匹だけという寂しい釣果に終わったので、今日は是非とも大漁となれば良いのだけれど。釣り竿代わりに錫杖の先に糸を垂らそうと考えたが、流石に変なものを釣ってしまえば事後処理が面倒である。諦めて普通の木を加工して、釣り竿を新たに作った。リールはないので釣れたら手で手繰り寄せるつもりである。そのための手袋も用意したし、岩場から蟹やゴカイを採って餌も準備完了だ。
「よし。今日は釣ろうね」
ふん、と息を吐いて幼馴染組に声を掛けた。
「釣れると良いな」
「本当にね」
クレイグが全く期待していない顔で答え、サフィールも彼と同様に釣れないと思っているようだ。
「運次第だ。気長にいこう」
「ナイ、頑張ろうね」
ジークとリンは私にフォローなのかフォローでないのか微妙な声掛けである。みんなテンション低くないかなと首を傾げると、私の肩の上に乗っているクロが顔を擦り付けてきた。
『大きいお魚が釣れると良いねえ』
「うん。沢山釣って沢山食べたいね。そうだ、クロはお魚は食べられるの?」
前に釣ってお魚を焼いた時は遠慮しておくと言って食べなかった。彼らは雑食と聞いているけれど、果物以外を食べているところを滅多に見ない。
『焼けば食べられるけれど、やっぱり果物の方が好きかな。甘い方が好みだよ』
どうやら生魚は駄目で焼き魚は普通、果物の方が好みのようだ。無理して食べなくても良いかと、クロの顎下を指で撫でると嬉しそうに喉を鳴らす。とはいえこれで話が終わるのは面白くない。
「お子ちゃまだねえ」
『ナイだってお菓子を嬉しそうに食べているじゃない。ボクのことは言えないでしょ』
揶揄ったつもりが、クロに揶揄い返されてしまったと肩を竦め海の磯部まで移動を開始する。今回の面子は幼馴染組のみだ。他のメンバーは探検も飽きたし、ロッジでゆっくりと過ごすと言っていた。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちもロッジでまったり過ごすそうだ。エルとジョセ一家とグリフォンさんも外でまったりと過ごすとのこと。そういえば、ポチとタマは一体どこに行ってしまったのだろう。
島から出るなら一声かけてねと伝えているが、自由気ままなポチとタマである。どこか遊びに行った可能性も高いはず。まあ自由に遊べるのは良いことだし、危ない目に合えば飛んで帰るはず。
森を抜け浜辺を歩いて行て暫く、ようやく磯辺に辿り着いた。足元が悪くジークとリンが私の手を引いてくれる。偶につるっと滑るのだが、どうしてジークとリンは確りと立っていられるのだろうか。鍛えている上に体幹が強く、私を抱えても余裕そうにしているのが羨ましかった。岩場の足元が良い場所に立ち、竿を投げようとした時だ。
「妙なモン釣るなよ、ナイ~」
クレイグが揶揄いを含む声で私を見ている。彼はぽりぽりと後ろ手で頭を掻いているので、多少は心配も含まれているようだが。
「クレイグ、期待しているの?」
私はそんな彼に、口の端を伸ばしながら答える。妙なものを釣れる可能性は低いだろう。そもそも釣れるのであれば前回、海に糸を垂らしていた時に引っ掛かっているはず。それがなかったので安心しても構わないはずだ……たぶん、多分。
「ちげーわ! 本気で変なものを釣るなと俺は心配してんの!」
クレイグがそう言って言葉を続ける。彼曰く、前はエーリヒさまとフィーネさまとアリサさまがいたから妙なものが釣れなかったのでは、と。今回は幼馴染組だけで遊びにきているので、なにか起こりそうな予感がして仕方ない、と。
「流石にもう大丈夫だよ。だって空飛び鯨さんは前に助けたし、釣るって一体なにが釣れるの?」
釣れてもお魚さんが精々だし、そもそも妙な生き物が釣り針に引っ掛かるはずはない。クレイグの顔を見ると言葉に詰まったようで、少し考える様子をみせた。
「……クラーケンとか海に住む竜とかか? なにせ強くてやべー奴だよ。ナイは引き寄せるだろ」
クラーケンって大きな烏賊だっけ。ダイオウイカとかと見間違えた可能性がありそうである。それにしても……。
「ねえ、クロ。海に住む竜なんているの?」
気になって私はクロに視線を向けた。クロもクレイグと同じように考える素振りを見せながら、長い尻尾を動かして私の背中をぺちぺち叩く。
『うん、いるよ。ボクは一度も会ったことがないけれど、見たって仔はいたねえ』
クロの言葉にそうなんだと返事をして、海へ竿を投げた。私の姿を見たクレイグが肩を竦めてサフィールとジークへ視線を移す。どうやら三人固まって釣りをするようで、リンが私の隣に立つ。
「リン、クレイグとサフィールとジークに負けないように頑張ろうね」
「うん。沢山釣ろう」
リンの顔を見上げると彼女がへにゃりと笑い、ネルが一鳴きする。二人とも――一人と一頭が正解か――可愛いなと見ていれば、クロがべしんと私の背中を尻尾で叩く。クロも仲間に入れて欲しかったようで、申し訳ないと顔を撫でると機嫌が戻る。
針に蟹を刺して竿を勢い良く振って、なるべく遠くへ糸を飛ばす。重りのお陰でそれなりに飛ぶけれどリンには敵わず、彼女は私の三倍近く遠くに飛ばしていた。
「凄いなあ」
「次に投げるのは私がやろうか?」
私が感心しているとリンが首を傾げながら問う。確かに最初の遠投を彼女に任せてみるのもアリかと私はリンにお願いをした。一投目は自分で投げた糸を暫く待ってみようと、竿を時折上げたり下げたりしながら魚のアタリを待っている。
魚が餌を突いている感覚が手に伝わるけれど、ぱくっと咥えてくれない。もうそろそろ糸を撒いて、餌を付け替えても良いかなと竿を上げた。
「あれ? 根がかりしちゃった」
私が投げた竿の糸が海底のなにかに引っ掛かったようだ。石なのか珊瑚なのかゴミなのか分からないが、竿を上げると糸が張り動かない。諦めて糸を切ってしまっても良いが、流石に海の中にゴミを残すのは気が引ける。
どうにか針が外れないかなと、竿を何度も上げたり下げたりを繰り返してみる。私の様子に気付いたリンが心配そうにこちらを見ていた。
「リン~凄いの釣れたよー星が釣れたー!」
心配そうにこちらを見ているリンに私は笑いながら冗談を投げる。クレイグが釣りを開始する前に言った言葉が現実になった。確かに星を釣れば凄いことである。よし、これ以上凄いものが釣れるものはないと竿を力一杯引き上げようとした時だった。
「あれ?」
素っ頓狂な声が私の口から勝手に漏れた。かくんと膝が落ちて岩の上に尻餅を付く。驚いたクロが私の肩から飛び上がって、顔の前で滞空飛行して顔を覗き込む。
『ナイ、大丈夫!?』
「ナイ!」
リンが竿を上げて慌てて私を抱える。クロとリンに視線を合わせながら、私の身に起こったことを伝えるべく口を開いた。
「ごめん、貧血と言いたいけれど……魔力を持ってかれた……酷くない?」
『前に一度繋がっているから、ナイの魔力は取り易いのかもしれないね』
私がむーと口を尖らせているとクロが仮説を立ててくれた。確かに島に向かって魔力を注ぎ込んだから私の魔力を感知し易いのかもしれないが、それにしたって声くらい掛けてくれれば良いものを。
声掛けがあれば魔力を練って今以上のものを渡せたはずである。まあ話の内容次第で渡したかどうかは分からないけれど……まあ、なにせ、予告なしの盗みは勘弁して欲しい。
「大丈夫なの?」
リンが声を上げると同時にクロが私のお腹の上に乗り、肩まで昇ってきた。こてんこてんと顔を左右に倒しながら、なにかを確認しているようだった。納得したのかクロは私に顔を擦り付けて、リンの様子を伺っている。
「うん、勝手に魔力を取られて驚いただけで大したことはないよ。その証拠に気絶していないでしょ」
リンが支えてくれていた手をやんわりと放して、私は立ち上がる。魔力を勝手に奪われて驚いたけれど、状況を理解出来たから身体と脳味噌が追いついたようで意識は確りとしていた。魔力もそれなりに減ったけれど遊ぶだけなら問題ないし、お城の魔力補填をお願いされても快諾できる。
「そうだけれど。驚いた……」
「ごめんって。星が釣れたーなんて冗談は言わない方が良いみたいだね」
リンと話していると、ジークが私たちに気付いたようでこちらへやってきた。
「ナイ、リン」
「ジーク、どうしたの?」
私とリンはジークと顔を合わせた。彼は少し気を張っているから、先ほどの場面をばっちりと見ていたのだろう。
「どうしたのじゃないだろう。ナイが地面に尻餅を付いていたが大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。なんだか勝手に魔力が取られて驚いただけだから。クロ曰く、以前に島に私が魔力を注いだから繋がり易くなっているんだって。さっき釣り針が海底に引っ掛かったから、それが切っ掛けみたい」
嘘は良くないので、私はなにも誤魔化さずにジークに説明をする。
「……そんなことがあるのか。クロが言うなら信じるが、本当に体調に問題はないんだな?」
「うん。お魚さん一杯釣りたいから、一回投げたくらいじゃ疲れないよ」
今日の目的はお魚さんを沢山釣ることだ。潮の満ち引きがあるので、干潮になるとこの場所で釣りができないからそれまでには釣果を上げたいところだ。
「分かった。調子が悪くなったら直ぐに教えてくれ。海と魚は逃げやしないんだ。また明日も出掛ければ良いだけだろう?」
「子供を諭すみたいに言わなくても」
ジークの言い方に私は肩を竦めながら苦言を呈した。
「ナイは無茶をするからな」
「ジークたちは釣れたの?」
いつもの返事だったので話題をすり替えてジークに問う。
「小さいのが何匹か。美味いと良いんだがな」
どうやらクレイグとサフィールとジークは既に釣果を上げているようだった。私たちはまだボウズなので頑張ってなにか釣らなければ、また自分で釣ったお魚さんを食べられない。フィーネさまが釣り上げた黒鯛のように大きなものは狙っていないが、手のひらサイズの塩焼きに丁度良い型を望んでいる。お刺身は、温かい気温と寄生虫が怖いので食べていない。
「良いなあ、釣れたのか。リン、私たちも頑張ろう」
私はジークからリンへと視線を移すと、リンがへなっと笑った。
「うん。でも無理しないでね」
「分かってるよ。根がかりしないように気を付ける」
ジークとリンが釣りを続行させてくれたのは私の顔色がいつも通りだったからだろう。悪ければ、撤収を告げて私を抱えながらロッジに戻っているのだから。ジークが小さく笑うとクレイグとサフィールの下へと戻って行った。
リンと視線を合わせて根がかりしている竿を持ち、もう一度引き上げると針が海底から外れたようで回収できた。良かったと安堵して、今度はゴカイを針に付けてリンが海に投げ入れてくれた。ぽちょんと音を立てて水中へと沈んでいく仕掛は、時間を掛けて海の底に辿り着いたようだ。ゆっくりと竿を上げ下げして、泳いでいるお魚さんを誘う。
『殺気が強いような……』
クロが私の肩の上でぼそりと呟く。殺気をだしているつもりはないし、釣れて欲しいなと願っているだけである。
「そんなつもりはないのに」
「気長に頑張ろう、ナイ」
リンの声に頷けば、針に反応が現れる。何度かちょこんちょこんとあたりがあって、次の瞬間にぐっと竿が持っていかれる。よっしゃ! と声を上げそうになるのを我慢して、私は竿を引き上げた。
「掛かったー!!」
できれば獲ったどーと言いたいけれど、それは釣り上げてからの話である。ぐぐぐとしなる竿に私の口の端が伸びていく。これ、フィーネさまが釣り上げた黒鯛より良いサイズなのではなかろうか。
竿のしなりが半端ないし、力も強い気がする。惜しいことは、私の力が足りなくて糸がどんどん沖へと持って行かれていることだ。強化魔術を自分に施せれば、自力で釣り上げることができたのにと心の中で悔し涙を流す。
「大きそうだね。ナイ、頑張って!」
リンが期待の眼差しで私を見るので、バレる訳にはいかないと必死に竿を上げて糸を撒いているのだが、お魚さんとの駆け引きは相手の方が一枚上手のようだ。
「リン、助けてー!」
もう無理だと判断してリンに助力を願うと、彼女は待っていましたとばかりに私の背に回って後ろから両手を伸ばして竿を支えてくれる。
リンの力が凄いのか、それとも魚が弱ってきたのか糸を撒く早さが上がる。どんどんとお魚さんとのご対面が近づいてくると、心臓をドキドキさせていると魚影が見えてきた。かなり大きなサイズというのが今の段階でも分かる。さて、もう少しと気合を入れるのだった。
【お知らせ】以前に書いた通り4/17~5/15まで投稿をお休みさせて頂きます。5/16~再開いたしますので、申し訳ありませんがよろしくお願い致します!┏○))ペコ