0940:一週間経過。
島にきて一週間が過ぎた。今日で共和国の研修生組と魔術師組がアルバトロス王国へ戻る。副団長さまたちは浜辺に出現したお屋敷の研究を戻ってやるらしい。
大蛇さまに島の食べ物や果物をお土産として持って帰って良いか聞いてOKを頂いたので、研修生と副団長さまたちは割と大きい荷物を持つことになった。皆さま喜んでくれているので良かったと安堵しているのだが、副団長さまが凄く喜んでいるのは意外だった。
なんでも奥方さまの機嫌を取るのに丁度良いらしい。夫婦仲が壊れないように副団長さまは動いているから、仮面夫婦とかではないようだ。奥方さまがどんな方なのか気になるけれど、他人さまのお家に干渉するのは憚られる。一先ずお別れをしようと、ロッジの外に出てみんなで森の中の道を歩き、砂浜へと辿り着いた。
飛竜便の竜の方を背に立つ共和国の研修生と私たちアルバトロス組と聖王国の面々と亜人連合国の方が対面し、私はアルバトロス側の代表として一歩足を踏み出した。
「皆さま、短い期間でしたが息抜きができたなら嬉しいです。アルバトロスに戻れば、また勉強漬けの日々となりましょう。あまり無理をなさらずに」
島に滞在中は彼女たちと話す機会は少なかった。侯爵位を持つ私が共和国の研修生と一緒に過ごすのは気を遣うと、着かず離れずの距離を取っていた。
その代わりアリアさまとロザリンデさまが彼女たちの面倒をみてくれていたし、フィーネさまとアリサさまも魔術に関して手解きをしていた。同性同士という気安さもあるのか距離を詰めることができたようで、プライベートの時間でも会話を交わすところを目にした。
立場が高すぎるのも問題だけれど適材適所なのだろう。プリエールさんたちが息抜きできれば良いのだから。少し日焼けしている研修生たちを見て私が笑えば、プリエールさんが研修生の代表として半歩前に出る。
「アストライアー侯爵閣下、ありがとうございました! 一週間、貴重な体験をさせて頂き感謝致します!」
彼女がおもいっきり頭を下げ、勢い良く姿勢を元に戻す。首が取れるよと言いたくなるが元気な証拠だろう。研修生の他の面々もプリエールさん同様に良い顔をしているから、特に問題はなかったようだ。みんなを誘って良かったと安堵していると、今度は副団長さまが半歩前に出る。
「聖女さま、この度はご一緒させて頂きありがとうございました。また機会があれば訪れたいものです。あと手紙も確りと届けますので」
副団長さまたちは浜辺のお屋敷で見つけた資料を持ち返り、当時の文化や風土を紐解くそうだ。魔術以外にも歴史やらいろいろと調べているようなので、本当に興味の範囲が広い。
「陛下の許可をきちんと取ってくだされば大丈夫ではないでしょうか? 手紙、よろしくお願い致します」
大蛇さまは島の生き物を無駄に殺生しなければご自由にというスタンスだし、亜人連合国のディアンさまたちも特に咎めることはないだろう。
あとは副団長さまたちがはっちゃけないように陛下の許可があれば、島にいつでもこれるはずだ……もしかして私がなにかやらかすことを期待しているのだろうか。
手紙は私がやらかした件を記してあり、あとは起こるであろうことを書いておいた。陛下方であれば、きちんと対処してくれるはず。そして私は、にこにこ顔の副団長さまの横に立つ猫背さんに視線を向けた。
「せっかく治ってきているので、過度な引き籠もりはしないでくださいね」
「……分かった。頑張る」
猫背さんが私の言葉に小さく頷く。素直に納得してくれているが、興味を引けば研究室に引き籠るのだろう。魔術師団に常駐しているわけではないので、誰か止められる人がいれば良いのだが。
副団長さまは彼に命の危険があるからと連れ出しただけなので、猫背さんが元気な間は放置しそうである。大丈夫か心配になるが彼も大人だ。自分のことは自分でやらなければならないし、私が四六時中張り付いているわけにもいかない。こうして忠告に留めておくのが精一杯だと苦笑いをして、共和国の研修生と魔術師の皆さまが竜の方の背に乗る姿を見ながら竜の方から少し距離を取った。
竜の方が大きな翼を広げて、ゆっくりと高度を上げていく。プリエールさんたちが懸命に手を振っているので私たちも手を振り返した。下から見送る機会は少ないので新鮮だなあ。竜の方が小さくなるまで見送りを続け、私たちはロッジへと戻るのだった。
――お昼がきた。
今日のお昼のメニューは新鮮なお魚さんを使ったムニエルにサラダとパンとスープというものだった。アルバトロス王国ではお魚さんは干物くらいしかないので、料理人さんのセレクトは嬉しい限りだ。クロとアズとネルには果物を用意してくれており、彼らは夢中で食べている。
美味しい美味しいと食べていると、ポポカさんが談話室で『ポエー』と間抜けな声を出している。彼らはグリフォンさんの卵を抱えているのだが、このままグリフォンさんの卵が孵らなければどうしようか悩み中である。
グリフォンさんはお好きにどうぞというスタンスで、このままポポカさんたちが育てても問題ないし、私が彼らから卵さんを奪ってアルバトロス王国に戻っても良いとのこと。一生懸命卵を温めているポポカさんたちから卵さんを奪うのはかなり気が引ける。偽卵を用意しても良いのだが、ずっと温めているポポカさんたちが可哀そうだ。
「ナイ、どうしたの?」
リンが首を傾げながら私に問う。彼女の声に釣られて、クレイグとサフィールとジークが私を見た。
「変な顔になってるぞ」
「大丈夫?」
「どうしたんだ?」
三人揃って不思議そうにしているものだから、その姿がおかしく思えてつい笑ってしまう。大したことではないと告げて、ポポカさんたちの今後はどうなるのか気になっていると変な顔になっていた理由を伝えた。
「お昼からなにするの?」
私は話題を変えて、お昼からなにをするのか男性陣に聞いてみる。他の方々は各々好きなことをしており、私は関知していない。大体、女性陣と男性陣に分かれて好きに動いているようだけれど。
「こっちにきて一週間が経ってるからなあ。島の探検は飽きてきたし、どうしたもんか」
「森の中は随分と歩いたからね」
「ゆっくり過ごすのも良いかもしれないな」
クレイグとサフィールとジークが悩みつつも答えてくれる。特に決めていないので、その場のノリでなにか始めるけれど初日よりも勢いがない。
「あ、海で泳ぐのは? みんな泳げないよね?」
私はふと思いつく。リンとは泳いだけれど、クレイグとサフィールとジークは海で泳いだことがない。そもそもアルバトロス王国は内陸部で、川があっても小川か大河である。王都は水路を築いて生活水は確保されているし、王都近郊で泳げる川はない。一生泳げなくても問題はないが、レジャーとして覚えても損はないだろう。運動にもなるし。
「あの大量の水の中に入るのか?」
クレイグが目を丸く見開いて驚いている。水の中で動くという行為が信じられないようだった。
「怖いのクレイグ」
私はクレイグを見てにやりと笑えば、彼は口の端を釣り上げる。
「……ナイ、喧嘩売ってんのか?」
「違うよ。客観的事実を言っただけ」
ああん、とメンチを切るクレイグに私はふっと笑って言葉を放った。
「よっしゃ。泳げるようになってナイを見返してやる!」
クレイグは椅子から勢い良く立ち上がり、島の浜辺へと行こうとする。サフィールとジークが苦笑いをし、リンが行こうと私に手を差し伸べた。そして私の肩の上に乗るクロが『ナイは意地悪だねえ』としみじみと呟いて、顔をすりすりしてきた。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも海に行くかと聞いてみると、彼ら彼女らも着いてくるそうだ。ちなみにヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちも泳げないので、私が教えることとなる。
着替えを持って浜辺に移動して、さっそく海の中に入る。着衣で泳ぐのは危ないけれど水着がないので仕方ない。男性陣は上半身裸でも大丈夫だし、私とリンは彼らの半裸など気にしない。今更見ても『きゃ!』とか可愛らしい声を上げたところで、気色悪いと言われるのがオチなのだ。
みんなで膝下の位置まで海の中に入る。ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちは波打ち際で戯れていた。クレイグとサフィールとジークに泳ぎ方をレクチャーしてから、毛玉ちゃんたちに泳ぎを教える予定である。ちなみにロゼさんは泳げなくても問題ないからと言って私の影の中にいる。ロゼさんは粘性生物だから水が苦手なのかもしれない。
「クレイグ、顔を水に浸けられる?」
「……いや、無理だろ」
私からクレイグは視線を外した。彼は勢いで泳ぐと言ったものの現場にきて怖気づいたようだ。
「じゃあ、そこからだね。ジークとサフィールはどうする?」
先生役を担うなら、真面目に生徒と向き合わねばならないだろう。地味に妙な顔になっているクレイグから、ジークとサフィールの顔を見る。
「僕はとりあえず海の中に入ることを慣れないと。顔を浸けるのは怖いなあ」
「リンの話だと、慣れれば直ぐに泳げるようになると聞いたな。とりあえず顔を浸ける練習をしてみる」
とまあ、海に慣れてない面子は初歩の初歩から始めることとなり、リンと私が講師役を務めることになった。やはりジークが一番早く泳ぎをマスターして、顔をどうにか海に浸けられるようになったクレイグもゆっくりと泳いでいる。
サフィールは少し時間が掛かったけれど、先に泳げるようになったジークとクレイグによってコツを受け、ようやく海の中を泳いでいる。慣れてくると息継ぎや潜水にと順を追って、難易度が高いことも伝えてみた。リンは以前に潜水まで覚えているので新たに教えることはないが、彼女であれば遠泳や素潜りもできそうである。
「お魚さん、銛で突けると嬉しいけれど、潜水は難しいんだよね」
海に潜ってお魚さんを突くなら、釣りをするより確実に採れそうである。漁業権とか気にしなくて良いし食べる分には取り放題だ。海は綺麗で澄んでいるから潜り易いけれど、深く潜るのは私には無理である。
「そうなの?」
リンが私の隣で首を傾げる。ジークたちは泳げるようになって、三人の中で誰が速く泳げるか競争していた。
「身体、浮かない?」
「どうだろう。一応、沈んでくれるよ。あとは息がどれくらいもつか、かな」
リンの言葉に羨ましいと返して、毛玉ちゃんたちの下へ行く。クロは犬かきならぬ竜かきで泳いでいるけれど、アズとネルは経験が足りなくて毛玉ちゃんたちと波打ち際で遊んでいた。
「みんなも泳いでみる?」
私の声に毛玉ちゃんたちが一鳴きして、順番に海の中へと入る。松風と早風が勢い良く海の中に入って、ばっしゃばしゃと水しぶきを豪快に上げながら、四本の脚を必死に動かして泳いでいる。
「もっとゆっくり動かしてみて。大丈夫、沈まないから」
松風のお腹の部分に手を伸ばして補助をする。私が腕を伸ばしたことにより安心したのか、言葉通りに松風はゆっくりと脚を動かし始めた。私は様子を伺いながら腕に入れている力を抜いていく。
松風はそのことに気付かないまま、ゆっくりと脚を動かしてぱしゃぱしゃと泳いでいる。隣でも早風がリンの手解きを受けながら、同じように泳ぎ方をマスターしていた。
慣れると自由に二頭は海を泳いでいるので、次は椿ちゃんたちの番だと海の中へと誘った。これまた勢い良く派手に水しぶきを上げながら、豪快な犬かきをしている。そんな姿に苦笑しながら、松風たちと同じように手解きをすれば直ぐに泳げるようになっていた。
そうしてヴァナルも海の中へと入って、綺麗な犬かきを披露している。浜辺では雪さんたちが『見事な泳ぎです』『仔たちも頑張りました』『私たちは遠慮しておきます』と言って、泳がないようだった。
お昼から続いた水泳講座は夕方になり終了を迎える。泳げるようになったとドヤ顔になっているクレイグの後ろに、毛玉ちゃんたちも泳げるようになったとふふんと顔を上げて歩いている。
「楽しかったなら、なにより。今日はぐっすり眠れるよー」
若いから疲れていなさそうに見えるけれど、泳ぎは結構体力を使う。私も同様に直ぐに寝落ちするのだろうなと笑って、ロッジに戻るのだった。
予約投稿忘れておりましたorz






