0094:指名依頼。
もうすぐ一学期も終わるという日の始業前、唐突に私の机の前に立ったセレスティアさま。
「ナイ、お話があるのですが少し時間を頂いてもよろしくて?」
着席したままだと失礼なのでゆっくりと立ち上がって礼を執ってから口を開く。
「構いませんが、今でしょうか」
もうすぐ予鈴が鳴るし、長い話ならば中途半端で終わってしまうだろう。少し考える様子を見せたセレスティアさまが開いていた鉄扇を閉じ、私を見下す。
「そうですわね、ではサロンを一室借りましょう。申請しておきますので、放課後そちらで」
「わかりました」
また礼をして別れて席へ着くと予鈴が鳴り、やる気のなさそうな教諭が教室へとやって来て、朝のホームルームの時間が訪れるのだった。
そうして昼休みも過ぎて午後の授業も終わった放課後。セレスティアさまの隣には何故かソフィーアさまが。
話の内容に関係があるからジークとリンを借りたサロンへと呼ぶために、マルクスさまが使いっ走りにされていた。セレスティアさまに尻に敷かれているなあと、教室を大股で去っていく彼の背中を見つめ、小さくなった頃に二人に向き直る。
「では参りましょうか」
「はい」
特進科前の廊下を真っ先に出ていくセレスティアさまを少し遅れてソフィーアさまが追い、私も後に続く。
高位貴族のご令嬢が闊歩している所為なのか、学院生たちが自然と道を譲り廊下の端へと寄る。本当にお貴族さまの階級って顕著だ。私が一人で歩いていたらこうはならない。
二人の御威光に預かりながら、早足で歩く。二人の足が長い所為か、同じ歩数で進んでも距離が空いてしまう悲しい事実に、チクリと胸が痛む。
「こちらですわ」
とある一室の前で立ち止まるセレスティアさまがドアノブに手を掛けて扉を開く。蝶番の音は全く鳴らないまま部屋へと踏み入れると、学院が手配している侍女の人がいろいろと用意をしてくれていたようだ。
セレスティアさまが一番初めに入り、続いてソフィーアさま。最後に私が、侍女の人たちに黙礼をしつつ部屋の中へと私も入る。侍女の中には行儀見習いとして働いている貴族の人もいるから気が抜けない。
「お茶の準備を。――そうですわね、四人分よろしくお願いいたしますわ」
四人分ということは、ジークやリンは勘定に入っていないようだ。交流を深めたいというのならば、二人の分も用意するのが普通。これは仕事の話になるのかなと考えつつ、セレスティアさまが指示した席へと座る。
「二人を連れてきたぞ、セレスティア」
「マルクスさま、ご苦労さまです。――ジークフリードさん、ジークリンデさん……突然の呼び出し申し訳ございません。本日は聖女さまにお話があって、お二人にもこちらに来ていただいた次第ですわ」
最近貴族籍になった二人だからか、他の人たちの接し方に少し変化があるような気がする。以前ならもう少し乱暴な物言いで後ろに控えていろと言われただろう。
「はっ」
「はい」
話の内容から察した二人は私の後ろに回り込んで、後ろに並ぶ。二人の扱いに物申したい所だけれど、仕事の話ならば仕方ないと頭を振る。そうしているとずかずかとこちらにやって来たマルクスさまが、どっかりと乱雑に椅子へと座る。
「マルクスさま、もう少し優雅に振舞えませんこと?」
侍女の人からそれぞれ紅茶を置くと、礼をして退室していった。お茶を淹れ終えれば、戻るシステムのようだ。おかわりの際はどうするのだろうか。貴族の人が自分で行動を起こすことは滅多にない、と机の上に目を向けると呼び鈴が鎮座しているのでそれで呼び出すのかと、一人で納得。
「いいじゃねーか、学院なんだし」
「今から話す内容は領地の話となります。きちんとした態度で向かうべきでしょう」
「そりゃそうだが……わかった、わーったよ!」
ギロリとセレスティアさまに睨まれてたじろぐマルクスさま。そんな二人を横目で見つつ、侍女から差し出された紅茶を口にしているソフィーアさま。色濃い面子だよなあと感心しつつ、私を呼び出した本人の言葉を待っていると、ようやく夫婦漫才から抜け出したセレスティアさまが私に向き直る。
「正式な依頼は後日教会へ出すのですが……聖女ナイ、長期休暇を利用してどうかヴァイセンベルク辺境伯家の領地と寄り子の方々の領地の魔物討伐に同行して頂けませんか?」
そういえば以前、セレスティアさまのお茶会に誘われた時、ご令嬢方が魔物討伐の依頼が多くなっているとため息を零していたけれど、それと関係があるのだろうか。
「教会を経た依頼となれば私に否やはありません、セレスティアさま」
私の言葉にホッと胸を撫でおろしている彼女。いついかなるときも優雅に、感情はなるべく表には出さずが基本だから、お貴族さまが息を吐いている姿を人前で見せるのは珍しい。
依頼となれば教会から聖女のお仕事として、従軍し魔物討伐へ繰り出すことになる。そういえば久方ぶりなので、持っていくものとかチェックをしないと、なんて考えているとセレスティアさまが私を窺いつつ口を開いた。
「辺境伯であるわたくしの父の名で後日教会へ指名依頼を出す予定ですの。学院でこうして顔を合わせているのですから、先にお知らせしておいた方が良いと思いまして」
確かに何も言われないよりは印象は良いだろう。私はお仕事になるので気にはしないが、他の聖女さまでお貴族さま出身の人なら文句くらいは言い放ちそうだ。
「お気遣い感謝いたします。――そういえば以前のお茶会で魔物の出現が増えているとご令嬢の方々が仰ってましたが、それに関係が?」
「よく覚えていましたわね。直ぐに話題が切り替わったというのに……」
「偶々です。仕事柄、騎士団や軍に同行しますので情報は手にしておいた方が何かの役に立つ可能性もありますから」
なんとなく、これ以上魔物の出現が増えれば間引きの為、教会や王家に依頼が行くだろうと予測はしてた。まさかセレスティアさま本人からこうして依頼を頂くとは考えていなかったが。
「確かに。――わたくしも当事者として参加いたしますし、マルクスさまも腕試しと実戦経験を兼ねて参加します」
お貴族さまにとって情報は大事なものである。時には大金を生み出すかもしれないし、時には醜聞となって家格を落とすことになる。
「私も参加させてもらうぞ。辺境伯閣下に許可は頂いているからな」
「本当、ソフィーアさんはお暇なのですね」
「ああ。――だが、以前より充実しているよ。城では見られなかった光景が映るかもしれんしな」
セレスティアさまの嫌味を奇麗に受け流すソフィーアさま。
彼女は王子妃教育を受けていたから、学院が終わった後は直ぐに王城へ出向いていたけれど、最近は別のことに注力しているようだった。何をしているかは分からないが、以前『やりたいことがある』と言っていたので、それに関することだろう。
けど、魔物討伐に同行するのは意外だ。
セレスティアさまは自分の領地のことだし、マルクスさまは婚約者の領地だし騎士として経験を積みたいのなら納得できる。
閉じてしまった王子妃以外の道を模索して足掻いているのかもしれないと、ソフィーアさまを見た瞬間。
――あれ、長期休暇……下手をすれば魔物討伐で潰れてしまう可能性が出てきてる?
疑問が頭をよぎり、私のささやかな楽しみも閉じてるじゃないか……聖女ってある意味社畜だよなあと遠い目になるのだった。