0939:探索開始。
数日前に見つけた浜辺の遺跡に足を運び、今から中へと突入する。突入と表現すれば危ない所へ踏み込むような感じが湧くけれど、未知の場所だから用心するに越したことはない。
トラブルが起きるので遺跡探索には赴かないつもりだったが、報酬として提示されれば致し方ない。
なので念のために錫杖を持っている――私が魔術を放つと遺跡ごと消滅しそうではある――し、護衛にジークとリンもいるし、亜人連合国から力自慢の獣人さんとダークエルフさんも護衛でいる。副団長さまと猫背さんと魔術師三名もいるし、ソフィーアさまとセレスティアさまとギド殿下とマルクスさまも一緒であった。
ちなみに声が録音できる魔術具は割と簡単に制作できたが、取り扱いが難しいという話になった。
長時間録音できるものは諜報活動に向いており、一般に流通させると大変なことになると判断が下った。なのでフィーネさまに手渡された魔道具は五秒から十秒程度録音できるもので一度の使用制限が付与されている。それでも需要はあるようで、フィーネさまは嬉しそうに笑っていた。誰かのために動けることはフィーネさまの魅力的なところだと感心していると、彼女は共和国の監督者に手渡していた。
録音した魔術具は定期便で共和国へと運ばれて送り主から送り先へと渡る。思い人だけではなく家族や友人への連絡を入れ、メッセージを聞いたあとの魔石は回収される。貧民の方々は文字が読めない人が多く、共和国側も連絡手段として丁度良いとなり研修中はある程度配達代を負担してくれるとのこと。
既存のシステムである定期便を使っているので、安く済む上にお願いすれば相手方から研修生にもメッセージが届けられるように仕組み作りをするらしい。
悪用されることもあるので監視付きではあるが、連絡手段がないのは寂しいし今回は良いきっかけとなったのだろう。フィーネさまの懐からも副団長さまたちに報酬を払うことになっているので、彼らの下には一体いくら入るのやら。
「さて、皆さま。準備はよろしいでしょうか?」
副団長さまが代表して声を上げた。にこりと笑っている彼の瞳は面白いものがありますようにと輝いている。私は私で平穏無事に探検を終えますようにと願っているのだから、彼とは相反していた。
「はい」
「大丈夫、行こう」
私と猫背さんが代表して副団長さまに返事をする。砂浜にちょこんと出ている人工構造物は建物の天井辺りだろう。殆どの部分を砂浜の中に埋もれているので、中はどうなっているのやら。遺跡にある窓らしきものから侵入して中へと入れば、砂は全体に侵入しておらず歩ける空間が十分に確保されている。
「凄いですね。砂に埋もれているのかと思えば随分と奇麗ですし……」
私は感嘆の声を上げた。外から見た感じは小さな建物という印象だったが、中に入ると随分と広い。廊下であろう部分と各部屋への扉があり、以前は誰かが住んでいたようだ。
時折、天井から滴り落ちる水に驚きながらも、みんなで進み部屋があれば確認を行いながら、奥へ奥へと進んでいる。珍しい丁度品や武具に絵画が飾られており、今現在の美術品や刀剣類と比べると趣が少し違って面白い。特に魔術に関することがなくて、副団長さまたちは少しがっかりしている。私は逆に変な物がなくて良かったと安堵しているのだから、彼らとの温度差が凄い。
「魔術でお屋敷の中が汚れないようにしているようです。砂が入っていないのはソレのお陰かと。調度品から察するに、お金持ちのお屋敷か貴族のお屋敷だったようですねえ」
副団長さまが廊下を歩きながら声を上げる。彼が見つけたかった品がないので好奇心が少し下がっているようだった。まあ、発見した遺跡から世紀の大発見がポコポコと出てくるのが異常なので、今日の遺跡探索が普通なのではと感じてしまう。
「普通のお屋敷のようですね。しかし島に誰か住んでいたとは」
私は周りをきょろきょろと見渡しながら呟く。以前発見した遺跡で島に人が住んでいたことは分かっているが、見つけた遺跡は神殿とか特別な場所という意味合いが強く取れた。しかし今いる遺跡、というか古い建屋は普通のお屋敷のようである。人の営みの形跡があり、ここでは誰かが日常を送っていたのだとうかがい知れる。
「大分昔のようですよ。今現在流行っている絵画とは随分と趣が違いますから」
副団長さまの言葉になるほどと頷き、お屋敷の一番いい部屋に私たちは進んだ。おそらく屋敷の当主部屋だ。立派な机に応接用の椅子があり奥の部屋にはベッドがある。本当にお貴族さまのお屋敷だなと視線を動かしていると、副団長さまが机の中を漁り始めた。
「おや? 日記のようですね。マメにつけられているので、当時の生活を紐解けるでしょうか」
そう言った彼はペラペラと日記の項をめくる。内容を読んでいないように見えるが、速読しているのだろう。所々で副団長さまの手が止まるのは、気になることが記されているからだ。
「黒髪黒目の方についての記述がありますね。時代的には五百年ほど前でしょうか。その頃から黒髪黒目の方は珍しく崇められていたようですよ」
僕たちにその感覚は良く分かりませんが、と副団長さまが言葉を付け足した。確かにアルバトロス王国に住んでいると黒髪黒目は珍しいと思われる程度だ。ただ東大陸と南大陸へ赴けば、黒髪黒目のお方と崇められる。ということは、この島は東か南大陸の影響を強く受けていたのだろう。面白いなと聞き耳を立てながら家探しを続ける。
「黒髪黒目は女神さまの血を引く者、もしくは女神さまの奇跡を体現できる者であると……北大陸のさらに北にある小さな島には神々が住み、四大陸を創造した女神たちの父神がいるとか」
そういえば南大陸の女神さまは大陸の方々と関わりを持って――神罰とかの類――いるけれど、北と西と東大陸を創造した女神さまは、あまり人間と関わろうとしていない。
東大陸の黒髪黒目は女神さまの生まれ変わりで、数々の奇跡を起こすと言い伝えられているけれど、北と西では女神さまと黒髪黒目の伝承は存在していない。私はむーと唇を尖らせて、良く分からない世界だなあと目を細めた。
「どうやら日記を書かれた方は女神さまについて研究をしていたか、信仰に篤い方のようですねえ。頻繁に四人の女神さまについて記されています。あと黒髪黒目の信奉者でもあるようです」
副団長さまが日記を読み終え私に手渡してくれるが、中を読む気にはなれなかった。机の上に日記を置いて奥にある寝室へと足を進める。アルバトロス王都の子爵邸とそう変わらない寝室のはずなのに違和感を覚えた。
「なにか変な感じが……」
『魔素が多い気がするね』
私が感じた空気の違いはクロによると魔素濃度の変化のようだ。でも魔素の濃度を変化させそうな物はないと首をきょろきょろと動かして、なんとなくベッドの枕を剥いでみる。
「あ、魔石がある。どうしてこんな所に……」
私は拳ほどの大きさの魔石を手に取って枕の下に拳銃を仕込んでいるようだと、まじまじと魔石を見つめた。しゅばっと横に副団長さまが立って私の手元を覗き込む。
「大きいですし質も良いですねえ。おや、術式が仕込まれているので魔道具の類のようです」
副団長さまの言葉に感心していれば、魔石が妙な音を立てて私の魔力を奪っていく。
「おやおやおや。魔石は自動的に魔力を吸い取りましたか。魔道具を作った方の実力がうかがい知れますねえ……聖女さま、随分と魔石に魔力を供給したようですが平気なので?」
驚きながらも副団長さまは感心していた。私も私で彼の言葉に驚くのだが、魔力を奪われたとしてもあまり感じていなかった。
「あまり減った感じはしませんね。副団長さまが驚かれるほど減ったのでしょうか?」
「僕が対象であれば気絶していたかと。聖女さまが羨ましいです」
副団長さまは魔術師として十分に魔力を有している方である。そんな方が気絶するほどの魔力を奪われているというのに、私が平気な状態なのは本当に魔力量が増え過ぎているようだ。とりあえず身体に異常はないし、日常生活も普通に送っているので心配する必要はないだろうが、いろいろと気を付けないとあとで大変なことになりそうである。
「この魔道具の使い方は分かりますか?」
「少しお待ちくださいね。術式を解読してみましょう」
私の質問に副団長さまと猫背さんが魔石を持って、なにやら二人で話し込み始めた。邪魔をしては悪いと私はベッドから離れて寝室の中をウロウロと歩く。
「聖女さま」
「はい?」
副団長さまに呼ばれて私は彼らの下へと行く。魔石に仕込まれた術式を読み解けたようで、猫背さんが嬉しそうな顔になっている。魔石には映像と音声が保存されているようで、起動ができれば再生できるそうだ。
かなり長時間の記録が可能なようで、副団長さまと猫背さんが感心している。昨日、彼らが開発した音声記録の魔術具の参考になると喜びながら、魔道具を起動してくれた。
拳ほどの大きさの魔石を床に置くと、魔道具が輝いて3Dホログラムのような映像が浮かび上がった。五百年前の方がこんなことを思いつくなんて凄いと映像に視線を向ける。
『今、私を見ている者がいるならば随分と未来に生きているのだろうな。もし女神信仰が薄れているならば私の話を聞いて欲しい。四つの大陸を創造した女神がどれだけ凄い方々であるかを、未来永劫に伝えて欲しいのだ』
年若そうな男性の姿が浮かび声まで流れてきた。彼は大陸の女神さまを信仰し、女神が引き起こした奇跡を調べていたとのこと。彼はアイドルの熱狂的なファンのように思えてならないが、大陸を創造した女神さまは大事な存在であり、信仰の対象であり、研究の対象でもあった。
一目会いたいと願い北大陸の端に存在するという小さな神々の島を目指して旅に出て、戻ってこれなかった場合に備えてこの魔石を残したと。彼が目指す場所へ辿り着けなくとも後悔はないらしい。彼が気になるのことは、どうして女神さまと同じ容姿である黒髪黒目を作り出したのかが気になっていたそうだ。戻ってこれなかったので彼の疑問が解消されることはなかったのだろう。
『私が死んだとしても構わない。なにせ神々の島の近くで死ねたのだから。きっと私は女神さまの寵愛を受け、神の御許へ辿り着いているはずだ』
そう考えられるなら、彼は望んだ死を迎え後悔も残さず逝けたのだろう。葬送儀式を執り行った魔術師の方のようにはなっていない。彼は女神さまに会えないことを悟っていながら、巡礼の旅に出たのか。
『私がいない未来でも女神信仰が残っていることを願う』
最後に言い残して映像はそこで途切れた。
「女神さまの熱狂的な信者の方でしたね。東大陸では黒髪黒目信仰が残っているので、彼の望みは叶っていますが……変質しているような?」
「時代が変われば価値も変わりますよ。五百年前の信仰がそのまま続けられるというのは中々難しいことですからねえ」
私の疑問に副団長さまが答えてくれた。確かに五百年も同じ信仰が続くのであれば、それはおそらく閉鎖的な場所でないと無理そうだ。その後は特に発見できたものもなく、魔術書が見つかることに期待していた副団長さまたちは気落ちし、私はなにも発見できなかったことに安堵の息を吐くのだった。