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0938:録音魔石。

 ――南の島生活五日目となった。


 副団長さまと猫背さんとプリエールさんたち共和国の皆さまはアルバトロスにそろそろ戻る予定である。副団長さまと猫背さんは仕事の収穫があれば滞在を延長すると言っていたが、特にこれと言った発見には至っていない。


 私たちが見つけた浜辺の遺跡の調査は最終日に探索を行うそうだ。砂浜に埋まっているので、探索は難しそうだけれど確認はしておきたいとのこと。


 ちなみに私が全力の魔術を放って星の模様を変えたことは、やはりアルバトロス王国や各国で話題となり、陛下と外務卿さまが国内と国外に通達を行ってくれた。そして私がやったことと知るや不安は収まったというのだから、大陸各国の皆さまには一体どう思われているのやら。いろいろな噂が流れていそうで、怖くて聞けていない。


 そして今現在。ロッジの談話室でフィーネさまに呼び止められた私は、彼女の真剣な眼差しに威圧されている。なにか妙なことを私がやらかして、フィーネさまが怒っているのだろうかと心配になる。私の後ろにはリンが控え、ソフィーアさまとセレスティアさまも一緒に控えているので外交問題に発展すれば即対応できる、はず。


 「ナイさま……とても、凄く真面目なご相談があります」


 フィーネさまが背筋をピンと伸ばし、いつもより強い視線を私に向けてくる。向けられたものは敵意ではないが、なんだか真面目な雰囲気であり彼女にしては珍しい。彼女の隣に静かに座るアリサさまは苦笑いを浮かべていた。


 「話を聞くだけならタダですし、内容次第で動きますが……一体、どうなされました?」


 話を聞くだけなら問題はない。夏休みというプライベートな時間だから、政治的な話をしようが私的な話をしようがスルーを決め込むこともできる。なにか動かなければならない案件だとなれば、急いでアルバトロス王国に帰還して関係各所に連絡を入れる。さて、フィーネさまの真面目な相談とやらはなにかなと私も彼女と同じように背筋を伸ばした。


 「ヴァレンシュタイン副団長さまに、声を録音できる魔石を作って欲しいのです!」


 「はあ」


 フィーネさまの声に私は拍子抜けする。どんな大問題が起こったのかと身構えていれば、副団長さまに魔術具の制作依頼を出したいという可愛らしいものだった。普通に副団長さまを捕まえてお願いすれば、作成依頼を受けてくれるのではないだろうか。

 

 「む。興味がなさそうな顔をしないでください! 良いですか、ナイさま。これは乙女の一大事ですよ!」


 「と言われましても、まったく話が見えてこないのですが……」


 フィーネさまは椅子からお尻を上げて私に顔を近づける。というか、声を録音できる魔石となれば諜報用に作られていそうだ。難しく考える必要はなさそうだなと考えていると、フィーネさまの顔が遠ざかりぽすんと椅子に彼女のお尻が沈んでいる。

 

 「共和国の研修生の中に、気になる殿方を国に残している方がいらっしゃいます」


 「はあ」


 「その研修生は手紙を出したくても、お相手の方は文字の読み書きができません! でも声でならやり取りが可能ですよね!?」


 「そうですね」


 「という訳で、ヴァレンシュタイン副団長さまに魔道具の制作をお願い致したく!!」


 フィーネさまが言いたいこととやりたいことは理解した。


 「ならフィーネさまが直接副団長さまに声を掛ければ良いのでは? 私を通さなくても問題ない気がしますが」


 私が副団長さまを経由せずとも、フィーネさまが直接彼に声を掛けてお願いすれば良いだけである。もしくは共和国の研修生が副団長さまに直接お願い……は難しいか。流石に身分差があるので、なにか特別な理由がないと無理だった。


 「ナイさまが塩対応です! えっとヴァレンシュタイン副団長さまがナイさま以外の女性と話している所を見たことありますか!?」


 「ありますよ。ソフィーアさまとセレスティアさまと会話を交わしておられます」


 フィーネさまの疑問に私は答える。普通に彼のお二人と言葉を交わしているし、私とも喋っているし、副団長さまには奥方さまもいるから女性不信ということはあるまい。

 私の背後でソフィーアさまとセレスティアさまが『彼女の言いたいことはそうじゃないのでは』『わたくしたちは除外してくださいまし。単に師弟関係ですもの』と言いたそうだ。確かに副団長さまが仕事以外の関係で女性と話しているところは見たことないかもと考えを改めるが、少し遅かったようでフィーネさまが眉間に皺を寄せて厳しい顔を浮かべている。


 「…………! ではアプローチの仕方を変えましょう」


 今、フィーネさま微かに舌打ちをしたような。銀髪で小柄な美少女が舌打ち……一部の方に需要はありそうだが、聖王国の大聖女さまとしてその態度は如何なものか。まあフィーネさまは大聖女をきっちり務めているので、プライベート故の態度だろうけれど。

 

 「気になる男性と離れてしまえば不安は募ります。それが思い人であれば尚更でしょう。そんな恋焦がれている女の子を見て、ナイさまは助力したくなりませんか?」


 確かに好きな人と離れると不安は募るかもしれないが、恋を成就させるには周りだけが盛り上がっても仕方ない。当人同士が頑張らなければ、幸せは掴めないし長い時間ときめきを維持することも難しそうだ。


 「どうでしょうか。生きていれば振られることもありますし、自然消滅することもあります。お付き合いをしていないなら、相手の心は誰に向かおうと自由ですし……」


 「ナイさまぁあああ! どうして貴女はそのように淡泊な考え方をしているのですか!? 恋する女の子を応援したくないんですかぁ!? ないんですねえ!?」


 私の言葉にフィーネさまが長くて綺麗な銀糸の髪を掻き毟る。そんなにおかしなことを言ったつもりはないのだが、フィーネさまは甚くご立腹のご様子で。


 「応援する気持ちはありますよ。でも頑張らなければならないのはご本人ですしね」


 「それはそうですが、こう一緒に盛り上げようとか、恋の話を一緒にしたいとかありませんか?」


 フィーネさまから視線を外して部屋の四隅の一角へと変える。私自身から誰かを好いていて気になると、他の方に話すことはない。聞かれれば答えるけれど、まあ口にはしないはず。


 誰かが困っていれば話を聞いたり、助言するくらいはするが、それ以上手を出すことはないだろう。前世の職場で、スマホアプリを通じ海外の男性と惚れた腫れたと話していた女性同僚の話をうんうん聞いていたことがある。少しというか、随分と浮かれた状態で話をしていたし、話を聞いて欲しいだけで私の意見を求めているとかはなく、単に女性同僚に今起こっていることを誰かに聞いて欲しいだけの様子だった。

 聞く耳を持てていない状況だと判断した私は彼女の話を全て聞き入れ、うんうん頷くだけの全肯定お話聞きマシーンに徹していた。そして女性同僚は他の社員にも同様のことを話し、自分の思い通りに事態が展開しなければ腹を立てていた。

 

 私は海外男性と繋がろうとする彼女に結婚詐欺ではと言いたかった。でも言った所で恋に恋している同僚には無意味だし、不貞腐れて仕事をしてくれなくなっても困る。


 「私の経験上、その手の話を聞くと大体面倒なことになっているので……」


 学生時代も恋の話を聞くことはあったが、面子が面子だっただけにDVの話とか浮気されたとか、避妊してくれないとかであった。


 「例えば?」


 「結婚詐欺ではと思える案件や不倫話とかですね」


 あれ? 私、恋愛関係で良い話を聞いたことがないかもしれない。不倫相手が病気で亡くなり寂しくて三人目の子供を作っちゃったテヘペロ、という話も大概であるし、三人目の子供は旦那の血を引いているのかと聞けなかったチキンな私も大概である。


 「ナイさま……恋は素敵なものですよ! 女の子の栄養素です! そんな枯れた話をしているから、ナイさまにはときめきが湧かないのです! というかナイさまを思う方がいるのであれば、その方が可哀そうなのですが……!?」


 ふんすと力説していたフィーネさまが私に微妙な視線を向ける。なんだかいたたまれないので席から立ち上がり、とりあえず副団長さまを探してみようと誤魔化した。机の上でグリフォンさんの卵を温めているポポカさんがこてんと首を傾げる。邪魔してごめんねと彼らに視線を向けたあと、副団長さまの下へと向かうためみんなで部屋を出た。


 「副団長さまを知りませんか?」


 私は部屋を出て見つけた下働きの方に声を掛けた。


 「ヴァレンシュタイン卿はダークエルフの方々の拠点に向かったはずですよ。確かファウストさまも一緒だったかと」


 下働きの方は私たちの洗濯物を抱えながら教えてくれる。副団長さまたちはダークエルフさんたちに魔術か魔法を教えて貰うのだろう。

 

 「ありがとうございます。私も拠点に赴いてみますね」


 「承知致しました。お気をつけて」


 私はお礼を告げてその場から歩き始める。フィーネさまとアリサさまも下働きの方に頭を下げて歩き始めた。リンとソフィーアさまとセレスティアさまも一緒にくるようだ。

 ロゼさんは副団長さまと一緒に行動しているようで私の影の中にいない。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも私たちの後ろを歩いている。ロッジを出て、ハンモックに揺られているクレイグとサフィールにお出掛けしてくると伝えれば、ジークも護衛として一緒に行くとのこと。森の中の道を抜け、ダークエルフさんたちの拠点に辿り着く。


 「おや、訪問の予定はなかったはずですが、どうなされましたか?」


 ダークエルフのお姉さんが私たち一行を見つけて声を掛けてくれる。


 「突然申し訳ありません。ヴァレンシュタイン副団長がこちらに赴いていると聞いて足を運んでみました」


 「彼ならダリアとアイリスと魔法が得意なダークエルフと話し込んでいますよ。ご案内しましょう。こちらへ」


 私がダークエルフさんに訪問理由を話せば、彼女は手を伸ばして進むべき場所を示してくれる。副団長さまは魔術と魔法談義に花を咲かせているようだ。ダリア姉さんとアイリス姉さんを少し困らせているようなので、彼が一体どんな話をしているか気になるところではある。

 とあるロッジに案内されて中へと促される。部屋の扉をダークエルフさんがノックもせずに開くと、副団長さまと猫背さんとダリア姉さんとアイリス姉さんとダークエルフさん数名がテーブルを囲んでいた。


 「ナイちゃん~どうしたの~? こっちにきてくれて嬉しいな~」


 「あら、連絡なしでナイちゃんがくるのは珍しいわね。どうしたのかしら?」


 アイリス姉さんとダリア姉さんが迎え入れてくれた。案内を担ってくれたダークエルフさんにお礼を告げると、気にしないでと言い残して部屋を出て行く。


 「すみません、副団長さまに話がありまして」


 私が副団長さまの名前を上げるとダリア姉さんとアイリス姉さんが口を尖らせる。


 「ええ~! どうして私たちじゃないかなあ」


 「そうね。お姉さん悲しいわ」


 残念そうに言っているけれど、お二人が冗談で告げているのは伝わった。


 「ダリア姉さんとアイリス姉さんも聞いて欲しいです」


 苦笑いで私が告げると、アイリス姉さんが私の肩をくるりと回してテーブルに導いてくれた。他の方もダリア姉さんが案内をしてくれて、フィーネさまが私の席の隣に腰を下ろす。

 

 「えっと魔術具か魔法具の制作依頼をお願いしたいのですが」


 「おや。聖女さまの発想は独特ですので、どのようなものがお望みなのか気になりますね」


 私の声にふふふと副団長さまが笑みを深め、猫背さんがこてんと首を傾げる。


 「ナイちゃん、魔法具に興味あったっけ~?」


 「あまり利用していないわよね?」


 アイリス姉さんとダリア姉さんが疑問を呈す。確かに私が魔術具や魔法具を望む機会は少ない。特に不便を感じていないし、今ある品でも十分に便利だから。あ、でもお魚さんを保存するクーラーボックスは欲しい……って話が逸れる。


 「今回は私ではなく、聖王国の大聖女であらせられるフィーネさまが望まれております」


 「あら。それで、どんなものがお望みなのかしら?」


 私がフィーネさまに視線を向けると、ダリア姉さんとアイリス姉さんに副団長さまと猫背さんとダークエルフさんの視線が彼女に注がれる。フィーネさまは驚きつつも背を伸ばして声を上げる。


 「あ、は、はい! えっと文字の読み書きができない方と交流を持てる方法を模索していまして、声自体を記録できる魔法具か魔術具があれば嬉しいなと!」


 彼女は続けて共和国の研修生の話を語った。私が先ほど聞いた内容と変わらないものだけれど、皆さまに状況が伝わったようだ。確かに文字の読み書きができない方々が連絡手段を持てる。

 ただ高額になってしまうとお財布事情が大変だろう。あーでも、その辺りは声が録音できる量を調節すれば良いのか。十秒間でも録音できれば大事なことは伝わるはずだし、一文字に意味を込めれば暗号のように利用できるから。


 「なるほど。面白いわね」


 「魔法で声が届くから、その発想はなかったなあ~」


 「以前、作ったことがあるので問題はないですねえ。ですがそれだとかなり高価な代物に……ああ、録音できる時間を短くすれば良いでしょうか」


 副団長さまがふむと頷いた。そういえば北大陸の勇者さまが起こした事件の時に副団長さまに録音魔石を作って頂いていた。すっかり忘れていたけれど、副団長さまはきっちりと覚えていたようだ。


 「できると思う。あとは術式をどう組むかだけ」


 四人とダークエルフさんたちが話し込んでいる。話を持ち掛けた私たちはスルーされているが、どんどん話が決まっているようだ。なんだかんだで彼ら彼女たちは仲が良いなあと見守っていると、直ぐに完成できそうだと教えてくれた。

 流石に彼らに対価を払わないのは違うと報酬の話を持ち掛ける。副団長さまと猫背さんは、私たちが浜辺で見つけた遺跡の探索に同行すること、ダリア姉さんとアイリス姉さんとダークエルフさんたちは王都のお店についてや私がもう少し頻繁に顔を出して欲しいと願う。そんなことで良いならと快諾して、魔石の話はお開きとなったのだった。

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