0937:あっさりと。
エル一家と一緒に森の中に入っていたグリフォンさんが戻ってきた。エル一家に戦闘力というものは皆無なので、鋭い爪と嘴を持つグリフォンさんが護衛役というわけだ。談話室の窓からちょこんと顔を出したグリフォンさんは、目を細めてポポカさんたちを見つめている。
『おや? わたしの卵を気に入って頂けたようでなによりです』
グリフォンさんが私の説明を聞いた第一声だった。さらに続けて、ポポカさんたちが卵さんのお世話をするのは問題ないとのこと。グリフォンさんは托卵を推奨しているので、ポポカさんたちと大喧嘩にならなくて良かったと私は安堵の息を吐いた。私がグリフォンさんの首を撫でているとエルとジョセが窓の隙間から、ポポカさんたちに視線を向けている。
『お可愛らしいですね』
『小さき者が更に小さき者を守る姿は愛おしいです』
エルとジョセもポポカさんたちを受け入れてくれている。天馬さまは敵対心がすこぶる低いので、仲良くできるなら受け入れてくれる種族だ。ぶっちゃけエルとジョセに卵さんを預ければ温めてくれたはず。
そんな見守り部隊をポポカさんたちは『ポエー!』と鳴いて、近寄るなオーラを醸し出していた。私は問題ないようで、ポポカさんたちのお腹の下に手を伸ばして卵さんに触れることを許してくれている。敵対する判定が曖昧だなあと苦笑いを浮かべていると、ソフィーアさまとセレスティアさまが窓から顔を覗かせ、ギド殿下とマルクスさまが彼女たちの背後に立つ。
「まあ、なんということでしょう! グリフォンの卵を鸚鵡が抱くだなんて!」
セレスティアさまが凄く嬉しそうに声を上げる。私は彼ら彼女たちに事の経緯を伝えた。
「ロッジの中で育てるなら問題は少なそうだが……王都に戻るまでに卵が孵らなければどうするつもりなんだ、ナイ?」
ソフィーアさまが首を傾げて私に問う。王都に戻る日がくるまでポポカさんたちに托卵の托卵をしようと決めている。戻る日になればポポカさんたちの意思に任せるつもりだ。
彼らに対して通訳はクロが担ってくれるし、ポポカさんたちがアルバトロス王国に移住することもあるだろう。移住は大蛇さまと亜人連合国の皆さま次第であるが、数が減っているなら場所を移動して増やす活動を行っても良い訳で。ソフィーアさまに私の意見を伝えると『分かった』と彼女が頷き、ギド殿下とマルクスさまがお嬢さまお二人と入れ替わりで窓から談話室を覗いた。
「種族を越えて愛情を注ぐ姿は凄いな」
「グリフォンが孵った時、喰われるんじゃねえか?」
目を細めたギド殿下が感慨深そうに呟き、マルクスさまが首を捻ると横に立っていたセレスティアさまの鉄扇を持つ腕が動いた。刹那のあと『スパン!』と良い音が響けば『いってえ!』と悲鳴に近い声があがる。
その光景を見たクレイグとサフィールが驚いているけれど、いつものことだと伝えると『そうか』『そうなんだね』と直ぐに納得してくれた。ツッコミは野暮だし、マルクスさまの失言であると判断したようだ。
「そういえば、森でなにか見つけられましたか?」
私は探検組がなにか発見していないか気になって、ソフィーアさまとセレスティアさまに聞いてみる。
「珍しい動植物には沢山出会えますが、幻獣や魔獣の方々を目にすることはできませんでした」
「新たな遺跡は見つからないままだな。一応、アルバトロスで育てられそうな食物は確保しているが」
愉快なお嬢さまと真面目なお嬢さまはお互いに顔を見つめ肩を竦めると、苦笑いになって視線を私に戻した。森の中で新たな発見には至っていないようだ。一応、以前に発見した遺跡は魔術師の皆さまと亜人連合国の皆さまの手に寄り、隅々まで調べられた。
「先ほど、反対側の砂浜で遺跡がちょこっと出ているのを発見しました。興味があれば行ってみてください」
私は発見した遺跡を彼女たちに伝えておく。興味があれば赴くだろうし、副団長さまたちが嬉々として調べるのは決定しているので彼女たちが知っても問題ないだろう。亜人連合国の皆さまも知っているし、大蛇さまも動植物のこと以外は口を出さない方針だ。
「ナイは行きませんの?」
「私が赴くと、罠に掛かって皆さまに迷惑を掛けそうなので遠慮しておきます」
セレスティアさまの言葉に私は苦笑いになる。ソフィーアさまが我慢をする必要はないのではと言いたそうな顔をしているが、私はみんなに心配を掛けたくない。あと世紀の大発見は勘弁して欲しい。
机の上で『ポエー』声を漏らしているポポカさんたちに笑みを向けると、彼らは雛鳥の様に『ポエ』と鳴いて嘴を開いた。
『お腹空いたって』
クロが私の肩の上で通訳を担ってくれる。担ってくれるのは良いのだけれど……。
「よくこれで生き残れていたなあ……」
私は小さく息を吐きながら少し呆れた声を出した。でも、クロとアズとネルも私たちからご飯を貰っているので、ポポカさんたちだけを責められない。セレスティアさまが窓枠を乗り越えて談話室に入ろうとして、ソフィーアさまに止められていた。
どうやら彼女はポポカさんたちの給餌を行いたいようだ。私は玄関からゆっくりきてくださいとお願いすると、ソフィーアさまが安堵の息を吐きセレスティアさまが消える。
『賢い証拠じゃないかな。人間の庇護下に入って、ご飯を望んでいるからね。普通ならやらないよ?』
「確かにそうだけれど……ポポカさんたちでご飯を取りに行くはずだったのに」
クロの声に私は溜息を吐いた。そうして直ぐにセレスティアさまが果物を抱えて姿を現す。魔獣や幻獣以外にも興味を持っているのだなと感心しながら、彼女は私にポポカさんに餌を与えても良いかと尋ねる。
彼女の問に私は構わないと返せば、ソフィーアさまとギド殿下とマルクスさまが遅れて談話室にやってきた。呆れ顔のマルクスさまはセレスティアさまを止める気はないようで、お二人の力関係が分かり易い。
「なにが喜ばれるのでしょう。ナイは知りませんの?」
セレスティアさまが首を傾げた。流石に昨日今日保護した鳥さんの味の好みは把握していないので、私はいろいろと試すしかないと質問者に答える。セレスティアさまは島で取れた果物を手に取り、嘴を開ける呆けた顔のポポカさんへと運んだ。
ポポカさんは咀嚼してごっくんと果物を飲み込むと、美味しかったのかまた嘴を開く。幻獣や魔獣以外に興味を示すセレスティアさまは珍しいような気がする。生き物を愛する心に貴賤はないから構わないけれど、彼女がポポカさんに大層興味を示しているのは少し不思議だ。辺境伯家で飼っている猫さんを大事にしているし、私の思い違いだろうか。
「嗚呼、お可愛らしいですわ! 大きな方々も素敵ですが、小さな者にも彼ら特有の可愛らしさがあります!」
セレスティアさまが嬉しそうに顔を緩める。私たちはいつものことだなあと彼女を見守りながら、お昼が過ぎ夕方を迎えた。ポポカさんは卵さんを交代で温めながら、ロッジの中で気ままに過ごしている。他の皆さまもポポカさんが居着いたことに直ぐに慣れているので凄く適応力が高い。
――そうして夜を迎え、静かなロッジでは穏やかな時間が流れていた。
談話室で女性陣が集まり姦しく会話を交わしている。男性陣は別のロッジで各々の時間を過ごしていることだろう。ロッジにあるウッドデッキで星を眺めていたフィーネさまとアリサさまが談話室に戻ってきた。お二人は首を傾げながら、部屋の中にいる私に視線を向けた。
「浮かんでいる星がいつもと違う気がするのですが、私とアリサの気の所為でしょうか?」
フィーネさまの言葉にまさか……と私の背中に冷や汗が流れる。今日のお昼、空高く昇って打った全力全開の魔術の件が今になって掘り返されるとは。私が真実を告げるべきか迷っていると、フィーネさまの言を確認しようと他の女性陣がデッキへと足を向ける。
私はリンにヤバいどうしようと視線を向けるけれど、彼女はゆるゆると頭を振るだけ。これはもう怒られるか、ドン引きされる覚悟を決めた方が良いだろうと私は全てを諦めた。
「星の模様が変わっています!」
「本当ですわね。しかし一夜にして変貌を遂げるとは。なにか凶兆があるというお告げでしょうか?」
デッキからアリアさまの驚きの声とロザリンデさまの不安そうな声が私の耳に届いた。クロは私の肩の上で『説明しないの?』と首を傾げている。私は椅子から重い腰を上げてゆっくりと歩き始めた。リンも一緒にきてくれるようで私の隣を歩いている。
「あまり良い予感はしないな。おそらく星を見た皆が気付く」
「王都の皆さまや他の国々の方々の不安を煽りそうですわね」
ソフィーアさまの真面目な声とセレスティアさまの今後の展開を予想する声が聞こえて、これは不味いと彼女たちの下へと私たちは辿り着く。
「あの……その件について話がありまして………………」
デッキに立った私はおずおずと彼女たちに手を上げる。
「ナイさま?」
「どうなされました?」
アリアさまとロザリンデさまが振り返り私を迎え入れてくれ、彼女たちの隣に立っているソフィーアさまとセレスティアさまが不思議そうに首を傾げた。
「珍しいな。ナイが言い淀むなんて……大丈夫か?」
「?」
お嬢さま二人が私と視線を合わせた。とりあえず理由を真っ先に伝えなければと私は意を決する。
「えっと星の模様が変わったのは、今日の朝に試し打ちをした私の魔術が原因です。放った魔術が消えずに星まで辿り着いたようなんです」
私が告げた事実は亜人連合国の皆さまか副団長さまに問い合わせて頂ければ証明できる。ぽかーんと口を開いている皆さまの中で一番復帰が早かったのはソフィーアさまだった。
「ナイが朝に陛下から賜った錫杖を使って試し打ちをすると知っていたが、そんなことが起こるのか?」
彼女は考える素振りを見せながら、流石に星の模様を変えるような事態が起こるのか頭の中で検証している様子であった。
「ソフィーアさん、ナイが嘘を吐くはずはありませんわ」
セレスティアさまが鉄扇を開きながら、ソフィーアさまに語り掛ける。嘘を吐いても得することはないのだが、
「ああ、いや。ナイの言葉を疑ってはいないが、本当にそんなことが起こるのかと疑問に感じただけだ。ナイの魔力量は底知れないし、事実星の模様が変わっているからな」
ソフィーアさまが顎に手を当てて考えながら、アルバトロス王国に連絡を入れた方が良いだろうと告げた。星の様子に気付いた方々の不安を煽ってしまうし、私が原因だと知れば納得してくれるはずだと。
どうやらお二人は『竜使いの聖女さまが全力を出した証』と噂を流せば不安を払拭できると踏んでいるようだ。彼女たちの話にアリアさまとロザリンデさまは納得しているし、フィーネさまとアリサさまも同様の連絡を聖王国へ直ぐに入れると仰っている。プリエールさんたち共和国の方々もできることなら、アルバトロス王国から共和国へと知らせて欲しいと願い出た。
話が大事になっているけれど、皆さまが私が起こしたことだと納得しているのが解せないと悲鳴を上げたくなるのだった。