0932:ポエー。
ハンモックに何度か嫌われながら、どうにか乗って本を読み始めた。クロは日向ぼっこが気持ち良いのか寝息を立てているし、リンも静かにハンモックの上で読書を楽しんでいる。少し汗ばむ陽気だけれど木陰になっているから、風が吹くと少し体感気温が下がって悪くない。
『ポエー』と鳴く気の抜けそうな珍妙な音が響き、鳴き声の正体が気になるものの森の中へ入るつもりはない。また『ポエー』と声が聞こえて今日は良く鳴くなあと本を読み進めている。ゆらゆらと小さく揺れるハンモックに眠気を誘われ目が落ちそうになるけれど、読んでいる本が丁度面白い所なのでかっと目を見開いて頑張っていた。
ふいに気配を感じて本から視線を離すと、毛玉ちゃんたちがこちらに向かってきている。彼らの後ろにはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの姿もあった。どうしたのかと私は身体を起すとバランスを崩してハンモックから滑り落ちる。
「だ、大丈夫、ナイ!?」
リンが声を上げ、慌ててハンモックから降りて手を差し伸べてくれた。私は彼女と視線を合わせて苦笑いを浮かべる。
「大丈夫。下が土で良かった、ありがとう」
私がリンにお礼を告げると、彼女はへなっと情けない顔になる。クロがうたた寝から目が覚めたようで、翼を広げて私の肩に飛び乗った。
『ナイはどうして落ちるんだろうね?』
クロは仕方ないと言いたげにぐしぐしと私の顔に顔を擦り付けると、毛玉ちゃんたちが私の周りを取り囲んだ。彼女彼らの口にはまん丸い鳥が加えられており、ジタバタと暴れもせずなにが起こっているのか理解していない間抜けな顔を晒していた。
『ポエー』
『ポエー!』
『ポエ~』
椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんが口に咥えている鳥が珍妙な声で鳴く。島に入ってから時折鳴いていたのは目の前の鳥たちだったようだ。情けない鳴き声に気が抜けそうになるが、毛玉ちゃんたちはどうして口に咥えて私の下へとやってきたのだろう。
松風と早風も真ん丸鳥さんを口に咥えているのだが、生きているので食べる気はないようだ。真ん丸鳥さんも真ん丸鳥さんでじっとしているし生存本能が薄い気がする。
「えっと……どうしてみんな鳥を口に咥えているの?」
私は毛玉ちゃんたちと視線を合わせるためにしゃがみ込めば、毛玉ちゃんたちは口を開いて真ん丸鳥を解放した。ぽてっと地面に落ちた真ん丸鳥さんは、ゆっくりと体勢を立て直して立ち上がるのだが逃げて行かない。
本当に危機意識が野生動物ではないのだが、大丈夫かと心配になってくる。真ん丸鳥さんは身体同様の真ん丸いつぶらな目を私に向けて、こてんと身体ごと顔を傾げた。
「飛んで逃げて行かない……」
私が驚きの声を上げると、リンも私の隣にしゃがみ込む。真ん丸鳥さんは警戒することもなく、リンの下にも歩き始めてこてんと身体ごと顔を傾ける。
「可愛い……かも? でも真ん丸だから、鳥にしては不細工な姿だね」
リンの声にソレはブサ可愛いというものではと思い浮かぶ私であった。リンの言ったとおり、真ん丸鳥さんは鳥なのに羽が分かり辛いし、空を飛ぶには随分とおデブちゃんである。飛べるのかなあと私が首を傾げると毛玉ちゃんたちも同じように首を傾げ、彼らの横に雪さんたちとヴァナルが並んでお尻を地面に落とした。
『鳥たちは、自然にできた洞の中に隠れていました。それを偶然この子たちが見つけました』
『逃げていかないので捕まえるのは簡単でしたよ』
『食べる気がないなら捕まえなくとも良いのですが、これも教育の一環かと』
雪さんたちの言葉に真ん丸鳥さんを見る。怪我も負っていないし、毛玉ちゃんたちは甘噛みしたままこの場まで移動してきたようだ。器用なことをと毛玉ちゃんたちを見れば、ドヤ! と顔を空に上げて褒めろと訴えている。
『逃げない。どうしてだろう?』
ヴァナルが微妙な顔をしながら声を上げた。よちよち歩く真ん丸鳥さんはヴァナルにもすり寄って、前脚の所にちょこんと挟まった。可愛いと思ってしまったのは秘密である。
「私たちが怖くないみたいだね。敵って認識されても良さそうだけれど……って膝の上に乗ろうとしてる。本当に警戒心がないなあ」
「ね。真ん丸で可愛いな」
私はリンと視線を合わせると、真ん丸鳥さんがどうにか膝の上によじ登ってきた。そうして身体を寝そべらせているのだが、真ん丸い身体の所為で寝ているのか起きているのか分からない。緑色の羽を撫でるとふわふわだし、真ん丸なのでお肉も多く身についている。食べたら美味しいのかなと首を傾げると『ポエー!』と上がったので、食べないで欲しいと抗議の声が上がったようだ。
『ちょっとお話聞いてみるね~』
クロが私の肩から飛び降りて膝の上の隙間に乗り移る。真ん丸鳥さんは竜が目の前にきたことで、ぴょえっと身体を跳ねて驚いた。その姿にクロが吃驚させてごめんねと謝りながら、なにやら話し込んでいる。
誰とでも意思疎通できるのでこういう時は有難いなあと長い尻尾をゆらゆらと揺らしているクロを見ていると、話しが終わって私の方にクロが顔を向けた。
『この仔たちは隠れて暮らしていたんだけれど、最近、島が騒がしいから驚いていたって。で、毛玉ちゃんたちに見つかったから食べられるのを覚悟していたんだって言っているよ』
「……迷惑だったかな?」
島を見つけて二年強経つのだが、島全体をくまなく調べた訳じゃないから未知の物があるはずとダークエルフのお姉さんが言っていた。どうやら真ん丸鳥さんも未知の生物にカウントされるようだ。迷惑を掛けて申し訳ないと真ん丸鳥さんの嘴の下を指で撫でると『ポエ~』と気の抜けた鳴き声が上がる。
『白い大きな蛇に狙われて隠れていたから、ナイたちが原因じゃあないはずだよ。ちょっと待ってね』
クロが気持ち良いみたいだよと教えてくれたので、暫く撫で続ける。羨ましそうに見ているリンと毛玉ちゃんたちの視線を浴びながら、クロの言葉を待った。
『怖い白い蛇も見なくなったから、島が騒がしいから興味が沸いて隠れていた所から出てきたみたい。好奇心が旺盛なんだけれど、弱いから直ぐに数を減らしちゃうって言っている……』
確かに好奇心が旺盛で人間の膝の上に乗っている。リンの膝の上にも真ん丸鳥さんが乗って気持ち良さそうにしているから、警戒心はゼロだし、なにかに捕まって食べられてしまうのも頷けた。
「もしかして怖い白い蛇は……大蛇さまのことかな?」
『どうだろうね。力を付けたから島の主は食べなくなったんじゃないかなあ。強くなると魔力がご飯替わりになるから、この仔たちを食べなくなった理由にはなるかな?」
大蛇さまが若かりし頃は真ん丸鳥さんを捕食していたようだ。自然に生きる生き物なので恨みつらみはないだろう。しかし、懐いているこの仔たちをどうしようか。保護するというのも変だし、とりあえず亜人連合国の皆さまに相談しようと膝の上の真ん丸鳥さんを抱えて立ち上がる。
リンも膝の上の真ん丸鳥さんを抱えて立ち上がった。残りの真ん丸鳥さんは毛玉ちゃんたちの背中にいそいそと乗って歩く気はないようだった。なんつー横着と言いたくなるけれど、もしかして真ん丸鳥さんの生態なのだろうか。毛玉ちゃんたちも嫌がっていないし良いかと黙っておき、ディアンさまたちがいるダークエルフさんたちの拠点を目指す。
コテージから歩くこと暫く、ダークエルフさんたちが住む拠点に辿り着く。森の中のコテージと同じ雰囲気だけれど、建屋の規模が向こうより大きい。私はディアンさまがいるコテージの扉の前に立って、扉を二度ノックし口を開いた。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいませんか?」
『ポエー!』
私の声と同時に真ん丸鳥さんも大きく一度鳴く。特徴的な気の抜けそうな鳴き声に私は苦笑いになってしまう。クロとリンが『元気だねえ』と感心していると、扉がゆっくりと開いてダークエルフのお姉さんが出迎えてくれた。
彼女の直ぐ後ろにはダリア姉さんとアイリス姉さんがいて、私に手を振ってくれている。お二人に笑みを浮かべて小さく会釈をして、ダークエルフのお姉さんと視線を合わせた。相変わらず見上げているのは、どうにかならないかと言いたくなるけれど。
「すみません、ご相談があってお伺いさせて頂いたのですが……」
「代表を呼びますね。中に入って少しお待ち頂けますか?」
ダークエルフのお姉さんに『もちろんです』と私は返して、部屋の中へと案内される。コテージの壁には弓矢や狩猟道具が飾られており手入れも行き届いていた。ダリア姉さんとアイリス姉さんによって応接室に通され椅子に腰を下ろすと、リンは私の後ろに控え毛玉ちゃんたちは床の上に各々お尻を落とす。ヴァナルと雪さんたちも床にお尻を付けるとディアンさまがやってきた。
「随分と懐かれたようだが……見たことのない種だな」
「私も見たことがないですね。飛べないようですが、本当に警戒心がありませんねえ」
ディアンさまに続いて、ベリルさまも部屋にやってきて真ん丸鳥さんを見下ろす。私の正面にディアンさまが椅子に腰を下ろして後ろにベリルさまが控えた。
「毛玉ちゃんたちが彼らを連れてきたのは良いのですが、逃げることもなく懐いてしまったようなので、どうすれば良いのかご意見を伺いに参りました」
「なるほど。彼らの好きにさせておけば良いだろう」
私の問いにディアンさまが答えてくれる。本当に好きにさせておいて良いのだろうか。このまま人間に慣れ過ぎて、自然の中で生きられないとなれば問題だ。
「ですがあまり人間に懐いてしまうのは……」
「島では無駄に命を奪わなければ構わない。強ければ生き延び、弱ければ淘汰される。人間に懐いて保護下に入り生き延びるのも一つの手だ」
ディアンさまが私を見て小さく笑う。確かに彼の言う通りではあるけれど……自然の中で育って欲しいと願うのは私のエゴなのだろうか。難しい問題だなと眉間を顰めていれば、ダリア姉さんとアイリス姉さんが私の横に腰掛けた。
「一緒に過ごすくらいは良いんじゃないのかしら? ご飯はお腹が空けば勝手に取りに行くでしょうし」
「彼らが選択したことだしね~。まあご飯は自前で用意できなきゃ問題だけれど暫くは様子見かな~?」
確かにご飯くらいは自前で確保して貰わないと困る。そういえば真ん丸鳥さんはこの五羽以外にも島にいるのだろうか。
『いるみたいだよ。いろんな場所に散らばって隠れているんだって』
私の疑問にクロが答えてくれる。なるほどコロニーを形成してそれぞれで暮らしていたようだ。ご飯は木から落ちた果物や地面の草花らしい。動きがゆっくりで虫や動物は捕まえられず、草食になったとか。本当によく自然の中で生きられたなあと感心しながら、大蛇さまにも報告しておこうとダークエルフさんの拠点から島の沼地を目指すのだった。