0930:後攻、男性陣。
うーーん。どうしてこんな状況になっているのだろう、と僕とクレイグは無言で顔を合わせた。
ナイ曰く、お風呂は裸の付き合いで交流を深める場所なのだそうだ。確かに服を全て脱いで一糸纏わず、みんなと一緒にお風呂に入るのは難易度が高いけれど。猫背の魔術師の世話をナイから任されたけれど、本当に僕で大丈夫だろうか。
脱衣所でみんなで服を脱いでいると、猫背の魔術師が服をポイっと床に置いた。どうして着る物を床に遠慮なく置けるのだろうかと疑問を感じていると、ナイはこれを見越していたのだなと納得できた。僕は彼の行動をあまり良く捉えておらず、脱衣所に残って床に置かれた服を畳んで籠の中へ入れようとするはずだ。先に許可さえ取っておけば遠慮は必要ないし、相手が貴族の方だとしても問題はない。
ナイは良く見ているなと感心しながら、僕は彼の下に行き『手伝います』と声を掛けて衣装を受け取り畳んで籠に仕舞う。脱ぎ辛そうであれば手を出すのだが、目の前の男性は本当に成人しているのか怪しく感じてしまう。
ナイから話は聞いていたけれど更に幼いというか……興味のあることにしか思考を割いていないというか。魔術師の人は特殊な者が多いと言われているから、こんなものなのだろうか。いずれにせよ深く考えると、余計なことまで考えそうだから止めようと誰にも分からないように首を振る。
そうして他の方は先に扉の向こうへと歩いて行った。僕はゆっくり服を抜いでいると、全裸のクレイグとジークが隣に立つ。
「大丈夫かよ、サフィール」
妙な顔を浮かべてクレイグが声を上げた。ジークは僕を心配しつつも、クレイグがいるので横に控えているだけのようだ。
「なにが?」
「ナイから面倒を押し付けられただろ?」
「確かに面倒を押し付けられたかもしれないけれど、ナイなりに考えがあったみたいだよ。服、そのまま脱ぎ捨てていたからね」
服をそのまま脱ぎ捨てていたし、着替えも苦手な様子だった。まるで小さな子供を見ているようだから、僕は気になっていただろう。彼は僕から介添えを受けることを嫌がっておらず、特に気にしてもいないようだった。
「そりゃ、そうだが。まあ魔術師だからなあ……」
「うん、魔術師だもの。ナイからお願いされていなければ、僕は最後まで脱衣所に残って服を拾い上げていただろうから結果的に良かったかなって」
魔術師だからで済ませられるのが恐ろしいというか、なんというか。
「クレイグ、サフィール。長く話していると心配される、行こう」
ジークが少し苦笑いを浮かべながら、向こうへ行こうと促してくれる。確かにあまり遅くなるとなにを疑われるか分からない。警戒しすぎなのかもしれないけれど、身分の差が気になってしまうのだ。
「あいよ」
「うん、行こうか」
ジークの声に答えて扉の向こうに進む。湯気の立っているお水を見ると、凄く贅沢をしているようだ。こんなに沢山のお水を用意するのは大変だけれど、勝手に湧いて出てきているらしい。火山の地熱で熱いお湯として地上に湧いてくるそうだ。
原理は詳しく分からないけれど、少し独特な匂いが立ち込めている。イオウの匂いと教えて貰ったが、イオウがなにか僕はイマイチ分からない。クレイグも首を傾げていたし、ジークも微妙な顔をしていた。
リームの王子さまとクルーガー伯爵子息と魔術師団副団長と猫背の魔術師は、ナイの学友に温泉の入り方の手解きを受けていた。僕たちは去年に経験しているから、なんとなくだけれど覚えている。入る前にナイが掛け湯をしてから入ると教えてくれていた。どうやらその手解きをしているようで、学友の彼が桶の中に湯を汲んで肩から掛けている。
僕たちもお湯に浸かろうと桶を取り掛け湯を済ませて身体を湯舟の中に浸けた。ジークとクレイグも僕と同様に掛け湯を済ませて、湯舟の中に身体を浸けている。布をお湯の中に浸けることはあまりよろしくなく、頭の上に乗せておくのが通のやり方らしい。ナイが過ごしていた世界の話だから、守らなくても問題ないが気にしてくれたら嬉しいと彼女が告げていた。
ふう、と息を吐いてお湯の温かさに人心地付く。ふいに僕の前に腰を下ろしているジークとクレイグの裸を視界に捉える。男同士だから女性のように気にしないけれど、裸でこうして向き合うのは凄く不思議な感覚だ。そして僕と彼らの徹底的な差が浮き彫りになっていた。
「……僕は筋肉が少ないから、みんなが羨ましいよ」
僕の体質なのか運動しても筋肉が付き辛い。ジークは騎士で訓練を怠っていないから、腹筋や腕や太腿の筋肉が凄いことになっていた。肩幅も広いし羨ましい限りである。クレイグも割と筋肉が付いている。お腹は締まっているし、僕のように筋肉がない訳じゃない。どうしてだろうと自分のお腹を腕で抑えて揉んでみる。柔らかい。
「サフィールは託児所に勤めてるから筋肉はいらねえだろ。ジークは騎士だから分かるけどよ」
「ジークは本当に凄いよね。腕とかお腹の筋肉を僕に分けて欲しいくらいだ」
クレイグとジークが僕の身体に視線を向ける。うーん、クレイグは僕に筋肉は必要ないと言うけれど、あって困るものでもない。力が足りない場面に出くわすことはないけれど、でもやっぱりあるのとないのでは違う気がする。
「身体を鍛えるなら付き合っても良いが……急に動いても危ないだけだからな。サフィールが急に無理する必要はないし、筋肉を鍛える方法なら一緒に考えられる」
ジークが少し考える様子を見せながら、僕に合う鍛え方を教えてくれるようだ。子供たちの相手を務めているから持久力には自信があるけれど、瞬発的な力を発するのは苦手になるだろうか。それにお腹の筋肉が割れていることに憧れがあるから、口にするだけでなく頑張ってみようと僕が決意していると、クレイグが顔を近づけてきた。
「でもよ、あの魔術師よりはマシだろう?」
クレイグが小声で口にした。気付かれないように話題に上がった人物にちらりと視線を向ける。確かに猫背の魔術師の方より酷くないけれど、ナイの治療を受けている方なので比べる対象ではないような。クレイグにそんなことを言っちゃ駄目だと苦言を呈していると、一塊になっていた他の方たちが僕たちの方に移動してくる。三人でどうしたのだろうと首を傾げた。
「仲間内で話しているが、邪魔して良いだろうか?」
ジークの筋肉は凄いけれど、リームの王子さまもまた筋肉が凄かった。骨が太く肉付きが良いので、がっしりとした感じだ。
「ギド殿下、構いませんよ」
王子さまの要望に僕たちの中で位が一番高いジークが対応してくれる。僕とクレイグは小さく目線を下げた。一応、島に滞在している間は身分に囚われないと亜人連合国の方たちと約束を交わしているそうだ。とはいえ、やはり弁えないといけない場面が出てくる。難しいけれど、慣れれば割と便利な所もあった。
「島にいる間はあまり敬称を付けないでくれ、ジークフリード。皆がいると中々二人にきちんと挨拶ができなくてな。このような恰好で済まないが、ギド・リームだ。アストライアー侯爵閣下の幼馴染と聞いている。島にいる間よろしく頼む。もちろん、これからも」
確かにお互いに裸で挨拶する機会はあまりないだろうと苦笑いになる。そうしてにかっと笑ったギド殿下が横にいるナイの学友二人に視線を向けた。
「エーリヒ・ベナンターです。アストライアー侯爵閣下とは王立学院でお世話になっていました。それが縁で気に掛けて頂いています。これからよろしくお願いします。それと今日、一緒に釣りができて楽しかったです」
去年南の島でナイがナットウやオショウユの実験を提唱した方だった。温和そうな方で爵位を持っているのに告げなかったのは僕たちへの配慮だろう。
「マルクス・クルーガーだ。エーリヒと一緒で侯爵閣下と同じ学院に通ってた。俺は伯爵位の息子でしかないから気軽に接してくれ。よろしく頼む」
ぶっきらぼうで気の強そうな表情の彼はジークの異母兄弟である。ナイが一年生の頃にいろいろあったそうだが、ジークと目の前の方は親の責任だから気にしていないとのこと。ギド殿下と同様に筋肉が付いていて、今は近衛騎士に勤めているそうだ。彼はがりがりと後ろ手で頭を掻き少し照れた様子である。
「ハインツ・ヴァレンシュタインと申します。皆さんより歳が上になりますが、あまり気になさらないでください。子爵家には度々訪れていますが、こうしてきちんとお話をするのは初めてですね。これからもお世話になります」
にっこりと銀髪の魔術師の方が笑うのだが感情が読み取り辛い。飄々としていそうだけれど、彼は今僕たちのことをどう捉えているのだろう。ナイの幼馴染として僕たちに不遜な態度を取れないと考えているのか、それとも全く興味はなく単純に円滑に人付き合いを行うための社交辞令なのか。少し怖いと感じてしまうのは何故だろうか。
「えっと……さっきはお手伝いありがとう。ヴォルフガンク・ファウスト……よろしく」
猫背の魔術師の方が礼を告げる。介添えを感謝してくれているので僕は小さく頭を下げる。へらりと笑う姿は実年齢より幼さを感じてしまう。とりあえず集まった方が言い終えたので僕たちの番となった。
「クレイグと申します。アストライアー侯爵の功績によりハイゼンベルグ公爵閣下が私に貴族籍を手配してくださいました。――」
クレイグが小さく目線を下げて、頂いた家名を名乗る。子爵邸で名乗る機会は少ないので耳に新鮮だった。
「サフィールと申します。クレイグと同様に僕も公爵閣下により貴族籍をご用意頂きました。――」
僕もクレイグに倣って家名を名乗ってよろしくお願いしますと頭を下げると、この場にいるみんなが頷いてくれた。ナイのお陰で彼らと挨拶を交わしたけれど、これから先は僕の意思で彼らと関係が続くかどうかが決まるはず。仲間内以外の人と関わる機会が少なくてきちんと対応できるのか不安だけれど、ナイはまた来年も島で遊ぶつもりだ。今、こうして彼らと挨拶できたのは良いことだろう。
「身分は皆それぞれ弁えているだろう。今は男だけだし、いろいろと話ができるはずだ」
ギド殿下はもう少しすればアルバトロス王国入りして、ナイの侍女を務めている公爵さまの孫娘の下へ婿入りするそうだ。その話をしている時は照れ臭そうに笑っていたので、良好な関係を築いているのだろう。
貴族の方は若いうちから結婚しなければならないので大変である。平民は早い人もいれば遅い人もいて様々だ。僕とクレイグもジークも婚約者なんていないし、家庭を持っている姿を想像できない。でもいつかは素敵な女性と出会って、恋をして愛を育み子供ができたら良いなと考えている自分がいる。こうして考えられるのはナイのお陰だなと感じながら、男組で島でやりたいことや将来のことを話している。
聞き手に回っているけれど、ギド殿下とベナンターさまとクルーガーさまが話を回してくれる。僕たちも話に参加できるようにと共通の話題を振ってくれたり、凄く気を使ってくれていた。申し訳ないなと感じながら、彼らと普通に語れる日がくると良いなと願ってしまうのは駄目だろうか。ナイが取り持ってくれた縁を大事にしたいから、僕にできる努力をしようと決めるのだった。
すみません、明日(3/23)から、4/2まで投稿をお休みします! まさか、一週間でまた休止するとは……。いろいろ頑張ってきますー! ┏○))ペコ