0929:先鋒、女性陣。
ダリア姉さんとアイリス姉さんが女性陣を誘って温泉へと向かう。私たちは一度は入っているから『裸の付き合い』の免疫はあるけれど、アリサさまと共和国組が少し躊躇っている。そういえば動画投稿サイトで日本の銭湯や温泉で裸になるのは恥ずかしいと、国外の方が告げている映像を観たことがあった。
その方たちは、恥ずかしかったけれど気持ちよかったとか、他の方はまったくこちらを気にしていないので自分も気にならなくなった……と言っていた。文化圏による違いだけれど、郷に入れば郷に従う精神で赴けば案外簡単に慣れてしまうものだろう。本当に無理なら、直ぐにお湯から上がれば良いのである。と言っても立場があるので難しい場合もあり一概には言えないけれども。
緊張せずに温泉を好きになって貰えると良いのだが、果たしてどうなるのだろうか。脱衣所で服を脱ぎ畳んで籠の中に入れる。恥ずかしい方用にバスタオル擬きが置いてあって配慮されていた。私とリンは気にしないし、ダリア姉さんとアイリス姉さんも気にしない。
ソフィーアさまとセレスティアさまもお貴族さまなのに気にしないし、ロザリンデさまとアリアさまは前回で慣れたご様子だった。あとは共和国の方だけだなと横目で確認してみる。やはり少し恥ずかしいようで周りを気にしているけれど、周りがあっけらかんと脱衣したため自分たちの価値観がおかしいのかもと頭の上に疑問符を浮かべていた。彼女たちは意を決して服を脱ぎ、お風呂場に足を運んだ。
「うわ~全部、お水で満たされています!」
「凄いけれど、恥ずかしいなあ……」
プリエールさんと彼女と仲の良い女性が声を上げた。確かに大量のお湯を使用しているから、もったいないと解釈しても仕方ないのだろう。自然に湧き出ている温泉だから費用は掛かっていない。シャワーや清拭で済ませる方がほとんどなので、お風呂の文化が広まってくれると嬉しい。
お風呂の入り方はアリアさまとロザリンデさまが手解きしており、共和国の方と仲良さそうに喋っている姿は正直羨ましかった。私が赴いても共和国の方々は緊張するだけだし、我慢我慢とリンと一緒に湯舟に浸かる。――なにがとは言わないが、みんな大きかった。
「気持ち良いね、ナイ」
「うん。リンは私の影響でお湯に浸かるのは慣れているけれど、長い時間は平気?」
湯舟に浸かって一息吐けば、リンがへにゃりと笑いながら私に声を掛けた。元々、シャワー文化な世界なのにリンは私の影響を強く受け、湯舟に浸かることに慣れている。この辺りはアルバトロス王国王都の水質の関係もあったのだろう。髪を洗っても軟水と硬水で差が出てしまうようだから。普通に毎日お風呂に入れるのは本当に有難いことである。
「他の人よりは大丈夫だけれど……でも何時間もナイみたいにいるのは難しい」
リンが微妙な顔になった。体力やリーチになんやかんやと彼女に敵わないところが沢山あるけれど、長時間湯舟に浸かっていても平気なことは私に分がある。
「私は好きで長湯しているだけだから、無理して付き合わなくても良いからね?」
私に合わせると少々大変なことになってしまう確率が高い。今回はゆっくりできるので、少し長めにお風呂を楽しもうと考えている。
「うん。上がって身体を冷やして何度も入ることができるから。ナイの側にいる」
苦笑いを浮かべながら私の意思を伝えると、リンは微妙な顔になりつつも一緒にいることを選択した。無理をしないなら良いかとリンの横でお湯の心地良さを堪能していると、ダリア姉さんがゆっくり歩いて、アイリス姉さんがすいーと泳ぎながらこちらにやってきた。
「貴女たち、本当に仲が良いわねえ。錫杖のお陰でナイちゃんの魔力の巡りが良くなっているから、少しは魔術の発動が早くなったかしら?」
「ナイちゃんの身を守るためだし、試し打ちしたの~?」
すすすと寄ってきたダリア姉さんが私を抱え込んだ。胡坐を掻いて膝の上に乗せられる形になっているのだが、裸で肌が触れていることを気にしていないご様子。それなら私も気にする必要はないのだが、リンがむっとした顔で膨れている。
ダリア姉さんはリンのことも加味して私を抱き上げているので、どこ吹く風である。で、ダリア姉さんが行動に出たならば、アイリス姉さんもその内に行動に移す筈だ。
「あ……試そうと考えていたのですが、いつの間にか月日が流れてしまいました」
副団長さまにお願いして魔術師団の訓練場でも借りようとしていたけれど、猫背の魔術師さんの件ですっかり忘れていた。錫杖のお陰で私の魔力の流れが良くなっているのは確実なので、改善されていると良いのだが。
「なるほど。まあ立場があると仕方ないのかしらね。置かれた環境も変わるでしょうし」
「人間は面倒だよね~。でも前の環境よりは良いはずだし、ナイちゃん今の状況を楽しんでいるみたいだからね~」
ダリア姉さんが声を上げ、アイリス姉さんが口を開くと彼女の腕が私に伸びてくる。アイリス姉さんの膝の上に私は移動して、お腹の所に彼女の両腕が回る。以前と同じ状況だなと苦笑いを浮かべて周りを見渡すと、私たちのやり取りに気付いた方々が微笑ましそうにこちらを見ていた。
「魔術を放っても大丈夫な所を見つけられると良いのですが、中々難しくて」
アルバトロス王国内で遠慮なく魔術を放てる場所となると限定されてしまう。どこか良い場所があれば嬉しいけれど、試し打ちができるのはいつの日になるのか。
「ならこの島でやれば良いじゃない。代表が管理しているんだし、申し出れば許可してくれるわよ。あと大蛇もかしら」
「ああ、その手もあるね~。ナイちゃんが魔術を放つ時間は外出禁止にしていれば問題は少なくなるね~あとは予想外の威力が出なければかな~?」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが一緒であれば、少しでも危険度は下がるだろうか。有難い提案だし、空に放てば被害は減るはず。お風呂から上がって代表さまと顔合わせできるなら相談してみよう。あと大蛇さまにも許可を取らないといけない。
やることが増えたけれど、前から決めていたことだし問題はない。むしろ遅くなってしまったと反省すべき点だろうか。エルフのお姉さんズと暫く魔術と魔法談義を繰り広げていると、先にお二人が湯舟から上がる。他の方たちも身体は十分に温まったようで、残っているのはリンと私だけになっていた。
ふいに毛玉ちゃんたちの遠吠えが聞こえてきた。どうしたのだろうとリンと顔を合わせて首を傾げる。なにか問題があれば急いで伝達がくるはずだ。誰もこないということは問題は起こっていないはず。それでも寂しそうに鳴いている毛玉ちゃんたちの声が気になって、私たちも上がろうかとリンに声を掛けた。
「水分補給しておきなさいな。冷たいお水が良いなら魔法で用意するわ」
「氷作ったげるよ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが声を上げる。まだ脱衣所に残っている方々はいて、温泉を気に入ってくれた方もいればイマイチの方もいる。差の出具合が面白いと周りの方々の会話に聞き耳を立てながら、エルフのお姉さんズから冷えたお水を受け取った。
「ありがとうございます」
受け取ったカップ越しに伝わる冷気が気持ち良い。お姉さんズはリンにも手渡してくれていた。
「どういたしまして。そういえば魔法で氷を出すのって人間には難しいって聞いたけれど……」
「なんでだろうね~?」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが不思議そうに小さく首を傾げた。そういえば氷系の魔術は使い辛いと聞いたことがある。どうしてだろうと私も首を捻るけれど、そもそも氷系統の魔術を教わったことがない。
「どうしてでしょうか。氷系の魔術を習ったことがないので、なんとも言えないですね」
水系統の魔術に術式を弄ればどうにかなるのだろうか。その辺りは魔術に詳しい副団長さまに聞けば分かるかと、ダリア姉さんとアイリス姉さんに告げると微妙な顔になる。どうにもお二人は副団長さまに苦手意識を持っているようで、一体彼は無敵のお姉さんズになにをしたのだろうか。
「そういえば魔術師の方たちは森の探索から戻ってきていないですね……大丈夫かな」
エルとジョセたちと一緒に探検に赴いていたメンバーは無事に戻ってきている。あれ、グリフォンさんはいずこに行ったのだろうか。島から出ないようにと約束しているから外に赴くことはないはずだ。
いつもエルたちと楽しそうに過ごしているのに、今回はどこにいるのやら。まあポチとタマも森の中に入って戻ってきていないので、グリフォンさんと一緒にいるのかもしれない。
「まあ死ぬようなことはないでしょう。竜たちがいるから、狼煙を上げれば直ぐに赴けるもの」
「弱いと淘汰されるのが自然だからね~。まあナイちゃんの連れてきた人間だから無下にできないけれど」
お姉さんズはみんなでコテージに戻ろうと声を上げる。脱衣所から外に出ると、待っていてくれたクロが私の肩に乗りネルもリンの肩に飛び移る。お待たせと声を掛けていると、ピーピー鼻を鳴らしながら毛玉ちゃんたちがこちらに寄ってきた。
嬉しさで飛びつきたいのを我慢して、地面に伏せて脚で器用に張っている。待たせてごめんと謝りながら、それぞれの頭を撫でているとヴァナルと雪さんたちもこちらにやってきた。お待たせとまた声を上げると『急かした?』『仔たちが申し訳ありません』と謝るので、気にしなくて良いよと伝える。
毛玉ちゃんたちは私に挨拶を済ませたことで、興味の対象が変わっていた。他の方たちにも『遅いよ~!』と訴えるために、小さく声を上げて抗議している。ソフィーアさまとセレスティアさまは目を丸くしつつ、待たせて申し訳ないと謝りながら撫でると、次だと言わんばかりにロザリンデさまとアリアさまの下へと掛けて行く。
フィーネさまとアリサさまにも駆け寄ったあと、毛玉ちゃんたちは共和国の皆さまの下にも脚を運んだ。毛玉ちゃんたちは人見知りをしないし、言葉を交わせなくても表情豊かなので感情がダイレクトで分かる。可愛いなあと見つめていると、満足した毛玉ちゃんたちが戻ってきた。
「コテージに帰ろうね」
そう言ってみんなで歩き始める。ぴゅーと駆け出した毛玉ちゃんたちが先頭を行き、遅れて私たちも歩いている。
季節は夏で湯冷めすることはないが、陽が落ちているので夜の外気は少し冷たく気持ちの良い散歩だった。時折『ぽえー』と奇妙に鳴く声が聞こえて、どの動物の鳴き声だろうかという話題になる。ダリア姉さんとアイリス姉さんも知らないようだった。
大蛇さまなら知っているかもしれないから、次に会った時に聞いてみよう。歩くこと暫くコテージに戻った私たちは、泥だらけになって森の探索から戻ってきた魔術師組と合流することになる。
「副団長さま、皆さま、おかえりなさい。ご無事でなによりです」
私は副団長さまたちに声を掛ける。ダリア姉さんとアイリス姉さんは苦手なのか、そそくさとコテージの中に引っ込んで行った。他の方たちも部屋に戻っているので、彼らに興味がないらしい。
「聖女さま、お疲れさまです。魔術に関することは見つけられませんでしたが、本当に面白い島ですねえ。固有種がたくさんおりますし楽しい二日間でした」
「ただいま。おもしろいものは見つからなかったけれど、めずらしい動植物がたくさん。でもつかれた……」
副団長さまと猫背の魔術師さんが良い顔でドヤっているけれど、泥だらけでイケメン度合が台無しだった。でもまあ楽しんでいたなら、なににも代えられないものだと彼らと視線を合わせる。
「無理をしてはなりませんよ。しかし二日間、よく体力が持ちましたね」
本当にあの酷い状態で随分と改善したものの、体力はあまり期待できない状態だったのに。
「せいじょさまのおかげ」
「以前のままでは無理だったでしょうねえ。聖女さまの尽力により彼は魔術師として生き生きとしております。感謝をしなければ」
私のお陰というよりは、自分たちの興味度合が最大値に上がっていたから疲れを感じなかっただけではなかろうか。欲望に忠実だなと感心していると、コテージから男性陣が姿を現す。
どこに行くのだろうと首を傾げていると、一行から離れたジークとクレイグとサフィールがこちらにきた。ジークが代表して失礼しますと一声上げると、副団長さまと猫背の魔術師さんは空気を読んでくれて場を譲る。
「ナイ、俺たちも風呂に入ってくる。アズを頼めるか?」
「うん、分かった。ゆっくり楽しんできて」
私の言葉にクロが一鳴きすると、ジークの肩の上からアズが地面に降りてリンの肩の上に跳び乗る。あ、そうだと私は副団長さま方を見て、サフィールにも視線を向けた。
「副団長さま方も温泉に入って汚れを落としてください。あ、サフィール。副団長さまたちのお世話というか……いろいろと面倒をみて貰っても良い?」
私の言葉に副団長さまと猫背の魔術師さんから文句は出なかった。少々人として駄目なところがあると自覚があるのだろうか。私は猫背の魔術師さんがマトモにお風呂に入ることができるのか心配だったので、その手のことに慣れているサフィールに声を掛けた訳だけれど。
「構わないけれど……僕で良いのかな?」
サフィールは身分的に問題にならないかと言いたいらしい。私は気にしない方々だと捉えているのだが、本人に問うた方が早いと視線を向ける。
「申し訳ありません、お世話になります。彼は随分と浮世離れしておりますので、介助してくださるならば助かります」
副団長さまがサフィールに丁寧に礼を執る。この辺り、副団長さまは分け隔てなく接してくれるので有難い。サフィールも困ったような顔をしているが、服の脱ぎっぱなしとか気になる性格なので丁度良いはず。
「衣装の介添えで大丈夫でしょうか?」
「はい、それだけで十分です。休暇で赴いているのに申し訳ないことを……」
「ごめんなさい。おねがいします」
「いえ。専門ではないですが、衣装の介添えであれば僕にも担えます」
穏便にやり取りが済み、男性陣と魔術師組が温泉へと赴いて行く。場所は知っているし、道なりだから迷うことはないだろう。いってらっしゃいと声を掛けて、私とリンはコテージに入る。
「大丈夫かな?」
「さあ?」
二人して顔を見合わせる。ギド殿下とエーリヒさまがいるから大丈夫だと思うけれど、温水プールみたいにならなければ良いなあと願うのだった。