0925:人数増える。
南の島に赴くまでにあと一週間を切っている。ようするに七月に入るまでにあと一週間とも言えるのだが。
プリエールさんたち共和国の研修生は富裕層の皆さまは一度ご実家に戻り、他の皆さまはアルバトロス王国に残るので南の島へ赴くと返事を頂いている。番の鸚鵡さんたちの里帰りになるので、楽しんで貰えれば良いし仲間との再会もあれば嬉しい。
雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちとポチとタマとグリフォンさんは初めて島に赴くので結構テンションが高い。毛玉ちゃんたちはお気に入りの遊び道具――太い縄とかボールもどき――を持って行って良いか私やヴァナルと雪さんたちに聞いているし、グリフォンさんは庭でエルとジョセに島がどんな場所なのか聞いていた。
障壁展開させているお城の魔術陣には旅立つ直前に補填を行えば、あとはアルバトロス王国にいる聖女さま方でどうにかなるそうだ。二週間の滞在予定なので戻ってきたら直ぐに補填を行うようにとお願いされている。
今も魔術陣への魔力補填を終えたところで、また騎士団に赴いて猫背の魔術師さんに治癒を施そうと長い廊下を歩いていた。侯爵位を得たためか、官僚の皆さまは私の姿を見るなり廊下の端に寄って礼を執っている。爵位を持っていなかった頃と大違いだなあと、苦笑いを浮かべて私の後ろを歩くそっくり兄妹の顔を見上げた。
「もう直ぐだねえ」
「どうしたいきなり?」
「兄さん、ナイは島に行くことを言っているんじゃないかな」
ジークとリンは私の突然の言葉に目を丸くしつつも、理由が分れば笑ってくれる。現地でお肉が調達できれば捌いて食べるつもりなので、南大陸で買い付けた香辛料やスパイスの出番である。東大陸のアガレス帝国でも唐辛子を手に入れているので、辛いお肉が食べたければ味を変えることができるようになった。楽しみだなあと顔が緩くなるのを自覚していると、クロが顔を私の頬に擦り付けた。
『ナイは本当に楽しみにしているねえ。大所帯になったしみんなで楽しめると良いねえ』
「うん。島の大蛇さまにも挨拶しなきゃだし、ダークエルフさんにもお礼を言わなきゃね。寝泊りできる場所を確保してくれたから、お貴族さまの方たちを誘い易いから」
他にも水場とお風呂があるし、焼き窯もあるそうでパンを焼くこともできるし、ピザとかも焼けるので挑戦しようと考えている。チーズとトマトソースはあるし、あとは干し肉でも乗せれば形になるだろう。塩胡椒も高価な品だけれど、お貴族さまになったので手に入れることができる。蛸や烏賊が取れれば海鮮ピザも作れるだろうし凄く楽しみだ。へへへと笑いながらジークとリンと私は騎士団の隊舎に辿り着く。
約束の場所である近くのベンチには既に副団長さまと猫背の魔術師さんが私たちを待っており、遅れてしまったと小走りで彼らの下へと行くのだった。
「遅れて申し訳ありません」
私はベンチから立ち上がった副団長さまと猫背の魔術師さんに小さく目線を下げる。そういえば猫背の魔術師さんの名前を聞いていなかった。あまりにも初対面の印象が凄くて、名前を聞くのを忘れて今に至る。今更聞き辛くあるので、どうしたものかと考えるもそのうち知ることになりそうだとお二方と視線を合わせる。
「いえいえ。僕たちも今し方きたところなのでお気になさらず」
「だいじょうぶ。まっていない」
彼らも礼を執り、手順は既に分かっているので猫背の魔術師さんに治癒を施した。初めて会った時よりも猫背は改善しているが、酷いものが大分マシになっただけなので未だに猫背姿である。ただ誰かに見られてもぎょっとされない程度にはなっているので本当にマシになった。引き籠もりも少し改善され、研究室から毎日十分から二十分程度は外に出て、陽の光を浴びているとのこと。運動も城内の庭を歩いており、見慣れない怪しい魔術師がいると噂が流れたそうだ。
事情を話せば直ぐに噂は消えたが、最近はイケメンがいると侍女さんたちや女性の下働きの皆さまの間で新たな噂が流れているらしい。確かに食事を摂れるようになったので、痩せこけていた顔と身体に肉が付き始めているし、髪を結んで顔を出したからご尊顔が整っていることが分かる。女性はイケメンに敏感だなあと感心していると、副団長さまが真面目な顔で口を開き、猫背の魔術師さんは彼を見てこてんと首を傾げた。
「聖女さま、いえ、アストライアー侯爵閣下。大切なお話があります」
「どうしましたか?」
副団長さまが聖女ではなく爵位で私のことを呼んだので、アルバトロス王国に関することであろうか。無茶を言われなければ良いなあと願いつつ彼の言葉を待つ。
「共和国の研修生たちから七月の頭は南の島へ赴くと聞きました…………僕も連れて行ってくださいませんか? ご迷惑はお掛けしません! 野宿で十分ですし、食料も自前で準備致します! ですので、どうか……どうか!!」
彼は神妙な顔から真剣な顔へと変えて私に力説した。男性陣が少ないので、副団長さまたちがくるならジークたちが過ごし易くなるだろうか。おそらく副団長さまが島に赴けば、研究調査に精を出すだろうから遊び倒すことはないだろう。寝床はまだあるし、食事も提供できるので問題ない。ただ勢いでこられても困るので、確認しておかなければならないことがある。
「構いませんが、お仕事は?」
仕事があるのかないのかだけは確認を取っておかないと、副団長さま不在によりアルバトロス王国と魔術師団の皆さまにご迷惑を掛ける訳にはいかない。彼の実力は本物なので、護衛として駆り出されることが多々あるのだから。
「閣下のご許可を頂ければ、団長に申請して仕事として赴くことができると考えております。勿論、駄目だと言われれば休暇として赴くので、閣下がお気になさる必要はございません。国に迷惑を掛けない範囲で参りますよ」
にーこりと笑う副団長さまが背を屈めながら私に顔を近づけてくる。これ、許可を出さなければ無理矢理に一緒にくるパターンだと目を細めれば、猫背の魔術師さんが副団長さまの外套を掴んだ。
「ねえ、はいんつ。はいんつがきょうみを示すばしょがあるなんてすごく珍しい。ぼくもきょうみある」
どうしたのだろうと首を傾げるが、猫背さんはどうやら興味を引かれたようだ。島ではなく、副団長さまが興味を持っているということに反応したようであるが。
「おや、貴方も興味がありますか。島の主である大蛇さまと言葉を交わすことができますし、ダークエルフの方々ともお話ができますよ。魔法について知りたいのであればエルフの方々も来島するようなので聞き放題……かもしれません」
副団長さまが猫背の魔術師さんの興味を更に引くように喋っているけれど、体力のない方が島に赴いて森の中を探索するのは大変ではなかろうか。とはいえ外に興味を持ってくれたことは良いことだし断るのは気が引ける。暑さが一番の問題だけれど、暑熱対策をしていれば多少はマシだろう。
「なにそれ、すごい!」
またしてもにーこりと笑った副団長さまが私を見た。おそらく最終決定をお願いしますということらしい。ディアンさまには人数が増えても構わないと言って頂いているし、副団長さまであれば島の全容や秘密を解き明かしてくれるかもしれない。猫背の魔術師さんの体力が持つか心配であるが、聖女であるアリアさまとロザリンデさまと私がいるので不測の事態に陥らなければ問題はないだろう。
「では魔術師団長にご許可が下りれば、ということで宜しいでしょうか」
「勿論です」
「はいんつ、ぼくの分のきょかもとって!」
「仕方のない方ですねえ。では、新たな攻撃魔術の術式を作って頂けますか?」
「いいよ、わかった」
なんだか妙な取引が行われているけれど、世界を滅ぼせるような術式だけは開発しないでくださいねと願うしかなかった。
◇
ナイに首飾りを贈ったが、俺もナイから天然石を貰ってしまった。
まあ、ナイの場合はみんなへのお土産という意識が強いから、俺が勘違いや自惚れることはない。ただみんなに贈った品でも嬉しいと思えたのは驚きである。
夜。ナイから貰った紫色の天然石を自室の窓際に置いて星の光に当てていた。ナイ曰く、星の光に当てていれば石の力が満ちるらしい。本当かどうかは分からないが、こうして手間を掛けることで思い入れが増えていくのだろうと実感している。
「柄じゃないが……」
俺がこんなことを始めるなんて自分自身でも予想が付かなかった。ナイもリンが贈った黒い天然石を大事にして、星の光が降り注ぐ夜に窓際に置いているし、リンも同じように自分の部屋でナイから貰った紫色の天然石を置き昼日中は袋に入れて持ち歩いている。
ナイも俺も同じように袋に入れて持ち歩くか、首に下げれるように加工して飾りとして使うかのどちらかだ。ドワーフの職人に頼んで耳飾りか首飾りにして貰うか迷ったが結局袋に入れてお守り代わりに持ち歩くことになった。
俺がナイに贈った首飾りは日常使いしてくれている。何故かナイ付きの侍女が俺に『肌身離さず付けておられますよ』と静かに教えてくれた。接点の少ない侍女に教えられた意味は分からないが、なにか思うところがあったのだろう。少しでもナイが喜んでくれているなら嬉しいことだ。
ラウ男爵夫妻が俺の行動を知り凄くにやにやしていた。恥ずかしいが、彼らには世話になっているしなにも言えず仕舞いだった。首飾りを贈って俺とナイとの関係が進展したわけでもなく、いつも通りのやり取りの一つだっただろう。
クレイグとサフィールに俺がナイに贈り物を贈ったことを告げれば『ようやくか』『遅いくらいじゃないかなあ』と苦笑いになっていたので、どうやら俺の気持ちを二人は知っていたようだ。ただ二人は『ナイは鈍いからなあ』『多分、直接言わないと気付かないんじゃない?』と言われてしまった。確かに彼女は人の悪意に敏感だが、好意には凄く鈍いところがある。
俺はそのお陰で彼女の側にいることができるのだが。
身分はまだ足りないが、他の男に取られてしまうくらいなら。いっそ……と窓の外に輝いている大きな星を眺めるのだった。