0918:戻ってからの一幕。
そろそろ陽が沈む頃、アガレス帝都の商業区から戻ってきた。フィーネさまとアリサさまは凄く衣装を買い込んでおり、どうしてそんなに買うのだろうと首を捻れば『聖王国の商業区と規模が違い過ぎて……』と教えてくれた。
聖王国は宗教で成り立っている国家だから観光地の側面が強い。商業区は観光客に向けたお土産店で構成されているので、国民向けの日用品や高級店がかなり少ないそうだ。アルバトロス王国の王都は平民向けの商業区もお貴族さま向けの商業区もあるし規模もそれなりだ。国ごとに特色がでるから面白いなあと、馬車から降りたところである。
「ナイさま、フィーネさん、アリサさん、おかえりなさいませ」
リンのエスコートを受けながら馬車のステップを踏み、地面に足を付けたところでウーノさまから声が掛かった。五姉妹揃って私たちのお迎えに顔を出してくれたようで、沢山の護衛の兵士を連れている。護衛のリンが半歩下がり、黒髪を隠すために被っていたフードを取って彼女に小さく頭を下げると、フィーネさまとアリサさまも聖王国式の聖女の礼を執った。
「ただいま戻りました。ウーノさま、お迎え、ありがとうございます」
一旦外れた視線を合わせると彼女はにこりと笑っている。他の方の名も上げるべきか迷ったが、名前を告げると告げた方ともお話を交わさなくてはいけないため、ウーノさまだけに絞っておいた。
「いえいえ。アガレスの商業区をお気に召されたなら幸いです。たくさんご購入頂いたようで感謝致しますわ。あら? クロさま素敵な首飾りですね」
ウーノさまは膝を屈めながら私の肩の上でご機嫌な様子のクロと視線を合わせ、出発前にはなかったクロの首に下がっている物に気付いて興味深そうに見ている。
『良いでしょう。ナイに買って貰ったんだ~。ボクの瞳の色と同じだよ』
天然石を買ってクロの首に掛けた瞬間からクロはご機嫌だった。形に残る物をプレゼントした機会が少なかったし、私もクロに物を贈ることはなかった。なんとなく興味を引かれて入った店に、クロと同じ瞳の色をした天然石を見つけて買って革紐も購入して括り付けただけのものだけれど……。
私の顔にすりすりとクロの顔を擦り付ける時間が長くなっているので、甚く気に入ってくれたようだ。まあ、クロに渡したということはロゼさんの分とヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに、毛玉ちゃんたちの分、エル一家とポチとタマにグリフォンさんの分にお猫さまとジルヴァラさんの分も購入している。アズとネルの分はリンが購入して渡す予定だ。
「皆さんにお土産をと考えて、天然石を売っているお店に立ち寄りました。気に入って頂けるか分かりませんが、あとでウーノさまにもお渡ししますね」
仲間内にも用意してあるし、交友を持っている方にも贈ろうと割と大量に買い付けたのでお店の方は大変だっただろう。品揃えの良いお店だったし、値段もピンからキリまであったから贈る相手により差をつけることができる。その辺りも考えて購入したのだが、果たして喜んでくれるのかどうか。
「まあ、私に! よろしいのですか、ナイさま!?」
私の言葉に両手を合わせて口元に添えたウーノさまは満面の笑みを浮かべている。私は良かったと安堵して確りと頷く。良いもなにもウーノさまに贈る予定として買ったから問題ない。
「凄く嬉しいですわ! ですが頂いてばかりで申し訳ない限りです」
「大丈夫です。ウーノさまにはお世話になっておりますし、アガレスの美味しいお料理もご紹介頂けたので」
私の言葉に彼女は遠慮しているけれど、情報って大事なものだしアガレスの文化を頂いているようなものである。なぜ郷土料理のレシピを他国の者に売り払ったと責める方が出てきてもおかしくはない。不満を抑え込める位置に座しているからこそ、私は安心してお料理のレシピやお野菜さんを頂くことができるのだから本当に有難いし、こちらが感謝しなければならない。
「ありがとうございます。大事に致しますね!」
ふふふと笑うウーノさまに大袈裟ですと伝えると、彼女はフィーネさまとアリサさまにもお帰りの挨拶をしている。外交って大変だなあとウーノさまとフィーネさまとアリサさまを見ながら、借りている来賓室に戻るとジークとエーリヒさまも戻っていたようで私たちを待っていてくれた。身内だけしかいないので気楽に対応できるのは有難いと、椅子から立ち上がった二人と視線を合わせた。
「エーリヒさまとジークの方が早く戻っていたのですね。お待たせすることになり申し訳ありません」
部屋に入って声を上げると、ジークはそのまま私の警護に戻る。彼の行動を見たエーリヒさまが苦笑しながら口を開いた。
「いえ、お気になさらず。ナイさまとフィーネさまとイクスプロードさまが気に入られる品はありましたか?」
これは私が答えるよりもフィーネさまに譲った方が良いだろうと彼女に視線を向ければ、エーリヒさまにフィーネさまは顔を合わせてに嬉しそうな顔を浮かべる。
「聖王国より規模が大きくて沢山買ってしまいました! 聖王国の皆さまからお小遣いを頂いていたので、破産せずに済みましたよ」
フィーネさまはご自身で使えるお金と、お小遣いと称して聖王国の先々代の教皇さま――今は新しい教皇さまが誕生しているので三代前となるが――や、仲の良い方からお小遣いを頂いたようである。
彼女は聖王国を立て直した功労者だから、お金がなくて欲しい物が買えない状況を回避したかったのだろう。アリサさまも周りの方からお小遣いを頂いたそうで懐が温かいと教えてくれた。衣装や日用品を買い込んでいたので、随分と散財したが楽しい時間だった。
「そうですか。あ、えっと……」
エーリヒさまがフィーネさまと合わせていた視線を逸らして、ポケットの中に手を突っ込もうとして止めた。彼らしくない行動にどうしたのかと首を傾げるも、今話をしているのはフィーネさまとエーリヒさまの二人である。口を挟むのは失礼だろうと黙っておいた。
「どうしましたか?」
フィーネさまも彼の行動を見て不思議に感じたようだ。こてんと彼女が首を傾げると銀色の長い髪がさらさらと揺れる。
「いえ、なんでもありません。俺もジークフリードも欲しい物が買えたので良い機会でした。皇帝陛下に感謝しなければなりませんね。普通は他国の貴族が帝都をウロウロするなんてできないでしょうし……」
エーリヒさまがアガレスを慮る発言をすると部屋にいる警備の兵士の方々が『ドヤ!』と決め顔になる。ウーノさまは兵士の皆さまに慕われているのだなと感心する。アガレス国内をほぼ掌握しているようだから彼女の手腕は本物だ。先帝さまの血を引いているとは思えないので、母方の血が色濃く出たのだろう。先帝さまの血は確実に半分引き継いでいるから問題ないし。
「ですね。関わる切っ掛けは最低でしたが、こうして戴冠式にご招待頂けましたから」
フィーネさまが無意識でドヤ顔を披露した兵士の方に釘を刺すと、彼らはその節は申し訳ありませんでした! と言いたげな顔になっていた。元皇子組の暴走の果ての結果だから致し方ないし、他の世界から黒髪黒目の人が拉致されなくて良かったから結果オーライである。
「わたしまで招いてくださり、アルバトロス王国以外の国を見聞することができました。機会に恵まれているので幸せです」
アリサさまは聖王国から出られること自体が想定外だったようだ。国から出る、というより住んでいる場所から外へと出ることなく一生を終える方が大勢いる。私も討伐遠征以外で王都を出ることはなかったから、今こうして各地を飛び回っている状況が稀有なことだ。
「もう少しすれば、南の島にお出掛けなので凄く楽しみにしているんです! ね、アリサ」
フィーネさまがアリサさまに話を振って『はい、とても楽しみです』と仰るアリサさま。そうしてフィーネさまはエーリヒさまを見上げると、少し照れが入っているような気がする。やはりフィーネさまとエーリヒさまの間には甘い空気が流れている。
でも邪魔をすれば馬に蹴られて死んでしまうからおっかない。黙って見届けるか影で支えるかの二択が一番平和で安全だ。
「俺もです。ナイさまが誘ってくれなければ、王城の官舎で一人寂しく過ごすところでしたから」
エーリヒさまが私にキラーパスを寄越した。黙って見届けるつもりだったのに話に加わざるを得なくなった。
「島には海産物、森の中に入れば果物がたくさん生っているので食べ物には困らないですからね。バーベキューもしたいですし、泳ぎも満喫したいです。ヤシガニさんを前回頂けなかったので、リベンジして捕まえられれば良いのですが」
私が食い気全開の島での行動を口にすれば、みんなが『ナイさまらしい』と笑う。やはり一番の娯楽は食べることに集約されてしまうので致し方ない。南の島にゲームを持ち込むには少々手間だし、それなら海で泳いだり砂浜で遊んだりする方が楽しいだろう。
「海で泳ぐのは久しぶりです」
「楽しみですよね」
エーリヒさまとフィーネさまは問題なく泳げるようだ。前世の学生時代にプールの授業で学んでいるから、大体の日本人は泳ぐことができる。アルバトロス王国は海がなく川で泳ぐしかないのだが、王都の近くに大きな川が流れているものの泳ぐには適していない。
「皆さま、泳げるのですか?」
アリサさまが驚いていることに苦笑をしつつ、私たちは肯定の意味を込めて一つ頷いた。
「凄いです! 泳ぐ機会は滅多にありませんし、泳ぎを教えてくれる方もいないのでわたしは泳げません……」
聖王国もアルバトロス王国と似た事情のようで、泳げない方がほとんどのようだ。アリサさまの運動神経は良さそうだし、一度習えばさっくりと泳げてしまえそうだけれど……どうなることやら。フィーネさまがアリサさまに泳ぎを教えることを約束して、今日は解散となる。それぞれ借りている部屋に戻り、あとは夜ご飯を終えて寝るだけだ。陽が昇ればアルバトロス王国に戻ることになる。
買い付けた一部の商品は既に部屋に届いており、天然石が入った箱も届いていた。
部屋に戻るなり、毛玉ちゃんたちが私の影からひゅばっと出てきて、ロゼさんがぴょーんと出て、ヴァナルと雪さんたちがぬっと出てきた。どうしたのだろうと首を傾げると、どうやら私が買った天然石を早く首に掛けて欲しいらしい。彼らを見たクロはふふんと胸を張って胸元の天然石を主張させると、毛玉ちゃんたちが鼻を鳴らして甘え鳴きをし始めた。
「ちょっと待っててね。でもロゼさんはスライムだから掛ける首がないんだけれど……どうしようか」
毛玉ちゃんたちが辛抱たまらないけれど、我慢しなければと五頭一斉に伏せをして前脚を床に擦り付けたり、顔を床に付けてべっちょりと身体を伸ばしたりと表現力が凄い。私は彼らの圧に耐えつつロゼさんに問い掛けた。
『ロゼの身体の中に仕舞っておく! マスターからの贈り物大事にする!』
「そっか。じゃあ、これはロゼさんに。ロゼさんの元となっている魔石と同じ色の天然石だよ」
私は箱の中から一つ天然石を取り出して差し出せば、ロゼさんは私の膝に飛び乗って天然石を身体の中に取り込んだ。
『ありがとう、マスター!』
ロゼさんのお礼の言葉にどう致しましてと告げると、膝の上から床へと戻ってぽよんぽよんと何度も身体を動かしている。喜んで貰えたならなによりと毛玉ちゃんたち用の石を取って、買った金具に天然石を取り付けた。あまり器用ではないので少し不格好になっているけれど、遠目で見る分には綺麗であろう。
そうして革紐を通して毛玉ちゃんたち用の首飾りができた。ペンダントトップの形は様々で丸い物もあれば長方形に菱形や五角形もある。面白いよねえと笑い、どれが良いかなと問えば五頭みんなで悩み始める。
桜ちゃんが一番初めに選んで次に椿ちゃんが選び、続いて楓ちゃんも決めた。早風と松風はそれぞれおっとりとしているのか、それともなんでもよかったのか、女性陣に譲る気遣いができたのか余り物の二個をそれぞれ選ぶ。
「うん、素敵だよ」
私の声に毛玉ちゃんたちが答えてくれて、次はヴァナルの首に掛け、雪さんと夜さんと華さんの首にそれぞれ掛ける。あとはエル一家とポチとタマとグリフォンさん用なのだが、彼らの首回りは結構あるのでどうしようかと悩む。まあ、話を聞いてから決めても良いし慌てる必要はないと、部屋で控えてくれているジークとリンの顔を見た。
「ジークとリンの分もあるけれど、アルバトロスに戻ってから渡すね。ちゃんと首飾りとして加工して貰いたいから」
天然石のお店の方によると、キチンと加工すれば購入時以上の価値を持つ天然石もあるそうだ。技術を持っている職人さんに加工して貰うから今は渡せない。クロは加工した品よりも自然そのものの方が好みだと教えてくれたので、お店で首から下げたのだけれど。
ジークがなにか気まずそうな顔になり、リンはへにゃりと笑っている。むっと口元を伸ばしたジークが私と視線を合わせた。
「ナイ……」
「どうしたのジーク」
問い返してもなにか考えているようで、なかなかジークの次の言葉がでない。一体どうしたのかとリンに視線を向ければ、ふるふると小さく顔を振っているので彼女も分からないようだ。
「…………これを。いつも世話になっているから買ってみた。気に入ってくれるか分からないが、ナイに似合うと思って俺が選んだ」
ジークが少し早口で懐から長細い箱を取り出して私に差し出す。つい受け取ってまじまじと箱を見つめるのだが、一体なんだろう。でもジークから贈り物を頂くなんて考えていなかったし、なんだか照れ臭い。
「開けても良い?」
「ああ」
ジークに許可を貰って丁寧に包装紙を解いていく。そうして割と高級感漂う箱が顔を覗かせ中を開いた。
「シルバーのアクセサリーだ。シンプルで良いデザインだね」
どうやら考えることは似ているようで、ジークも首飾りを選んでくれたようだ。それに指輪は苦手なので、魔力制御を担っている魔術具以外はなるべく付けたくない。以前、ぼそりと零したことがあるのでジークは覚えていたくれたようだ。
「あまり派手な物は好きじゃないだろう。俺とリンとクレイグとサフィールの分もあるんだが、先ずはナイに渡したかった」
少し顔を赤くして私から視線を逸らしたジークの顔を見上げる。
「今までこういうことはなかったから新鮮だし照れるね」
言い終えると箱から首飾りを手に取って、身に着けようとするのだが留め具が中々留まらない。あれ、と首を傾げるとジークが私の後ろに回り、やんわりと私の手から留め具を取って着けてくれた。
「ありがとう、ジーク」
私もなんだか照れ臭いけれど、お礼はキチンと伝えておかなければ。重くないし、小さな首飾りなのでずっと着けていても問題はないだろう。
「兄さん、私にも」
リンがジークの腕の袖を引っ張って催促すると彼は苦笑いになる。そうしてまた懐から取り出して、長細い小箱をリンへと差し出した。
「ん、ああ。ほら」
「ありがとう、兄さん。ナイ、私にも着けて」
ジークから箱を受け取ったリンは中身を確認もせずそのまま私に渡す。ジークと私はリンの行動に苦笑いを浮かべながら、私はリンの顔を見上げる。
「良いけれど、普通は贈った人が着けるものじゃない?」
「ナイに着けて欲しい」
「リンが問題ないなら良いんじゃないか? 俺は気にしないぞ」
ジークが気にしないのなら良いかと、箱の中身を取り出してリンに椅子に腰かけて貰い彼女の首に掛けて留め具を掛けた。
「うん、リンに似合ってる。ジークのセンスは良いね」
「ありがとう、ナイ。兄さんもナイに着けて貰えば良い」
リンが良いこと言ったとドヤ顔になった。なにをしているのやらと苦笑いを浮かべ、ジークは自分で着けるだろうと彼を見上げる。
「いや、俺は……あ、いや。すまない、ナイ、頼んで良いか?」
ジークは少し考えたのち、結局リンのアドバイスに従うようだ。ジークにしては珍しい行動だと感じつつ、気にする相手でもないと彼から箱を受け取り中身をだして、ジークの首に掛けるのだった。






