0912:相変わらずのようで。
――アガレス帝国の帝都上空に辿り着いた。
拉致事件の時は気付かなかったけれど、アルバトロス王国の王都より規模が大きい。ざっくりと比較して、五倍以上あるのではなかろうか。よくそんな大国の皇宮でたった三人――おまけが二人いたけれど――でウロウロしたなあとしみじみとしてしまう。
竜のお方がゆっくりと帝都の上を旋回しながら高度を下げていく。以前降り立った帝都の外にある広場に、巨大な竜のお方が三頭降り立ち私たちも竜のお方の背から順に降りて行く。
私は錫杖を抱え背中に乗せてくれた赤竜さんにお礼を伝えると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが『気を使わなくて良いのに』『竜なんて食っちゃ寝ばっかりなんだから、偶には働かないとね~』と私の後ろでぼやいている。ディアンさまとベリルさまは『今回は代表の役目があったからな……』『皆さまを背に乗せて空を飛ぶのも楽しいのですが、残念です』と少し覇気のない声を零していた。
そうしてお迎えの使者さまが私たち一行の前に、お迎えの使者の方が恭しく礼を執った。あのお方は確か……。
「アルバトロス王国の皆さま、亜人連合国の皆さま、聖王国の皆さま、遠き地にお越しいただき感謝いたします。此度の案内人を務めさせて頂きます、アガレス帝国第二皇女ドゥーエと申します」
第二皇女殿下はアルバトロス王国の王太子殿下と亜人連合国の代表を務めているディアンさまと聖王国で大聖女を務めているフィーネさまと軽い挨拶を交わした。今回のアルバトロス王国の代表は王太子殿下なので、こうした挨拶はしなくて良いので少し気が楽である。
おそらく晩餐会や夜会が開かれるだろうから、その時の挨拶回りでどれだけ顔見せと縁を繋げられるか、になるのだが……黒髪黒目信仰がある東大陸なので少々心配している。ただウーノさまが采配しているはずなので、下手なことにはならないだろう。そうして護衛の兵士を引き連れた第二皇女殿下は綺麗な笑みを浮かべ右手を馬車へと向けた。
「早速で申し訳ありませんが、馬車にご搭乗くださいませ」
お腹に忍ばせているグリフォンさんの卵さんを服の上から撫でながら、案内に従って馬車へと乗り込み暫く待っていると馬車が進み始めた。竜の方々は少しあとに人化して馬車で皇宮にやってくる。エル一家とグリフォンさんは馬車の後ろを歩く手筈だ。
人数が多いため長い馬車の車列が続き、私はエーリヒさまと一緒に同乗していた。フィーネさまも一緒に乗れれば良かったけれど、流石に国が違うため差配されなかった。
お互いに地位を持っているから諦めなければならないところだろう。使者である第二皇女殿下とアルバトロスの王太子殿下と王太子妃殿下は同じ馬車に乗っている。政治の話をしているだろうし、国を率いる立場を持っていると大変である。
馬車の座席には対面にエーリヒさま、私の両隣にはソフィーアさまとセレスティアさまが座しており、エーリヒさまが若干居心地悪そうなご様子だ。超がつく美人に囲まれているから緊張は仕方ない。なにか話題はないかなあと探していると、大事なことを彼に伝え忘れていた。
「エーリヒさま、再度になりますが共和国のお土産ありがとうございました。あと大統領閣下から賜った品も良い物ばかりでしたので、お礼状を認めております」
「いえ、お気になさらず。共和国の皆さまはなにを贈ろうかと随分と考え込んでいたので、ナイさまからのお礼状があれば安心なさるかと」
共和国のお土産として頂いたチョコレートのお礼を改めて伝え、共和国の大統領閣下から頂いた品のことも伝えておいた。お礼状を認めて送ったことを彼に伝えておけば、お仕事で役に立つかもしれない。小さく笑ったエーリヒさまはクロを見て、外で警護を務めているジークとリンに視線を向けたあと私に視線を戻した。なんだろうと彼の言葉を待ってみる。
「アズとネルはジークフリードとジークリンデさんの下にいるんですね。てっきりクロさまと一緒に馬車に乗るのかと」
「寝る時以外は大体二人の肩の上ですね。ネルの場合はリンと一緒に寝ていることが多いですが」
アズとネルはジークとリンの肩の上がお気に入りで、起きている時はそっくり兄妹の下にいる。私の部屋でゆっくりしている時は毛玉ちゃんたちとじゃれていたり、クロとじゃれている。
時々外に出てポチとタマに構って貰っているし、ルカとジアに追いかけられて逃げ回っていることもある。私がその様子をベランダから眺めていると、ぴゅーとアズとネルが避難してくることもあるし、ルカとジアに反撃していることもある。遊びの範疇なので酷いことにはなっていないし、嬉しそうに顔を緩くさせながら魔術具で写真を撮っている方もいるので平和そのものだ。
「聞いて良いのか分かりませんが、グリフォンさまの卵はどうなったのですか?」
エーリヒさまは外務部に勤めているから私の情報が入ってくるのだろう。それに私に巻き込まれてヤーバン王国へ一緒に赴いているのだから、彼がグリフォンさんの卵の情報を知っても問題はない。
「えっと二つに分裂してからは変わりありません。グリフォンさん曰く孵りたくなったら孵るらしいので、いつになるのかは未知数です」
私はそう言って首から下げて服の中に仕舞ってある巾着袋を取り出す。卵を見せたい人がいるなら見せても良いし、触りたい人がいるなら触っても良いよとグリフォンさんから許可を頂いている。
袋から卵が顔を覗かせると、彼がごくりと息を呑みまじまじと卵さんを見つめている。卵さまは分裂してから変わった様子はない。黄色い宝石のような丸い石がちょこんと私の手の平の上に鎮座していた。
「以前より大きくなっていませんか?」
「そうでしょうか?」
エーリヒさまの言葉に私は首を傾げたくなる。毎日見ているためか、大きくなったという実感はない。ソフィーアさまとセレスティアさまもお休みの日以外は、卵さんに変化がないかチェックしてくれている。私の両隣に座っているお二方もエーリヒさまの言葉に疑問を持ったようで卵さんに視線を向けた、次の瞬間だった。
「うわ、動いた!」
私の手の平の上で卵さんが二つとも小さく揺れた。馬車の揺れで動いたのかと一瞬考えたけれど、舗装された道を行く馬車は揺れていない。いきなりのことで驚いたけれど、ぴくんと卵さんが動くことがあるのかと感心する。
「動いたのか?」
「動きましたの?」
ソフィーアさまとセレスティアさまが少し捲し立てるように私に声を掛けた。もう一度卵さんに視線を向けても動く気配はなさそうだ。
「俺は分かりませんでした。でも、卵を持っているナイさまが仰るなら動いたのではないでしょうか」
小さく笑みを浮かべるエーリヒさまの言葉にお二方は『そういうこともあるのだろうな』『動いた瞬間を見逃してしまいましたわ』と納得した顔と残念そうな顔を浮かべている。クロも卵さんに視線を向けると、私の肩の上で口を開いた。
『注目されて恥ずかしかったんじゃないかな?』
「見られているって分かるものなの?」
恥ずかしいのであれば、副団長さまと猫背の魔術師さんが卵さんを凝視していた時が一番恥ずかしかったと思うのだけれども。あの魔術師二人のねちっこい視線は凄いものだ。観察しているぞ! という雰囲気をありありと発して卵さんを写実しているのだから。彼らに驚いて卵さんがぴくんと動いたのならば納得できるのに。
『どうだろう。でも動いたならなにか思うことがあったんだよ。きっと』
クロの言葉に心の中で『怖くないよー』と念じてみる。伝わるかどうかわからないけれど卵から出た外は怖くないし、グリフォンは有翼種だから空を飛ぶ。地面を這っている人間よりも遥かに強い生き物だ。
恐れる必要はなにもないのだから、孵りたいときに孵れば良いし、それまでグリフォンさんも私たちも待っているから元気に孵って欲しい。クロの言葉に『そっか』と返事をして卵さまを巾着袋に入れて、お腹の所に仕舞い込む。聖女の衣装はゆったりとしているけれど、卵さんの厚さでお腹がちょっと出ているように見えるのはご愛敬である。無事に孵ってねとまた願い、手をお腹に置いてさすっていると目的地に着いたようだ。
御者の方が馬車の扉をノックして『どうぞ』と返事をすれば、扉がゆっくりと開く。エーリヒさまが最初に降りて、ソフィーアさまとセレスティアさまが次に出ていき最後に私が馬車から降りた。
そうして私の視界に真っ先に目に映ったのは、皇宮の大きな玄関口であった。アルバトロス城の入場口も凄く大きくて立派だけれど、帝国と名乗っているアガレス皇宮の広さと豪華さは格段に上である。
派手だなあとエスコートをしてくれたジークから手を放すと、ウーノ皇太子殿下と第三皇女殿下と第四皇女殿下と第五皇女殿下に、厳しい処罰を逃れた第七皇子殿下から第十五皇子殿下が総出で迎えてくれている。ウーノさまの後ろには髑髏の馬に乗っているヴァエールさまもいて、エーリヒさまに視線を向けているようだ。お迎えの使者を務めた第二皇女殿下が彼女たちの輪の中へと加わると、ウーノさまが一歩前に出て礼を執った。
「皆さま、ようこそアガレス帝国へ」
彼女が声を上げ、王太子殿下と王太子妃殿下の下へと足を進めて挨拶を交わし亜人連合国のディアンさまと言葉を交わす。聖王国のフィーネさまとも二言三言交わして、ウーノさまが私とエーリヒさまの下へとやってきた。
「アストライアー侯爵、ベナンター準男爵、お久しぶりでございます」
にこりと笑みを浮かべるウーノさま。
「皇太子殿下、お久しぶりでございます」
以前より更に大人っぽくなったようなと感じつつ私は小さく頭を下げると、エーリヒさまも深めに頭を下げた。
「殿下、お誘い頂きありがとうございます」
「積もる話はのちほど。長の旅でお疲れでございましょう、部屋をご用意しておりますので少しの間そちらでお休みください」
ウーノさまの言葉のあと、西大陸からやってきた主だった面子に挨拶を交わしている。一通り終えると、エル一家とポチとタマとグリフォンさんは皇宮の中庭へと案内され、私たちは豪華な休憩部屋へと通されるのだが、何故か後ろに面白おかしい雰囲気を携えているヴァエールさまが着いてきていた。
『お嬢ちゃんたち、エーリヒ! 元気にしておったか!?』
部屋に入るなり開口一番にヴァエールさまが声を上げた。彼を知らない西大陸の方々が驚いているけれど、亜人連合国の皆さまと私たちはヴァエールさまを知っているので『仕方のない妖精だ』という態度である。
いつの間にか髑髏の馬さんは消えており、骸骨の身体だけが現れているという不思議な光景である。精霊の一種なのでなんでもアリみたいだけれど、夜に寝ていて枕元に立たないで欲しいなと願いつつ聖女の礼を執る。
「お久しぶりです、ヴァエールさま」
「ヴァエールさま、お元気でしたか?」
「お久しぶりです。相変わらずのご様子で安心しました」
私に続き、フィーネさまとエーリヒさまが声を上げた。ヴァエールさまはご機嫌に『お前さんたち以前よりも雰囲気が良くなっているな! 成長しているようでなによりだ!』とガハハと笑っている。彼も相変わらずのようでアガレス帝国の皇宮で好き勝手しているようだ。ウーノさまのご意見番を務めているようで、前よりも彼の存在感が増している気がする。
『お嬢ちゃんは少し見ない間に随分と魔力の流れが良くなっているなあ……お? もしかしてその杖が理由かの。魔力をばら撒くより良いことだが……我が強くなれぬなあ……こう、ぶわ~とここで魔力を放出しても良いのだぞ?』
「許可が下りればいくらでも致します」
魔力をぶっ放すだけなら簡単だし、周辺環境を考慮しなくて良いならいくらでも放出するけれど。
『! 本当か!?』
「アガレス帝国の許可が下りても、アルバトロス王国の許可が下りるかは不明ですが」
おそらくアガレス側の許可が下りても、アルバトロス側の許可は下りないだろう。流石にアガレス側に利益が大きすぎるので、釣り合う対価があれば許可をくれるだろうけれど。
『お嬢ちゃん、やはりまだ我のこと苦手か? アレを恨んでおるのか? 根に持っている? 悪い顔をしておるぞ? 可愛い顔が台無しぞ?』
わたわたしながらヴァエールさまが私に問うが『うん』と言っては駄目だろうか。アガレスの皇宮でヴァエールさまに驚かされたことを忘れてはいない。もう少しマシな出会いであれば、彼に苦手意識というか拗ねはしないのだが。
私の周りをウロウロしているヴァエールさまがオロオロとし始めた。この場をどう収めようかと悩んでいると、影の中からロゼさんがぴょーんと跳び出してヴァエールさまの顔面に張り付く。
『マスターを虐めちゃ駄目!』
『ぬはっ! お主はスライム! あ、ら、らめぇ! 骨の中には入らないでぇ!』
ロゼさんがうねうねと身体を器用に動かしてヴァエールさまの骨の中へと侵入していく。妙に艶めかしい声をヴァエールさまが上げ、何事かと慌てたアガレスの皆さまがウーノさまを召喚された。
ウーノさまに怒られたヴァエールさまは『すまんかった』と頭を下げ、ウーノさまも謝罪の言葉を投げて彼を回収し去っていくのだった。