0908:処分方法。
侯爵邸で見つけた隠し部屋にあった『エロ本』という言葉を説明する羽目になる。しかも以前私が『エロゲ』と口にしていたから、記憶の良い方々は覚えていて誤魔化せない。素直に官能小説のことですと伝えると、ソフィーアさまは右から左へ視線を流し短く『そうか』と言い、セレスティアさまは無言を貫いた。
家宰さまは微妙な雰囲気で妙なことを口走れば男である自分は顰蹙を買うと理解しているようで、彼もセレスティアさまと同じく無言を通した。ジークも家宰さまと同じ様子だし、リンはいつも通りだった。隠し部屋を見つけた毛玉ちゃんたちは、五頭並んでドヤ顔を披露していたので確りと頭を撫でておく。
エロ本を男性陣に配っても良いが女性の目もあるので素直に処分した方がいいだろう。そして、この部屋をなにに使おうか……図書室は別にあるし、タンス預金部屋にしても意味がないし、お野菜の貯蔵庫にも向かない。使い道が見つからないと、頭を捻りながら部屋からベランダに移動する。
中庭を見渡せるベランダは広くて、陽差しが良く当たる場所になっている。日照時間も計算されて当主部屋が配置されたのだろうと、青空から見えるお陽さまを見上げて視線を庭へと移す。そこにはエルとジョセとルカとジアにポチとタマにグリフォンさんが、きょろきょろと庭を散策している。エルとジョセが私に気付いたので、ベランダから手を振ればルカとジアも見られていることに気付いて嘶きを上げ、ポチとタマも翼を広げてアピールしている。
グリフォンさんはそんな彼らを愛おしそうに見ていた。卵さんは私のお腹の所にいつもいるが、最近大きな変化はない。いつ卵から孵るのかとグリフォンさんに質問すれば、いつも托卵していたから分からないと仰る。確りと二つの魔力を感じることができるので生きているが本当にいつ孵るのやらとお腹を撫でる。
「広いお屋敷は幻獣のみんなには良いね」
侯爵邸の規模を知ると子爵邸が本当に狭く感じてしまう。現にルカとジアは庭を凄い勢いで駆け回り追いかけっこをしているが、子爵邸の庭より走っている時間が長い。ずっと子爵邸で暮らしているから野生の天馬さまより体力が劣ってしまうのではと心配だった。こちらに引っ越せば少しは運動不足が解消されそうだと目を細める。
『子爵邸と比べると随分と広いねえ。エルたちは過ごし易くなるし、竜のみんなが降り立てる場所があると良いなあ』
クロが私の肩の上で口を開いた。庭にエルたちの厩舎とポチとタマの寝床にグリフォンさん用の建屋も必要だなあ。馬車を引く馬のための厩があるので、近くに備えれば良いだろう。
見栄えが悪くなってしまうので厩はお屋敷の裏手にあるが日中は自由に庭を闊歩できる。もし天馬さまと竜さんたちとグリフォンさんが増えることもあるだろうかと考えが過るが、今でも一緒に過ごしているのだから一頭二頭増えたところで変わりない。なるようになるさと心を決めれば他の問題が頭に過る。
「庭の手入れや、お掃除は大変そうかな。使用人さんの数は凄く多くなりそうだなあ」
何度でも言うが庭とお屋敷の規模が子爵邸と段違いである。使用人の皆さまは毎日掃除に明け暮れていそうだし、部屋から部屋を移動するのも大変である。使用人の皆さまは大変だけれど、個人的に図書室や調理場の規模が大きくなることは嬉しい。
子爵邸の図書室もそろそろ蔵書量に限界を迎えていたので、本の選定を行って空き棚を作ろうと皆さまと話していた所だ。屋敷の所有権は私に移譲されているので、いつきても大丈夫だから本だけ図書室に置いていくということもできる。
「侍女の数も増えるし、雑務を引き受ける者も多く雇わないと屋敷を維持できないだろうな」
「来客もあるでしょうから、対応できる者を雇いませんとね」
「最初は慣れないでしょうが次第に慣れますし、ご当主さまは皆に命を下せばよいだけです。頑張りましょう」
ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまの声に返事をして侯爵邸を去るのだった。
◇
どうして俺はまた共和国に足を踏み入れているのだろう。
仕事だから文句はないが、外務卿であるシャッテン卿と一緒に共和国へ入国していた。移動手段が乏しいため、アルバトロス側が動くことになったのだが……今、目の前で起こっている状況に顔が引き攣っている。共和国の大統領官邸に手厚く招かれた俺たちは来賓室に案内され、直ぐに共和国のトップが俺たちの前にやってきた。
「このような事態を引き起こしてしまい本当に申し訳なかった。まさか研修生の中に黒髪黒目のお方を利用する者が現れるとは……」
大統領閣下の開口一番が今の言葉である。ぐっと歯を食いしばって事態を重く捉えている共和国の大統領閣下は、俺たちに平身低頭に頭を下げている。一国の王であれば頭を下げることを躊躇うが、共和国は王政制度を取っていない。そのためか、彼らは謝るべきときには頭を深く下げても問題ないようだ。
「大統領閣下、頭をお上げください」
シャッテン卿が真面目な顔と声のトーンで大統領閣下に語り掛ける。今回は流石に俺だけでは対処できないと外務部の長であるシャッテン卿が指揮を執る。俺は後学のためと、前回共和国を訪れているので相手側も多少は安心するだろうという配慮だ。
隣には緑髪のユルゲンが少し緊張した様子で控えている。俺もユルゲンも外務部に配属されたばかりなのに、大陸を越えて出張するなんて考えていなかった。まあフィーネさまに送る話のネタにはなるから有難いことだ。
「本当に申し訳ない」
「黒髪の聖女さま……アストライアー侯爵閣下とヴァレンシュタイン男爵閣下は今回の件を共和国へ抗議する予定はないと仰っております。ですがアルバトロス王国としては面子を潰された形となりますので、共和国側の誠意を見せて頂きたいのです」
問題を引き起こした女性の話を共和国へ通せば直ぐに謝罪の書状が届いている。ナイさまも魔術師団副団長であるヴァレンシュタイン卿も共和国を責める気はないそうだ。
女性を許すと言わない辺り良く考えているし、仮に女性が反省して謝りたいと申し出ても突っぱねる気なのだろう。ナイさまもヴァレンシュタイン卿も共和国の研修生をアルバトロス王国に受け入れて、治癒師を輩出させることを潰したくないようだ。
「なにをご用意すれば良いのか……」
「では、こちらを。アルバトロス王国と周辺国や西大陸で起こった貴族に関する出来事を綴っている書物となります。貴国に貴族制度の怖さを記した話を、今後アルバトロス王国へ向かうであろう研修生にこちらを読んで頂きたいのです」
ふふふと笑うシャッテン卿に大統領閣下がごくりと息を呑む。アルバトロス王国から共和国に赴く間、興味があってシャッテン卿が大統領閣下へと差し出した本を読ませて頂いた。平民と貴族の違いを脚色もなく事実そのまま描いているそうで、割とえぐい内容もあった。
女性が読むには少々気が引けるが、文化の差でアルバトロス王国や貴族制度を採用している国を理解できないなら目を通すべきだ。そして、貴族が平民に舐められてしまえば終わりだということが彼ら彼女らに届くと良いのだが。
「承知した。我々も内容を確認させて頂いても?」
「勿論ですとも。読んで頂いても文化の違いが理解し辛いならば、使いの者を派遣して訥々と貴族の怖さを語ることもできますので」
怯む大統領閣下とにこりと笑みを浮かべているシャッテン卿。どうにか大事な話は合意に至ったと俺は小さく息を吐く。今回は貴族制度を共和国側に深く理解して頂くために赴いた。共和国上層部は今回の件を重く受け止めてくれており話は恙なく進んだ。黒髪黒目信仰があるからナイさまに嫌われたくないのか、揉めないで済むのは有難い。
「さて、件の彼女は反省しておりますか?」
問題を引き起こした女性はアルバトロス側からも共和国側からも責められ、なにが問題だったのかを教え込み共和国へ送還されている。彼女は始終不貞腐れていたままで、共和国に戻ったと聞いているが反省したのであろうか。
自分を省みることができれば立ち直るチャンスはある。再評価されてアルバトロスに研修生としてまたくることもできるのだ。
「……いいえ。両親はしきりに反省を促すと言っておりますが、報告では『どうして私が!』と部屋で叫んで暴れているようです。今回の件で彼女の家の評判はガタ落ちですので、いずれ破滅するでしょう」
どうやら評判が落ちれば富裕層から貧民へと落ちてしまうそうだ。今まで下に見ていた相手と一緒になってしまえば、自尊心の高い彼女の心は持つだろうか。ある意味自分で自分を罰しているの状況なので、それに気付けば少しは状況がマシになるだろうが……。
「結果に納得しておられませんか。立ち直る機会はあるというのに残念なことです」
本当に残念である。ナイさまの過去を知らぬまま暴言を吐いたのだから致し方ない。せめてナイさまの過去を知った上で関わっていれば、状況は変わっていたのではないだろうか。それとも貧民出身の成り上がりだからと、煙たがってしまうのだろうか。たられば話を考えても仕方ない。今は自分の仕事をきっちりとこなさなければと意識を集中する。
「不快な話しかできず、本当に申し訳ない。なにか共和国でできることがあれば良いのだが……」
「ふむ。ベナンター卿、なにか良い手はありますかな?」
再度頭を下げる大統領を見たシャッテン卿が俺に案を求める。いきなりのことで驚くも、ここで驚いた姿を見せれば失礼に当たる。ぐっと堪えて思考を走らせた。
共和国からアルバトロス王国に向けての賠償は決定している。では今この場で求められているのは、ナイさまとヴァレンシュタイン卿に対しての償いであろう。ナイさまとヴァレンシュタイン卿が喜ぶもの……と少し頭を捻る。
「アストライアー侯爵閣下には美味しい食べ物や、珍しい野菜に果物が喜ばれましょう。ヴァレンシュタイン卿は……そうですね、魔術に関することであれば喜ばれそうですが……魔獣や幻獣についての情報でも喜ばれるでしょう」
大統領閣下が少しだけ柔らかい顔になり、ナイさまに向けて贈る品を頭の中で選んでいるようだ。美味そうに食べているナイさまの姿を幻視できるのだが、実際に美味そうに食べるのだろう。俺もまたお土産にチョコレートを選ぶつもりだが、甘くないチョコレートを探す予定である。チョコレートであれば日持ちするし、フィーネさまにも贈る予定である。
「黒髪黒目のお方には共和国の特産品を沢山贈りましょうか。しかしヴァレンシュタイン卿の望みとなると難しいですね……」
やはり大統領閣下はナイさまに贈る品は即座に決めたようだ。少しでも彼女が喜ぶと良いのだが、ヴァレンシュタイン卿へ贈る物が難しい。共和国に魔術の知識は皆無だから、大統領も考えあぐねているようだ。
「共和国の方々は魔術の知識を持っておりませんから、魔力持ちの方を見つけ研修生を送ることでも彼であれば喜ぶかと。事実、今回の研修に積極的に参加なされていますから」
シャッテン卿が俺の言葉を補足した。教会主導であるのに魔術師団副団長として研修生に積極的に関わっている。魔術の知識がない成人が珍しいから、成長した大人に魔術を扱えるのかどうかと考えていそうである。
ナイさまに魔術師団に引き籠っていた魔術師を紹介したと話が出回っているし、ヴァレンシュタイン卿の考えていることはイマイチ分かり辛いが……とりあえず魔術に関することであれば問題はないだろう。
「そうですか。しかし研修制度を続けて良いものなのか……」
「アルバトロス王は一期生の結果を見て継続の可否を下したい、と。ですので今後の皆さま次第とお伝えしておきます」
共和国もあんな女性が紛れ込んでいるのは想定外だったのだろう。猫を被っていれば見破るのは難しい。そんな手合いの者にも対処できるようになにか策を考えなければと、暫くの間共和国の方々と来賓室で意見を出し合うのだった。






