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0902:彼女の望み。

 なんだか怒っていた威勢が逸れてしまったけれど、今にも死にそうな方を放ってはおけない。私が施した治癒魔術は彼の体質に合ったようで、痛みもなく最後まで術を発動させることができた。当の本人は凄く不思議そうな顔をして『ありがとうございます』と仰っているのだけれど、また引き籠もり生活を続ければ術を施した意味がない上に治ってもいない。


 「もう何度かわたくしの施術を受けてください。外に出るのが面倒であれば、魔術師団の隣にある騎士団の建屋に移動して施術を受けてくださいね? このままでは直ぐに命が尽きてしまいます。貴殿の研究が続けられなくなりますよ」


 他にもたくさん伝えておきたいことはあるが、先ずはご飯をきちんと食べて外に出て無理のない範囲で身体を動かして欲しい。あと寝てください。顔は凄く良いはずなのに、不摂生で凄く残念なことになっている。

 ちゃんと食べて寝てを繰り返せば体重は戻るので、状態は直ぐに持ち直すだろう。私の言葉に痩せ細った彼は『そとにでるのはいやだけれど……がんばります』と前向きな返事をくれた。副団長さまに部下の健康管理もお願い致しますと伝えると、少し面倒そうな顔を浮かべ『団長に伝えますね』と仰った。丸投げする気だなと訝しみつつも、魔術師団の団員の皆さまの健康が守られるなら団長さまの犠牲も致し方ないのだろう。トップに立っているのだから、仕事が増えることを恨まないでくださいと願っておく。


 「さて、魔術は時に例外を生み出すこともありますが、一度で治すことを諦めて複数回に分けて段階的に治癒を施す場合もあります。皆さまの考え方、捉え方、工夫で乗り越えられることもありましょう」


 副団長さまは研修生に視線を向けて、考えることを止めてしまっては魔術師として敗北でしょうねえと続けた。そうして副団長さまの講義は続き、一時間ほど経つと終了を告げた。誰かの魔術に対しての考え方を聞くのは楽しい。


 「では今日の講義の内容を纏めて、いつものように提出をお願い致しますね。皆さまの報告を読むのは凄く楽しいですから、忌憚のない意見も書き込んで頂いて構いません。後日になってしまいますが、出来得る限り答えを用意しますので」


 副団長さまは研究肌だから、彼の好奇心が良い方向に作用されている。ぶっちゃけ、魔術の知識が薄い人からの質問なんて、魔術師の方からすれば子供の質問だろう。それでも楽しそうに笑って、答えを用意するのだからマメな方である。でも副団長さまなので研修生を実験台にしている可能性はいなめない。そこだけが残念な部分だった。


 「僕は暫く部屋に待機しておりますので、魔術に関するご質問のある方は個別にどうぞ」


 微妙に牽制しているので、魔術に関する質問以外を頂いたことがあるのかもしれない。普通の学校に通っていれば、生徒と先生の楽しいお喋りの時間と勘違いしたのかもしれない。

 共和国は貴族制度がないので貴族と平民の違いを実感し辛いし、アルバトロス側も階級制度のない国の方々の相手を務めるのは初めてのことだから難儀しているようだ。

 アルバトロス王国に共和国の皆さまが赴いているので、アルバトロス側が優位になるけれど始まった国交を壊したくはない。副団長さまも大変だなあと視線を向けて、彼に『退室します』と目線を下げた。そうして足を動かそうとした、その時である。


 「黒髪の聖女さま! 共和国の監督官と教会の皆さまから、黒髪の聖女さまには安易に近づいてはならないとお叱りを受けてしまいました。ですが私は聖女さまのように慈愛に満ちた治癒師になりたいのです! どうか貴女さまの手解きを受けることを許して頂けませんか?」


 がたりと椅子の音を立てながら立ち上がる例の研修生の女性に声を掛けられた。共和国の監督官さまが顔を真っ青にさせて彼女を止めようとしたが、私が構わないと彼を制す。


 彼女の行動を止めるには、私が教会に赴かなければ良いだけだ。ただ教会に赴くことを止めたとして、彼女は『二人目の私』を求めるだけ。プライドが高く、お金持ちの家で育ってきたためか随分と甘やかされて育ち、注意を受けたことを反省していない。

 空気が読めないのは仕方ないが、臨時で教育を施されたのに未だに突飛な行動を取るならば、この先も同じ行動を繰り返しそうだ。他国の文化に馴染めないなら、首と身体がお別れする前に母国へ戻って普段の生活を送れば良い。富裕層のお嬢さまであればご両親が面倒をみてくれる。


 「申し訳ありませんが、貴女さまだけ特別扱いとはなりません。確かにわたくしは聖女を務めておりますが、貴族の当主でもあります。共和国には存在しない制度なので馴染みがないのかもしれませんが、今この場でわたくしが『無礼だ』と言って貴女さまの首を斬り落としても問題にはなりません」


 あまり口にしたくはないが、この場で彼女を私が斬ったとしても誰も文句は付けないし罪にもならない。少し声のトーンを落としていたので、周りの方々、特に共和国の研修生の皆さまが驚いている。件の彼女は私の言葉に驚きつつも納得できないようで口を開いた。


 「そんなことをすれば共和国の人たちが凄く怒りますよ!?」


 怒るより前に、今の監督官さまのように顔を真っ青にして平身低頭謝られそうだが実際の所はどうなのだろうか。それに国外で起きたことである。共和国政府は彼女のご両親に経緯を説明するだけで終わる可能性が大きい。


 「抗議くらいは立てるかもしれません。ですが、時と場合によりましょう。監督官殿、もしわたくしが彼女を斬り殺したとして、我々アルバトロス側に抗議をいたしますか? わたくしに彼女の命を奪った責任を取れと申しましょうか?」


 びくりとした監督官さんには申し訳ないが答えて貰わねば。ヴァナルたちを外に出て貰っていたのは悪手だったかもしれない。彼を脅すつもりはないのに、ヴァナルと毛玉ちゃんたちが彼に視線を向けたお陰で直立不動になっているもの。


 「……いえ。共和国が治癒魔術を習いたいと無理を申し、アルバトロス王国に今回の場を設けて頂いております。そして貴国の制度を研修生に正しく教育を施せなかった我々の落ち度もありましょう。責められるべきは我々共和国です」


 監督官さまの言葉を聞いて女性は目を丸く見開いている。教育を施されたが、自身には関係ないと突っぱねていたのだろう。もしくは共和国では大丈夫な行動を、アルバトロス王国では認められないことに納得ができなかったとか。

 私も前世の記憶を持っているので彼女の気持ちは分からなくもないが、貴族制度がある国や状況が全く違う場所だと『死』という言葉が間近に迫る。私は貧民街で真っ先にこの世界の洗礼を受けて、前世の価値を早々に捨て去り生き残った。

 

 「嘘……嘘よっ! 黒髪黒目のお方が優しくないなんて嘘に決まっているわ! だって慈悲に満ち溢れたお方で困っている者を助けるって!」


 「確かにわたくしは黒髪黒目を持ち得ていますが、その前に人間です。そして困っている者と仰いましたが、貴女は実際に困っているのですか? 飢えてもおらず、身に纏う衣装にも困っていない。病気もしていない。住む家もある。飢えたことはありますか? 食料を持っている者に媚びを売り、腐った食べ物を地面に落とされ、そんなことをされても頭を下げて日々の糧を得たことは?」


 黒髪黒目の人間に幻想を抱くのは自由であるが、抱いたものに反するから違うと言われても困るだけだ。聖女として治癒院に赴いて誰かを助けているけれど、寄付は頂いているので慈善事業でもない。彼女より困っている人を沢山見ているためなのか、彼女を見る視線が厳しくなってしまった。


 「それは……でも、黒髪黒目の貴女は沢山持っているじゃない! お金だって地位だって人望も、なにもかも! 少しくらい分けてよ! 私は、今の自分の価値をずっと維持していかなければならないの! 落ちぶれて貧しい者になるなんて絶対に嫌よ!」


 他者の功績で保つ己の価値ってなんだろう。それは虎の威を借る狐とか某アニメの餓鬼大将とお金持ちの息子の関係ではなかろうか。他人の威光にありついて己を輝かせたとしても、それは夜空に輝く星々ではなく地上で爆発した花火のようなものだ。目を細めて彼女をどう諭せば良いかと考えていると、視界の端からエーリヒさまと緑髪くんと監督官さまが現れて、彼女の下へと歩いて行く。


 「失礼致します。申し訳ありませんが、これ以上聞き苦しい言葉を我々は聞きたくありません。退室して頂きます」


 エーリヒさまが口を開き、緑髪くんと監督官さまが彼女の両脇を掴んで部屋を出て行こうとする。彼女はまだ納得できていないのか私を見た。


 「な、勝手に決めないでよ! 話はまだ終わっていないわ!」


 「決めるのは貴女ではなく、我々やアストライアー侯爵閣下です」


 エーリヒさまがちらりと私を見たので頷いておく。彼女の処遇や対応を決めるのはアルバトロス上層部だけれど、今の状況であれば間違いではない。


 「どうして私だけがこんな仕打ちを受けないといけないのよ! 貧民の癖に目立っている奴に負けたくない! 黒髪黒目のお方の慈悲もカッコいい魔術師に付き合って貰うのも私じゃなきゃいけないの!」


 更に音量を上げて叫んだ彼女の声に教会の皆さままで部屋を覗きにきて、様子を目に入れた瞬間に『やべえ事態!』と感じ取り件の彼女を取り囲む。共和国の婚姻適齢期は知らないが、副団長さまは貴族で男爵家のご当主さまである。

 付き合うのは無理だし、仮に付き合ったとして奔放な方だし御すのは難しそうだけれど。あと研究者なので、デート中にふらっと消えて地面にいる珍しい昆虫にヒャッハーして熱心に観察するタイプだ。それが許せなければ直ぐに破局の道を歩む。


 「僕は妻子持ちですので、お付き合いは無理ですよ。年齢も離れておりますし、愛人は必要ありませんしねえ」


 うん。副団長さまはご結婚されてお子さまもいらっしゃるし、何気に奥方さま一筋のようだ。これで不倫しまくりならクルーガー伯爵家のように問題を引き起こして大変なことになっているはず。

 少し副団長さまの奥方さまがどんな方なのか気になってくるけれど、関わることはなさそうだ。そして……。


 「慈悲など持ち合わせておりませんし、対等な関係でないなら貴女と付き合う価値などありません。貴女から搾取されるだけの関係であれば、早々に縁を切りたいものです」


 私の中に慈悲という言葉は存在しているのか、微妙なところである。ぶっちゃけてしまうと真面目に魔術を習おうとしていない彼女に掛けるものはないし、このまま共和国に強制送還されてもなにも感じない。むしろ邪魔をする人がいなくなってホッとする気持ちの方が大きいのである。ある意味酷い人間だが、やはり己の利益だけを求める人に掛ける情けはない。


 「ちょっと、痛い! 離してよ!」


 まさかここまで酷い方だとは思わなかった。貴族制度はないとはいえ、富める方々の世界に住んでいたならば空気を察する能力が長けていそうだが……いや、読めなかったからこそ彼女は部屋を追い出されてしまった。とりあえず一波乱は終わったとヴァナルと毛玉ちゃんたちに視線を合わせ、出汁に使ってごめんねと謝るのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 残念ながらボッシュートとなります! てれってれってぇーん
[気になる点]  周りの各国は王政や帝政ばかりで共和制を採用している自国と違うという認識が学生さんにはなかったのでしょうか。  共和国の政府は富裕層の子等に事前教育を施さなかったのでしょうか。  前の…
2024/02/12 08:47 名無 権兵衛
[一言] ちょっと調べればナイの過去くらい分かるもんだと思うんだけどなぁ………… 話の意図が読めない辺、相当おつむが弱いんでしょうねぇ…………… さて、この先どうなることやら?
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